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今回は残酷な表現があります。
苦手な方は回れ右してください。
僕は、わざと残虐な手段を取った。
あの子が、僕から心理的に距離をおくように。
あのいけすかない男の絶叫が森に響き渡り、少しして全く聞こえなくなった。気絶してたって、いきなり腕を嚙み千切られたら痛みで目を覚ますだろう。そしてあれだけ食らいつかれれば、出血多量で直ぐ死ぬか、もしくはショック死するだろう。
死んだ男の腹のあたりに顔を突っ込んで、内臓をすする音が聞こえる。繊維がちぎられるプチプチという音が聞こえる。胴体と切り離されて落下した頭部を追って地上に降りた一頭の獣が、割れた頭蓋骨から脳味噌をなめとる音も聞こえてくる。
僕は耳がいいからね、聞こうと思えば聞こえるんだよ。聞いても意味ないけど。
あの子は震えていた。声をひきつらせながら、でも目はそらせないようだった。衝撃が大きすぎて眼球すら動かせないのだろうか。
いくら自分を襲った相手とは言え、同じ村で育った人間だ。見かけたことも、話したこともあっただろう。そんな相手が、生きながら食われる光景なんてショックだろう。
恐ろしいだろう。あの男のことが、人が食われている光景が、そしてこの状況を作り出した僕のことが。
一方僕は淡々と見つめていた。ちょっとは罪悪感に刈られるとか、もしかしたら耳を塞ぎたくなるようなこともあるかな、って思ったけど、全然そんなことなかった。あ、今プシュッて聞こえた。丸呑みにされた目玉が潰れた音かな。目玉っておいしいのかな。
成人男性とはいえ所詮人間、肉も柔らかく感じるのだろう。集まった獣たちは易々と嚙みちぎって、休むことなく口をモグモグさせている。あのサイズだ、獣たちが満腹になることはないだろう。あっという間に、骨までゴリゴリペキンと食べ尽くされてしまった。
うん、いつもの光景だ。この世界の、弱肉強食の日常。
逆に感傷的になるな。なんとなく。たぶん。僕、やっぱり人間より猫寄りなんだろうなあ。
男が食べ尽くされて、獣たちがいなくなって。
あの子は、漸く体が動くようになったのか、僕のほうをちらりと見た。僕は、くぅ、と鳴いて返事をした。びくっと震えて、固まって。少しして、僕の頭に手を伸ばしたので、されるがまま撫でられてみた。こんな時だって、あったかいでしょ。ふわふわで気持ちいいでしょ。感覚、戻ってきた?指先、ちょっと動くようになったかな?
あの子は大きく息をついた。
どうやら少しは落ち着いたみたいだ。
よし、ついでにこっちもやっとこ。後処理も大切だよねん。
たーん、とジャンプして男が食われていた場所に下り立ち、残されていた服の切れ端を拾う。うまい具合に血に染まっている。よしよし。
それを咥えて、この男と一緒に来ていた残りの2人のところへ向かう。ちょっと待っててね!そこで休んでて!
残りの奴らは、僕らの洞窟付近にいる。気配がする。拐われた男の末路を知らせて、ついでにお帰り願うつもりだ。家を荒らされたくないしね。
あの子のことは生死不明のままにしておいた方がいい。僕、あの子のいた村、嫌い。だから精々混乱して揉めればいい。自滅してくれたら万々歳だ。
後ろにそっと回り込み、血のついた服を置く。そして離れて、わざとガサリと大きな音を立てる。あの男を拐ったときのように。
振り返った男達が、当然血のついた服を発見する。驚いてるね、だってさっきまでなかったもんね。しかも乾いた血じゃない、布切れからは血が滴っている。ついさっき襲われましたよ、って充分アピール出来ただろう。襲った生き物が近くにいる、と思わせれば、当然焦るだろう。どうする?
あいつらは、あの子のことを探しに来た。『強き力をもつもの』に捧げられたかどうかを確認するため。巫女である村長が僕の拠点を把握した、って思ってるみたいだけども、生憎そこはあの子の拠点です。
確かに最近は僕もここにいたけど、ここが僕の拠点というわけではない。まあ探し物は同じ場所ということになるか。
で、あいつらのもう一つ目的がある。あいつらはあの杖を回収したかったようだ。
あの子が風の魔法を使った、あの飴色の木で出来た杖。残念、あれはあの子が肌身離さず持ち歩いている。当然、ここにはない。あれは村の大事な宝物らしい。猫の僕には知ったこっちゃありませーん。
とっとと帰れ。向かってくるなら、僕が相手になるぞ。
グルルルル、とのどを鳴らす。ヒッ、と悲鳴を上げた2人は、村に逃げ帰る選択をしたようだ。まぁ拠点近くをうろうろしてもなにも見つけられなかったし、前回生け贄を運んだ男はおそらく死んだ。これ以上留まる意味もない。しかも姿を確認できない、人を食べるらしき生き物が近くにいる。そりゃ逃げ出すよね。
去っていく後ろ姿をちょっと眺めて、僕はあの子のもとへ戻った。
おネコ様は肉食だぞ! ああでもチュールあげたい。