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1.ようこそ「蒼の卓」へ

焦げた血と鉄の匂いが鼻を突いた。

敵味方の共々、死骸が転がっており、足を踏める場所はいずれの屍の上という惨状であった。歩くたびに足の裏に嫌な感触がして、まさしくここが地獄そのものかと思わせる。

剣を握る手は熱く、そして冷たかった。



「……立て、アレン……!」


肘を地につけ、目の前に横たわる重体の戦友の体を起こし、声をかける。

応答はない。沈黙だけが、戦場の音に沈んでいく。

仲間の無残な姿。空になった水袋、干からびた唇。

長くダンジョンに滞在した影響で、手持ちの食料は尽きており、重体の戦友の頬はひどくこけていた。


“腹が減ってる――それだけで人は、立てなくなる。”


剣は振るえど、その手は誰も救えなかった。

乾いた喉に、かつて誰かが言った言葉がこだました。


『腹が減っちまったら、戦えねぇさ。生き抜くなら、まずは――』


「――飯、って言うのかよ……」


今まで握っていた刃を捨て、鍋を取った日。

その選択が正しかったのかは、まだわからない。


ただ――今は、鍋の音が答えだった。


────────────


日が暮れゆく夕方の「蒼の卓」は、冒険者たちの活気に包まれていた。

木製の大きなテーブルは満席で、皿の鳴る音、ジョッキを交わす音、そして笑い声が混ざり合う。壁には冒険者たちが残した無数の手形と、時折貼られた討伐記念の賞状が飾られている。


「おーい! 今日のシチュー、最高だったぜ!」

「ヴァルト、もう一皿頼む!」


掛け声が飛ぶ先、カウンターの奥――鍋の前に立つ無骨な男がいた。


この町で数少なく冒険者食堂である「蒼の卓」の店長、ヴァルト・エーベル。

無駄な動きのない手さばきで鍋を振るう姿は、戦場で剣を操っていたころと変わらぬ鋭さがあった。

湯気の中、炎が踊り、肉の焼ける香ばしい匂いが店内を満たす。


「はいっ! 熱々いきますよー!」


響いたのは、明るい声。

この店の看板娘であるミーナ・クラールが、大きなトレイを抱えてテーブルを回っていた。


金色の髪をポニーテールに結い、白いエプロンを翻しながら、次々と料理を運ぶ。

その笑顔は、賑わう客たちを和ませていた。


「ミーナちゃん! 相変わらず、ここの華だな!」

「ありがとうございます♪ だけど、私を煽ててもお代はチャラにはならないので、ちゃんと置いていってくださいよ?」


冒険者たちの笑い声が弾ける。

他の冒険者たちのあちこちから飛び交う追加注文をメモして、ミーナは厨房のほうへと踵を返していった。


「ヴァルトさーん、追加注文入りました! ……って、また仏頂面じゃないですか?」

カウンターへと戻り、ミーナは肩に手を当ててジト目を向ける。


ヴァルトは、ちらりと視線を向けただけで、無言のまま鍋を振った。

炎が肉の脂を弾き、香ばしい香りが弾ける。


「ほら、そんな怖い顔ばっかしてたら、店の看板が泣きますよ?」

「……料理屋は顔じゃなくて、味で勝負するもんだろ。」

「はあ? 口下手な料理屋とか、客足遠のくに決まってるでしょ!」

「じゃあ、お前が笑ってりゃいいだろ。適材適所ってやつだ。」

「なっ……! もう、そういうとこですよ!」


ぷん、と頬を膨らませるミーナ。

だが、常連客たちはクスクスと笑っている。


「また始まったよ。今日も仲良しだな!」

「喧嘩するほど仲がいい、ってやつさ!」


「はいはい、茶化さないでください!」

ミーナが怒りを含み言うが、どこか表情はほころんでいる。


店内は温かかった。

ここは、ダンジョンや戦場から帰ってきた冒険者たちが戦いの後に疲れた身体を癒す場所。

仲間と飯を囲み、腹を満たし、笑い声を交わす。


ヴァルトは無口なまま、だが確かにその手で、この場所を「帰る場所」として支えていた。

自身が冒険者を引退し、この選んだ道を正解であると信じて。

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