71 自衛官の自惚れ
「やっぱりやめようよゴードン!危険すぎるよ!」
「何が危険なんだ?動いてないんだろ?それが普通だ。ブラックヴァンパイアで間違い無いかもな」
怯えるリッキーを他所にゴードンは進み続ける。
「ウォ〜ン!湖だ!」
叫ぶノックに、ゼンジは自分の口元に人差し指を当て小声で呼びかけた。
「そんなに大声出すと見つかるぞ!」
しかしゴードンは落ち着いている。
「大丈夫だ。奴らは音に反応しない」
「何に反応するんだ?」
「分からん!近付くと動き出す。だから遠くから攻撃すれば何も問題ない。ゼンジの武器は最適だろ」
落ち着いているゴードンに根拠は無かった。
「は、反応は真正面です!湖の手前!」
「ウォ〜ン!もう見えてるよリッキー!テンパリ過ぎだ」
「まさか、あれがブラックヴァンパイアなのか?」
ゼンジは、目の前の光景に自分の目を疑った。
辺り一面に広がる美しい湖。
その湖畔には、ドラゴンの尻尾が落ちていた。しかもその数、十個。千切れたそれらは黒く、血は流れていない。そして争った形跡は何処にも見当たらなかった。
「そうだ。あれがブラックヴァンパイアだ。この位置から狙えるか?」
「いやいや。え?尻尾だろ?本当にあれがブラックヴァンパイアなのか?」
「しつこいな!ブラックヴァンパイアだ!あいつらはワイバーンの尻尾をスッポリ覆って寄生する。そして尻尾の付け根の柔らかい部分に噛みつき、血を吸うんだ」
「宿主から丸見えじゃないか!攻めた寄生してるなぁ!」
「奴らはワイバーンの隙をついて、内側にある吸盤を使い固定して、体全体で尻尾を覆う。そして麻痺毒を流し続け、尻尾に寄生している事を気付かせない」
「そんな事出来るのか?」
「実際にやってるから出来るんだろうな。ワイバーンは自分の尻尾を動かすが、ブラックヴァンパイアはそれに身を任せるだけだ」
「驚きだな!ということは、あいつらはペラペラに薄いのか?」
「そうだ!尻尾に見えるが中身は無い。しかし、ワイバーンは亜竜とは言えドラゴンだ。その血を取り入れる奴らの強さもまた、尋常じゃない。体は薄いが頑丈だ」
「了解。口か体の内側を狙えば良いんだな?」
「そうだ。この位置からそれが出来るか?」
「やってみる」
ゼンジは小銃の脚を立て地面に置くと、自身も寝そべり伏せ撃ちの体勢を取った。
ステータスを表示して、正当防衛が引き続き継続されていることを確認する。
千切れ落ちたかのような、尻尾の付け根に照準を合わせ、皆に耳を塞ぐように伝えると、息を止めゆっくりと引き金を引いた。
破裂音と共に、銃口から硝煙を上げた次の瞬間には、ブラックヴァンパイアは被弾して赤い血飛沫を上げた。しかしそれは一体では収まらず、射線上に寝転がる他の三体をも貫通した。
計、四体が血を流しクネクネと動き始めた。
「……嘘……だろ」
ゴードンは、手に持っていたナイフをポロリと落とした。
「ウォ〜ン!やっぱり凄い威力だ!貫通したぞ!あの硬い皮膚を!」
「自分も正直驚いてる。さすがに一発で四体も貫通するとは思わなかった」
銃弾を受けた四体は、のたうち回っていたが動きを止めると、鎌首をもたげるように付け根を持ち上げた。
「なかなかタフだな!連射の方が良さそうだ」
ゼンジは、小銃の脚をしまうと立ち上がり、安全装置を『タ』の位置から『レ』へと切り替えた。
そして立ったまま、小銃を構え直したその時、ブラックヴァンパイアの腹側に、亀裂が一本縦に入った。
さらに亀裂からパックリ裂け、徐々に広がった。
「何だ!開いたぞ!」
それはまるで、丸めていたゴムマットが広がるように開き、最終的には逆二等辺三角形になった。
内側中心の上部から下部にかけて、赤い吸盤が縦に並んでいた。
「うえっ!気持ち悪い!とうとう本性現したな!と言うべきか、見たく無かったと言うべきか……」
広がった四体は血を流しつつも、キョロキョロと周囲を見回している。
「目はあるのか?」
「無い!何をしているのか分からないが、多分俺たちを探してるのだろう。頼むぞゼンジ!」
「任せろ!見つかりたくないが攻撃する!行くぞ!撃ち〜方始め〜!」
ゼンジは小銃の威力に震え、頼られることに喜びを覚え、調子に乗っていた。
小銃を引き寄せ、スコープは覗き込まず楽に構えた。再び耳を塞ぐように伝えると、引き金を引いた。
銃口からは止めどなく弾が出て行く。しかし、発砲の衝撃により次第に銃口は上を向き、何もいない空へと飛んでいく。
(三発が限界だな!)
ゼンジは引き金から指を離し、上を向いた銃口を水平に下げると、再度引き金を引いた。
ダダダンとなる度に、引き金から指を離し銃口を下げる。それを数回繰り返すと弾が無くなった。
空の弾倉を取り外し、あらかじめ準備していた新たな弾倉を、素早く小銃に取り付ける。そして再び引き金を引く。
これを繰り返し行い、更に左右に銃口を移動させ、全てのブラックヴァンパイアに穴を開けた。
そして、三回目の弾倉交換時にレベルが上がった。
ーパッパッパッパカパ〜ンー
(お!レベルが上がった。何体か倒したな。確認するか)
「撃ち方やめ!」
ゼンジは、完全に調子に乗っていた。
辺りに硝煙とその匂いが立ち込める中、最初に口を開いたのはリッキーだった。
「凄い!本当に凄い!こんなの見た事ない!
残り一体です!右端の奥にいるのがそうです!」
その一言に気を良くしたゼンジは、衣のうから手榴弾を取り出した。
「了解!最後か。それなら手榴弾の検証だな。威力を見ておきたい」
最後の一体は数発被弾しているものの、体を開きゼンジたちを探しているようだ。
ゼンジは手榴弾を片手に、ブラックヴァンパイアへ近付いた。おおよその投擲距離まで来ると、ピンを抜き投げつけた。それはブラックヴァンパイアの手前に転がった。
ゼンジはその場に伏せ、成り行きを見守った。
「1、2、3、4、5」
5秒後それは泥水を巻き上げて、大爆発を起こした。
「くっ!何て威力だ!」
3、40メートル離れて伏せたゼンジにも衝撃波が届き、弾け飛んだ泥水や肉片が、降りかかった。
煙と水飛沫が収まると、半径15メートル四方の土がえぐれ、最後のブラックヴァンパイアと、爆発の範囲内に倒れていた亡骸も、跡形も無く消えていた。
「使い所を考えないと、味方にも被害が出るかもな」
その場に立ち上がったゼンジに、ポーラたちが駆けつけた。
「何ですか今のは!見事です!やりましたね!ここまで強いとは想像以上です!」
「ウォ〜ン!リッキーは心配し過ぎなんだよ。ゼンジの錬金術は最強だ!」
「いやいや、そんな事ないさ!たまたまだよ。たまたま!」
皆に称賛され、満更でもない態度が滲み出る。
「生体反応が消えました!ここはもう大丈夫みたいです!僕もシーフじゃなくて、錬金術師だったら良かったのに」
「いやいや、これもリッキーのお陰さ。そうだ!触りたくないが、あいつらも回収しておこう」
ゼンジは衣のうを取り出すと、その中から干し肉を取り出して口に咥えた。そして爆発の範囲外にいたブラックヴァンパイアの元へ行き、残った四体を収納した。
「よし!それじゃあ、他にもいないか湖の周辺を探索しよう」
「ウォ〜ン!ゼンジ、やっぱりハウンドドッグに入ってくれないか?なあ、ゴードン」
「そうだな。しかし俺たちがゼンジのお荷物になるのは目に見えて……」
「ちょっと待ってください!何か嫌な気配がします!動かないで!」
ゴードンの話を遮りリッキーが叫んだ。周囲をキョロキョロと見渡し、上空を見上げた。
しかし空には何もいなかった。
そして視線を湖へと向けると震え始めた。
「み、みんな!湖から離れてください!」
一行は湖へと振り返った。
すると、今までは無かった黒いドーム状の物体が、湖の中央付近に浮かんでいるのが見えた。
「ウォ〜ン。あれは何だ?」
「いいから早くっ!!湖から離れて!」
慌て方が尋常じゃないリッキーの言葉に、一行は走り出し湖から距離を取った。
「何も起きないぞ?あれもモンスターなのか?撃ってみるか?」
「やめてください!早く逃げないと!」
「ゼンジがいれば大丈夫だろう。確認のために攻撃してくれ」
「了解!耳を塞いでくれ」
その判断が間違いだった。
強くなったと勘違いをした、傲りによる判断ミス。
それを止めるチャンスは何度もあった。
逃げる選択肢も不意にした。
止めるリッキーの声に耳を貸さず、ゼンジは小銃の引き金を引いた。
弾道は正確にその物体へと命中した。しかし貫通したのかは遠くて確認出来なかった。
次の瞬間その物体が、静かな湖に荒波を立ててゼンジたちへと近付き始めた。その速度は異常に早く、あっという間に水際まで近接された。
更にそれは、浅瀬で止まる事なく湖を飛び出し、陸上へと上がって目の前まで飛び出した。
「な、なん、だ、こいつは……」
ゴードンが驚くのも無理はない。姿を見せたのは、大型のブラックヴァンパイアであった。
そして驚くべきはその大きさ。見上げるほどの高さと長さである。例えるなら1輌の電車。
「ウォ〜ン。こんなにデカいのは、は、初めてみる……」
「くっ!」
ゼンジは恐怖により、いつもの忠告はせずに発砲した。
しかし弾丸は着弾の音もなく、ヌルリと滑り彼方へ飛んで行った。
ゼンジは呆気に取られたが、我に帰ると弾がなくなるまで発砲した。しかし全ての弾丸がブラックヴァンパイアを滑り、貫通はおろか、傷一つ付ける事もなかった。
弾が無くなり小銃の空撃ちが聞こえる中、ブラックヴァンパイアは姿を変え始めた。
(女神様、こちら自衛官、
自衛官最強じゃないですか!余裕ですね!どうぞ)