ここちゃん、選択肢のひとつ!?
なろう大学附属病院の最寄駅に降り立ち、大きな建物を見上げる。
「ここかぁ、でっかい病院だなぁ」
ここちゃんは、見たままの感想を言うと納得したのか病院内へと足を踏み入れる。ワクチン接種のため訪れた病院。あちこち珍しそうにキョロキョロしていると
「どこかお探しですか?」
ここちゃんの後方から声がかけられ、振り向くここちゃん。
「コロナのワクチン接種を受けに来たんですけど……」
「それなら接種場所は外来棟の特別会場がありますのでご案内しますよ」
「ありがとうございます。広くて迷子になるところでした」
「ふふっ、迷子って」
「看護師さんに見つけてもらわなかったら遭難するところでした」
「遭難って大袈裟な。あはは……」
ここちゃんの、真剣なのか冗談なのかわからない発言が飛び出しひと笑いして落ち着いた頃、ワクチン接種場所に辿り着いた。
「こちらですよ。ワクチン接種の受付からお願いしますね。それじゃあ頑張ってくださいね」
「へっ? 頑張らないといけないくらいの大事なんですか?」
「えっ? ただの筋肉注射です。腕を出しておいてもらえたら、すぐに終わります」
「それじゃあ、簡単ですね」
「そ、そうですね? それでは……」
首を傾げてその場を立ち去る看護師を不思議そうに見つめるここちゃん。案内してもらった看護師を見送りそして、受付に向かう。
「予約していた兵衛 九です」
「接種券はお持ちですか? 提出お願いします」
「接種券?」
カバンの中を漁り始める。あっ、これか!シワシワになりかけている朝記入した紙を見つける。
「ありました!」
「お預かり致しますね。検温はお済みでした?」
「熱はなさそうなので計ってないです」
「…………それでは、今から計ってもらえますか」
体温計を受け取り、脇に挟んで待機する。しばらくすると終了を知らせる電子音が鳴る。
「終わりました」
「体温計、見せてもらえますか」
脇から体温計を取り出し、受付に渡す。
「36.3℃ですね。お呼びしますのでかけてお待ちください」
「はい、待ちます。ずっと待ってます」
「予約されてますので、すぐにお呼びできますから。かけてお待ち下さいね」
受付の少し強制的な視線に、大人しく椅子に座って待つ事にする。診察室の扉が開き、接種者の名前を呼ぶ。
「兵衛さん、兵衛 九さん。診察室にどうぞ」
「はぁ〜い」
手を挙げ返事をする模範生的な姿の、ここちゃん。診察室に入り医師の問診を受け、ワクチン接種の許可が下りる。処置室に移動して接種を受ける。
「兵衛さん、利き手はどちらですか」
「右手をよく使います」
「それでは左腕に打ちますね。腕を出してもらえますか?」
看護師に言われ袖をめくって腕を出すここちゃん。
「あの、兵衛さん。それは採血の時です。今日はワクチン接種なので肩の下辺りに筋肉注射します」
看護師の名札をチラッと見て、
「嫌だなぁ、菜須さん。冗談ですよ。ここは笑ってくれないと」
「失礼しました。では腕を出してもらえますか」
ゴソゴソと腕を出し準備をする。消毒をされ接種しようとした瞬間ここちゃんが、
「痛くしないでくださいね」
「筋肉注射なので、多少は痛いかと」
「それに接種今回、3回目ですよね? 前回と同様だと思います。打ち手の手技の得手不得手はあると思いますが」
「それじゃあ、菜須さんは? 得意?」
「どうでしょう? 大型接種会場でも担当しましたけど」
「おぉ!凄いですね。それじゃあ、大船に乗った気分で良いんですね。わかりました。思いってどうぞ」
普通に受けられないのか?と思われてるとか何も考えない平和なここちゃん。腕を出して辺りをキョロキョロ見渡す余裕をみせる。落ち着きがないと思わる確率高め。そんなことは気にしない、好奇心旺盛なここちゃん。その時は急にやってきた。
「いたぁ! 痛いっすぅぅぅ」
「薬液入ってるので多少は痛みが伴うかも」
「じゅうぶん伴ってます!」
「はい、終わりました。今、シール貼りますね。こちらに移動してもらって待機室で20分ほど経過観察となります。何かあったら声をかけてください」
「ナースコールないんですか? あれ1度押してみたいです」
「病室ではないのでナースコールはありません。声かけで大丈夫です」
「菜須さん、呼んだら絶対来てくださいね! 絶対の絶対ですよ」
「はいはい」
椅子に座り、足をぶらぶらさせながらスマホを取り出して暇を潰す。忙しそうに動く看護師を目で追いながら、看護師も悪くないなぁと思う。選択肢のひとつに増えたらしい看護の道。待機時間に異変が起こることもなく無事にコロナワクチン接種を終了したここちゃんでした。