43 必殺技【Side.ビニール仮面】
イセカイザーグリーンに変身したアスカは、村の入り口へ向け風のように走っていた。
「村人に被害を出さずに、一度で全てを倒せるような必殺技は無いのか?」
『説明しよう!
イセカイザーグリーンの必殺技である「グリーンデスサイズ」は、イセカイザーグリーンが敵と認定した相手の命を、一瞬で刈り取るものである。射程距離は半径100メートルである』
「おいおい!それはヒーローが使う技じゃぁねぇだろう!だがまあ、村人を守って敵を倒すという事に変わりはないか……よし!使い方を教えてくれ!」
『説明しよう!
「グリーンデスサイズ」と発声した後、相手を知覚するのと同時に、手の平を相手に向けるとロックする事が出来る。半径100メートル以内の者は全て、ロックする事が可能である。そして手のひらを握り締めると、ロックした相手に対して技が発動するのであ〜る』
「良い!技の名前はともかく、何か良い!と言うことはピンクにも必殺技があるのかも!おっと!」
必殺技の説明を受け興奮するグリーンは、気が付けばホブゴブリンたちの目の前に到着していた。急ブレーキをかけ立ち止まると、身に纏っていた風はそのままホブゴブリンたちへとぶつかった。
ホブゴブリンたちは、突然前から突風を受けたのと同時に、目の前に何者かが現れたため、驚き固まっていた。
「あれは何だ?」
「おい!君逃げろ!死にたいのか!」
村人たちが騒ぎ出すと、ホブゴブリンたちも動き始めた。
「覚悟は良いか?グリーンデスサイズ!」
グリーンはホブゴブリンを睨みつけ、右手を前に上げ、手のひらを左端のホブゴブリンへと向けた。するとアナライズと同じように赤色の『+』がホブゴブリンの胸に現れた。
「これがロックか」
それから、右にいる次の標的へ視線を移すのと同時に、手のひらを向けると、次から次へとプラスが現れた。
全てのホブゴブリンをロックしたのを確認し、右へ水平に伸ばしている右手の平を上へ向けた。
「I'm ready」
その言葉の後に、アスカは手のひらを握り締めた。
すると何処からともなく、ホブゴブリンたちの胸元に、密着した状態で風の大鎌が現れた。避ける隙も与えずに一瞬で体に食い込み音もなく切断した。
「なんつ〜恐ろしい技なんでしょ〜」
目の光を失ったホブゴブリンたちの体は、上下がズレ始め、その場に崩れ落ちた。
ーテレッテレッテ〜ツクタンジャジャ〜ンジャンー『レベルが上がった』
「グリーンデスサイズ恐るべし……良い子の皆んなは人に向けないようにしてね……つ〜かこれはやっぱヒーローが使う技じゃぁねぇだろ!そもそも技名が恐ろしいわ!」
『説明しよう!
「グリーンデスサイズ」別名「死神の風」である』
「そっちの方が怖いわ!」
「うお〜〜〜〜!」
「助かった〜!」
全てのホブゴブリンが倒された事を知り、村人たちが歓声を上げ始めた。
「ありがとうございます!」
「気にすっ…」
(おっと!声を出すとバレてしまうな……)
グリーンは両手を挙げ歓声に応えた。
すると、村長のムーアンが前に出てきた。
「助かりました。しかし貴方様は何者ですか?その身長、まさかテイマー様では?」
(何だこの爺さんの勘の良さ!)
グリーンは、聞こえないふりをして他の村人の歓声に手を振って応えた。その時だった。
「おい!あれを見ろ!」
一人の村人が、村の入り口を指差した。
「トムとチットじゃないか!」
「無事だったみたいだな」
「あいつらただじゃおかないぞ!」
村人たちが口々に唱えているのは、門を開けっ放しで出て行った二人の子供の事であった。その二人が走って村へ向かっている。
「おい!何かおかしくないか?」
「慌ててるようだな」
「村から煙が上がってるのを見たら驚くわよね」
「いや違う!ゴブリンに追われてるぞ!」
「本当だ!!急げぇ〜!」
逃げる子供の後から、斧を持ったホブゴブリンが飛び跳ねながら追ってきていた。
(まだいたのか!)
その時、女の子の方が転んでしまい、ホブゴブリンとの距離が詰まり始めた。
「チット!」
「追いつかれるぞ!」
(まずい!)
グリーンは風を身に纏い、門の外へ駆け出した。
(間に合わない!風よ頼む!)
身に纏っていた風が更に強く吹き始め、イセカイザーグリーンの体は宙に浮いた。
(飛んだ……)
そのまま体を地面と水平にすると、とてつもない速さで子供たちとすれ違い、ホブゴブリンに肉薄した。
『ゲギャ!?』
「ゲッ!」
グリーンは急に止まれない。そのまま頭からホブゴブリンにぶつかると、止まる事なく体を突き抜けた。
「うぇ〜、気持ち悪りぃ〜」
体を突き抜け不快な気持ちになっていたが、気付くと、とんでもないスピードで村から遠ざかっていた。
「止まれ!止まれ〜っと!」
体勢を立て直し両手足を広げ、空中で急ブレーキをかけて止まった。
すると、体に纏っていた風は突風となり、目の前の森にぶつかると、全ての葉っぱをむしり取り、枯れ木の道が出来上がった。
「ふぅ。まぁ何とか間に合ったな」
グリーンが振り向くと、胴体に風穴を開けたホブゴブリンは、驚き固まっていたチットに力なく倒れ込み始めた。
「チット危ない!」
「お兄ちゃん!助けて!」
「まずい!ここからじゃ無理だ」
グリーンは再び風を纏い、猛スピードでチットに向かい飛翔を始めた。しかし、間に合わない。トムも慌てて駆け寄り、手を伸ばすが間に合わない。ホブゴブリンは水飛沫を上げ、チットを潰すように倒れてしまった。
「クソッ!」
グリーンは間に合わなかった。
「チットォ〜!」
トムが悲痛な叫び声を上げる。
「お兄ちゃん?」
しかし幸運にも、体に空いた穴からヒョッコリ現れたチットは無傷だった。チットはトムと抱き合うと、手を繋いで走って村に戻って行った。
「ほっ。作戦通り!」
グリーンはゆっくりと停止した。
「グリーンの能力にも慣れてきたぞ。半径100メートルの風を自由に操れるってことは、俺が中心だから結局、どこまでも飛べるってことか?グリーン最高かっ!」
空中で上下左右、バク宙、あぐらをかいて回転等、飛ぶ感覚を楽しんだ。
「しまった!まだ他にもいるなんてことはないよな?」
空高く上昇し周囲を見下ろした。
「他にはいないみたいだな」
安全を確認して地面に降り立った。
すると、再び村から歓声が沸き起こった。
「恥ずかしいけど村に戻るか……」
ゆっくりと地上に降り立ち、子供たちの後を追いかけようとしたその時、炭になった門の枠である見張り台が、音を立てて倒れ始めた。
「キャー!」
見張り台の下を、丁度子供たちが通過するところだった。トムとチットは手を繋いだまま、倒れ来る瓦礫に足をすくませている。
「立て続けにイベントが発生しすぎだろっ!」
グリーンは再び風を身に纏った。
地面から軽く浮き上がると、身体を倒して低空で子供の元へと急いだ。
瓦礫が目前に迫ったトムとチットは動くことも出来ず、口を開けてただそれを見つめていた。
「よっと!」
突如目の前に風と共に緑の人の背中と、なびくマフラーが現れた。
「危なかったな。もう大丈夫だ!」
迫り来る瓦礫を片手で受け止めるその人に、トムは一瞬で心を奪われた。
「あ、あ、ありがとう」
「動けるか?」
「うん!」
「向こうへ走るんだ」
そう言われて、子供たちはようやく動き出し大人たちの元へと走り出した。
一方、イセカイザーグリーンの仮面の中の、アスカの顔は緊張に襲われていた。
(ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!かなりヤバイ!)
HPを使い果たし、アスカは既にイヤーカフからの警報を耳にしていた。
(体の力が抜けていく!動けない!ここで変身が解けると正体がバレてしまう!いやその前に瓦礫に押し潰されて死んでしまう!)
既に警報は5回鳴っており、後5回で変身が解けてしまう。
「ピンチワーン」
『畳み掛けるピンチにアスカは対応出来るのか?
村人の前で変身が解ける。イコール死。
瓦礫に押し潰される。イコール死。
絶体絶命。イコールヒーロー!
さらばアスカ!さらばイセカイザー!
次回予告
さらば!』
「さらばってなんだよ!怖ぇなおい!!」