86 ワイバーンの脅威《Side.黒魔女天使》
「ワイバーンが来るぞ〜!」
「四頭だ!四頭もいる!!」
「逃げろ〜!」
「うわぁ〜〜!」
村人が教会の前で叫び声を上げ、中へ雪崩れ込んできた。
ワイバーンとは、低位のドラゴンである。体長は約5メートル。見た目はトカゲと酷似しているが、口内には無数の牙が生えていて、前足は大きな翼と一体化している。
「ヴォルフ様、ワイバーンが攻めて来たようです」
アルベルトは、綺麗にたたまれたヴォルフの上着を差し出した。
今し方、傷の治療を終え全快したヴォルフは、窓に目をやると、遥か上空に、こちらへ向かうワイバーンを視認した。
新しい上着は受け取らず、アルベルトへと視線を送った。獣化すると、服は再び使い物にならなくなるからだ。
ヴォルフは落ち着いた低い声で、アルベルトへ指示を出した。
「教会の鐘を鳴らせ。戦力が集中しているここに誘い込む。戦える者は武器を持ち、裏口から出て彼奴らの後方にて待機させよ。シルヴァをここへ呼べ。私とシルヴァは正面から出る。合図を待て。一斉に仕掛けるぞ。指示を各達したならば、アルベルトはここに残れ」
「承知しました」
アルベルトは残像を残し、その場から消えていた。
「お父様〜!あっごめんなさい。痛っ大丈夫ですか?うっ済みません!」
バタバタと走り、人にぶつかっては頭を下げて中々ヴォルフまで辿り着かない、銀髪の少女がいた。
「ドラゴンだぁ〜!食われるぞぉ!いてっ」
銀髪の少女は、黄色い服を着た男とぶつかり、彼は持っていた野菜を落としてしまった。
「大変!大丈夫ですか?」
少女は散らばった野菜を拾い集め男に渡すと、ようやくヴォルフの前まで着いた。
「アルベルトに聞きました!!イエロードラゴンに村の畑が襲われて、野菜が食べられたと!……これ食べます?」
少女は、先程拾い上げた野菜を一つ持って来ており、それをヴォルフに見せた。
「お前は伝言ゲームも出来んのか!しかもアルベルトを経由してたった一人だぞ!何故そこまで話が変わったのだ!最後にぶつかったあいつか!影響受け過ぎだ!もっとシャキッとせんか!」
「ごめんなさい……」
「全く……はぁ。良いか?ワイバーンの襲来だ!鐘を鳴らし、ここへ呼び込み挟撃する!四体おるが、私とシルヴァが正面から引きつけ、残りは裏から回り込む寸法だ」
「分かりました。お父様」
シルヴァが作戦を理解したその時、近くでアルベルトの声がした。
「配置完了いたしました」
ジルヴァの斜め後ろに立っていた。
「重畳。シルヴァ準備は良いな?」
「僕はいつでも行けます」
「よし、鐘を鳴らせ」
「承知しました」
アルベルトがヴォルフに頭を下げ、頭を上げると同時に右手を上げた。直後、教会の鐘が鳴り響いた。
鐘の音を聞き、ワイバーンは進路を変え教会へ向かい始めた。
「それでは行くぞ」
ヴォルフは正面の扉を開けて表に出た。
一体のワイバーンが、教会の前の広場に着地する体勢に入っていた。
(一体!?他のワイバーンは?しかし好都合だ!)
それを見たヴォルフは遠吠えを行った。
「ワオォォ〜〜〜〜ン!」
着地する寸前の、無防備な瞬間を狙ってのことだ。
教会の裏から出た別の仲間たちは、ヴォルフの指示通り広場の向こう側で、獣化し待機していた。
遠吠えの合図と共に、仲間たちがワイバーンの背中に飛びかかった。それを見たヴォルフは獣化して正面から飛び出した。
「グロロロロォ!行くぞ!シルヴァ!シルヴァ?」
隣にいたはずのシルヴァの姿は無かった。
「怖気付きおって!」
ヴォルフはヘイトを自分に向けるべく、再度遠吠えを行いワイバーンを睨みつけた。
ワイバーンがヴォルフに睨み返したのを確認して、
重心を低く下げ疾風のごとく走り出した。
ワイバーンは着地と同時に大きく息を吸い込んだ。口元から溢れ出す熱気により、ワイバーンの顔が陽炎で揺らめく。それは炎のブレスがいかに高温であるかを物語っていた。
しかし、背後の屋根から飛び出した仲間の一人が、頭に勢い良く飛びかかり、手にした大槌で殴りつけた。ワイバーンは後頭部に強烈な一撃を受けて口を閉じると、口内で炎を暴発させ頭を大きく仰け反らせた。
「よし!皆の者、畳みかけろ!」
ヴォルフは喉元へ噛みつき、残りの仲間も背中や足、翼へと噛みついた。
口内で暴発した事で、動きを止めていたワイバーンであったが、意識を覚醒させると、翼を羽ばたかせ、首をうねらせ、暴れ始めた。
激しく動くワイバーンから、一人、また一人と弾き飛ばされる。最後の一人となったヴォルフもまた振り解かれ、地面に激突した。
「くっ!亜竜とは言えドラゴンの端くれ。やはり一筋縄では行かないか。このような時にシルヴァは何をしておるのか!臆病風に吹かれたか!」
地面に拳を叩きつけ、再びワイバーンへと飛びかかった。それを見た仲間たちも唸り声を上げヴォルフに続いた。
ワイバーンの皮膚はドラゴンの硬い鱗とは異なり、ゴムのように弾力のある皮である。しかしその強度は確かなもので、ヴォルフたちが噛みつこうが切り裂こうとも、擦り傷一つ付かない。
幾度となく攻撃を繰り返すが、ダメージを受けるのはヴォルフたちのみ。
鋭利な翼に切り裂かれ、強靭なアギトに噛み砕かれ、仲間たちは次々と地に伏せた。
そして最後の一人も、巨大な鞭のようにしなる尻尾に弾かれ、地面にめり込み気を失った。
「化け物め!やはり満月でなければ、我らに勝ち目はないのか!」
ヴォルフもまた、鋭利な翼で片目を縦に斬り裂かれ、そのままの勢いで斬られた、延長線上の左腕も感覚を失い、指先からは大量の血を滴らせていた。目の前の脅威は、着地した時と変わらぬ無傷である事を、残った右目が写していた。
ワイバーンはヴォルフを睨みつけるとピタリと動きを止めて、大きく息を吸い込んだ。
教会の前に立つヴォルフはチラリと後方を見て舌打ちをした。
「ここまでか……」
ヴォルフは苦渋に満ちた顔で、残った右目の瞼を閉じた。