ここちゃん、悪魔の誘惑!?
「美波。これうまいぞ。ほら、1個やるから食べてみろよ」
ここちゃんが差し出してきたのは、人気店のバウムクーヘンでした。
大好きなんです。バウムクーヘン。でも今は手に取れない事情があって。
「ありがとう。でも今日はいいや。また今度もらうね」
「どうした? 体調でも悪いのか? 美波、これ好きだろ?」
「うん。そうなんだけど……」
身体測定を控えた前日は、甘いもの控えちゃう訳ですよ。
そんなこと知ったこっちゃないここちゃんは、バウムクーヘンのプレゼンを続けてくる。
「これはあれだな。砂漠で差し出されても、しっとりしてるから大丈夫なやつだな」
「砂漠行く人、バウムクーヘン準備しないと思うけど」
「なんで?」
「なんでって。それよりきっとお水持って行くでしょ」
それは気付かなかったという表情のここちゃんは、一口食べた。
「おいしそう」
「だからやるって。食べたいんだろ? 食べて後悔しろよ」
「食べないで後悔するより、食べて後悔しろよってことを言いたいんだろうけど。いろいろ端折り過ぎて、後悔させたい人になってるよ」
さらに一口頬張るここちゃん。
「あぁぁ、これはすごい!」
「どうすごいの?」
「いらない。歯茎」
「それを言うなら歯ね。そのくらい柔らかいのね。あと歯と歯茎はいるわよ」
残り2つになったバウムクーヘンをここちゃんは手に取り、遠慮なく私を見ながら食べている。
「ただの身体測定だろ? 今から体重気にしたって遅い遅い。既に前回より増えてる可能性だってあるだろ。だから食べたらいいと思うぞ」
「理由知ってたんかい! 女の子にはシビアな問題なんだからね。わかったわよ。食べるわよ! 食べるけど、このあと運動付き合ってもらうからね」
私は最後の1つに手を伸ばした。
「しっとりしてる分、ずっしりしてるわね。この重さが私に加算されて……いやいや、今は考えるのをやめよう。いただきまぁす」
口の中が幸せで満たされる。
「ここちゃん」
「なんだよ、おいしいだろ?」
「砂漠でも食べれるし、歯茎もいらない。ぐす……」
「何も泣かなくてもいいだろ」
後悔と幸せが同時にやってきて、私は感情がぐちゃぐちゃになった。
「実はもう一箱あるんだけど食べるか?」
「それは明日食べるから冷蔵庫入れといて!」
身体測定一日前に、ほんの少し我慢したからといって、期待出来るだけの効果はないということを、私は翌日実感するのでした。




