66 宵の花火《Side.黒魔女天使》
「あった〜!」
ゴスロリ姿のヒメは、銀色に光輝く美しい花の前で、声を張り上げた。
「あら。ヒメ様それはシルバーローズ。宵の花火ではありませんよ。そして決してそれ以上近付いてはなりません。」
「どうして?綺麗なのに」
20輪程が集まって、煌々と輝くシルバーローズを見て、フランは無表情で説明を続けた。
「シルバーローズに触れた者は、転移してしまうのです」
「えっ!?何処に!?」
「それは分かりません。ドラグ城かもしれませんし、どこかの水の底かもしれません」
「どうして!こんなに綺麗なのに」
ヒメは悲しそうにシルバーローズを見た。
「ええ。綺麗だからです。この花は触れられる為に輝いているのです」
「どういう事?」
フランはヒメを見つめて静かに話し始めた。
「シルバーローズが輝くのは宵の花火が輝く前兆。しかし宵の花火を摘みに来た者たちが、シルバーローズのその美しさに我慢できず触れてしまうと、何処かへ転移させられます。そして触れずとも、近付き過ぎると花の魔力に誘われて、結局は触れてしまいます。
要するにシルバーローズは、宵の花火を守っているのだと言われています」
「何の為に?」
「それは分かりません。大昔の言い伝えは様々ありますが、私が一番好きなのは、愛する女性を守り続けた男性が、死してなお、その女性を守り続けているという御伽噺です」
「素敵ね」
「あら。ヒメ様は笑わないのですか?」
「どうして?」
「ボ兄とバ兄は、痒くなるといって笑いますよ」
「男の人には分からないんだよね。愛の尊さが」
二人は振り向き、御者の双子を見た。
「ふふ。そうですね」
フランは笑顔は作らず、声だけで笑った。
「フランが笑ってるじゃない!愛を語るのは恥ずかしいんだよ!」
「あら。そうですね、すみません。ですが、ヒメ様がヒメ様で良かった。」
「私が私?どう言う事?」
「そういう事です」
「ん〜」
ヒメが首を傾げてフランを見ていると、シルバーローズを見ていたフランが口を開いた。
「ヒメ様。そろそろです」
さっきまでの輝きが嘘のように、シルバーローズは光を失い、普通の白い薔薇のようになった。そのせいで辺りは暗くなり、静寂が訪れた。
ヒメたちの後ろの空が、薄ら明るくなるのと同時にそれは起こった。
シルバーローズが囲むように生えていた草から、見る見るうちに茎が伸びはじめた。互い違いにハート型の葉を生やし、ヒメの背丈ほどで止まると、茎の先端から太陽のような黄色い花が咲いた。
「ひまわり!」
向日葵に似た花は、次から次へと花開き、全てがヒメたちに向かい咲き乱れた。
「みんな、こっちを見てる!」
「あら。太陽を見ているのです。決してヒメ様を見ている訳ではありませんよ」
「その言い方、ちょっと棘がない?オブラートみたい……」
「ヒメ様。そろそろ、お嬢を出して貰えますか?」
「そうだった。ヴァニラ召喚!」
アバドンからバスタオルを取り出し、ヴァニラを召喚した。
赤く輝くヒメから、黒いレースが飛び出してヒメとフランの間に集まった。
光が収まると、腕組みをしたヴァニラが口を尖らせていた。
「ちょっと!忘れるなんてあんまりじゃない?」
「ごめんねヴァニラ。驚きの連続で」
取り出したバスタオルを体に巻いた。
「ヒメ様。無駄話はやめて見て下さい」
フランは二人の会話を遮った。
「うわぁ〜!」
「綺麗だろ?良かった一緒に見れて」
「そうですね。本当に良かった」
向日葵に似た宵の花火に変化が起きた。
突如地面に接している部分から、輝く光が茎を伝い上へと昇り始めた。
花の部分に達すると、中央から波紋のように赤や黄色、青、緑等の眩い光を放ち始めた。
同様に、全ての宵の花火が光を打ち上げ始めた。
それはまさに宵の空に輝く、満開の花火であった。
そして再び根元から光が昇るのだが、今度は葉にも光が分かれ、ハート型の葉も可愛らしく輝くのだった。
「おっと!見惚れてる場合じゃなかった!」
ヴァニラは、胸元から水色のピンポン球のような物を取り出すと、一輪の宵の花火の根元に置いた。
「やっと完成したバブルボールだ。設定はこれでよしっと。お願い!ちゃんと動いて!」
ボタンを押すと、そこから出てきたシャボン玉のような物が、宵の花火を一輪丸ごと包み込んだ。地面にも潜り込み、土までも削り取った。
「よしっ!成功だぁ!フラン!」
「ハイハイ」
だるそうに返事を返し、そのビニールを持ち上げた。ビニールはガラスのように固まっており、大きな縦長のカプセル型になった。土ごと宵の花火が納められ、生け花とは違い長持ちする設計である。それをフランは軽々と持っている。
「ハイは1回!」
「何それ!大きなフィギュアケースみたい!」
「これで、いつでも宵の花火が見られるんだ。シルヴァ喜んでくれるかな?」
「絶対喜ぶよ!こんなに綺麗なお花、見た事ないよ!」
「そうだよね。じゃ、ヒメこれお願い」
フランが持つカプセル型のバブルボールに、背中越しに親指を差して、当たり前のように頼んだ。
「ん?ああアバドンね。でも、生きた物は入れられないって言ってたよ」
「それは大丈夫!フラン青いボタンを押して!」
「ハイハイ」
「ハイは1回!」
頂点に付いているピンポン球の青いボタンを押すと、透明のカプセルは一瞬にして真っ白になり中が見えなくなった。
「コールドスリープで仮死状態だから、これで大丈夫でしょ?」
ヒメは驚きつつも、アバドンの、がま口を開くとバブルボールが吸い込まれた。
「本当だ!やっぱりヴァニラは凄いね」
朝日が顔を出し、その光を浴びた宵の花火は、輝くのを止めて普通の黄色い花となった。
「花火、終わっちゃった」
「これはこれで綺麗だけどね。2、3時間で枯れちゃうんだ。」
「え?そんなに早く?向日葵は夏の間咲いてるんじゃ無いの?」
「ヒマワリ?宵の花火はそれとは違う。魔力をとことん蓄えて、今みたいに一瞬で咲いて、一気に放出するんだ。だから短命なの。でもそこが良いんだよね」
「バブルボールで採ったのは枯れないの?」
「枯れるよ……でも、今は仮死状態だから平気。また日の出にスリープ状態を解除すれば輝くはずだけど、それも一瞬かもね……」
「そうなんだ……なんだか可哀想」
「あら。そんな事は無いと思いますよ。シルバーローズに守られて、自ら輝き美しさを表現できるのですから」
「そうだね。私も輝けるように頑張ろう!」
「それではシルヴァ様の元へ行きましょうか」
「シルバーローズも、2、3本貰っちゃおうかな」
「お嬢。近付いたら転移させられますよ」
「大丈夫!ヴァニラはペンダントから離れられないから……それに仮に飛ばされても、ヒメが直ぐに召喚してくれるでしょ」
ヴァニラはヒメにウィンクをすると、シルバーローズの根元にバブルボールを設置した。するとシルバーローズのサイズに合わせて、ビニールが膨らんだ。
3輪回収して仮死状態にするとヒメに渡した。
「大丈夫だった。光ってなかったからね」
「もしもという事もありますので、危険な事は避けて下さい」
「分かってるし!」
シルヴァは腕を組み口を尖らせた。
「それじゃ〜行こう!」
ヒメは双子が待つ馬車へと向かった。
「フラン」
「何ですか?お嬢」
楽しそうに前を歩くヒメには聞こえない声量だ。
「さっきの話、どうして途中までしかしなかったの?」
「さっきの話。ですか?」
「そう!御伽噺」
「あら、聞いてたんですね?」
「あのね〜、聞こえたの!」
フランは太陽に手をかざして眩しそうに見上げた。
「あの話は、あそこまでが私は好きなんです」
「ふ〜ん。別に良いけどね」
双子と楽しそうに話をするヒメを見て、ヴァニラはクスリと笑い、フランと共にヒメの元へ駆け寄った。
太陽を見る宵の花火。それを見るシルバーローズ。それぞれ嬉しそうに風に揺れていた。