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53 崖の城《Side.黒魔女天使》


「どう言うこと?私は貴方達に召喚されてない!」


「ヒメ様!聞いてはなりません!早く逃げるのです!ガルルルルアァァァァ!」


ヴォルフは口を大きく開けて、ホムンクルスの頭を噛み付きに行った。

しかし、赤い方が青い方を持ち上げて振り回した。青い方の足がヴォルフの顔に当たると、ヴォルフの顔は歪み、勢い良く弾かれて窓にぶつかり、窓ガラスを粉々に砕いて屋敷の外へと飛ばされた。


「きゃっ!!」


飛散するガラスと、ヴォルフの鮮血に驚き目を閉じた。


「ヴォルフさん!」


震えるヒメは、ホムンクルスに向き直った。


「もう止めて!」


「それではついて来い」


「いや、それではついて来いではないか?」


ホムンクルスたちは振り返り、三本足で外へと歩き始めた。器用な二人三脚である。


「私のせいで……」


ヒメは、うつ向き後をついて歩いた。


ヴォルフは割れたガラスで血塗れになりつつも、這いつくばって窓の側まで戻ってきたが、立ち上がる力は残っていなかった。


「ヒ、ヒメ様!いけません!くっ。ハァハァ。奴らは、人ならざる物!人に近付くため、ハァハァ。人になるため、人の心臓を喰らうのです!せ、聖女であるヒメ様の心臓を、ハァハァ。喰らうつもりです!」


「!?」


ヒメの肩はピクリと跳ねた。しかしそのまま歩き続けた。


「ヒメ……さ…ま……」


ヴォルフは、そのまま気を失ってしまった。


「ごめんなさい。死なないで……」


そしてヒメは、ホムンクルスの後を追い、屋敷を出て門へと歩いて行った。


「私のせいです。皆さんごめんなさい。どうか、ご無事で……」


途中で一度立ち止まり、燃え盛る庭で倒れている者たちに謝罪をして、再び歩き始めた。


倒れている者たちに、数人が必死に回復魔法をかけている。しかし目だけは、赤と青のホムンクルスを、恨めしそうに追っていた。


しかしホムンクルスたちは、それらに見向きもせずに、悠々と門へと向かって行く。


門の外には、ホムンクルスたちが乗ってきた馬車が止めてあった。


四輪の箱型で、赤地に金の装飾が施された美しい馬車であった。

いわゆるキャリッジと呼ばれるもので、富裕層が好んで使うものである。

しかし普通の馬車と少し違うのは、車輪の中間に長くて広い、ソリの板のようなものが付いていた。


そしてそれを引くのは、体中真っ黒な毛に覆われた馬に似た生物で、頭から黒い角をニ本生やした大型のモンスター、バイコーンであった。


「さあ、乗れ」


「いや、さあ、乗れではないか?」


ホムンクルスは扉を開けて、ヒメに乗るように促した。ヒメもそれに従い、大人しく乗り込んだ。中は暖かく、毛布一枚のヒメでも寒さを感じなかった。


ホムンクルスは腕組みを止め、真ん中から分かれた。しかし頭は接着剤でもつけたかのように、しっかりとくっ付き離れなかった。


二頭のバイコーンにホムンクルスがそれぞれ座り、体を内側に傾けて、頭が繋がった状態で手綱を引き始めた。


「主が待っている」


「いや、主が待っているのではないか?」


そう言ってバイコーンに鞭を入れた。


辺りには夜の帳が下りていた。

二つの月は既に大きさを変えており、赤い月の面積が僅かに増えていた。


「しばらく寝ると良い」


「いや、しばらく寝ると良いのではないか?」


「寝ません!」


ヒメは怒っていた。当たり前である。目の前で命の恩人が、叩き伏せられたのだから。しかし、浴場でMPを使い果たしたヒメには、どうする事も出来なかった。


「腹は減っているか?」


「いや、腹は減っているのではないか?」


「……」


ヒメは答えなかった。


「そうか、何かあれば言うのだ」


「いや、そうか、何かあれば言うのではないか?」


「……」


(ヴォルフさん……回復魔法が間に合いますように!)


ヒメは、願いを込めて涙を浮かべた瞳を、きつく閉じた。


(どこに連れて行くつもりだろう。私を召喚したって言ってたけど、一体どう言う事?アンジュ様が私をこの世界に転移したはずなのに)


ヒメは車内にある前方の窓から、二人のホムンクルスを見た。


(ホムンクルスたちも、ヴォルフさんたちも、私が来る事を知ってたみたい。もしかしたら本当に召喚されたのかな?アンジュ様が転移させてくれたはずなのに)


アバドンが封印されているバレッタを触った。


(それにアバドンと血の契約を行えたのは、アンジュ様のお陰だし。何が何だか分からなくなってきちゃった)


考えても答えは見つからなかった。


(ヴォルフさんたちが聞いたって言う詩が何なのか気になるけど、それを詠ってた人を誰も見てないのは何故だろう?ここは夢の中?じゃないよね。夢にしてはリアル過ぎる)


ヒメはふと窓の外を見た。

白いウサギが二羽、雪の上で戯れ合っている。


(可愛い……地球と何も変わらない。本当にここは異世界なのかな?)


しかしそのウサギの額には、ニ本の捻れた角が生えていた。


(……やっぱり異世界だよね)


どれぐらい走っただろうか。

随分と明るくなり始めた。

綺麗な朝焼けの空の元、奇妙な物が見えてきた。


「あれは何だろう?」


道は、数メートル先で曲がり角になっているのだが、正面の道が途切れたその先に、雪の中から黒い何か柱のような物が、ぼんやりと見えた。

その黒い柱は二つあり、門のように佇んでいる。


そして馬車は、曲がり角では曲がらず、道が途切れている正面の雪の上を進み始めた。大型のバイコーンは雪に止まることなく、粛々と進んでいく。


「!?雪にぶつかる!」


馬車の車輪は雪に埋もれ動かなくなった。

しかし、車輪の中央部分に設置されているソリの板で、雪の上を沈むことなく滑り始めた。


「大丈夫だ」


「いや、大丈夫ではないか?」


馬車は、黒い柱を目指しているようであった。


しばらくの間、馬車はそのまま進み、遠くから見えていた黒い柱の側まで来た。


近くで見ると、二本のそれはまるでオベリスクのようであった。

オベリスクの高さは、約十メートル程あり、二つの間隔も同じ、約十メートルであった。


「凄い……なんて荘厳なんだろう」


馬車は、そのオベリスクの間を目指し進んで行く。


もう少しで、その間にさしかかるいう所で、両側にあるオベリスクから音が聞こえた。

それは『ゴウン、ゴウン』と腹の底まで響く低い音だった。


「何!?何の音?」


その音がするのと同時に、二つのオベリスクの頂点が、それぞれ赤と青に輝き始めた。

光が膨れ上がると、中央に向かって、赤と青の光が放たれた。馬車の直上でぶつかり会った光は紫に輝いた。


「きゃ〜〜!」


雷鳴のような音を響かせると、紫の光は落雷となりそのまま馬車の目の前に落ちた。


「何?何?何ぃ〜?」


紫の光跡を残しながらその光が、目の前の地面まで届くと、再び大きな音がした。

その音も低く、まるで機械音のようであった。


『ブォーン、ブォーン』


「きゃ!」


紫の光跡に沿って空間が歪み、目の前の景色が割れて、門のように奥へと開いた。

そこには、全く別の景色が見え始めた。

その先にある景色とは、星屑が散りばめられた夜空であった。当然門が開いた先には、足場など無かった。


しかし、バイコーンは止まらない。


「ダメ!止まってぇ〜!」


不思議なことに、バイコーンが空間に足を踏み入れると、黒いオベリスクがボロボロと音を立てて崩れ始めた。


拳大にまで小さくなった無数の黒い石は、空間の中に吸い込まれるように馬車に向かって落ちて来た。


「いやぁ〜〜!」


馬車の側まで落下すると、黒い石に羽が生えてパタパタと飛び始めた。黒い石はコウモリに姿を変えていた。


全ての黒い石がコウモリに変わると、今度はバイコーンの足元と馬車のソリの板に纏わり付いた。


「ハァハァ。つ、疲れたぁ〜」


無数のコウモリの塊が、空の世界へと導いてくれる。馬車は黒い煙を出しながら、空を走っているようであった。


「まるで、サンタクロースみたい」


目の前には大きな満月が、夜空の旅を歓迎するかのように輝いていた。


「紫の月!」


地球のそれと同じく一つであったが、紫。

異様に、そして妖艶に、佇んでいる。


下を覗くと、一つの大きな城が見えた。

屋根が赤く、壁一面真っ白な美しい古城であった。


「綺麗なお城!あそこに行くのかな?」


その城は切り立つ崖の上にあり、そこへと繋ぐ橋は途中で壊れていた。


「道がない……空からしか行けないお城……」


馬車は緩いカーブを描きながら、高度を下げつつ城を一周した後、大きな扉の前に着地した。


馬車の下に張り付いていた大量のコウモリたちは、仕事を終えたかのように、紫の月に向かって飛んで行った。


「降りろ」


「いや、降りろではないか?」


また一つになったホムンクルスが、馬車の扉を開けてヒメに声を掛けた後、城の扉へと二人三脚で歩き始めた。

馬車を降りたヒメは、古城を見上げて身震いをした。


紫色の月明かりを浴びて、目の前の古城は美しく、そして不気味に輝いていた。

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