65 出発の夜《Side.黒魔女天使》
〜翌日の夜〜
ドラグ城の、大扉の外には馬車が準備されていた。
「体には十分注意してね」
「混血液をちゃんと飲むんだぞ!」
ヴァニラの母アユナレスと、父ジュドウが、娘の旅路を笑顔で送り出そうとしていた。
「お父様。お母様。お身体、御自愛下さい」
ヴァニラは洗礼されたカーテシーを行った。
するとアユナレスが、ヴァニラの両手を握りしめた。
「無理は絶対にしないでね!危なくなったら、直ぐペンダントの中に逃げ込むのよ!」
「そうだぞ。それとこれは私たちからの餞別だ。そのペンダントの中に入れておけ」
三人の執事が大きな袋を、ヴァニラたちの前に置いた。
「お父様ありがとうございます。しかしこんなに持って行けません。そもそも、このペンダントは、まだまだ調整段階で使用できません。私が出られないように、アイテムも取り出せなくなってしまいます」
「それなら大丈夫です。私がマジックバッグを持っていますから」
ヒメがすかさず、そう答えた。
「おお!そうかそれは良かった。だが、何処にそのような物を持っておるのだ?バスタオル一枚ではないか?そのショルダーバッグか?」
ジュドウを始め、この場に居る全員がヒメの体を、マジマジと見始めた。
「ちょっと!皆さんセクハラです!」
ヒメは、バスタオルの上から胸元を隠す仕草をした。
「アッシー。アバドン」
するとバレッタが緑色に輝き、小さな渦とともに、額にキスマークのついた、小さなアバドンが現れた。
『あ〜〜〜〜ん』
そしてそのまま口を大きく開けて、ヒメの頭にかぶり付いた。
「え?」
ヒメは自分では見えないため、何が起きてるのか分からなかったが、皆の表情から察するに、あまり良くないことが起こっている気がした。
そんな事は気にも止めず、ミニアバドンは左右の耳たぶを下方へ、ミニョ〜ンと伸ばし始めた。そして、ヒメの腰辺りで真ん中へ寄って繋がった。その繋がった部分がプックリと膨らみ、可愛らしいサイズの、がまぐち財布が出来た。
「こ、これが、マジックバッグ?」
『ガジガジガシガジ』
バッタのニット帽のようになったミニアバドンは、ヒメの頭を甘噛みしている。
「ダサい」
アユナレスはファッションに厳しいようだ。
ヒメは頭のアバドンを触ると、くすぐったいと言わんばかりに、クネクネと動き出した。
「そ、それが……あの、な、奈落の王なのか?」
ジュドウの顔は引きつっていた。
「恥ずかしいですな。そのような帽子、童の他には、なかなか被りませんなぁ。大金を積まれたとて、私奴は絶対被りません。恥ずかしいですな」
オブラートはやはり、気遣いというものを持ち合わせていないようだ。
ヒメは、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに下を向いている。
しかしそこで、ヴァニラが声を張り上げた。
「か、か、か、可愛い〜!」
ヒメはビクッとしてヴァニラを見ると、キラキラとした目で、ヒメの頭を見上げるヴァニラと目が合った。
「何それ!?ねぇ!ヒメ何それ可愛い!ヴァニラも欲しい!その帽子!」
「ほ、本当に?可愛い?これは私が契約してる、アバドンのアイテム召喚だよ!」
他とは違う、ヴァニラの反応が嬉しくなり機嫌を良くしたヒメは、アイテム召喚の事をヴァニラに話した。
「これがアイテム召喚なのね!ヴァニラもアイテム召喚したい!」
「いいよ。じゃあいくよ!アッシー。ヴァニラ!」
するとヴァニラが、無数のコウモリに変わった。
そのコウモリたちは、バサバサとペンダントの中に入って行った。
その直後ペンダントの中から、黒いレースが無数に溢れ出しヒメを包み込むと姿が見えなくなった。そしてバスタオルが地面に落ちると、足元から徐々にヒメの姿が現れてきた。
まず見えたのが、厚底の太ヒールである。その靴は黒のショートブーツ。そして、黒のソックスが膝上まで続き、太ももが見えたかと思うと、赤色のフリルやレースが現れた。
幾重にもあしらわれた、それの上には鳥籠のように膨らんだ黒のミニスカートが続いた。太腿の肌の露出された部分、つまり絶対領域が確認されたのは、まさに僥倖であった。
腰には、赤い布のような物を後ろで結び、大きなリボンがお尻の上で、存在感をアピールしている。
ヘソから首にかけては、V字に肌が露出しているが、黒い紐が交互にクロスで掛けられ、その周りには赤いレースがオーロラのようになびいている。
長袖の袖口は、赤のフリルが現れ、風でヒラヒラとなびき始めた。それ以外の部分は黒一色だった。
襟は首に沿って立っており、先には細かい赤色のレースが付いている。首には黒いチョーカーがついていて、十字架のネックレスを際立たせていた。
髪の色はヴァニラと同じ、グリーンゴールド。
そこには全身黒尽くめで、赤色のレースやフリルが特徴的な、ゴスロリを身に纏ったヒメが立っていた。
そして何と言っても、頭に被っているアバドンは健在であった。
「アバドン邪魔!」
真っ先に口を開けたのはアユナレスだった。
「アム。あまり奈落の王を悲しませるな」
ジュドウがアバドンに気を遣って妻をたしなめた。
「そうですよ。アバドンもなかなか便利です。ほら」
ヒメはそう言ってアバドンの、がまぐちを開いてバスタオルとショルダーバッグを収納した。
「ね?これも頂きます」
ジュドウが餞別と言った袋に、がまぐち財布を近付けると、あっという間に吸い込んだ。
「本当にマジックバッグになるのだな。その餞別は好きに使うがいい。フラン用に加工した魔石も、幾つか入れているからな。ヒメ、フラン、娘を頼むぞ」
ジュドウは腕組みをして、照れ臭そうにそっぽを向いている。
「はい!」
「命に換えても……いえ、魔石に換えても御守りします」
ヒメは笑顔で、フランは無表情で答えた。
「いつでも帰って来て良いのよ。遠慮しなくて良いからね。何なら明日、出発しても良いのよ」
アユナレスは、ニコニコ微笑みながらヒメに言った。
「「お嬢を頼むぞ!フラン!」」
ボッコスとバッコスは、二人してフランに抱きついた。
「ボ兄。バ兄。お元気で」
「「フランその呼び方は……」」
ボッコスとバッコスは、お互い顔を見合わせ、恥ずかしそうに微笑んだ後、ガッシリと肩を組んだ。
「「その呼び方で構わない!達者でな!」」
「……はい!」
フランは久々に会えた家族との別れに、どのような顔をすれば良いのか分からないでいた。
「いい夜を。このように祝福された、素晴らしい夜を迎えることが出来るとは。この聖女様では不安があると一瞬でも、いや、常に思っていた私奴を許してくだされ。この先も、お嬢たちにとって祝福された、いい夜を」
オブラートはブレなかった。
「結構、傷付くんですけど」
「お詫びの印に、このモノクルを差し上げましょう。この鎖を軽く引くと、ちょっとした鑑定ができます。お詫びの印に」
アクセサリーであるモノクルは、装備することが出来る。
「鑑定!?ありがとうオブラートさん!」
ヒメは、オブラートから受け取ったモノクルを左目に装備し、ハートを指で摘み鎖を引いた。
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名前 : リピート・オブラート
種族 :フランケンシュタイン
分類 :造魔
属性 :闇属性
年齢 :68
性別 :男
Lv :48
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オブラートの頭上にステータスが表示された。
「凄い!見える!このプレゼントが一番嬉しいかも!」
ゴスロリの格好に、モノクルを付け、アバドンのニット帽を被った格好は、ファッションセンスはゼロであったが、当の本人は気にしていないようだ。
「よし!それじゃあ出発!」
御者席には、双子のフランケンシュタインが座り、オブラートが馬車の扉を開けた。
「皆さまお元気で!」
ヒメは手を振って馬車に乗り込もうとした。
「ちょっと待ってくれ!最後にもう一度、ヴァニラと話をさせてくれ!頼む」
ジュドウは、今にも泣き出しそうな顔を笑顔に作り直した。
「はい。ヴァニラ召喚」
するとヒメは赤く輝き、複数の黒いレースが飛び出して、ジュドウの前に集まった。
そして、再び赤く輝き、光が収まると、ヴァニラが涙を流して立っていた。
「お父様、お母様、必ずペンダントから出る方法を見つけます。そして笑顔で帰ってきます。……それまで、どうかお元気で」
そう言って二人に抱きついた。
三人は固く抱きしめ合い、再会を誓い合った。
執事たちも涙を流し、三人の行く末を見守っていた。
そんな中、ヒメはまたしても、素っ裸になっていた。
今回はアバドンを被っていた為、危険な三箇所は耳たぶと、がまぐちで隠されていた。が、しかし、ウルトラ変態な格好であることに変わりはなかった。
馬車の中からアイマスクを上げたベティが、眠たそうにヒメを見ていた。
そしてヒメは、アイテム召喚を初めて行う場合は、まずは一人の時に試そうと心に誓ったのであった。