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15 虫 【Side.ビニール仮面】


光が収束し、次第に視界が晴れていく。


(ここはどこだ?)


人々が話す声が聞こえてくる。


戸惑うアスカの目の前には、円形の大きな公園がある。

その中央にある美しい噴水に、子供たちが足を入れてバシャバシャと水遊びをしている。


公園の奥には、レンガ造りの二階建てがあった。

年季がかったその建物の入り口には、西部劇に出てくるような、ウエスタンドアが付いている。


今仕方、店の中から酒に酔った冒険者風の男が、ウエスタンドアを乱暴に開けて外に出ようとしたが、反動でドアが戻って顔に当たり、そのまま店に戻された。


その二階の窓には、『冒険者ギルド』と書かれた垂れ幕が下げられている。


甲高く鳴り響く、硬質な何かを叩く音が聞こえる。

公園の左隣には、赤々と燃え盛る炉の前で、二人の毛むくじゃらな子供が上半身裸で、赤くなった鉄を一心不乱にハンマーで叩いていた。


看板には『ドワーフの鍛冶屋』と書いてある。


そして公園の右手には、白を基調とした厳かな教会が建っている。窓にはステンドグラスが煌びやかに輝いており、白い屋根の上には黄金に輝く十字架が、これでもかと存在感を強調していた。


そして眼前には、北欧風の人達が行き交っている。


「本当に異世界に来たんだ…」


歩く人達の髪の色が、緑やピンク色であり、身長も様々で猫耳や尻尾、肌に鱗を付けた人たちが歩いているのだから、そう確信する他なかった。


何とも、メルヘンで賑やかな街並みが広がっていた。


「ママ〜、このお人形さん買って〜」


「良い子にしてたご褒美に買ってあげましょうかねぇ」


「やった〜!ありがとうママ〜」


店の前で楽しそうに話す親子を、アスカは気の抜けた表情で眺めていた。


「よう兄ちゃん。いつまでそこに突っ立ってるつもりだ」


不意に後ろから声を掛けられた。

アスカが振り向くと、スキンヘッドに白のタンクトップを着た、城のようにデカく厳つい男が立っていた。


その男は、まるで城門を塞ぐかの如く、太い腕を胸の前で組み、店のカウンター越しにアスカを見下ろしていた。


「何も買わねぇんならどいてくんねぇか?商売の邪魔だ!」


スキンヘッドの男にそう言われ店を見渡すと、様々な種類のパンが置いてあり、カウンターの上にはパンのマークが描かれた看板が掛けられていた。


そこには『キャッスルのパン屋』と書いてある。


アスカはその店の前に立ち、入り口を塞いでいた事に気付いた。


「ああ、わりぃ」


パンの良い香りが刺激したのか、アスカの腹の虫がギュルリと鳴った。慌てて腹を押さえるアスカに、スキンヘッドの男は白い歯を見せ豪快に笑い始めた。


「だはははは!ウチのパンは見ただけで腹が減るんだよ。兄ちゃん新顔だな、試しに一つ買っていかないか?」


「…金が無いんだ」


しかし腹の虫は正直で、先程よりも大きな音で鳴いた。


「だはははははは!仕方ねぇなぁ!持って行け!」


そう言うと男は紙袋にパンを包み、横に置いてあった飲み物と一緒に、アスカに無理矢理押し付けた。


「おいおい聞いてたのか!」


「良いんだよ!兄ちゃんの左目のホクロはウチのかみさんと同じ位置にある。これも何かの縁だ気にするな!美味かったら、今度仲間を大勢連れて買いに来てくれ!」


異世界に来て初めて話す人間は、とても気持ちの良い人間だった。アスカはこの先、まだ見ぬ異世界に心を躍らせた。


「それも飲んでみてくれ!ウチの新商品だ」


「じゃあ遠慮なく…美味い!コーヒーみたいだ!ありがとう!」


「だはは!礼なら今度ウチのかみさんに言ってくれ!」


「今度来た時にお礼をするよ。いただきます」


アスカはパンをかじった。


「ゲロうま!」


「当たり前だ!不味いはずがない!」


「必ずまた来るよ!」


そしてコーヒーを口に含んだ。


「おう!宣伝頼むな!」


そう言って男は頭を下げた。すると頭の天辺に丸い熊の耳がちょこんと付いていた。異世界で初めて話したのは人間ではなく、スキンヘッドの熊の亜人だった。


この世界では人間以外の獣人等は、総称して亜人と呼ぶ。


まさかスキンヘッドに熊の耳が付いているとは、夢にも思っていなかったアスカは、意表を突かれてコーヒーを吹き出してしまった。


「ぶーーーーっ!」


スキンヘッドがコーヒーまみれになり、血管が浮き出てきた。


「兄ちゃん…さっきはそこをどけっていったがよぉ…今度はそこを動くなよ!!」


「やべー!申し訳ない!」


「この野郎!」


熊の亜人が目の前のカウンターを、ハンマーのような握り拳で殴りつけた。それと同時に、とてつもない爆発音が聞こえた。


「何だ?」


アスカは爆発音に驚き振り向いた。


続け様に爆発が起こる。


公園の向こうの建物から黒煙と炎が上がった。

賑やかな街並みは一変。逃げ惑う人達の悲鳴や怒号が響き渡った。


「キャー!!」


「どけ〜!早く逃げろ!」


逃げ惑う人たちがアスカにぶつかり、貰ったパンと飲み物を落としてしまった。


「あっ!」


押し寄せる人々に、パンと飲み物は踏みつけられてグチャグチャになる。


「俺のパンとコーヒーがぁ!!」


落ち込むアスカの耳に、新たな情報が飛び込んだ。


「怪人だ!」


眉をピクリと動かし声のする方を見てみると、破壊された建物から、蜘蛛の怪人と、カマキリの怪人が出てきた。


「何だ何だ!いきなりイベント発生かぁ?」


アスカは不安な気持ちを、大声を出すことで振り払った。


「おい!兄ちゃんも逃げろ!」


熊の亜人がそう叫んだが、怪人達の目の前には逃げ遅れた女の子が倒れていた。


「ママ〜怖いよ〜!え〜ん」


『うるせぇガキだな!』


そう言ってカマキリの怪人が鎌を振り上げた!


(まずい!間に合わない!)


アスカはとっさにポーズを決めた。そして無意識のうちに叫んでいた。


「変身ッ!!!」


それと同時に、アスカは眩ゆい光に包まれる。


『クッ!何だ!』


怪人達は目を瞑り、顔を逸らした。


「兄ちゃん!」


熊の獣人も城門のような腕で目を覆った。


(今だ!)


アスカは駆け出した。


カサカサ!0.1秒


(何て速さだ!)0.2秒


女の子を抱き上げる。0.3秒


女の子の人形も拾い上げる。0.4秒


そして一瞬で元の場所に戻る。0.5秒


女の子を安全な場所に優しく降ろす。0.6秒


ジャンプする。(何て脚力だ!)0.7秒


空中で前方に回転する。(体が軽い!)0.8秒


そのまま教会の屋根の上に着地する。0.9秒


最後は太陽を背にポーズを決める。1.0秒


この間、わずか1秒!


カマキリの怪人が鎌を振り下ろすが、当然それは空を切る。


『ガキがいねぇ!』


『何が起きた!?』


怪人達はキョロキョロと見回している。


『あそこだ!屋根の上だ!』


(おっ気付いたな。良いねぇゾクゾクする!ここで口上だ!)


変身したアスカは、太陽を背にポーズを決めていた。


「アク……それはワル!

世に蔓延る害虫どもを、私が残らず駆除してやろう!」


(怪人ども、何者だと聞き返せ)


「き、貴様何者だ!」


(王道!これがヒーローのテンプレだ!教えてやるぜ)


「耳の穴をかっぽじって、よ〜く聞けよ!」


アスカはポーズを決めた。


「害虫戦隊ゴキレンジャー!

チャバネレッド!推参」


そして再び、シャキーン!と音が鳴る程、渾身のポーズを決めた。


(決まった……)


「って何ぃぃ!!?ゴキブリじゃぁねぇかぁぁ!」


アスカは、自分のおぞましい体を見て悟った。


(決まったのは俺の『ヒーロー完』だ!)


アスカは、持っていた女の子の人形を足元に投げつけた。


「くそッ」


(これはもう女神のイジメだ!(涙)仕返しか?

無視したからか!?女神の気取った自己紹介を俺が無視したからかぁ〜?そうなんだろぉ〜!だから俺を虫にしたんだろぉ〜(涙)無視してごめん)


「クソッ!俺はゴキブリに餌をやっていたのか!」


熊の亜人が叫んだ。


「いや、餌って…」


『なんだ、仲間か』


蜘蛛の怪人が安堵の表情を見せた。


「ホッとしてんじゃぁねぇ!」


アスカはそう言って、女の子の側へジャンプした。


「とぅ!」


背中にある四枚の羽を広げ、『ブィーーーン』と耳障りな音を立てて飛行した。


「キャー!ゴキブリィ〜」


女の子の側に着地したアスカは、安心させるために優しい声をかけた。


「もう大丈夫だよ。心配はいらない」


そしてしゃがみ込み、少女と同じ目線になった。


「こんな格好してるけど、正義のヒーローなんだぜ。俺が来たからにはもう安心だ!」


「いやぁ〜!助けてぇ〜!」


「いやいや!だから俺が助けてやるって」


「嬢ちゃんこいつを使いな!」


熊の亜人は、カウンターの下から巨大な殺虫剤を取り出し、女の子に放り投げた。女の子は華麗にジャンプして、見事にキャッチした後、殺虫剤にまたがり、アスカに向けて空中から噴射した。


「えいっ!」


「うわっ!何してるんだ、やめてくれ!これは違うんだ!これには深〜い訳があるんだ!聞いてるのか?無視するな!虫だけど!」


アスカは噴き出す液体を浴びると、体の自由が効かなくなってきた。


「頼むやめてくれ!何かの間違いなんだ!うわ〜冷たい!顔に当てるな!」


足の力が無くなり仰向けに倒れるが、それでも必死に、カサカサともがいた。


蜘蛛の怪人たちを見ると、沢山ある腕を組み、残念そうにアスカを見ている。


「おい!お前たちも虫だからって無視するなぁ!助けてくれ!仲間だろぉ!聞いてるのか!?おい!冷たくて息が出来ない!女神の罰かぁ?もう無視しないから許してくれ!冷たい!寒い!誰か〜助けて〜!助け…て…くれ……」




「ハッ!」


アスカは目を覚ました。

顔には水が激しく当たっていた。


「やめてくれぇ〜息が出来ない!た…すけ……ん?」


周りを見回すと、そこは、木々がうっそうと生茂るジャングルのような場所で、土砂降りの夜だった。


「夢か……だよな。スキンヘッドの熊の獣人なんて居るわけないよな!蜘蛛の怪人が仲間な訳ないよな……はぁ、夢でよかった〜〜〜。……って、どこまでが」


そう考えると恐ろしくなった。


「ゴキブリになったらどうしよう…」


あの言葉を言えばハッキリする。

しかしアスカは迷っていた。


「言うぞ〜。言うぞ〜。俺は言うぞ!」


大きく息を吸い、夢と同じポーズを取った。


「変身ッ!!!」


静寂が訪れた。


アスカは変身しなかった。


「ほっ、ゴキブリにならない…じゃねぇ!変身は?」



『夢落ちからの静寂。

それはアスカの心を不安でかき乱した。

果たしてアスカはヒーローに変身することが出来るのであろうか?

セリフが違うのか?ポーズが違うのか?

そもそも変身できるのか!?

次回予告

変身』


「ん?誰の声?」

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