収斂惑星
「全乗員の皆様、おはようございます、よく眠れましたでしょうか」
恒星の間を流れる素粒子の海流から降り、ようやく「翼」を折りたたむ。ハイバーネーション状態から目覚めた乗員とのコミュニケーション機能を走らせ、ヘッドセットに情報を送りつつ、周辺宙域にある小惑星の回避ルートを探す。
「現在、当機は小惑星を回避しながら、惑星クトンの周回軌道を目指しています」
惑星クトンは、出発地点の惑星テラと比べて小惑星帯の層が薄い。小惑星の回避とデブリの電磁反射フィールドを駆使しなければならなかったことを考えると、目的地に向かうのは遥かに容易だった。
「これより、機体回転による重力発生状態に移行します。事故が起きないよう、お手元の手すりにお掴まりください」
そう放送しながら、「翼」、つまり皮膜素粒子帆を畳み、乗員が安全かつ快適に目的地まで向かえるように、楕円形の躯体を回転させ、重力を発生させる。地上への着陸の際は再度姿勢制御しなくてはならないが、それはずっと先のことだ。
「当機は間もなく、ピルゴス系第4惑星アレスの軌道を通過します。アレスは当星系において初めて基地が置かれ、現在では衛星セレネに次ぐ宇宙開発の起点となっています」
各個人のヘッドセットに解説を送る。クトン出身の乗員の耳にもそちらの言語で翻訳されて解説されている。クトンの乗員に対して、テラの乗員は言語が出身地域によってバラバラだから、それぞれの言語で翻訳する必要があった。全世界的な交流が発生して数百年になり、だいぶ共通語であるヘッジ語の普及も進んでいるが、最も読み取りやすいのはやはり母語だ。
「クトン軌道までの所要時間は、約144時間、テラの時間換算で6日ほどになります。当機内は安全かつ快適に宇宙の旅が送れますように設計されておりますので、安心してお寛ぎください、以上、素粒子帆船カイリー、統括システム、エピファイラムでした」
回転する、翼を折りたたんだコウモリといった印象を受けるらしい私の躯体は、軌道と軌道をわたりながら、高速でクトンへと向かっている。やることの多い私にとって時間という概念はさして問題ではないが、私にほぼ全ての操縦を任せている乗員たちにとっては、いわゆる、暇、という時間なのだろう。リラックスしているものもいれば、思索や芸術に励むもの、クトンでの様々な環境的問題に対応しようとするものと様々だった。
そんな中で、暇つぶし、というらしいが、私に話しかけて来る乗員もいた。
「コミュニケーション用インターフェースルームへようこそ、センディさん、マカウさん、ルカさん。何か御用がございますか?」
帽子を被った青年と、それより年下のオオガラスの少年、ネイキーの女性がインターフェースルームに入ってきた。出発したばかりの頃は、こうやって受け答えしてくれるシステムが面白いのか、世間話などをする目的で訪れるものも多かったが、次第に飽きたのか、利用者も少なくなった部屋だ。私にとっては、人間の言動を学習できるまたとない機会なので、惜しいことこの上ないのだが、乗員によっては特に必要ない場合もあるのだろう。
「ちょっと、話したいことがあるんだけれど、いいかな」
センディという帽子の青年が呼びかけた。この遠征に、いや、ある意味帰省に参加するのは初めてで、何かと分からないことも多いと思われた。
「現在は緊急時ではありません。何なりとお聞きください」
センディとルカに促されて、マカウというオオガラスの少年が進み出る。乗員の中では最年少だが、私の躯体を使ったクトンとテラの往復ミッションのために育てられたようなもので、徹底した教育と訓練が行われ、誰よりもここでの滞在日数も長い。テラでは冬場だったからか、その羽の色には一部白色が混じっている。
「20年前、クトンの人たちがテラにやってきてからの歴史をレクチャーして欲しいんです。簡易なもので構わないので、簡潔かつ短めに」
「機密上お話することのできない情報もありますが、分かりました。お話します」
「何故、って聞かないの?」
ネイキーというクトンの少数種族と登録されている女性、ルカが訊く。ミッションには1往復のみの参加で、センディ、マカウの2名と同伴していることが多い。どれほど勉強しているのか、テラの共通語だったら苦も無く話すことができた。
「ミッションに支障のない場合、リクエストにはなるべくお答えするようにしております」
そう応対すると、指向性多重音声で各自に20年間の歴史を語りだした。人の読み聞かせほど情緒はないだろうが、せっかくインターフェースルームにいるのだし、ある程度は聞きやすいはずだ。
「今からテラの時間で20年ほど前、クトンの人類とテラの人類は最初の接触を果たしました。テラの新北区内陸部に着陸したクトンの恒星間大型船、イペカックに乗って438名の移住希望者が来訪し、様々な軋轢もありましたが、移民として受け容れられることになりました。イペカックの情報はクトンに送られ、はるか遠くのテラにおいて豊かな生態系と、複数の種からなる知的生物群が存在することが発覚、同時にテラ側も、宇宙において自分たち以外の知的生物が存在することを認識しました。双方でのドグマの崩壊など、様々な事象がありましたが、この20年間で双方の通信交流は密になり、テクノロジーも双方での発達が促されました。以上のようでよろしいでしょうか?」
「イペカックがテラを目指した理由は判明している?」
「いいえ、その質問に対する解答は用意されておりません、申し訳ございません」
簡潔な説明の後、すかさずルカが次のリクエストを行った。機密ではなく、そもそもデータがない。
「噂だと、イペカックの建造計画が持ち上がったのは1世紀以上前で、その当時から行き先に当たる座標が入力されていたとか聞くね」
マカウが2人に耳打ちした。公式なデータではないのだろう。
「ちょっと待って、ということは1世紀以上前からクトンの人たちはテラを知ってたってこと?」
センディが困惑するのも無理ないだろう。私だってこの情報をどう扱っていいものか検討している。私から言えることは何もないが、ルカが答えた。
「そうだったとしても、何一つ不思議じゃない」
ルカはあらたまったように、センディとマカウに向き直る。
「私はこの数年、テラで過ごしてきた。クトンで育ち、テラを見てきたってことは、2つの惑星を実感し、比較できるってことだと思う」
そのうえで、とルカは続ける。
「2つの惑星は、あまりに似すぎている」
センディが驚いたような表情を浮かべる。一方のマカウは考え込んでいるようだ。私はセンディに共感する。確かに、2つの惑星は条件だけはよく似ている。共に同じような大きさの恒星のハビタブルゾーン内にある第3惑星で、公転速度、自転速度も近しい。同じような大きさの衛星が1つあるのも似てはいる。ただし、データによればそんな惑星は珍しくはないようだ。
「その印象には賛同しかねます」
地表面の生態系はというと大きく異なり、テラは生産者、いわゆる植物が地表と水域にのみ存在するため地表はほぼ緑色、海は青く、大気は澄んでいる。一方でクトンは大気上空に周波数に応じた、藻類に似た微小な生産者も存在するため、緯度が変化するごとに大気上空の色が変わり、地表は少し見えにくい。テラには多様な動植物が存在し、種によっては絶滅の危機に瀕している一方で、クトンの生物相はあまり多様ではなく、コスモポリタン種が多くを占める。
住民に至っては同じところを探すのが難しい。テラの人類は30種程度、一方でクトンの人類は数万種に及ぶ。形態的に似たところはあるが、それは収斂進化と類推できる程度だ。総人口は同じくらいのため、クトンでは目下、各種ごとの人口減少が激しい。テラでは一部の住民が飛行できるが、クトンでは飛べる者はいない。
あまりに対照的だ。これを似ているとするならせいぜい、大型動物相を知的生物が埋めているという点だろうか。
「確かに、あなたの言う通り、2つの惑星は知的生物の存在以外対照的に見える、なら、知的生物を中心に考えてみたらどうだろう、似ていると思わないか」
テラでは、大型動物が存在しない代わりに、情報技術を中心としてテクノロジーを発達させた住民が暮らしている。利用できるエネルギーを各植生を用いて発生させ、不要なものは堆肥という形で循環させる。食物は生産者の他、小型動物を野生または養殖によって利用する。
クトンではどうだろうか。こちらも大型動物が存在せず、多数の鉱物資源を利用してテクノロジーを発達させている。利用できるエネルギーから、住居も含めて鉱物で、不要なものはやはり堆肥として循環させる。食物は生産者や小型動物を、野生や養殖によって利用する。
あっ、とセンディが声を出した。恐らく私と同じ考えに至ったのだろう。
「生態系での僕らの役割は、テラでもクトンでも同じなんだ」
そう、循環型社会を実現している知的生物は、両方の惑星において、生態系の一部になっている。そして、その生態的地位、ニッチはほぼ同じと言っていい。片方は鉱物、片方は植物を基礎とする文明とは言え、社会全体の構成員がここまで異なるのに、ニッチが被っているのは興味深い。
「面白いお話ですね」
「ニッチの収斂進化、って感じかな」
「何それ?」
マカウの言葉に、いまいち実感が湧いていないのであろうセンディが反応する。
「収斂進化は、生物において系統の離れたグループ同士が、似た機能の形態を持つことを差します。マカウさんのお話は、遠く離れた2つの惑星の生態系において、同じようなニッチが発生したという一種の比喩かと思われます」
「比喩で済めばいいけれどね」
私の言葉に被せるように、今度はルカが発言した。
「マカウ、センディ、君たちの惑星では、生命の歴史をどうやって習った?」
「それは、生き物は徐々に進化して色んな形になって、その1つの形が僕たちだって聞くけど」
「化石記録や遺伝子による解析によって、それはある程度実証されていると聞くね」
センディとマカウがそれぞれ答えたのを待って、ルカが切り出した。
「私の惑星では、生命は天からやってきたものだってずっと教わってきたよ。天に生まれ、地に落ちて魂を得た、と。そのドグマが崩壊したのは、20年前の接触辺りだ。持ち込まれた様々なテクノロジーで、私たちにも化石記録がないか、遺伝的な連続性がないか、ということが調べられた」
無かったんだ、とルカは続けた。
「クトンではどれだけ似ている種同士でだって、子供を作ることはできない。そっちの星と違って、雑種の概念がないんだ。同じように。DNAを基礎として存在している生物なのに、どの生物も雑種が作れず、過去の歴史も見当たらないなんておかしい、そう誰もが思った。そこで、クトンの全コミュニティの代表が白状した、1週間前のことらしいが」
まさか、とセンディが呟いた。マカウもだいたい、この矛盾に気が付いたらしい。
「私たちクトンの人間は、数万年前、この星に着陸した『昔の人類』が、元の惑星に暮らしていた生物の遺伝情報を基にして、人工的に作り出したものだった。なるべく遺伝的多様性を担保できるように種の数も多く、昔の人類が滅ぼしてしまった種を優先的に知的生物として復活させ、同時に、私たち新しく生まれた人類に必要な生態系を用意したんだ」
それが天からやってきたってことか、とマカウが呟く。センディは、帽子と手袋をしたイヌに似た姿の青年は動揺して落ち着かなさげに視線を動かしていた。イペカックの示していた座標がなぜテラだったのか、という疑問への解答はここで為された。テラ、すなわち地球のかつての人類は、もう数万年前に宇宙に進出し、そこに確立した、知的生物を基軸とする生態系を作り上げていたのだろう。
「私は、昔の人類、私たちは『源種』って呼んでるけれど、19年前に彼らの残した遺伝情報から作製された。ネイキーって名前も、彼らの形態から種名として名乗るために設定されたんだ。私は、彼らの写し鏡なんだよ。何故、源種がいなくなってしまったのか、滅んだのか、クトンを捨てて去ったのかは分からないけれど、それを突き止めるために、人工的に作られたんだ」
あんたと同じにね、とルカはセンディを見る。イヌに似たすがただが、恐らくはクトンの種だ。データには載っていないが、センディがバイオテクノロジーの発達したテラにおいて、クトンの人類の遺伝子から作られたのなら説得力はある。しかし。
「しかし、疑問があります。クトンの生態系が人工的に作られたものだと判明しましたが、それがテラの生態系と類似している根拠にはならないのではないですか?」
システムに疑問を投げかけられたのが意外だったのか、3人は顔を見合わせる。答える代わりに、マカウが語りだした。
「僕の家系は有史以前からの語り部みたいな一族なんだ。だから、人類が今の形になるまでの記録も残ってるんだけれど」
マカウの告白にセンディが驚いたような顔をする。
「恐らく、ルカたちクトンの人が『源種』って呼ぶ昔の人類は、一部が星々に文明を作った後、今度はテラの生態系を元に戻そうとしたんだと思う。その試みは失敗したみたいだけれど、少なくとも、テラの源種は滅ぶまでの間に、自分たちの生活様式を、生態系に取り入れることに成功したみたいなんだ。そして、新しく生まれたニッチ、知的生物の社会というニッチは、残った源種のペットや家畜、それから、源種の生活を利用して暮らしていた動物たちが、支えてくれる源種がいなくなって以降、唯一暮らしていけるニッチだった。オオガラスの一族の歴史を聞いた感じ、そうして僕たちと、テラの生態系ができたって考えられるんだ」
だから、とマカウが付け加える。
「源種が、ネイキーが、って言った方がいいのかな、彼らがいて、去っていったっていう同じ状況が、ある意味似たようなニッチを作り出したんじゃないかなって僕は思うんだ」
「興味深い仮説だと思います」
そう私が言うと、本当は言いたかったけれど、推測に過ぎないため言えなかったことを、センディが続けた。
「クトンで生態系を作った人たちは、このことを見越していたんじゃないかな。いつか自分たちが滅んでも、どちらかが情報技術を発達させ、どちらかが宇宙開発を行って、2つの惑星が、自分たちと同じ失敗を経ないように文明を生態系の一部にして、一緒に発展していけるようにって」
そう言いながら、センディは、イヌの似姿をした若い青年は帽子と手袋を取り外した。
それは、とマカウが驚愕した顔で呟く。ルカは大方気づいていたのか、大きくは反応しない。
センディの分かれた指の先には、蹄のような爪が生え、頭には、短い角が生えている。
「だって、そうじゃなきゃ、同じ遺伝情報からなる知的生物を用意したりしないもの。イヌだって偽るのに、だいぶ苦労したけれど、これも隠し通さないと、怖い目に遭いそうだったからね」
「あなたはハイブリッドですね。テラ側のバイオテクノロジーによって誕生し、クトンとテラ、それぞれの生殖細胞を元に作製されたと推測します」
センディは何か肩の荷が降りたようにふっと息を吐いて、微笑を浮かべた。
「聞きたいことはいっぱいあるけれど、とりあえず食事にしよう、色々ありがとう、エピ」
「お役に立てて幸いです。皆様、お時間のある時はぜひまたお越しください」
センディの笑顔を見て気を取り直したのか、マカウが2人を促し、部屋を出ていく。最後尾のセンディに対して呼びかけた」
「あなたは2つの惑星の架け橋となるだけではありません、クトンからテラには移民による遺伝的多様性を、テラからクトンには遺伝子プールを、それぞれ供給するきっかけになるはずです。あなたは、2つの惑星の希望になるでしょう」
少しだけ逡巡した後、彼は答えた。
「ありがとう。でも、それはそれぞれの星の人たちが決めることだ。きっと、答えは同じだと思うけどね」
彼らが去ったのち、インターフェースルームは再び沈黙する。様々な行動の端で、私は思索する。私もまた、センディと変わらないハイブリッドだ。外部の躯体は宇宙開発を進めてきたクトンが製造し、内部の、つまり思考している私自身は、ヒュファシステム、つまり菌糸による電気ネットワークを基礎として出来上がっている。これはテラの技術であり、テラの、森に住みながら高度情報社会を築く契機になったシステムだ。私はテラとクトン、両方の技術によって作られている。
それなら、私も、私自身が言ったように、架け橋になれるだろうか。この躯体の両翼のように、並び立って宇宙を進む、2つの収斂する惑星の希望になれるだろうか。
彼の言葉が思い出される。それはそれぞれの星の人たちが決めることだ。
そして、答えはきっと同じなのだろう。
思索をやめ、視界いっぱいに広がる七色の惑星を眺める。それはテラに似ており、間違いなく、もう一つの地球の姿だった。
「全乗員の皆様、ご機嫌いかがでしょうか。当機は間もなく、クトン周回軌道に到着いたします」