74 リズベスの神速
クィーンヴァンパイアをなんとか倒したゼンジであったが、マークチェンジのスキルを使い、陸自から海自に変わるのと同時に、レベルが1になっていた。
(ヤバい!早くレベルを上げないと……このままだと下手したら、一撃で死んでしまう)
「ゼンジ、残ったクィーンヴァンパイアの部分は持って行った方がいいのじゃ」
「分かった。一応持って行くよ」
ゼンジは、衣のうに無反動砲と、クィーンヴァンパイアの下半分を収納した。
「ウォ〜ン!ありがとうゼンジ!二度も助けられるとはな」
「そうだな。しかしここは危険だ。他にもいるかもしれない。森の中に隠れよう」
ゴードンは再び親指で後ろをさした。しかしリズベスが驚くべき事実をサラッと言った。
「はぁ。それはちょっと遅かったわね。もう一体、湖の底からこっちに向かって来てるわ」
「何だって!冗談だろ!」
「冗談じゃないぞ!リズベスさんのスキルは〈探知〉だ。リッキーの〈気配察知〉の上位互換だから、精度も距離もまるで違う!」
「マジか!」
ゼンジは慌てて衣のうを出し、そこから干し肉を取り出すと口に入れた。
「こんな時に飯食ってる場合か!」
ゼンジのMPが、ミリタリーポイントとは知らないゴードンは、呑気に食事を始めたゼンジに、声を裏返して撃を飛ばした。
しかしそれどころではないゼンジは、涙を流しつつ硬い干し肉を水で無理矢理飲み込んだ。
「うへへぇ!エムヒーの……モグモグ、んぐっ!うるせぇ!MPの回復だ!無反動砲……ダメだMPが足りない。いや違うか。海自だと覚えてないんだ!ヤバい!」
癖で干し肉を食べたが、その前に食べていた干し肉で、19しかないMPは既に回復していた。
そこでゼンジは、陸自の時に出していた無反動砲を、衣のうの中から取り出した。
その時湖から、黒くて丸いドーム状の物体が浮かび上がった。そしてあっという間に距離を詰め、尻尾状のクィーンヴァンパイアが上陸を開始した。
「撃つのじゃゼンジ!発砲するのじゃ!」
「まだ早い!やつの体が開いてない!」
『近づかせたらダメだよ!また倒れてくるよ!その武器なら大丈夫!』
(無反動砲はこれが最後なんだ……しかし、これ以上自分の判断ミスで、仲間を危険に晒す訳にはいかない)
「了解!耳を塞いでくれ!」
全員から準備完了が告げられると、後ろを確認して引き金を引いた。
(頼む!当たってくれ!)
爆音と共にドーナツ状の煙を残し、HEAT弾が飛び出す。そして無反動砲の後方から燃焼ガスが噴出した。
HEAT弾がクィーンヴァンパイアの体の中央に着弾すると、激しい爆発音と共に爆煙が立ち上った。
今度は体の大部分を吹き飛ばすと、少し残った尻尾の先が倒れてクネクネと動き出した。
「す、凄い……凄いです!ゼンジさん!」
無反動砲を初めて見るリッキーは、目を丸くして叫び声を上げた。
そして、しばらく動いていたクィーンヴァンパイアの残りも動かなくなった。
ーパッパッパッパカパ〜ンー
(レベルが上がった……良かった倒せたみたいだ)
「はぁ。驚いたわ。クィーンを一撃で倒すなんて」
気だるそうにため息を吐くリズベスのセリフからは、驚いているようには感じなかった。
「ウォ〜ン!とてつもない威力だ!」
「だな。敵に回らないことを祈りたい」
ゴードンはボソリと呟いた。
「はぁ。私がここまで来て何もせず帰ると、ロックジョーさんに大目玉を喰らうわ。はぁ。気が進まないわ。はぁ。貴方がたはここに居てください。はぁ。気が進まないけど湖を一周調査してくるわ」
何度もため息を吐き、リズベスはそう言い残すと音もなく消えた。
「何を言ってるんだ?この湖を一周調査するのに、一体何日かかると思ってるんだ。それまで自分たちはここで待機するのか?」
ゼンジはリズベスが立っていた場所と、ゴードンを交互に見た。
「多分そろそろ戻ってくるぞ。リズベスさんの冒険者ランクはAだ。素早さの能力値は桁外れなんだ。それ以外はEランク相当だがな」
ゴードンがリズベスの説明をするまでおよそ20秒。そのリズベスの声がゴードンの後ろから聞こえてきた。
「はぁ。Eランクは言い過ぎじゃないかしら」
「リ、リズベスさん!!す、すみませんでした!Eランクは言い過ぎました!!」
軽口を聞かれたゴードンは、背筋を伸ばし、まるで一本の棒のように真っ直ぐになった。
「はぁ。どう見積もってもFランクだわ。お世辞でも嬉しいわ」
「え?そっち?怒って……ないん……ですね」
ゴードンは口を滑らしたと思っていた為、安心した反動で、皮の鎧が着崩れるほど脱力して意識を飛ばした。
「はぁ。他に反応は無かったわ。湖の周辺にはブラックもクィーンもいないわ」
「まさか、この数秒で一周してきたんですか?」
リズベスは嘘を言ってる様には見えないが、ゼンジは到底信じられなかった。
「はぁ。そうね」
リズベスは、切長の目を更に細めてゼンジを見つめ返した。
「はぁ。ちなみに貴方が倒したと言う複数のブラックは、多分クィーンの幼体ね。そして二匹のクィーンはつがいでしょうね」
「えっ!ブラックヴァンパイアじゃなかったんですか?」
「はぁ。状況から判断して、まず間違いないわ」
リズベスは、倒したのならどちらでも良いじゃないと付け足した。
「はぁ。それでは私は報告があるので先に戻るわ。貴方たちも無理せず戻るように」
口を開けて惚けるゼンジの返事を待たず、リズベスはその場から消えた。
「消えた……テレポーテーションでもしたのか?」
「転移のことか?違うぞゼンジ。リズベスさんは走ってるだけだ。超高速でな。そろそろラムドールに着いてるかもな」
ゴードンは、リズベスがいなくなり意識を取り戻した。
「嘘だろ!大体、ここから村まで何キロあると思ってるんだ!そんな事、不可能だろ!」
「リズベスさんのスキルはそれを可能にする。と言っても俺も噂で聞いた話なんだが〈神速〉と言って目に見えない速さで動くことが出来るらしい」
「スキルか……やっぱりこの世界はスキルが全てなんだな」
ゼンジは深い溜息をつきながら空を見上げた。先程までの雨が嘘のように上がり、雲ひとつない綺麗な青空が広がっていた。湖の向こうには、遥か彼方に美しい虹が掛かっていた。
そしてしばらくするとスキルに錠が掛かる音が聞こえ、安心を覚えるゼンジであった。
〜〜〜
〜ラムドールの村『白い雄鶏亭』〜
ロックジョー、村長、テープル、そしてリオの四人は、浮かない顔でテーブルを囲んでいた。
ロックジョーの前には、エールが入った木のジョッキが五個置かれている。
「おかしい……リズが戻って来ない!湖までの距離に手こずるはずがない。何かあったな……全滅か、それ以外の何かか……」
ロックジョーはエールを一気に飲み干した。
「全滅ですか!?そ、それ以外の何かとは?」
ロックジョーの言葉に、テープルは椅子を倒して立ち上がった。
「リズのサボりだな。ガッハッハ」
ロックジョーはエールを一気に飲み干した。
「へ?サボり?」
テープルは気の抜けた返事をした。
「はぁ。人を何だと思ってるんですか。今まで一度もサボった事などありません」
ロックジョーの後ろに突如現れたリズベスは、横を向き面倒臭そうに窓の外を眺めている。
「ガッハッハ冗談だ!その様子だと無事だったようだな。俺の考え過ぎだったか。ブラックヴァンパイアは倒せたか?」
ロックジョーはエールを一気に飲み干した。
「はぁ。ロックジョーさんの推測通りでした。違った点は、クィーンヴァンパイアを撃破したことです」
「ぶーーっ!!げほげほっ!な!そいつは本当か!?」
ロックジョーはエールを豪快に噴き出し、向かい側に座っていた村長はエールまみれとなった。
「はぁ。本当です。しかしまずは、村長さんに謝ってください」
「ガッハッハ!村長すまんな、勿体無いことをして。しかし……ゼンジはそれ程なのか?」
ロックジョーはエールを一気に飲み干した。
「はぁ。謝り方を間違えてますよ……はぁ。彼自身はそれ程でもないという印象ですが、スキルは別です。あの錬金術は異常です。(はぁ。錬金術ではないのかも……)」
リズベスは言葉には出さなかったが、その考えは核心をついていた。
「ガッハッハ。なら俺もひと仕事するか。リズ、村人全員家に入るように伝えてくれ。何が起きても出てくるなとな」
ロックジョーは最後のエールを一気に飲み干すと、すっくと立ち上がり出口と反対側に歩き始めた。
「はぁ。どこに行くんですか?出口は反対ですよ」
「ガッハッハ!便所だ。戦闘中に催す英雄など締まらんからな。リズも行くか?戦闘前の連れションと洒落込むか!」
「はぁ。連れションのどこが、お洒落なんですか。子供じゃあるまいし。一人で行ってください。そして扉を閉めたら二度と出て来ないでください」
「ガッハッハ。まだ入ってもいないのに、出る話をするとは、話の流れも神速だな」
「はぁ」
リズベスは心の底から溜息をついた。
(女神様、こちら自衛官、
もう二度と調子に乗りません!心身共に鍛え直します!どうぞ)