51 アバドンの能力《Side.黒魔女天使》
「気持ちぃ〜〜!ミカンみたいなのがたくさん浮いてる」
ヒメは久々の風呂に、大はしゃぎである。
「こっちの世界にもお風呂があって良かった!しかも、露天風呂!」
大きな浴槽は岩を重ねて造られていた。
中央には、お座り状態の狼の石像があり、その口からお湯が出ていた。
狼の左右の目には、青と赤の魔石が使われており、青の魔石で水を作り出し、赤の魔石で温めている。
加工された魔石は高価な物なので、風呂は金持ちの特権であった。
周囲は温泉の熱気で暖かく、草や大きな葉がついた木が生えていた。その草木に囲まれていて、雪が積もっていることもあり、外からは全く見えなくなっている。
そんな露天風呂で、ヒメは、あるビー玉を愛でていた。
フロストグラスマーブルという種類の、表面の艶を消して曇りガラスのような、緑色をした美しいビー玉だ。
これは、水に入れると魅力が発揮され、更に美しさを増すのである。
「これからどうしよう……こっちの世界に来ることを望んでたけど、いざ来てみたら何をすれば良いのかわからなくなっちゃった」
湯船に肩まで浸かり、空を見上げて呟いた。
「何か目的を見つけなくちゃ……」
手元にあるビー玉に視線を落とした。
「そういえば、アバドンって何だろう?ヴォルフさんは奈落の王って言ってたけど」
目だけ上を向き、バレッタを触りながら考えたが答えは出なかった。
「ん〜。そうだ!ステータスオープン」
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名前 :北野 姫
種族 :人間
分類 :異世界人
属性 :聖属性
年齢 :17
性別 :女
職業 :使者
眷属 :1
Lv :1
HP : 15/15
MP :1028/1028 〔1000〕
攻撃力:5
防御力:3
素早さ:7
知 力:20
器用さ:11
幸運値:5
装備:なし
アクセサリー:奈落のバレッタ
スキル :状態異常無効、血の契約、召喚、アイテム召喚
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ステータスを確認するヒメは、新たに現れたスキルを見て悩んだ。
「血の契約、召喚、アイテム召喚、どうして最初見た時はなかったんだろう?……まぁいっか」
そしてバレッタの能力に驚いて、お湯の中に倒れてしまった。
「ガボガボ!」
ヒメは慌てて顔を出し、ステータスを再度確認した。
「え〜〜〜〜〜〜〜〜!バレッタ凄っ!」
バレッタの能力の高さに驚くも、理由が理由なので納得した。
「呪われてたからね……でもMPが1000もあるなんて、アバドンって何者?あっ魔王か」
ヒメはお湯で顔をバシャバシャと洗った。
「よし!分からないなら本人に聞いてみよう!
召喚!アバドン」
バレッタが緑に輝き、小さな竜巻が発生した。そこから、額にキスマークを付けた、アバドンが現れた。キスマークは右側が少し上がっていて、僅かに斜めになっている。
『呼んだか?ヒメよ』
湯に浸かるヒメの上には、緑の巨大なバッタのような、そしてどこか人のようでもある、頭が浮かんでいる。
「うん!ちょっと聞きたいことがあって」
『余は奈落の王である!そのようなつまらぬ事で呼ぶな!!』
「え〜〜〜じゃぁもう呼ばないよ!』
呼ばないと言われ、アバドンは何故か慌てていた。
『す、少しだけなら聞いてやろう』
「ありがとうアバドン。あのね、アバドンは何が出来るの?」
『は?何が出来るだと?唐突だな。どのような事を聞くのかと思えばそんなことか!教えてやろう。良く聞くのだ。余に出来ぬ事は……ない!何でも出来るのだ!』
ヒメは怪訝な表情をして月を見上げた。
「それじゃ、月を取って来て」
突拍子もないことを言われて、アバドンは目が点になった。
『……は?』
「余に出来ぬ事は……ない!とか格好良く溜めて言ってたくせに!出来ないの?」
『……出来なくはないが、せぬ!今は……と、得意な事を教えてやろう。余は何でも喰える!全てを吸い込む事が出来るのだ』
「また何でも?怪しい……それはMPをどれだけ使うの?」
『余の召喚にはメッセンジャーポイントを1000使用する。しかし、余の技を使うのは、余のマジックポイントを使用する』
「そ、そうだった。忘れてた。メッセンジャーポイントだったね。それじゃあメッセンジャーポイントは、召喚をするだけに使うってこと?」
『そうだ。呼ばれた後は、例えヒメのメッセンジャーポイントが、0になろうとも問題ない。余のマジックポイントが0になるか、ヒメが戻るように、指示を出した時に戻るのだ。そしてもう一つ、余がダメージを受けて、HPが0になった時も戻るが、それはまず、あり得ぬ』
「じゃぁ〜、召喚した後に何もしなければ居なくならないってこと?」
『そうだ。だが、技を使えば数秒だ。余の技はマジックポイントを大量に消費する』
「そんなに消費するの!?」
『当たり前だ!奈落の王であるぞ!更に言えば、ヒメが、余と契約出来たのは頭だけだ!余のマジックポイント1000を、メッセンジャーポイントに変換して、貸してやってもこの程度の契約なのだ。しかし、余が召喚されておらずとも、言葉が理解出来るであろう?それ程、余は偉大なのだ!』
「ありがとう言葉を分かるようにしてくれて。文字も読めるようにアバドンが変えてくれたの?」
『勿論だ』
「そっかぁ、偉大な王様なんだね。そう言えば、鏡で見たときは、右腕が出てたもんね!全身召喚出来なくて、ごめんなさい」
『な、何を謝る必要がある。余が力を貸すのは頭だけで十分だ。一度契約すると、その契約内容は変えられぬ……例えレベルを上げて、メッセンジャーポイントが増えようとも、時既に遅し』
「やっぱり外に出たいんだよね……よし!見つけた!私の目的!!アバドンの全身と契約する方法を探す」
『無理だと思うが、好きにしろ』
アバドンは、少し嬉しそうに鼻で笑った。
「好きにする!」
目的を見つけて、ヒメは嬉しそうに水面を足でバシャバシャと蹴った。
「あっ!そうだ!アバドンこれあげる!」
ヒメは緑色のビー玉を頭上に挙げた。
『ほう……も、貰っても良いのか?』
「うん!」
『……良き心掛けである!』
アバドンは嬉しそうにそう言うと、口を尖らせストローを吸うかの如く、ヒュッと音を鳴らした。
ヒメの手の平のビー玉は、アバドンの口に吸い寄せられた。
『魔王への貢ぎにしては、ちと物足りぬがな』
照れ臭そうにアバドンはそっぽを向いた。
「一番初めの契約が、魔王とするとは思わなかった。でも、魔王って勇者が倒しに来るんじゃない?」
アバドンは大きな口を開けて笑った。
『ヌワッハッハッハー!例え勇者が来たとて、一息に吸い込んでやるわ!』
「バレッタに封印されたんじゃないの?」
『ぐぬ。勇者に封印されたのではない!しかも、魔王は、余だけではないぞ』
「えっ!?勇者大変じゃない!?普通は魔王って一人でしょ?何人もいるの?」
『一人ではない。ヒメの言う普通は分からぬが、そもそも勇者は、魔王を倒す事などせぬ。出会えば戦うであろうが、それを目的にはしておらぬはずだ』
「……私の知ってる話とは違うみたい……」
『まぁそう言う事だ。話はそれだけか?』
「そうだ!アイテム召喚って、何?」
それを聞かれたアバドンは、明らかに動揺をし始めた。
『そ、それは知らん……いや!すまぬ。実は分からぬ……いや!すまぬ。本当は言えぬ』
「どうして?憑依ならいいの?」
『そうだ。い、言い方が気に食わんのだ。憑依であれば説明しよう。憑依とは、余が別の姿を使い、ヒメの装備の一部となることだ』
「ん?つまり、アバドンが姿を変えて、私の装備品になるってこと?」
『少し違うな。アイテムに近い装備品である。すなわち、装備できるアイテムである』
「??よく分からないんだけど、アバドンはどんなアイテム装備になるの?」
『余は、マジックバッグである。頭のみの契約であるから、頭に被るマジックバッグであるな。装備の効果としては防御力は無いが、魔法は全て吸収する。吸収する度に、余のMPは減るがな』
「マジックバッグと魔法吸収!?凄い!必要な時はアイテム召喚するね!」
『アッシーは止めろ!!……あっ!』
「アッシー?アイテム召喚は、アッシーだから嫌なの?」
『……そうだ。アイテム召喚。略してアッシーだ。呼び方もそうだが、使われ方も、まさにアッシー……召喚自体も結局は、そうなのだがな』
「ぷっ!あはははは!」
『笑うな!!まぁ、ヒメのアッシーなら、悪くはないがな』
「あははははは!な、なんか言った?ははは、はは、ごめん。笑いすぎて、涙出て来た。
こんなに笑ったの生まれて初めてかも!ありがとうアバドン!今度はアッシーで呼ぶね〜」
その時、視線の端で何か黒い物が、カサカサと動いた。
「キャャャャャ〜〜〜!ゴキブリィ〜!!!アバドン!助けて〜!吸い込んでぇ〜!!!」
『任せろ!』
アバドンは大きく口を開けると、物凄い勢いで全てを吸い込み始めた。
『ボォォァァァァーーーーー』
するとゴキブリに似た虫が、いとも簡単にアバドンに吸い込まれた。
しかしアバドンは止まらない。
今度は突然、大きな浴槽のお湯を吸い込み始めた。
「ちょっ、アバドガボガボガボ」
ヒメは、お湯を吸い込むアバドンの真下に居るため、クルクルと洗濯機の中にいるように、その場で回り始めた。
浴槽のお湯を全て吸い尽くしたアバドンは、MPを使い果たし、『ゲボ〜ッ』とゲップをした後に、バレッタから発生した、小さな竜巻の中に消えた。
そこに残されたのは、大の字になり素っ裸で目を回す、びしょ濡れのヒメだけだった。
しかし、奇跡的に葉っぱが三箇所に乗っており、モザイク要らずの状態であった。
全ての経緯を見ていたのは、口からお湯を出す、お座りをした狼の石像だけだった……