48 森【Side.ビニール仮面】
「これで最後だ」
キュウが枝を走り回り、りんごをもぎ取り、落としたそれをアスカがキャッチして回収した。
「キュウお疲れ。それにしてもこんなに貰って良かったのか?」
『気にするな!まだ欲しいならそう言え!』
「いやいや!もう十分だよ」
『そうか!……』
木のモンスターは残念そうに口を曲げた。
『ところでこの森に何しに来た!』
「休憩だ!」
『……休憩か!』
「爺さん俺の仲間にならないか?」
『いきなりどうした!やはり仲間を求めて来たのか!』
「そうじゃないんだが、仲間になればいつでも美味いりんごを食えると思ってさ」
『ぐぬわぁぁぁぁぁ!』
木のモンスターは口を大きく開けて吠えた。堪らずアスカたちは耳を塞いだ。
『キュウ〜』
「うわぁ!気に障ったか!?悪りぃ今のなしで!
なしじゃなくて、りんごだけど〜」
『久々に!何度も笑ったわ!』
「何ぃ〜!怒ったんじゃぁないのか?」
『怒る?怒る要素など!何処にある!赤を褒められ!仲間にまで誘われ!笑わずにはおれんわ!』
「もっと分かりやすく笑ってくんねぇか?」
『仲間に誘われた事など!長年生きて来て!初めての事だ!』
「そうか?超人気だと思うけど」
『嬉しい申し出だが!ワシはここを動く事ができんのだ!』
「根を張ってるからか?実はその気になれば動けるとか?」
『ワシはトレント!若いトレントは動けるのだが!歳を取るとそれも難しいのだ!』
「採れんと?美味いりんごが沢山採れるから、『採れる』だろ!トレル爺さんだ!」
『……』
トレントは目を大きく開けて絶句した。そして空気が震えるほど、吠えた。
『ぐぬわぁぁぁぁぁ!!!』
「わ、悪りぃ!じょ、冗談だよ!」
『小僧!名前まで付けてくれるか!益々気に入った!』
「そうだった。その笑い方、紛らわしいな!」
『良い事を教えてやろう!これより奥には!もっと珍しいモンスターが!ウヨウヨおる!そいつらを仲間にしてはどうだ!』
「ん〜。仲間を探しに来た訳じゃ……そうだった!仲間を助けに行く途中だよ!」
『そうか!奥へは行かんのだな!珍しく欲の無い小僧だ!』
「俺はもう行くよ。りんごありがとな!ゲロ美味かった!次会う時は必ず仲間にするからな!それまで元気でな!トレル爺さん!」
『それは楽しみだ!次があればな!』
アスカは森の入り口へ向けて走り出した。
『ゲロ美味かった!か……面白い小僧だ!』
少し走ると入り口に着き、木が無くなり雨が降っていた。森との境界線のようであった。
「ここを出るとまた濡れちまうな……」
その時後ろから、あの唸り声が聞こえた。
「何が楽しいんだか。トレル爺さん大声出して笑ってらぁ……うしっ!行くか!」
両頬を叩き、森の外へと走り出すアスカは振り向かない。
しかし、キュウとミミは違った。肩の上で名残り惜しそうに振り向いた。この場所を知っている。
キュウとミミの目に写る森は、徐々にその輪郭を失い、遂には消えてしまった。
それを確認したキュウとミミは、アスカの横顔をチラリと見て微笑むと、アスカと共に目指すべき未来を見据えた。
〜〜〜
アスカは岩の上に登っていた。
「やっぱり何か見えるぞ!街じゃないか!?」
雨が邪魔して良く見えないが、遠くに大きな影が見えた。
「くぅ〜!ようやくだ!雨にも負けず、蜘蛛にも負けず、魔物の大群にも負けず、やっとここまで来たぞ!雨の馬鹿やろぉ〜!」
感極まって空に向かい叫んだ途端、顔に黒い水の塊が落ちて来た。
「ガボガボガボ!」
堪らず下を向くが、それは止まらず、背中に受ける水圧により岩に押し付けられ、這いつくばってしまった。
「ぐぬ〜!ハァハァ。っそったれ〜!でっかい蛇口でも捻ったのか!?ここは水中かよ!負けんぞ〜らぁ〜!」
滝のような黒い雨に必死で立ち上がり、天に向かって拳を突き上げた。
「っらぁ〜!」
するとそれは、嘘のようにピタリと止んだ。そして辺りに溜まっている黒かった水が、透明な普通の水に変わった。
いつまでも続くと思われた雨が止んだ。
「ハァハァ。どうだ!見たかぁ〜!大丈夫か?」
『キュ……』
『ミ……』
キュウとミミは岩にしがみ付き、グッタリしている。
「ハァハァ。少しここで休もうか……はぁ」
謎の黒い蛇口雨で体力を使い果たしたアスカたちは、岩の上で横になり体力の回復を待った。
しばらくするとキュウが立ち上がり、濡れた体をブルンブルンと震わせ水を飛ばした。
「キュウ!もう少しでモフモフ出来るな!やっぱり太陽はいいな!」
雨が止み、視界が晴れ、目の前に街がはっきりと見えるようになった。その街の上には美しい虹が現れた。
「マジだ!間違えた!街と虹だ!待ってろよ!行くぞ〜!とう!」
アスカは岩から飛び降りた。
泥水を巻き上げ着地した瞬間、火山でも噴火したかのような音と地響きで、地面が大きく揺れた。
「あららら!何だ!これも俺がやったのか?」
手をバタつかせバランスを取りつつ、右足を大きく上げて地面に踵落としをお見舞いした。
「ストーップ!」
揺れは収まった。
「ふぅ〜止まった。今のは何だったんだ?」
足で地面を数回踏みつけたが、再び揺れる事はなかった。岩の上からキュウたちが、アスカの肩に飛び移った。
「無意識に力を使ってるな?落ち着け俺!」
程良く勘違いをしたアスカは、早る気持ちを抑えきれず、街に向かって走り出した。
「ハァハァ。意外と遠いな、後半分くらいだな。しかし近くで見ると壮大だな!」
街はテランタ村の何十倍も広く、四方は高い壁で囲まれている。川には橋がかかっていた形跡があり、石造りのそれは見るも無惨な状態であった。
「何ぃ〜!壊れてるのか〜!?そうか!さっきの黒い大雨のせいだな。街が壊れる前に止めれて良かった。しかし向こう岸に渡る方法を考えないとな。ん?あれは何だ?」
鋼鉄製の扉のようなものが地面から生えていた。それは、蔦や苔に覆われていた。
「おいおいなんだこりゃ!誰かが殴ったのか?それとも何かのオブジェか?」
扉は中央にへこみがあり、そこには拳の跡が残っていた。アスカは扉に肘を置き頬杖をした。
「ん〜。謎!」
考えるのを止めて街の入り口に向かった。
〜〜〜
「お〜い!誰かいないのか〜!開けてくれよ!」
鋼鉄製の門扉は固く閉ざされている。
近くに門番等は見当たらない。
それどころか誰もいない。
どのようにして入れば良いのか分からなかった。
「さっきの蛇口雨で、みんな流されたのか?」
向こうの様子は何も伺えず、門扉に耳をつけても何も聞こえなかった。
右下には小さな潜り戸があるが、土が詰め込まれていた。
「困ったなぁ。グリーンだとこんな壁ひとっ飛びなんだが……そうか!川も飛んで行けばいいんじゃぁないか!……ここまで来る必要は無かった……よし!さっきの森に緑の魔石を探しに行こう!」
『キュ〜!』
『ミミ〜!』
その時、門扉が重い音を立てて開いた。
「は〜あ。やってらんねぇなぁ〜!」
「だよなぁ、こんな日に仕事なんてよぉ!おっ!」
開いた門扉の向こうから鎧を身に纏い、槍を持った騎士が四人出てきた。
「雨が止んで初の来訪者だな」
(お!チョビ髭が生えてる)
「へいへい、お前運が良いな!これから街はお祭り騒ぎだ」
(髪で目元が見えないな)
「そんな時に俺たちは仕事だとさ」
(背が低いな。みずぐるま亭のモジャモジャは元気かな?)
「愚痴を言うなボーマン!誰かがやらねばならん事だ」
(体格が良いな!身長は僅かに俺の勝ちだな)
「ロベルト様の命のままに!」
(ドンマイボーマン)
「そういう事だ。君、レガリストアントの街にようこそ!早速だが身分証を見せて貰えるか?」
(このロベルトってのがリーダーっぽいな。しかし身分証なんてないぞ)
「へいへい。ロベルトさんは熱心だねぇ」
(目元が見えないな。髪を切れよ)
「ゾフィも茶化すな!彼も困ってるだろう!君、済まないな、ギルドカードでも構わない」
ロベルトに言われた物が、何なのかアスカには分からなかった。
「ギルドカード?そんな物持ってないぞ」
「持ってない?貴族には見えないから身分証はないだろ?身分を示す物が無ければ、ここを通す事は出来ない。帰れ!」
(何だ藪から棒に!その髭むしり取るぞ)
「おい!リカルドしっかり説明しろ!君、悪く思わないでくれ。こいつらも悪いやつらじゃないんだが、雨が止んで直ぐの仕事だ、許してやってくれ」
「ああ。俺も雨が止んで嬉しいからな。その気持ちは分かる。だけど、中に入れないのは本当か?」
「身分を示すものが無けりゃ、金を払ってもらう他ねぇな。あればの話だが」
(クソ〜!ゾフィだったか?面倒臭そうに言いやがって!俺には黄金があるんだよ!)
「ゾフィ!そんな言い方をするな!」
(良いぞロベルト!もっと言え)
「本当の事だろう?金貨一枚、お前に払えるか?」
ロバートに諭されたゾフィは、アスカに向けて手を出した。
(こいつ馬鹿にしやがって!見てろよ!)
「金貨は無いが、黄金はあるぞ!」
アスカは口角を上げ挑発しつつ、ゾフィの目の前で手を叩いた。
小さなブラックホールから黄金の箱が飛び出すと、ゾフィはバックステップでそれをかわした。
「危ねぇ!」
「スゲェ!どんなスキルを使ったんだ?」
「ゾフィ君、前髪で見えないのなら、切ることをお勧めするよ」
アスカは得意げに、右手の指で前髪を切る仕草を見せた。
(まだまだあるんだ!俺の旅は順風満帆!)
「これを換金すれば金貨の一枚や百枚なんて、ちょちょいのドンだ!」
アスカがドンと言ったタイミングで、黄金がくすみ始め、ただの木の箱に変わってしまった。
「はぁ〜〜!?」
『トレルと別れ、森を後にしたアスカ。森が消えた事など知る由もなかった。消えたと言えば雨雲と雨そして地震。自分が消したと信じてやまない。
そうそう、消えたと言えばもう一つ、黄金の輝き。錬金術の効果が切れた事も、アスカは知る由もなかった。
文無しアスカ!街に入る事は出来るのであろうか?
次回予告
順風満帆?』
「ちょっと待ってくれ!まさか他の黄金もか!?」