2 白い部屋
眩しかった視界が徐々に見えるようになってきた。
「……しょ〜〜!どうしてだ!?」
朧げに何かが聞こえて来た。
ゼンジは薄ら目を開けると、そこは真っ白な世界だった。
「ん?」
目を擦って、ゆっくりと開けてみた。
「ん?」
目の前には白い壁があり、足元も白かった。驚いた事に影がなくなっていた。
「これはあれかな?もしかして死んだのか?」
振り向くと、コンビニにいた黒の魔女が背中を向けて立っていた。
「白い部屋来た〜〜〜!」
黒の魔女が突然叫び出した。
「こ、これは絶対そうだよね?異世界転生だよね?転移かな?…どっちですか〜?女神様ぁ〜!」
(彼女は何を言ってるんだ?)
ゼンジが右を向くと、少し離れた所に、ビニール仮面が両手をついて首を垂れていた。
(ビニール袋は被ったままだ。しかし何だこの状況?天国じゃないのか?)
ゼンジたちがいる場所は、10メートル四方の、キューブ状の白い部屋だった。
もう一度目を擦り、目の前に変化がないことを確認して声を掛けた。
「おーい」
「キャーーー!ビックリした!えっ?何?ニ人?私一人じゃないの?あれ?あそこにもう一人いる?どういうこと?女神様ぁ〜!」
黒の魔女は捲し立てるように喋り出した。
「女神様?何のことだ?何か知ってるのか?ここはどこなんだ?」
そんなやり取りをしていると、何処からともなく声が聞こえてきた。
「貴方達は死にました」
透き通るような綺麗な声が、残酷な事を告げてきた。
「チクショ〜」
ビニール仮面が叫んだ。
(そうなるよな。だがリアルすぎて、なんだか状況について行けない。本当に死んだのか?)
「やっぱり私の呪いのせいですね。皆さんを巻き込んでしまいました。ごめんなさい」
黒の魔女がうつむき、透き通る声が続けた。
「不運にも隕石の破片により貴方達は死にました」
声の主を探し振り向くと、北欧神話に出てくるような、すらりとスタイルの良い美しい女性が立っていた。
(あれが女神様なのか?)
「実は貴方達は死ぬ予定じゃなかったんです。ちょっとミスして隕石が落ちてしまいました。でも大丈夫です。直ぐに気付いて隕石と共に、地球のみなさんの記憶を消したので、貴方達以外の人は死んでませんし、何も覚えていませんから」
女神の意外な言葉にゼンジは言葉を失った。
(本気か?ちょっと水かかっちゃってごめんね的なノリだぞ?貴方達にしか、かからなかったから大丈夫?)
「どういうことだ?俺たちは間違いで死んだのか?だったら生き返してくれ!」
ビニール仮面は立ち上がり、女神に抗議した。
「ごめんなさい。一度死んだら元の世界には戻れません」
それを聞いたビニール仮面は、再び膝から崩れ落ちた。
(忙しい奴だ)
「女神様!『元の世界には』と言うことは、『他の世界には』行けるんですよね?」
黒の魔女が突拍子もない事を言い出した。
「それは可能です。今回はこちらのミスですので、私の管轄下にある、別の星に転移しようと思うのですがよろしいでしょうか?」
「そ、そこは剣と魔法のファンタジーな世界ですよね?」
「そうです。その星の名はナイナジーステラ。レベルやスキル、職業がある世界です。よろしいでしょうか?」
(黒の魔女は女神様の事を知っていたのか?)
「ちょっと待ってくれ。意味が分からない。要するに俺たちは、アンタのミスで死んだから、お詫びに別の世界で生き返してやるって事か?」
不機嫌そうに立ち上がったビニール仮面が聞いた。
「概ねその考えで合っています。そして紹介が遅れました。私の名前はアンタではなく、アンジュです。貴方たちの世界では天使という意味ですが、女神アンジュです。以後お見知り置きを」
輝くドレスのスカートを両手で摘み上げ、カーテシーをする女神に対してビニール仮面が続けた。
「職業ってのは何だ?」
(おいおい挨拶スルーかよ!それは無礼極まりなくないか?)
「ちょっと!」
すると興奮気味の黒の魔女が口を開いた。
(そうだ説教してやれ!)
「いいですか?予期せぬ事故で死んだ主人公が、真っ白い世界で女神様に会って、異世界に転生やら転移をする最近流行の小説を知らないんですか?」
「「知りません」」
ゼンジとビニール仮面の声が揃った。
(そっち!?この子も大概無礼だな。罰が当たるぞ)
「嘘でしょ!?その世界では様々な種族が生活していて獣人や妖精それにドラゴンのようなモンスターもいますそして地球とは違う職業があってそれにより魔法やスキルを覚えてステータスオープンと言えば自分のステータスを確認できるのです更に女神様のお詫びの印にチートな職業やスキルを与えられて楽しいことしかない最高な憧れの世界ですよ!」
息継ぎもせず、捲し立てるように説明した。
「つ、つまり、ゲームのような世界に行けるって事なのか?」
ゼンジは少し期待した。
「あながち間違いではないです」
少女はその顔に似合わぬ大きな胸を張って答えた。
「だったら、職業に変身ヒーローとかもあるのか?」
表情は見えないが、ビニール仮面のテンションが上がったのが、ゼンジには分かった。
「あります」
黒の魔女がそう答えたが、女神が否定した。
「いいえ。ありません。勝手に話を進めないでもらえますか。とは言え彼女が説明してくれた内容で職業以外は、ほぼ合っています。
理解されましたね。それでは、お詫びとして貴方たちにギフトを九つ与えます。お好きなものを何でも選んで下さい」
「きゅきゅきゅ、九個ですか!?ひ、一人、九個って事ですか!?」
(ドリフトか!)
「いいえ。三人で九つです。三人平等に三つずつでも構いませんし、一人で九つ全て選んでも構いませんよ。三人で話し合って決めて下さい」
「ビックリした〜。それでも九個は凄いですね……ここは平等に一人三個にしましょう」
「じ、自分はそれで構わない」
「お、俺もだ」
ゼンジとビニール仮面は、戸惑いながらも黒の魔女の意見に賛同した。
「決まりですね。それではどなたからでも結構ですよ」
(ここで慎重に決めないと、今後に大きく関わりそうだな。ゲームの世界なら、勿論転職システムがあるだろうから職業は向こうで考えるとして、スキルは何があるんだ?)
「正直まだ半信半疑なんだが、こういう場合はどんなスキルが良いんだ?」
ゼンジは黒の魔女に聞いた。
「スキルですか?そうですね。先ずは言語理解でしょうね。生まれ変わる転生ではなく、転移なので言葉が分からないと大変でしょう。そして必ず重宝するのが、どんな物でも無限に収納出来る、アイテムボックス。あとは、メニューのように物事を説明してサポートしてくれる、システム的なものがあれば便利ですよ。その他は職業のスキルで補えます」
黒の魔女は、当たり前のように説明した。
ゼンジは女神をチラリと見たが、美しい微笑みを返して来たので間違いはないのだろう。
「じゃあ、自分はその三つでお願いします。職業は無職で結構です」
右手の五指を揃えて、眉の端まで移動させ敬礼をした。
「了解しました」
ゼンジの敬礼に女神が答礼した。
(可愛い。ノリが良いな。それは置いといて、職業は、その内じっくり選べば良いだろう。そして転職すればいいな。先ずは戦士。そして、魔法は絶対使いたいから魔法使いだな!さらに転職して魔法戦士!しかし、モフモフしたいから魔物使いも外せないな。そして召喚士にもなりたい!そこから賢者に転職して、あわよくば勇者まで行けるか?)
「オホン。自衛隊さん。無職も立派な職業の一つですよ。これでは四つのギフトを使っていますが、宜しいですか?」
「え!?そうなんですか?それでは、サポート的なものは止めておきます」
「宜しいのですか?」
「はい。女神様の命のままに」
再び敬礼をした。
「了解しました」
女神様も再び答礼してくれた。
(やっぱり可愛い)
すると女神は頬を赤らめ、モジモジと照れ始めた。
(え?もしかして、心が読まれてるのか?それよりも)
「うぉー!死んだのにテンション爆上げだ!どんなゲームの世界なんだ?くぅ〜!楽しみだ!」
「うるせーぞ自衛隊!次は俺の番だ!俺の職業は変身ヒーローだ!変身ヒーローにしてくれ!」
「そのような職業はありません」
(くははっ。邪魔するからだ)
「ズリーぞ!自衛隊は良くてなんでオレはダメなんだよ!」
「アホゥ!自分は無職だ!更に自分の職業は自衛隊ではない、自衛官だ!」
すると女神様がニッコリ微笑んだ。
「自衛隊さんは自衛官だったのですね」
「はい」
(笑顔も可愛いな…おっと)
そしてゼンジは、心が読まれてるかもしれない事を思い出し、口元に手を添えた。
すると女神は、答礼をしようと手を肩まで上げて、慌てて下ろした。
(ぷふっ。心は読めないみたいだな…何かごめんなさい)
ゼンジは、笑った事を悟られないように下を向いた。
「どっちでもいーわ!!おい!女神!変身ヒーローとはな、普段は普通の人間だが、何とかカイザーとか、何とかライダー、ジャー、ダー、マン等に変身したら、数10倍の強さになれるんだ!人間を超越した力で悪と戦うんだ!オレをその変身ヒーローにしてくれ!」
「…仕方ありませんね。承知しました」
「スキルは言語理解と、アイテムボックスとかいうのでオネ」
「最後は私ですね。…私はこの呪いを受け易い体質がどうしても嫌でした。あらゆる不幸が取り憑いて、私だけではなく周りの人達も不幸にしてしまうんです。
だから私は、いかなる呪いも、武器や防具の呪いさえも、一切受け付けない職業にして下さい」
黒の魔女は、不安気な眼差しで女神様を見つめていた。
「そのような職業もありません」
そう告げられた黒の魔女は、そんなの聞こえない、という表情で女神に語りかけた。
「アンジュ様はお詫びに、ギフトを与えて下さるのではないのですか?アンジュ様の失態で死んでしまったのですから、いかなる呪いも受け付けない、チート級の職業でお願いします」
女神はビキビキと、音が聞こえそうな表情で静かに話し始めた。
「煽っても無理です。そのような、ナイナジーステラの世界の理を破壊するような職業はありません」
しかし、黒の魔女は引き下がらなかった。
「でしたら、私は他のギフトは要りません。私の呪いの影響を受けてここに来た、他のニ人に与えて下さい」
「貴方の願いは職業だけでよろしいのですね?覚悟はありますか?」
女神は低い声で聞いた。
「はい!」
黒の魔女は高い声で答えた。
「…承知しました。それでは他のお二方は、後一つずつギフトを選んでください」
「良いのか?」
ゼンジは黒の魔女に聞いた。
「それで呪いが効かなくなるのなら」
「分かった。ありがたく使わせてもらうよ」
(そうだなぁ賢者か、魔物使いもしくは、召喚士だな!忍者とかもあるのかな?しかしどれも転職すれば良いわけだから…ここはやはりスキルだな)
「それでは、サポート的なやつでお願いします」
「承知しました」
「ありがとうございます」
「それでは、貴方はどうしますか?」
ビニール仮面に女神が問いかけた。
「……」
しかし、ブツブツ独り言を呟きながら、ビニール袋の二つの穴から遠くを見ていた。
「貴方も彼と同じで良いですか?」
今度は、黒の魔女がビニール仮面に聞いた。
「……」
「良いですか!?」
「…ん?あ、ああそうだな」
何とも適当な答え方をするビニール仮面に対し、引きつった笑顔を作る女神アンジュ。
「…ショウチシマシタ!」
そこには、先ほどまでの美しい顔はもう無かった。
「それでは私を、全ての呪いが効かないチート級の職業にして下さい」
黒の魔女はやはり不安そうにしている。
「ショウチシマシタ…チートキュウデスネ」
もう諦めたのか女神は、怒りを抑えながら片言で答えた。
「はい!」
それに対して、黒の魔女は満面の笑みで返事をした。
「では、そのサークルに入ってください」
ビニール仮面の足元に、直径1メートルほどのサークルが現れた。
「一人用なので狭いですが、そこから出ないでくださいね」
ゼンジたちは言われるがまま、そのサークルに集まった。
「狭いですね」
ゼンジの目の前に、黒の魔女の顔がある。気まずさを紛らわそうと、ビニール仮面に声をかけた。
「絶対押すなよ」
「それでは皆さん、新たな世界を楽しんでください」
女神の声と共に、サークルが輝き出した。
「ちょっと待ってくれ!」
しかしその時、ビニール仮面が声を上げ、ゼンジと黒の魔女をサークルから押し出して前に出た。
「おい!フリじゃないんだぞ!」
ゼンジは慌ててサークルに戻ろうとしたが、右足しか届かなかった。他の2人は間に合わなかった。
ゼンジの右足は上に弾かれて、回転しながら上昇していく。
「うわああぁぁぁぁ」
「出ちゃダメですよ!正常に転移され…」
女神様の慌てる声を最後に、再び視界が真っ白になった。