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「お前どっから入り込んだんだ?」
パルーは、船首の丁度窪みになっているところになんだか丸いものを発見し、持ち上げようとした。そうしたら、それはもふっとしてて、生温かかった。驚いて手を離したら、ぬっと顔をあげたその生き物と目が合った。
なんだか迷惑そうな顔に見える。どうやら寝ているところを邪魔してしまったようだ。
ここは海の上。港町サンデローネからロスリックスへ向かう船の上だ。
今日は快晴。いい風が吹いていて、波も穏やか。絶好の航海日和である。
甲板の掃除に励んでいたパルーは、それに気が付いた。船の中は通常、荷物の配置が決まっている、余計なものは危険だから極力置かないのだ。それに甲板には一般客が来るので、余計なものは置いておかない。
なのに、見慣れないものがある。
そう思って片付けようとしたら、なんと生き物だった。
首輪は付いてる、ってことは客の飼ってる生き物だろうか。しかし、こんな生き物パルーは見たことがない。
ついでにいうと、船の乗客記録に生き物が記載されていた記憶もない。
くあぁ、と大きなあくびをしたその生き物は、ぐいーと伸びをすると、ちら、とパルーを見て、その場に座った。そのままじっとパルーを見つめてくる。なんだコイツ。
持ち上げようとすると、
「おっ…おお?おお?」
思ったより伸びるな、と思ったら、持ち上がらない。よいしょっ、と曲げた腰を伸ばすと、ようやく後ろ脚が離れた。
見た目よりずっと胴体が長い。
されるがままに持ち上げられたそのもふもふは、パルーの目線と同じ高さになると、再びくぁぁ、とあくびをした。
随分と人馴れしたやつだなぁ、と思っていると、近くにいた先輩船員に声を掛けられた。
「おいパルー!何サボってやがる!」
「あっすみません!バルさん見てください」
反射的に謝って、パルーは話しかけてきた男にその生き物を突き出す。相変わらずされるがままのそいつは、振り回されても気にした風がない。ぶらんぶらんと揺れる姿に、随分と身体が柔軟性に富んでいることが伺える。
「なんか船に入り込んじゃったみたいです、今回の乗客記録にはペット連れはいなかったはずなので」
「テキトーに海に投げ捨てりゃいいだろ」
それよりサボるな、掃除がまだ終わってねぇぞ、と先輩船員であるヴァルック(言いにくいのでバルさんと呼ばれている)は後輩をたしなめる。新人ではないがまだまだ下っ端のパルーは、掃除や雑用しかまださせてもらえない。その掃除も量が量だから、一生懸命やらないと時間までに終わらないのだ。
それはそうなんすけど、とパルーは言葉を続ける。
「そういうわけにもいかないんすよ、コイツ人に飼われてるみたいで。首輪してるんです」
途端にめんどくせぇ、といった表情になったヴァルックは、頭をひとしきり掻きむしった。
「見なかったことにしちまえよ、生き物なんてめんどくせぇ。大体食い扶持どうすんだよ」
「乗ってたことがあとからバレて責任問題にされる方がよっぽど面倒じゃないっすか。こいつのしてる首輪、結構いいやつっぽいんです。偉い人とか金持ちとかともめると大変ですよ。残飯やっときゃいいんじゃないですか。おれからも食事分けますし」
パルーは責任感が強いうえに、真面目だ。見つけてしまった以上、見なかった振りはできない。
それに妙に人なれしたこいつを放っておくのは、なんだかとても寝覚めが悪い。
あーあーあー、と唸ったヴァルック。彼があまり生き物が好きではないことは知っている。それに見つけたのは自分だから、自分が責任を取って面倒を見る。そう心に決めた。
へぇへぇわかったよ、しっかり面倒見な、でも仕事の手ぇ抜くんじゃねえぞと言って、ヴァルックは去っていった。
「おいお前、おれはいま甲板の掃除をしているんだ。邪魔にならないところにいるんだぞ。でも目の届かないところに行っちゃだめだからな」
聞いているのかいないのか、その生き物は体をよじらせてパルーの手から逃れると、再び船首部分の窪みに収まった。どうやらその場所が気に入っているらしい。
パルーは再び掃除に戻った。
次に気が付いた吐息、その生き物は同じ場所にいなかった。どこに行った、と探していると、なんとメインマストのマストステップにいるのが見えた。
メインマストをよじ登ったのか…ずいぶん身軽なやつだな、とそうじゃなかった。
「おーいおまえー!降りてこい、危ないぞ!コラー!」
帆やロープに傷をつけられたら堪らない。先ほど面倒を見る発言をしてしまったから、責任を取らされるのはきっと自分だ。パルーは真っ青になった。ただでさえ家計が苦しいのに、こんなところで賠償になんてなったら。それどころか船を首になるかもしれない。そうしたら、どうやって家族を養えばよいのか。
さっきの気軽な気持ちでいってしまった自分を呪いたくなった。




