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39 品位を保つ義務


「拳銃」


ゼンジの右手に拳銃が現れた。


「バレットタイム」


周囲がスローで動く中、素早く拳銃に左手を添えると、二発発砲した。


【拳銃とは、片手で射撃可能な銃である。要はピストル。ゼンジが持つ拳銃は『9mm拳銃SEP9』陸自の最新モデルである。装弾数は15発。】


ーパッパッパッパカパ〜ンー


横たわる二匹のマンティコアの眉間には、それぞれ一発の弾痕が残されていた。


「それにしても、お見事としか言いようが無いですね。マンティコアが実は弱いのではないかと、勘違いしてしまいそうです」


「その武器があれば、ワイバーンも倒せるんじゃないか?」


「ウォーン!武器が小さくなっても威力は凄いな!」


出発してこれまでの間、マンティコア十五匹と、ゴブリンの上位種ホブゴブリン六匹、そして大型の猪に似たモンスターである、ラッシュボア四匹を軽々と倒したゼンジに、テープルたちは舌を巻いていた。


ゼンジはと言うと、レベルを二つ上げ17となっていた。階級も三等陸曹に昇任した。そして新たなスキル拳銃を覚えたが、ゼンジは小銃よりもこっちが先だろ、と呟いていた。


しかし、よくよく考えると自衛官は、拳銃を扱えるのは幹部以上であり、特別な任務を与えられた三曹以上もまた、同様に扱える事を思い出した。


「いいえ、リッキーのスキルがあるからですよ。しかし、さすがにワイバーンはこう簡単には行かないと思います」


ゼンジは、ブラックドラゴンを想像して肩をすぼめた。


「僕のスキル気配察知は、モンスターの居る場所と数が分かるだけで、それを伝えてるだけだよ。一撃で倒すゼンジさんの腕が凄いんだよ」


「ウォ〜ン!その通りだ。その腕前なら、冒険者になれば引く手数多だ!控えめに言ってもCランクはあるだろうからな」


犬の獣人兄弟もゼンジの強さに驚いていた。

ゼンジは拳銃を、右太腿に着けているホルダーに収納した。そして恥ずかしそうに頭をかいた。

その後、横たわるマンティコアまで歩き、衣のうに回収した。


「極め付けは、そのマジックバッグ!それも錬金術とは驚きですね。是非買い取らせて頂きたいのですが、ゼンジ殿しか使えないのなら諦めるしかないですね」


小銃や拳銃、衣のうを何度も何度も、買い取ると言って聞かないテープルに、ゼンジは自分にしか使えない事にして諦めさせていた。


その後キャラバンは、順調に森の出口へと進んだ。


「森の終わりが見えてきました!」


テープルが声を張り、指差す進路上は、木がなくなり広い平原が見え始めた。


「ゼンジ、お疲れ様でした」


目の下に隈を作り、足取りの重いゼンジに、ポーラは優しく声を掛けた。


「ああ……見栄も張れないくらい疲れたよ…ところでテープルさん、森を抜けたら町までどれくらいですか?」


「森に沿って真っ直ぐ進めば、日が暮れる前には着くはずです」


「良かった……昨日から睡眠なしの連戦だから、さすがにヘトヘトでしたよ」


「ゼンジ一人に戦わせて済まない……」


キャラバンの先頭を歩くゴードンは、顔を少しだけ横に向け、ゼンジと目を合わせる事なく謝罪した。


「気にするなよ。たまたま自分が、強い武器を持ってたってだけだ」


「済まない」


ゴードンは顔は動かさず、視線だけを下に向けた。


「謝るなよ。町に着いたら旨い飯でも奢ってくれよ」


「勿論だ!!極上に旨い酒も付けてやる!!」


「それは楽しみだ……でもまずは寝たいな」


無事、囁きの森を抜けた一行は、森と少し距離を取った後、右へと進路を変え東へ向かった。


その後、囁きの森と蠢きの森を分断する街道を横断すると、右手にある森の雰囲気がガラリと変わり、様々な虫の鳴き声が聞こえ始めた。


そこから出てくる大型犬サイズのカタツムリや、スズムシのモンスターを、ここぞとばかりにゴードンが倒していった。

それも少しの間だけで、虫のモンスターは不思議と森から出て来なくなった。


何の前触れもなく、急激に雨足が強くなり、視界が悪くなる。

周囲の警戒をしていたゼンジたちは、馬車に乗り込んだ。


「虫のモンスターは雨が苦手なのか?」


「それもあるが、黄金のマタタビの影響だ。この先、森沿いに実ってるんだが、それの放つ魔力が虫を寄せ付けないんだ」


ゴードンは親指で、背後の森を指した。


「ウォ〜ン!あの芳醇な香りが分からない奴らとは、この先どこまでも分かりあうことはない!」


「兄さんは、虫が嫌いなだけだろ」


取り止めもない会話をしていると、テープルが指示を出した。

その指示により、御者をしていたリッキーが進路をやや左に向け進むと、町へと続く道が見えてきた。そのままジワジワと近付き道に入った。


その後もモンスターと出会う事なく順調に進んだ。


カーテンのように視界を遮っていた雨が弱まり始めた。

それにより、道の前方に石で作られた橋が見えてきた。川は底が見える程浅く、橋がなくても渡れそうであった。


その橋を渡りきった所でノックが叫んだ。


「ウォ〜ン見えてきたぞ!あれが俺たちの村、ラムドールだ」


視界の先には、木の先を尖らせた柵に囲まれた、割と大きな村が見えてきた。中央には先の尖った青い屋根があり、その天辺には銀の十字架に青い輪っかが張り付けてある物が立っていた。そしてテープルたちの話通り、村の端と森は密接していた。


「やったー!ようやく寝れる!」


ゼンジは幌馬車の中から顔を出した。

目の下に隈を作り、泥や草で服は汚れていたが、それを気にする事など出来ないほど、疲労困憊であった。


村の入り口まで来ると、その異様さにゼンジとポーラは言葉を失った。


開いたままの門扉に門番はおらず、村の中が筒抜けである。そこから見える光景はまさに地獄。


バスケットボール位の大きさのバルーンモスキートが、何匹もフワフワと浮かんでいた。体の色は黒と白の縞々で、長い六本の脚も同様である。


そしてゆっくりと歩く一人の男には、二匹のバルーンモスキートがしがみつき血を吸っていた。苦悶の表情を浮かべるその人間は、肌の色がトマトのように真っ赤に変色していた。


村の上空にはレッドイーターと思われる鳥が、群れを成して旋回し、真っ赤になった人間を襲うタイミングを見計らっているようだった。


「な、何だこれは……」


「酷い……」


馬車から降りたゼンジとポーラは、フラフラと村の門へと歩き始めた。


「くっ!」


「ゼンジ、どうしました?」


村の前で突然歩みを止めたゼンジを不審に思い、ポーラは更に声をかけた。


「まさか毒に侵されたのですか?」


するとゼンジは、一歩後ずさりをしてその場に尻餅を付いた。


「今のは何だったんだ?」


「大丈夫ですか?疲れが溜まってるんですね」


「いや……そうじゃないんだ」


そう言って立ち上がると、右足を一歩前へ出した。するとゼンジは再び固まった。


「うっ動けない!これはまさか」


一歩下がると、体の自由が効くようになる。


「リオさんのような結界ですか?」


「違う!嫌な予感がする。ステータスオープン」


ゼンジは自分のステータスを見つめて、ワナワナと震え出した。


「品位を保つ義務が発動してる…」


【品位を保つ義務とは、隊員は、常に品位を重んじ、いやしくも隊員としての信用を傷つけ、又は自衛隊の威信を損するような行為をしてはならない。

そして服装を常に端正に保たなければならない。というものである……】


ゼンジは自分の体を見回した。


「汚い…そういうことか。油断してた」


「結界ではないのですか?」


「ちくしょう!そんな甘いもんじゃ無い!品位が保ててないからなんだ!自分が汚れてるから村に入れないんだ!悪いがここで待っててくれ!よ〜し!川まで戻って体を洗ってくる!」


疲労と睡眠不足により変なテンションのゼンジは、怒りと苛立ちと悲しみが合わさった顔を見られまいと、素早く回れ右をして、先ほど通った橋のある浅い川まで走って戻った。


川に着くと、おもむろに防弾チョッキや戦闘服を脱ぎ捨てた。


「戻れ!!」


装備していた物全て、悲痛な叫び声を上げながら放り投げて消した。

そして腰まである川に入り、顔をがむしゃらに洗った。


「縛りがエグい!縛りがエグい!縛りがエグい!」


そして今度は潜り、水中で頭をグシャグシャと擦った。


「ガボガボ!(堕女神!)」


水中で女神の悪口を叫び、川から上がったゼンジの顔は、汚れが落ちた事もありスッキリとしていた。


「迷彩戦闘服」


目の前に現れた、シワひとつない戦闘服を装備してステータスを表示し、品位を保つ義務が消えているのを確認した。そして皆の待つ村の入り口まで走って戻った。


「お待たせ!」


「なんだかサッパリしましたね」


「ああ、汚れを落としたら心も軽くなった」


「ゼ、ゼンジさん!まさか、あなたは蜂に属しているのですか?」


驚いた表情のテープルはガタガタと震えていた。


「ハチ?ですか?あの虫の?数字の?どう言う事でしょうか?」


「そ、その左肩の印は、蜂のエンブレムでは?」


「ん?これは我が国の象徴。日の丸の国旗です。私の出自は遥か東の島国、日出る国です。これは太陽をモチーフにしたものですが。知らないですよね」


「貴方こそ蜂を知らないのですか?」


「知ってますよ。刺す虫でしょ?」


「ご存じないみたいですね。ふぅ〜驚かさないでください」


「ん?別に驚かしたつもりは……」


『なんだ。ゼンジは汚れてるのが嫌だったのか』


話の途中でメロンが小声で喋ると、ポーラに向けて両手を出した。


『言ってくれれば良かったのに。ウルトラクリーン』


小声で唱えると、ポーラに爽やかな風が吹いた。風が吹き抜けた後には、全ての汚れが落ちて綺麗になっていた。一瞬の事であった。


「綺麗になった!ありがとうメロンちゃん」


「何じゃそらそら!?」


ゼンジは混乱の魔法でもかけられたかのように、目を白黒させ、興奮により顔は勿論、耳まで赤くして行き場のない怒りを抑えていた。


「ゼンジ殿!下がってください。顔が赤いですよ!毒が充満してるのかもしれません!解毒薬です!」


テープルは叫びながら、解毒薬の蓋を開けゼンジに振り撒いた。緑色のベトベトの液体を、頭から体中に浴びたゼンジは、フラフラと後ろへ歩き出し、門の前でピタリと動きを止めた。


「品位を保つ義務が再発動してるんですけど……」



(女神様、こちら自衛官、

やはり自衛官の義務は、異世界ではエグ過ぎませんか?ヘックシュン!川で風邪ひいたか?それとも誰かが噂してるのか?どうぞ)

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