11
※
置かれた場所で咲きなさい、っていうけれど。
今いるところに絶望していても、そこで咲くまでがんばれる?
人は、希望がないと生きていけないんだよ。
咲く前に散って、満足?
咲くって、何?
生まれてくる意味なんてないよ。意味は自分でつけなきゃ。
一つだけ言えるとしたら。
生まれたことで、幸せになる機会を得たんだよ。
※
あの子のいた村は、この山脈を北に下り、森林地帯を抜けて北東に進んだ先にある。なので、逆側、山脈を南に抜けて大陸南端にある港町にあの子を連れていくことにした。
ここの山脈を越える人間を、僕は見たことがない。人の行き来を感じたこともない(大抵の生き物の気配は離れてたってわかる)。この山々は、山越えを考えるのがバカらしくなるくらい、高く険しく連なっているのだ。森林地帯には獰猛な獣がわんさかいるしね。
しかも、パッと見ではわからないが、東西に長くのびた山脈は最終的に海に到達する。つまり南側の土地は、北側を山に覆われ、それ以外を海に覆われた半島。実質孤島のようなものだ。
その港町は、海上貿易の中継地点として古くから栄えているそうだ。今僕達がいるのは北にある大陸で、南側にも大陸が存在する。南の大陸との行き来の際は、基本的にこの湊町を経由するらしい。
なるほど、大陸間の貿易の重要拠点とな。栄えるわけだ。
エッちゃんの解説を聞きながら、馬車(?)を走らせる。因みに種族名は馬でもドラゴンでもなく、トカゲドリというらしい。頭部はトカゲっぽくて、前足部分は羽。足はダチョウを凶悪にさせた感じっていうの?太くて、爪がとても硬い。
そのわりに、走るときは揺れが少ないのが不思議。なかなか快適だ。
そんな風に走る車内には、すやすや眠るあの子の姿。
じつは、あれから一度も目覚めていない。正確には、エッちゃんにお願いして、眠らせてもらっているのだ。
クッションに凭れて眠るあの子の顔は、とても穏やか。いい夢を見ているといい。
え、エッちゃんへの対価?肉球を堪能させてあげました。ぷにぷに。ぷにぷにぷに。前足後ろ足また前足。爪をにゅっと出し入れ。
最終的に鬱陶しくなって、顔を思いっきり踏んづけてやった。嬉しそうだった。ううん、残念な生き物。
え、なんであの子を眠らせてるのかって?
簡単なことさ。このまま、お別れの挨拶をせずに別れるためだ。
あの、僕たちの家だった洞窟を去る日。
エッちゃんが魔法(?)で車をだしてくれた。そこに荷物をエッちゃんが詰め込んだ。そして、山脈と森林地帯を、エッちゃんの力で空を飛んで(!)越えた。今は港町への街道を、このトカゲドリ車ーー一般的には鳥車と呼ばれるらしいーーで走っている。このトカゲドリはエッちゃんが購入しました。
街道沿いには、車を引く生き物のお店も点在している。有事の際とか便利よね。よく考えてる。
なに?エッちゃんしか働いてないって?
仕方ないじゃん!僕は可愛いのと丈夫なのが取り柄なのだよ。他は今は無理!
さーて、目的地はもうすぐそこだ。
門と、検問が見えてきた。
エッちゃん曰く、ここの町長はわりと人格者で、孤児の対応なんかも他の土地と比べるとましなようだ。孤児だとしても、景気のいいこの町では人手として歓迎されるらしい。
町の孤児院はいくつかあって、ある程度教育を受けたあと、働き手として色んな所に雇ってもらえる仕組みがあるんだって。
この町は貿易拠点だからね、船旅で子どもが出来ちゃった男女が一定の寄付を条件に孤児院に引き渡す、なんてこともよくあるらしい。
船は長旅だし、娯楽も少ないし、狭い範囲で男女が一緒にいると、ね。
こういう子どもが町中で放置されると、あっという間に治安が悪くなるらしい。スラム街が出来るのはある程度仕方ないが、そこになるべく子どもは関わらせない。
そういう方針だとか。
わけありの人間も、この町なら人手歓迎ということで職にありつけることもあって、さまざまな背景を持った人たちが集まるのもこの町の特徴なんだってさ。
そんな町なので、あの子を受け入れてもらうにも良いだろう、というのが僕とエッちゃんが出した結論。あの子は恐らく元の村からは追われるだろう。
この場所にたどり着くあそこの村人は、まぁいないと思うけどね。すごく離れてるし。
でも万一のために、ここで居場所を作っておいて、この町で保護される立場になっておくに越したことはない。
拾ったペットは最後まで責任を取る。拾ったら人間もきちんと面倒を見ますよ。
入り口の検問を通過して、町に入った。
おお、人が多い!!
街道も沢山の人が行き来してたけど、町のなかとなると活気がすごいね。色んな土地の物品が並んでいる。この辺りは食料を扱う店と、宿屋が多そうだ。
聞き込みをして、この町で評判のいい孤児院を教えてもらう。お店で商品買ったついでとか、石(魔石というらしい)の換金のついでに聞き込み。うん、食べ物も美味しい!
町をふらふらして、1件のよさげな孤児院の情報を仕入れた。町外れにあるちょっと古めかしい建物だが、院長の女性が逞しく商才に溢れた人物で、教育と就職先斡旋、その後のフォローにも力をいれているらしい。いいねいいねー!
自分でお金を稼げるように、しっかり勉強して欲しい。
早速その孤児院に向かう。
孤児院の院長とは、すぐ会うことが出来た。幸い、孤児を町民として受け入れる手続きも請け負ってくれるらしい。
ちょろっとお礼という名の賄賂も加えて寄付をして、よく面倒を見てもらうようお願いした。エッちゃんが。
そう、実体を持ったエッちゃん、イケメンなのだよ。格好いいのよ。生前の僕と比べるのがアホ臭くなるくらい。にっこり笑ったら、女性は大抵クラっときちゃうんじゃないかな?
そんなエッちゃんの、満面の笑みを正面から食らった院長、大丈夫だろうか。二三歩後ろに下がって顔を片手で覆っておりますことよ。
ふふ、これであの子の扱いはきっと良くなるはず。使えるものはなんでも使っとかないとね!
え、僕?エッちゃんの腕の中で、可愛さアピールしてましたが、何か?
気を取り直して、受け入れる孤児を確認する院長。鳥車のなかですやすや眠っているあの子を見て、目を細めた。優しそうな顔だ。
「もう少ししたら起きると思いますので、どうぞ宜しくお願いします。ちょっと荷物が多いんですが、安全な保管場所ありますかね?あの子が働きに出るようになったら、渡してあげてください」
持ってきた荷物はここの孤児院に渡す。正直、あの子の身に付けているものとバッグ以外の荷物は、この孤児院で勝手に使ってくれて構わないとも思っている。というか、きっとあの子はそうするだろう。
あの子は、心を開いた相手には、とても優しいから。
「この子、なかなか戦えます。森のなかで1人でサバイバル出来る能力があります。しかもなかなか可愛いでしょう?将来有望ですよ。でも男性にはトラウマありなので、そういうお仕事は向いていません。薬師の心得もあって、簡単な薬は1人で作ることも出来ます。なかなかの人材ですよ。ですからどうか、一人前にしてあげてください」
エッちゃんが院長にお願いしてる。
そうなんです。僕たちの旅には連れていけませんが、とてもいい子なんです。
幸せを願っているんです。
にゃあん、と一鳴きして、エッちゃんの腕からするりと抜け出す。あの子にすりすり。そして院長にもすりすり。
どうか宜しくお願いします。
あの子をーエニシを。
あの子の名前は、エニシだ。そう、呼ばれていた。
でも。院長には教えない。
ここで、新しい名前をつけてあげてください。生まれ変わらせてあげてください。
「わかりました、この子は立派に育てます」
院長は言った。うん、頼んだよ。
「最後に1つ、聞かせてくださいな」
ん?
院長の目がスッと細められる。
「この子はあなた方の子どもですか?」
……それ、猫である僕の子の可能性も疑ってるのかなー?
この世界、猫の子が人間になることがあるの?
(ハーフならありえますよ)
小声でエッちゃんが教えてくれた。
あ、なーる…。
猫と人のハーフ?猫と人?いやどうやってゴニョゴニョするのさ……。
いやこの場合、疑われてるのはエッちゃんか?
「この子は森のなかで出会いまして。暫くこの猫と一緒に暮らしていたらしいんですよ。そこを私が保護しまして」
「左様でございましたか。では、その猫も置いていくのですか?」
「いえ、この子は私が連れていきます。あの子は、この猫とは森のなかで出会っただけのようで。妙に私に懐きましてね。折角なので、一緒に旅をする予定です」
そういう設定にしておく、と事前に打ち合わせ済だ。
すりすりゴロニャン、とエッちゃんの腕の中で甘えて見せる。
おいエッちゃん、顔。顔か壊れてるぞ。
さて、細々したやり取りもおわった。
これで、さよならだ。
眠っているあの子に向けて、にゃーん、と一声。
さよなら。
「いいのかい?」
エッちゃん、いいの。
僕とあの子は、やっぱり違うもの。
一緒にいない方がいい。
あの子はひとのなかで幸せになれるから。
人の社会の中で、過去を断ち切って、再出発して欲しい。
今までの絶望を捨て、これからの人生で幸せを掴めるよう、新しい人生を。
これが僕にできる最大限の贈り物だ。
黒猫って、目を閉じると本当に黒しかないですよね。飼っている方、うっかり踏んだりしないんでしょうか。




