88 赤の王《Side.黒魔女天使》
「結局、シルバーウルフ族だったら、誰でも良かったんでしょ?」
ヴァニラは足組みをする足を、苛立つ様に小刻みに揺らした。
「そうだ。しかしヴァニラは不運にも、その力を示してしまったのだ」
「つまり、たまたま白羽の矢が立ったのがシルヴァだったって事?」
「あら。ヒメ様。たまたまではないと思いますよ」
「どうして?」
フランは続けた。
「例えシルヴァ様を隠していたとしても、ロベルトという男には見極められていた事でしょう」
「フラン!その男の事を知っているのか!?」
ヴァニラは足組みを止めて、そのまま地面を踏み付け、大きく音を立てた。
「私の知る限りでは、今の話に合致するロベルトという人物は一人しかいません」
「それは、どんな奴なんだ!」
ヴァニラは、両手をテーブルに叩きつけ、身を乗り出した。
「竜騎士ロベルト。如何なるドラゴンをも手懐け、その力を自在に操る。勿論彼はドラゴンよりも強いですよ。人間の王、直轄の部隊長が一人、最強のドラゴンライダーです」
「そんな奴が相手で、叔父様たちの命があったのを喜ぶべきなのかな?」
「それも全てシルヴァのお陰だよ。ロベルトの言葉には恐ろしい魔力があった。それを見越しての行動だったのかもしれんな」
その言葉を最後に、誰一人として口を開かなかった。
「「お嬢!大変だ!シルバーウルフだ!」」
沈黙を破ったのは双子の兄弟だった。
扉を乱雑に開け放ち、同じ右足から、そして同じ歩幅で入ってきた。
「ボ兄。バ兄。シルバーウルフしか居ない村で、何を当たり前な事を言っているのですか」
フランは無表情で、しかしどこか恥ずかしそうに、二人を叱責した。
「「違うんだ!亡霊だ!馬車を囲んでいたのは、シルバーウルフの亡霊だ!」」
「亡霊だと!?それは確かなのか!!」
今度はヴォルフが、テーブルから身を乗り出し、鋭い眼光で射るように双子の兄弟を凝視した。その威圧に耐えかね、双子の兄弟は同時に左足を一歩後退させた。
「「あ、ああ。赤い瞳の銀色の狼が、屋敷の前に集まっている!いずれも僅かに浮いている!雪に足跡が付かないんだ!」」
「何かの見間違いじゃ?ねぇ叔父様。叔父様?」
ヴォルフは力なく椅子に座り込み、震える手で顔を覆った。
「何という事だ……このような時に」
「何?お、お化け?この十字架は効くかな?」
ヒメはサンストーンが嵌めてある、銀のペンダントを皆んなに見せた。
その場にいる者は、目を細めヒメを一瞥すると無言でヴォルフへと視線を戻した。
「叔父様……」
良くない事が起きたのだと察して、声をかけることを躊躇した。しかし、ヴォルフは震える手で顔を隠したまま話し始めた。
「このような時に姿を現すとは……シルヴァの元へ行けるやもしれぬ」
予想外の言葉に耳を疑い、誰一人として一言も発せられない中、ただ一人、ヴァニラは違った。
「それはどういう事?」
食い入る様にヴォルフに問いた。
「英霊だ」
「英霊?」
「表の世界で命を落とした英霊たちが、シルヴァを救いに自ら顕現されたのだ!シルヴァの元へ導いてくれる……」
ヴォルフは椅子から立ち上がると、焦点が定まらない隻眼で、フラフラと扉へ歩き始めた。
「ヴォルフさん待って!」
しかしヴォルフは足を止める事はしなかった。忠誠を誓ったはずの、ヒメの声が届かない程の何かに、心を奪われているかのように。
そして、双子によって解放された扉を通過し、そのまま外へと続く扉の前に立ち、背中を向けたまま懇願した。
「ただ一人の……この世に一人の、愛する我が子の命と引き換えに、僅かな時間を生き延びる事を選んでしまった。
ヒメ様……御無礼を承知でお願い致します。シルヴァを……シルヴァの命を救って下さい。」
そこまで話すと扉を開けた。
外は吹雪。
しかし、そこには獣化した銀色のシルバーウルフたちが、所狭しと集まっていた。表情は伺えないが、怒りに燃える真っ赤な瞳が、吹雪の中に幾つも浮かんでいた。
「こ、これが英霊」
ヒメは、英霊たちの無言のプレッシャーに、自然と後ろに下がっていた事に気付きもしなかった。
ヴォルフは振り向くと、残された右目から涙を流していた。
「英霊たちの力を借りれば、シルヴァの元へ転移する事が可能です。ヒメ様!恥を忍んでお願い致します。どうかシルヴァを救ってください!主君への態度ではない事は理解しております。罰は何でも受けます!しかしシルヴァだけは……シルヴァを死なせたくない!お願いしますどうか、どうか!」
英霊を背に嘆願する様は、まさに一族の長。
そして、失った左目からは赤い涙が流れ出した。
「ヴォルフさん泣かないでください。必ずシルヴァを連れてきます!それまで涙は取っててください」
それを見ていたヴァニラは指笛を吹いた。すると馬車に寝ていたベティが、おでこにアイマスクを上げて眠たそうに飛んできた。
「勿論ヴァニラたちも行くよ!英霊の転移って人数制限はあるの?」
「ヒメ様!ヴァニラ!ありがとう」
ヴォルフは涙を拭うと、首から下げていた、クリスタルのように輝く、紅い牙のネックレスをヒメに渡した。
「このネックレスは英霊の牙。そして赤い月が満月の時にのみ、赤の王を召喚する事が可能になります。しかし今は満月ではありませんが、既に赤の王は自ら顕現されております」
「まさか彼らが赤の王ですか?」
「左様です。何故このような事になっているのかは分かりません。しかしきっと英霊たちの意思で、シルヴァを救う為に顕現されたのだと思いたい」
先程までとは違い、ヴォルフの瞳には強い意志を感じる。
「転移の方法は赤の王の背に乗る事です。英霊の牙は一対です。片方から、もう片方へと転移する事が可能です。その片方は、既にシルヴァに渡しております。そして、これだけの数が顕現されたのは初めての事。人数制限など無いに等しい」
「大体分かりました。赤の王の背に乗ればシルヴァの元に行けるのですね。皆んな準備は良い?行くよ!」
「ヴァニラはいつでも行けるよ!」
「あら。私もいつでも構いませんよ」
「「我らも準備は出来ている!」」
「ボッコスさんとバッコスさんは、ここに残ってシルバーウルフの皆さんを守ってくださいね」
双子の兄弟はお互いを見合い、ヒメに向き直ると肩を組んだ。
「「分かった!ここは任せろ!」」
「ヒメ様!シルヴァを宜しくお願い致します」
ヴォルフは深々と頭を下げた。
「ヴォルフさん約束です。涙の無駄遣いはしないでくださいね。帰って来た時涙が枯れてたら、シルヴァが悲しみますよ。それでは行ってきます!」
目の前にいる赤の王たちは狼の姿に変化した。
ヒメ、ヴァニラ、フランはそれぞれ赤の王と呼ばれたシルバーウルフに跨った。
「宜しくお願いいたします」
『ワォ〜〜〜〜〜ン』
ヒメが乗った赤の王が遠吠えをすると、ヒメたちを乗せた三頭を残し、吹雪の中に消えて行った。それを追って残った三頭も吹雪に向かって走り始めた。
ヴォルフは、ヒメたちが消えた後も頭を上げようとはしなかった。
〜〜〜
「何あれ!!」
ヒメたちの目の前を走る大勢の赤の王たちが、次から次へと折り重なり始める。すると一頭の巨大な赤の王の頭になった。それが大きく口を開けるとヒメたちの乗った三頭は、その口の中へと飛び込んだ。
「いやぁ〜〜〜!」
ヒメたちが口に入ると上顎が勢いよく閉まり、そのまま雪の中へと沈み込み、巨大な赤の王は音も無く霧散した。
そして雪には足跡はおろか、巨大な赤の王の痕跡さえ見当たらなかった。




