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61 夜明け前の出発《Side.黒魔女天使》


朝になる前に、ヴァニラたちは出発することにした。


「そろそろ夜明けだぞ。寝ておいた方が良いのではないか?」


ジュドウは、ガリガリに痩せ細っていた。


相変わらず、真っ赤な液体の入ったグラスに口をつけた。

しかし服装は全く違い、雪白のような服を着ている。

それは、エントランスにあった、あの肖像画と同じ出立ちだった。


「はい、お父様。今日も白が良くお似合いです。

実は今からシルヴァのために、皆さんとお花を摘んで参ります」


いつものように、父親には表のヴァニラで接していた。リップを塗るのも忘れない。


「気を付けるのだぞ。お前は我々だけではなく、太陽にも愛されているから大丈夫だとは思うが。

しかしあまり遅くなるなよ。あいつも心配するからな」


「はい。お父様、それでは行ってきます」


リップを塗り、華麗にカーテシーを行って、部屋を出てそのまま馬車へと乗り込んだ。


「それでは皆さん行きましょう。」


〜〜〜


「貴方。こちらにいらしたんですか?トマトジュースはやめて、そろそろ休まれたらどうですか?間もなく朝になりますわ」


真っ白なネグリジェを着た、緑の髪の美しい女性がジュドウに話しかけた。


「あぁ。そうしよう。トマトジュースも飲み続けると癖になるぞ。アムもどうだ?」


「私は存じておりますよ。エルフは野菜が主食ですからね。私以外のエルフは、肉を口にしませんし」


ジュドウの妻であるアユナレスは、変わらぬ美しさであった。


エルフ族は、最愛の者を頭文字を合わせて呼ぶ。ジュドウもまた、アユナレス・ムスタカリファ・ドラグをアムと呼んでいた。


「そうだったな」


アユナレスはジュドウの左隣に座った。


「私と一緒になったことを、後悔してるのではないですか?人の血を口にしなくなって何年でしょうか?こんなにもやつれてしまって……」


「何を言っているのだ?私はアムを妻にする事を心から望んでいたのだ。今でもその気持ちに変わりはない。一度も後悔した事などない」


「辛い思いをさせてしまい申し訳ありません。その服もそう。貴方は黒が好きなのに、私との約束を守るため、人の血液に反応して赤くなる、吸血蝶の繭を縫い合わせた、白い服まで着ているのです。そこまでしなくとも、貴方が人の血を絶っている事を、私は信じていますよ」


「私は枯れても魔人だ。何も気にする事はない。白も気に入ってるしな。ヴァニラが褒めてくれるよ。そんな事より一緒に飲まないか?」


「そうですね。少し頂きます」


二人は、真っ赤なトマトジュースの入ったグラスを、カチンと鳴らした。


〜〜〜


まだ暗い闇の中、一台の馬車が橋を渡ろうとしていた。


車内では元気なヴァニラとは裏腹に、深夜に叩き起こされ、明らかに不機嫌な執事たちが、それを隠そうともせずにぶすくれていた。しかしその顔には傷が無く、血の気の通った健康的な肌色をしていた。そしてオブラートの頭には、髪の毛がフサフサと生えていた。


御者はボッコスとバッコス。

残りの三人は車内に座っている。


「明るくなる前に着くように、お願いしますね」


「「かしこまりました」」


ボッコスとバッコスは揃って返事をした。


「ベティおいで!」


城の窓から、パタパタと飛んできた使い魔のベティに気付き、ヴァニラは窓を開けて中へと誘った。


ブラッディバットのベティは、まだ眠いのかアイマスクを、おでこにつけたままフラフラと車内へと飛んで来た。天井に備え付けてある、ベティ専用の棒に逆さまにぶら下がると、アイマスクを器用に目元にずらし、クークーと寝息を立て始めた。


「花と一緒に、ヴァニラが作ったネックレスも差し上げましょう……いえ、これはダメでしたね。まだ未完成でした」


ヴァニラは首にかけている、ネックレスを手に取った。それは銀の十字架に、赤い宝石である、サンストーンを嵌めているものであった。


ヴァニラは手先が器用で、物を作る才能があり、様々な物を創作していた。ホワイトリップ、謎の機能が付いた宝石類、ソリの付いた馬車、コールドスリープ機能の付いた棺、トラップの数々、父のための混血液の研究、フランケンシュタインの設計図等々、城の便利グッズは、全てヴァニラのお手製だった。


門を出て、一行は橋へと差し掛かった。


「ああ。楽しみですね。シルヴァの喜ぶ顔が目に浮かびます」


紫の唇に、リップをひと塗りする。


「楽しみですねぇ。こんな朝早くに叩き起こされた私たちとは裏腹に、きっとシルヴァ様はお喜びになると思います。楽しみですねぇ」


「オブラート。私もそう思います」


フランはオブラートの意見に賛同した。

それを聞きヴァニラの左眉が、ピクリと動いた。


「実は、宵の花火を摘まなくて良いように、土ごと採取出来る道具を作ったんですよ」


「あら。それは凄いですね。でもそれなら鉢植えを持って行けば済む事ではないのですか?」


「そうですね。普通の花ならそれで良いのですが、フランも知ってるでしょう?宵の花火が開花した時の美しさを」


「ええ。勿論です。しかしそれを保ち続けるのは無理があるのでは?」


「それを可能にする道具を開発しました。成功すると良いのですが」


ヴァニラは不安そうに呟き、リップを塗った。


「あら。宵の花火は、満月と新月の明け方にのみ満開になりますが、その道具を使えば、常に満開の状態なのですか?」


いつもクールなフランが、珍しく興味を持っている。


「それはやはり無理でした。太陽の光に反応するというのは分かるのですが、太陽と同じ成分の光を作ることは出来ませんでした。しかし、どこにでも持ち運びが可能になるはずです」


表情を明るく変えてリップを塗る。


「それではそのネックレスと同じで、未完成という事ですか?」


「いいえ。一応完成です」


「あら。それを未完成と言うのですよ」


フランの言葉に、ヴァニラの左眉が再び動いた。


「フラン、それ以上はおやめなさい。お嬢が一生懸命作ったガラクタですよ。例えガラクタが増えようとも、私奴達がとやかく言う事ではないでしょう。例え無駄だとしても、私奴達に害が無ければそれが何よりです。だから、フラン、それ以上はおやめなさい」


オブラートの言葉で、ヴァニラの眉間にしわが寄った。しかしリップは忘れない。


「オブラート。私もそう思います」


またしてもフランが賛同した。


「今回は自信作です」


「そうですか。それは楽しみです。いつでも宵の花火が見れるのですね」


「それは……実は見えなくなります」


「あら。期待して損しました。どうせそんな事だろうと思いましたけど。やはりガラクタでしたか」


ヴァニラはニコリと笑顔を作ったが、その瞳は笑っていなかった。

唇は紫に変わり、こめかみには血管が浮き出ている。


「あ?黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがって!誰の何がガラクタだって!?あ?このハゲが!どうせそんな事?あ?どうせってなんだ?人が一生懸命作ったものにケチつけやがって!ウラウラウラウラウラ!!」


車内でラッシュを繰り出すヴァニラに対し、二人は座ったままの状態で、それを難なく、いなしていた。そしてヴァニラはリップを塗った。


「ハゲてませんよ。どこの誰がハゲですか?その目は節穴ですか?それとも未来を見捉えてるのですか?その内ハゲるかもしれませんね。しかし今の私奴は全く、ハゲてませんよ」


オブラートは、フサフサな髪に指を通した。


「あら。私はケチなどつけてませんよ。フルムーンジョークです」


「あ?フルムーンジョークだと?月も出てねぇのに、笑えねぇよ!」


口を尖らせ、そっぽを向くヴァニラを見て、オブラートとフランは、いつもの様に、とても楽しそうに笑っている。


しかし楽しい日常は、そう長くは続かなかった。

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