81 貴族【Side.ビニール仮面】
「おい!起きろ!」
アスカは顔に水を掛けられ目を覚ました。
「ここは……くっ!頭が!」
後頭部に痛みが走り顔を歪める。
「よく眠れたか?」
視力が戻ると目の前には、教会でりんごを当てて追い返した貴族ダズカスが、気色悪い笑みを浮かべ正面の椅子に座っている。その両サイドには護衛の騎士ゲレイドと、ローブを着た男が立っていた。
「ああ、良く寝たよ。ハァハァ。目覚めは最悪だけどな。そ、その顔のせいで吐き気がするよ。寝起きに見る顔じゃぁないな」
「ワシも今日は、グ〜〜〜ッスリ、眠れそうだ。貴様の泣きわめく声を子守唄にしてなぁ。ヒッヒッヒ」
ホイッスルのように甲高い声が頭に響く。
アスカは痛む後頭部を右手で押さえると、手にはベッタリと血が付着した。しかしこれは、アスカにとって僥倖であった。
(ん?手が動かせる)
自分の現状を確認して安堵した。
腹部を椅子の背もたれに紐で縛られている。しかし拘束する物はそれだけだった。両手両足は自由に動かす事が出来る。人がいなくなれば変身出来る。
(よし!こいつら俺を侮ったな!)
「悪夢を見せてやるよ!ションベンちびるなよ」
「ヒーッヒッヒ。粋がれるのも今のうちだ。ワシに逆らった事を後悔させてやる」
「俺を甘く見ない方が良いぞ」
「ワシはなぁ。貴様のような底辺のゴミでも、全力で殺す主義なんだ。いいか?貴様こそ、ワシの全力を甘く見るなよ」
自由に両手を動かす事を知り、余裕が出てきたアスカは周囲を確認した。
(何だここは。牢屋なのか?)
レンガのような石で四方を囲まれた、10畳程度の薄暗い部屋だった。壁には鎖が二本垂れ下がっており、その先には手錠のような拘束具が付けられている。反対の壁際には鉄製の机があり、様々な工具が乱雑に放置されていた。
(趣味悪りぃ)
アスカの額から一筋の汗が流れ落ちた。
「ミミ聞こえるか?」
アスカは小声で懐に忍ばせたミミに話しかけた。
しかし返事は無かった。慌てて首元の服を伸ばし、中を確認したがミミの姿はなかった。
「ミミ!くそっ!ミミをどうした?」
「ミミ?ああ、レアなモンスターの事か?丁重に保護しているよ。オークションに出して売り飛ばす為にな。ヒッヒッヒ」
「何処にいるんだ!」
「言う必要は無い。ヒヒッ。どうせ貴様は死ぬんだからなぁ」
「この屋敷の中にいるんだろ?探し出す」
「ここから出られる訳がないだろう。頭を強く打ち過ぎたか?ゲレイド!」
「いえ。決してそのような事は。死なないように優しく殴りました」
「底辺だぞ、次からはもっと、も〜っと優しく殴るんだ。危うく殺してしまうからな。ヒーッヒッヒ」
三人はアスカを嘲笑い始めた。
(今に見てろよ!その汚い笑い声を止めてやる)
「話は終わりか?だったら一人にしてくれないか?」
「予告をしようか。貴様は必ず命乞いをする。泣きながらなぁ。申し訳ありませんでしたダズカス様。二度と逆らいませんとな。優しいワシはどうすると思う?きっと命だけは助けてやるんだろうな。ヒーッヒッヒ」
アスカは手首に違和感を感じ視線を落とすと、右手首には見慣れない腕輪がはめてあった。
「それは無力の腕輪。一切スキルが使えなくなる。囚人用だ。高額だから、底辺には手に入れる事など出来んだろうなぁ」
貴族たちは笑い続けた。
(マジか!これじゃあ変身出来ない。くそっ!)
アスカは頭が痛むフリをしてイヤーカフを触った。
「本当にスキルは使えないのか?」
「ワシが何のために嘘をつく必要があるんだ?」
ナレーションは返事をしなかった。
(おい!返事をしてくれ!ヤバイ!変身出来ない)
超亜空間から魔石を取り出そうと手を叩いた。
「虫でもいたか?それとも今のがスキルの確認か?ヒーッヒッヒ。顔色が悪くなってきたぞ」
(嘘だろ……)
「ヒーッヒッヒ。可哀想に、顔面蒼白だな。さっきまでの勢いはどうした?」
「……くそっ」
「理解したか?諦めたか?つまらんなぁ。ゲレイド!やれ!」
「はっ」
「待て!そうだ。ワシの顔にりんごを当ておったな。あれは痛かった。貴様にも同じ苦痛を与えよう。ゲレイド。左の頬だ」
「承知しました」
ゲレイドはアスカの前まで歩くと、右の拳でアスカの左頬を殴った。
「ぐはっ」
その衝撃でアスカは椅子ごと倒れ込んだ。
(痛ぇ!マズいぞ。どうする)
「おいおいゲレイド。優しくしないと、死んでしまうではないか」
「そうでした。申し訳ありません。うっかりしてました。おい!起きろ!」
ゲレイドはアスカの首元を掴み、椅子ごと持ち上げその場に再び座らせた。
「左頬だぞ」
再びアスカは、左の頬を殴られ椅子ごと倒れた。
ゲレイドはアスカを座らせると、左の頬を殴った。
それは、何度も何度も続けられた。
「ヒーッヒッヒ」
痛みで気を失うが、水を掛けられ強制的に起こされる。
そしてまた左の頬を殴られる。
「や、やめてくれ……」
アスカの左頬は、腫れ上がり、ざくろのようになっていた。左目は潰れ、殴られる度に血肉を撒き散らした。左耳は既に聞こえていない。
「も、もうやめてくれ……」
「は?その言葉はワシの予告と違うな?しかし予告通りに事が進めば、ミハエルに回復させてやろう。どうだ?」
「ふざ、けるな……」
「続けろ」
ゲレイドは容赦なく腫れ上がった頬を殴り続けた。
「あがっ……」
口からは血を吹き出し、口内も歯が折れグチャグチャになっていた。
「まだ聞こえているか?その口ではもう喋る事もできんな。ワシはまだ全力を出してないぞ。しかしワシは優しいからなぁ。予告は覚えているか?予告通りにすれば許してやろう。だが痛いだろう。苦しいだろう。優しいワシは、これ以上苦しまないように、ちゃんと殺してやろう」
(お、おれは、死ぬ、のか……シスター・フラン、すまない)
片目になり、霞む目を凝らしてダズカスを見ると、驚きの表情をしている。
「なにもの……きさまら……のか」
何かを話しているが耳鳴りがして聞こえない。
ゲレイドも驚いて何かを話しているが聞こえない。
「どこから……」
「ダズ……さがって……」
三人はアスカの後ろに向かって叫んでいる。
(なんだ?おれの、う、うしろに、だれか、いるのか?)
振り向く力さえ残っていないアスカの右側を、誰かが通り前に出てきた。
刹那、ゲレイドは吹き飛びミハエルに当たると、二人は奥の壁に叩きつけられた。
(なにが、起きた……)
アスカの残った右目に映し出されたのは、緑の肌をしたあの人だった。
「シスター……フラン?ど、どうして……ここへ」
『ダズカスの指示で、拷問を受けるアスカ。
それは、左頬のみを執拗に殴られるという、陰湿な仕返しだった。
しかし、死を感じたその時、フランらしき人影が救助に現れた。
耐えろアスカ!忍べイセカイザー!
次回予告
救助』
「耐え忍んだよ!ハッキリ見えないが、シスターフランが助けに来てくれた!」