表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/114

52 二色の訪問者《Side.黒魔女天使》


ヒメが、再び毛布一枚にショルダーバッグの姿で、露天風呂から出た頃には既に日は落ちていた。


通路には、アルベルトが頭を下げて待っていた。


「ヒメ様、宴の準備が出来ております」


「ありがとうございます」


ヒメはアルベルトの後に続いた。

食堂に近づくにつれて、賑やかな声が聞こえてきた。


(宴って言ってたから、人がたくさんいるのかな?)


「何やら騒がしいですな」


「え!?宴だからじゃないんですか?」


しかし、その声は食堂ではなく、屋敷の外から聞こえており、賑やかを通り越して喧騒に騒ぎ立てている。


曇った窓を開けて外を見ると、松明を持つ人だかりが出来ていた。しかし彼らは、ヒメに背を向けていたため、何をしているのかは分からなかった。


「この匂いは……ヒメ様!奥の部屋に避難いたします!」


アルベルトは血相を変えてヒメを誘導した。


「ど、どうしたのですか?」


ヒメは何が起こったのか訳も分からず、慌てて避難しようと言うアルベルトに質問をした。


「人ならざる者が来ました!」


「人ならざる者?モンスターですか?」


(流石異世界!初のモンスターは町の中!?)


「いいえ。モンスターであれば良かったのですが、奴らは、生ある者ではありません!危険ですので、お早く!」


「不死者!?まさかゾンビ?」


「アンデッドでもありません!良いですか!モンスターではないのです!とにかく早く逃げますぞ!!」


「アルベルトさん!きゃっ!」


突然の爆発音とともに、屋敷が激しく揺れた。


「「うわぁぁぁぁ」」


大きな爆発音の後、大勢の叫び声が聞こえ、先程までの喧騒が嘘のように静まり返った。


ヒメは窓から外を覗いた。

そこには先程まであった、人だかりが無くなっていた。

松明の炎が、周りの草や木に燃え移り始めた。

そして、地面に倒れている人や、うずくまる人の中心に、大きな人影が一つあった。

その人影はヒメを見ていた。


「あれだな」


「いや、あれではないか?」


声が聞こえたと同時に人影が視界から消えた。


「しまった!ヒメ様、窓から離れなさい!」


「きゃっ!」


アルベルトの叫び声の後、ヒメの後方の壁が大きな音と共に弾け飛んだ。


「そいつが聖女だな?」


「いや、そいつが聖女ではないか?」


瓦礫と砂埃の中から、それは現れた。

およそ二メートルはあろう、見上げる程の大男が。


「な、何?」


それは腕を組み、見下ろすように立っていた。


黒のシャツの上には、襟を立てた茶色のコートを羽織り、今にも、はち切れんばかりの筋肉が隆起している。緑のズボンを履き、足元は瓦礫と砂埃で見えないが、その姿を見て、立ち向かう者は皆無であった。


そう思わせるのは、体格からだけではなく、顔の異形さからも畏怖してしまうからである。


人ならざる者の顔は、中心から左右に色が分かれていた。左は赤、右は青であり、双月の色と同じであった。そして眼球もまた、それぞれの皮膚と同じ色をしていた。


髪は短くて逆立っている。左が黄色、右が薄い白色。やはり真ん中から色が違った。額には黒い皮のバンダナを巻いている。

手にも黒い皮の手袋をしているため、皮膚が見える箇所は限られていて、全身がそうなのかは定かではないが、胸元までは左右の色が分かれているのが確認できた。


「聖女は頂く」


「いや、聖女は頂くのではないか?」


目の前の異形の言葉に続けて、ヒメの後ろにいるアルベルトが声を上げ姿を変え始めた。


「グロロロロォォォォ!!!」


「アルベルトさん!?」


ヒメは驚き振り返った。


アルベルトは前傾姿勢になり、腕はダラリと垂らした状態で、手の平だけを上に上げて、指先には力を入れていた。メキメキと爪が伸びるのと同時に、手の甲や顔等、肌が露出している部分が、次第に毛深くなり始める。

毛深くなった顔は、今度は徐々に鼻と口が盛り上がり、口からは牙が伸び、狼のそれへと変わっていく。ズボンの裾からは、毛深い足が伸び始め、膝から下が見えるようになった。服はビリビリと破れ、体は倍に膨れ上がった。


アルベルトは、二足歩行の茶色い狼に変形した。


「ワオオォォォォーーン!」


アルベルトであった狼男は、天井を仰ぎ、体を後方へ仰け反らせて大声で吠えた。


「いっ!耳が!」


ビリビリと身体中に響く声に耐え兼ねたヒメは、両手で耳を塞いだ。

アルベルトの遠吠えの後、食堂の方からヴォルフが駆けつけ、アルベルトの横に並んだ。


「な、何故貴様らがここにいる!?」


「イヌ、それはこっちのセリフだ!」


「いや、イヌ、それはこっちのセリフではないか?」


人ならざる者は、口を赤青交互に開けて器用に答えている。


「何をしに来た!ホムンクルスよ!グワォォォォォォ!」


ヴォルフもまた変形し始めた。瞬く間に狼男となった。


「ホ、ホ、ホムンクルス?ホムンクルスって、フラスコの中から錬金術で生み出されるあの?」


ヒメは、興奮気味に捲し立ててヴォルフに聞いた。


「よくご存知で……奴は不死身……我らが時間を稼ぎます。ヒメ様はお逃げください」


「一緒にするな」


「いや、一緒にするなではないか?」


「どういうこと?」


ヒメは興味本位で聞き返していた。

するとホムンクルスは腕組みをしたまま、わずかに前傾姿勢となった。


「ヒメ様!早くお逃げください!話など通じる相手ではありませぬぞ!!グルルルァァ!」


アルベルトは、唸り声を上げながらホムンクルスに飛び掛かった。


ホムンクルスは腕組みを止め、右手を握り拳に変えて後ろへ引き、殴る体勢に構えた。


「……ウノ」


しかし何を思ったのか、更に左手も拳に変えて後ろへ引き、殴る体勢をとった。


「……リョク」


そして、ホムンクルスは何かを呟いた。


「戻れ!アルベルト!」


ヴォルフの制止を聞かず、ヒメの横をすり抜けたアルベルトは、右腕を振りかぶり、そのまま大振りで右手の爪をホムンクルスに斬りつけた。


「ガアアァァァ!!!」


「「ふん!」」


しかし、ホムンクルスは引いた両腕を、ハンマーのように頭の上からアルベルトへと叩きつけた。


右腕はアルベルトの頭に、左腕はアルベルトの右腕をそれぞれ叩きつけた。

それを受けたアルベルトは、床と天井に二、三度弾かれ、ヒメの前まで転がってきた。


「ゴホッ」


「アルベルトさん!」


血を吐き出し、頭からは血を流し、右腕は骨が折れ、あらぬ方向へ曲がっていた。

アルベルトへと駆け寄ったヒメは、ホムンクルスを睨みつけた。

砂埃が収まり始めると、そこにいたのは先程までのホムンクルスではなかった。


両の拳を地面に叩きつけた状態で、頭はそのままではあるが、体が中心から左右に割れていた。

更に足は、アルベルトの右腕同様、あらぬ方向へ曲がっており、ダメージを受けたのはホムンクルスではないかと思える程、原型を保てていなかった。


「え?何があったの?」


ヒメは目を細めてよく見ると、足が四つに増えており、左右に分かれた体からは、内側に腕がそれぞれ一本ずつ増えていた。つまり、左右対象に野球のピッチャーが投球を終えたフォームで止まっていた。


ヴォルフはヒメの前に立った。


「ヒメ様!奴は、いや、奴らは元々二体なのです。何故かは分かりませんが、赤と青のホムンクルスが二体おります!」


「くっ付いていたの?な、何で?」


ヒメは信じられない目の前の状況に、頭の理解が追いついていなかった。


「聖女を寄越せ」


「いや、聖女を寄越せではないか?」


そう言うと、赤と青のホムンクルスは互いの体に抱きついて、くっ付いた。

すると、元どおり腕を組んでいるように見えた。


「本当だ……二人が一人になった」


ヒメは呆然と立ち尽くしている。


「ホムンクルスーッ!!」


ヴォルフはそう叫ぶと、低い姿勢で駆け出し、両手の爪で上下から挟むように斬りつけた。


するとまるで、金属同士をぶつけたような、硬質な音が響いた。ヴォルフを見ると両手の爪が割れて、血を流している。


一方のホムンクルスは、全くの無傷であった。


「我らはホムンクルスなどではない」


「いや、我らはホムンクルスなどではないのではないか?」


(この強さは一体……身体中、鋼鉄で出来てるの!?)


「あのように貧弱ではない」


「いや、あのように貧弱ではないのではないか?」


ヴォルフは、バックステップでヒメの側まで戻り、片膝をつき相手を睨みつけたまま小声で話した。


「ヒメ様!我が子がおらぬ今、我々が敵う相手ではありません。逃げて下さい!」


「ですが……」


戸惑うヒメに対し、ホムンクルスは信じられない言葉を発した。


「我らが召喚した聖女を取り戻しに来た」


「いや、我らが召喚した聖女を取りしに来たのではないか?」


その場の空気が一変した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ