30 バタバタの出発 《Side.黒魔女天使》
ヒメの意識が少しずつ戻り始めた。
しかし、目は開けなかった。
「……だ!?」
何か聞こえた気がした。それでも目は開けない。
ゆっくりと立ち上がるが、目は閉じたままである。
静まり返った世界。
だが、高鳴る鼓動がそれを許さなかった。
ヒメは目を開けなくても分かっていた。
目を開けると、そこには真っ白な世界が広がっているのだと。
ヒメはこの状態を楽しみたかった。
それでも、早く目を開けろと心臓に急かされ、ゆっくりと目を開けた。
(!?こ、ここは、やっぱり!!し、し、)
「白い部屋来た〜〜〜!」
(願いが叶った!やっぱりあれは流れ星だったのかな?……あれ?影がない)
ヒメは夢にまで見た、影一つない白い部屋に居た。そして確信をもっていた。女神様がいると。
「こ、これは絶対そうだよね?異世界転生だよね?転移かな?…どっちですか〜?女神様ぁ〜!」
「おーい」
しかしその時、突然後ろから男に声をかけられた。
「キャーーー!ビックリした!えっ?何?二人?私一人じゃないの?あれ?あそこにもう一人いる?どういうこと?女神様ぁ〜!」
(きっと、ウゾウゾが触ったからだ)
「女神様?何のことだ?何か知ってるのか?ここはどこなんだ?」
(ごめんなさい。私のせいです)
「貴方達は死にました」
(女神様来た〜!)
「チクショ〜!」
ビニール仮面が叫んだ。
(普通はそうだよね。でも、これも全て私のせいです)
「やっぱり私の呪いのせいですね。皆さんを巻き込んでしまいました。ごめんなさい」
「不運にも隕石の破片により貴方達は死にました」
(うん。知ってます)
実は貴方達は死ぬ予定じゃなかったんです。ちょっとミスして隕石が落ちてしまいました。でも大丈夫です。直ぐに気付いて隕石と共に、地球の皆さんの記憶を消したので、貴方達以外の人は死んでませんし、何も覚えてませんから」
(うんうん。知ってますよ)
「どういうことだ?俺たちは間違いで死んだのか?だったら生き返してくれ!」
(普通なら、そう思いますよね)
「ごめんなさい。一度死んだら元の世界に戻る事は出来ません」
(やっぱり!!知ってますとも!だから)
「女神様!『元の世界には』と言うことは『他の世界には』行けるんですよね?」
「それは可能です。今回はこちらのミスですので、私の管轄下にある、別の星に転移しようと思うのですがよろしいでしょうか?」
(ほら!)
「そ、そこは剣と魔法のファンタジーな世界ですよね?」
「そうです。その星の名はナイナジーステラ。レベルやスキル、職業がある世界です。よろしいでしょうか?」
(ほら!ほら!)
「ちょっと待ってくれ。意味が分からない。要するに俺たちは、アンタのミスで死んだから、お詫びに別の世界で生き返してやるって事か?」
(早く呪いを解いて貰わないと!)
「概ねその考えで合っています。そして紹介が遅れました。私の名前はアンタではなく、アンジュです。貴方たちの世界では天使という意味ですが、女神アンジュです。以後お見知り置きを」
(アンジュ様……良い名前ですね)
女神は上品に挨拶をした。
「職業ってのは何だ?」
(も〜!早く呪いを解いて貰いたいのに)
「ちょっと!」
(早く分かってもらわないと)
「いいですか?予期せぬ事故で死んだ主人公が、真っ白い世界で女神様に会って、異世界に転生やら転移をする最近流行の小説を知らないんですか?」
「「知りません」」
(え!?そんな……)
「嘘でしょ!?その世界では様々な種族が生活していて獣人や妖精それにドラゴンのようなモンスターもいますそして地球とは違う職業があってそれにより魔法やスキルを覚えてステータスオープンと言えば自分のステータスを確認できるのです更に女神様のお詫びの印にチートな職業やスキルを与えられて楽しいことしかない最高な憧れの世界ですよ!」
「つ、つまり、ゲームのような世界に行けるって事なのか?」
真面目そうな男が、少し嬉しそうな顔で聞いた。
(もうそれでいいです)
「あながち間違いではないです」
「だったら、職業に変身ヒーローとかもあるのか?」
(それはありません。でも、早く話を進めないと)
「あります」
すかさず女神が答えた。
「いいえ。ありません。勝手に話を進めないでもらえますか。とは言え彼女が説明してくれた内容で職業以外は、ほぼ合っています。理解されましたね。それでは、お詫びとして貴方たちにギフトを九つ与えます。お好きなものを何でも選んで下さい」
(ギフト来た〜!……えっ〜!?)
「きゅきゅきゅ、九個ですか!?ひ、一人、九個って事ですか!?」
「いいえ。三人で九つです。三人平等に三つずつでも構いませんし、一人で九つ全て選んでも構いませんよ。三人で話し合って決めて下さい」
「ビックリした〜。それでも九個は凄いですね……ここは平等に一人三個にしましょう」
一秒でも早く呪いを解いて貰い、憧れの異世界へ行きたいヒメは、話を進めるために提案した。
「じ、自分はそれで構わない」
「お、俺もだ」
「決まりですね。それではどなたからでも結構ですよ」
「正直まだ半信半疑なんだが、こういう場合はどんなスキルが良いんだ?」
(転移ものでは職業も重要なんですが……)
「スキルですか?そうですね。先ずは言語理解でしょうね。生まれ変わる転生ではなく、転移なので言葉が分からないと大変でしょう。そして必ず重宝するのが、どんな物でも無限に収納出来る、アイテムボックス。あとは、メニューのように物事を説明してサポートしてくれる、システム的なものもあれば便利ですよ。その他は職業のスキルで補えます」
(初心者でも、この三つがあれば大概チートになるはずです)
「じゃぁ、自分はその三つでお願いします。職業は無職で結構です」
(無職ときたか!真面目そうな顔をして、さては素人じゃないな?無職もチートだったりするんですよね)
「オホン。自衛隊さん。無職も立派な職業の一つですよ。これでは四つのギフトを使っていますが、宜しいですか?」
(ほらね。やっぱりチート狙いですね!)
「え!?そうなんですか?それでは、サポート的なものは止めておきます」
「宜しいのですか?」
「はい。女神様の命のままに」
「了解しました」
(良かったですね。無職はどんなチートなのでしょうね?)
「うぉー!死んだのにテンション爆上げだ!どんなゲームの世界なんだ?くぅ〜!楽しみだ!」
(私も楽しみです!夢みたい!憧れていた世界に行けるなんて。先ずは呪いを解いて貰わないと!こんな時のために、毎日イメトレしてきました。
まずは勇者。これは辛い旅に出ないといけません。しかも、魔王を倒すと元の世界に帰る可能性もあります。これはダメ。
次に賢者。様々な魔法を覚えて、自分の呪いさえも解くことができるでしょう。でも、解く魔法を覚える前に、呪いが周りに害を与える可能性も無きにしも非ず。
他にも地球のネット環境を使える職業、物やスキルを何でも創る事が出来る職業、魔王等、様々な可能性を考えました。
でも、呪われていない状態で始まり、呪いが効かない職業は勇者の他ないでしょう。しかし、勇者は論外。ではどうすればいいか。
女神様に作ってもらうしかないのです。彼らがそうした様に!)
ヒメが考え事をしている間に、ビニール仮面の話が終わった。
「最後は私ですね。…私はこの呪いを受け易い体質がどうしても嫌でした。あらゆる不幸が取り憑いて、私だけではなく周りの人達も不幸にしてしまうんです。だから私は、いかなる呪いも、武器や防具の呪いさえも、一切受け付けない職業にして下さい」
(お願いします。アンジュ様!)
「そのような職業もありません」
(そう来ると思ってました)
「アンジュ様はお詫びに、ギフトを与えて下さるのではないのですか?アンジュ様の失態で死んでしまったのですから、いかなる呪いも受け付けない、チート級の職業でお願いします」
(卑怯なやり方でごめんなさい。怒らないで。アンジュ様)
「煽っても無理です。そのような、ナイナジーステラの世界の理を破壊するような職業はありません」
(そんな……こうなったら奥の手です)
「でしたら、私は他のギフトは要りません。私の呪いの影響を受けてここに来た、他のニ人に与えて下さい」
「貴方の願いは職業だけでよろしいのですね?覚悟はありますか?」
(怒ってる)
「はい!」
「…承知しました。それでは他のおニ方は、後一つずつギフトを選んでください」
(やった!)
「良いのか?」
真面目そうな男が聞いた。
「それで呪いが効かなくなるのなら」
(こんなに嬉しいことはありません)
「分かった。ありがたく使わせてもらうよ」
「それでは、サポート的なやつでお願いします」
「承知しました」
「ありがとうございます」
「それでは、貴方はどうしますか?」
ビニール仮面に女神が問い掛けるが、ボーッとしていて返事がない。
「……」
(早くして下さい)
待ち遠しいヒメは、苛立ちを抑えて提案した。
「貴方も彼と同じで良いですか?」
(アンジュ様の気が変わらないうちに!早く)
「……」
(も〜、早く!女神様は大概気まぐれで、心変わりが早いんですよ!)
「良いですか!?」
「…ん?ああそうだな」
「…ショウチシマシタ!」
ヒメの心を読んだのか、女神は無表情になり片言の返事をした。
「それでは私を、全ての呪いが効かないチート級の職業にして下さい」
(もう呪いはたくさんです)
「ショウチシマシタ…チートキュウデスネ」
「はい!」
自然と涙が溢れ落ちていた。
女神は怒っているようだが、涙で前が見えなかった。
「では、そのサークルに入ってください」
女神の言葉と同時に、ビニール仮面の足元に輝くサークルが現れた。
「一人用なので狭いですが、そこから出ないでくださいね」
ヒメはサークルに入り、涙を拭った。すると目の前には、自衛隊が至近距離まで近付いていた。
「狭いですね」
「絶対押すなよ」
真面目そうな男は、ヒメの声が聞こえなかったのか、ビニール仮面に声をかけた。
「それでは皆さん、新たな世界を楽しんでください」
(いよいよですね)
サークルが輝き出した。それと同時に胸が弾む。
「ちょっと待ってくれ!」
最悪のタイミングで、ビニール仮面がヒメと自衛隊を、サークルから押し出して女神に詰め寄った。
(えっ?)
「おい!フリじゃないんだぞ!……うわああぁぁぁぁ」
「出ちゃダメですよ!正常に転移されなくなりますよ!」
「消えた!」
ヒメが振り向くと、真面目そうな男はその場からいなくなっていた。
一瞬で状況を理解したヒメは、咄嗟にビニール仮面にタックルをした。
「早く戻って下さい!」
ビニール仮面が光に触れると、回転しながら上昇を始めた。
「あらららららら」
「貴女も早く!」
女神の慌てる声を聞き、ヒメは振り向きもせずに光の柱へ飛び込んだ。
そして、再び視界が真っ白になった。