10 衣のうとトランシーバーの使い方
「さてと、残念だがこの黄金の樽は置いて行くしかないな。だがその前に、レベルが幾つか上がったみたいだからステータスの確認をしてみるか」
ゼンジは上半身を起こし、あぐらをかいた。
「ステータスオープン」
「どうですか?」
「レベル12だよ。3も上がってる。階級も陸士長に昇任したぞ。しかし結構HP減ってるな…7はギリギリだ…おぉっ?ヘルメットと防弾チョッキの防御力100だって!かなり高いな。ってことは、これが無ければ死んでたかも…ま、まぁ結果オーライ!スキルは……増えてるぞ!その前に回復だな」
ゼンジは袋の中から、ポーションを二つ取り出した。
「ポム、ポーションだ」
「ありがとうございます」
ポムはフラフラしつつも、頭を押さえて上半身を起した。
「ヘルメットが重そうだな。もう外しても良いんじゃないか?」
「…いえ。この先まだ何が起こるか分かりませんから。この鎧も装備しておきます」
(鎧じゃないけどな)
ゼンジはポーションを一気に飲み干した。
すると、身体中の擦り傷や、あざが見る見る内に消えて行った。
「しかし凄いな。どんな原理なんだ?」
「これもスキルの一種ですよ。普通の人には作れません。薬師が、薬草やマンドラゴラ等を調合して作ります」
「いや、製造方法じゃなくて…まぁいっか」
ゼンジは次にエーテルを取り出した。
「これも飲むか?」
「私は魔法を使ってないので必要ないですよ」
「自分はMP0だから飲むぞ」
エーテルの蓋を開け、一気に飲み干した。
「よし。これでMPが回復したんだよな?ステータスオープン」
目の前に現れたステータスと、エーテルの空き瓶を交互に見た。
「0のままだぞ?これでMPが回復するんだよな?」
「え?そうです。間違いありません。エーテルはMP回復薬です」
「だが回復しないぞ?」
「そんなはずはありません!何かの間違いでは」
「もう一本飲んでみても良いか?」
「はい。私には必要ありませんから」
(魔法使いなのに必要ないのか?)
ゼンジはニ本目のエーテルも飲み干した。
「ぷは〜!これは苦いな。ふぅ。いくぞ、ステータスオープン……やっぱり0だ!」
「そんな事…エーテルで回復しないなんて」
「ドラゴンの巣で確認した時はMPも回復してたんだ。やっぱり飯で回復するのかな?」
「まさかそんなはずは…」
「干し肉か、りんごはいるか?」
「いえ、気分が悪いので」
樽酔いをしたのか、ポムは胸を押さえてゆっくりと深呼吸を始めた。
「悪いが自分は食べさせてもらうよ。これを食べて回復すれば、自分のMPの源は飯ってことになるからな」
「どうぞ…私は水を貰えますか?」
「ああ」
ゼンジは水の入った皮の袋をポムに渡した。
「ゴクゴク…ふぅ〜ありがとうございます」
水を飲んだポムは、再びゼンジに皮の袋を渡した。
「お礼はいいよ。元々これはポムのだからな。こっちがお礼を言わないとだな。ありがとう」
「いいえ。こちらこそありがとうございます」
ニ人はお互いに座ったまま頭を下げ合った。
照れを隠すように、ゼンジは干し肉を豪快に食べ始めた。
「しかし、この干し肉はかなり硬いな。何の肉だ?」
「ラッシュボアというモンスターの肉です。焼いて食べると美味しいのですが、携帯食料にすると、どの肉もそんな感じですよ」
「そうか、そうだな。こんな時に我がまま言っちゃダメだな。ゴックン。よし!確認するか。ステータスオープン…」
MPが50回復していた。
「やっぱりそうだ!MPが回復したぞ!飯は自衛官の楽しみの一つだからな!」
ゼンジの腹がなった。腹の虫は満足していないようだ。
「…りんごも食べていいか?」
ゼンジはほっぺを人さし指でかきながら、恥ずかしそうに言った。
「どうぞ」
ポムは笑顔で返事をした。
〜〜〜
「ふぅ、落ち着いた。それじゃあスキルの確認だな。まずは、衣のう!」
目の前に、迷彩柄のバッグパックが現れた。
【衣のうとは、自衛官が被服等を収納して持ち運ぶ物である】
「レンジャーの、背のうみたいだな」
ゼンジは衣のうの口を開けて中を覗き込んだ。
「え?真っ暗で何も見えないない!底が見えないぞ!」
ゼンジは衣のうの中に手を突っ込んでグルグルと動かしてみたが、手がどこにも当たらなかった。
「まさか!」
側に倒れている黄金の樽に、恐る恐る衣のうを近づけた。
すると不思議なことに黄金の樽は、衣のうに吸い込まれた。
「今かよ!!」
「それは!」
ポムが怒りを宿した目でゼンジを見つつ、山の上を指差し、静かに話し始めた。
「マジックバッグがあるなら、何故あそこで使わなかったのですか?」
「転がりながら覚えたんだ!」
「何を訳の分からぬ事を言っておるのじゃ!」
(キレた……)
「それを使っておれば、食糧の入った箱も、あそこにあった黄金も、全て持ち出せたのでは無いのか!?どうなのじゃ!?」
「ゴメンナサイ」
「謝罪などいらぬ!理由を聴いておるのじゃ!」
(かなり怒ってる。助けて!記憶喪失様)
「最初にも言いましたが、自分は記憶喪失でして、記憶が曖昧なのですが……」
ゼンジは職業の自衛官は、錬金術師の一種ということにした。そしてスキルの説明を行った。
〜〜〜
「ということは、カガミゼンジは記憶喪失のせいで、何も覚えていないのじゃな?都合よく職業の事は覚えておったとな?職業は錬金術師でも特別なもので、レベルが上がった時にスキルとして覚えるのじゃな!?」
「ハイ。ソウデス」
「そして先の件じゃ!樽の中に入り、転がっておる間に、何かを轢いてレベルが上がり新たなスキルを覚えた。そのスキルがマジックバッグだったと言いたいのじゃな!?」
「言いたいというか、その通りですが……疑ってますよね?」
ポムは目を細めてゼンジを見ている。
「…はぁ…信じます!もし私が、あの黄金を見てマジックバッグを持っていたら必ず使います。だから本当に今、覚えたのでしょうね」
(相変わらず直ぐ信じるな。ほぼほぼ真実なんだが)
「誤解が解けて何よりです。そうだ一応、持てるだけ頂いて来たぞ」
ゼンジはポケットから金貨21枚と、金の指輪、それから金色に輝くダイヤモンドのような石を三つ取り出し、白い歯を見せた。
「これも収納しとこう」
そして、食糧の入った革の袋をニつと、水の入った袋も合わせて衣のうに収納した。
「ちなみにもう一つ便利なスキルを試していいか?今まで試せなかったんだ」
「良いですよ」
「トランシーバー!」
ゼンジの右耳にワイヤレスイヤホン型のトランシーバーが現れた。しかしそれはイヤホンのみで、マイク等は見当たらなかった。
(骨伝導式か?)
「これは一人じゃ使えないんだ」
そう言いながら右手の人差し指で、耳にあるトランシーバーを押した。
しかしボタンのような物は無く、送話の方法が分からなかった。
(どうやって使うんだろう?)
耳からイヤホンを取り外し、左手に乗せて隅々まで確認した。しかし何の変哲もない、黒いワイヤレスイヤホンで、やはりボタンらしき物は見当たらなかった。
その時、ふと、自分の左手に違和感を感じた。
「何だこれ?」
人差し指に今まで無かった、黒い指輪が嵌めてあった。その指輪の側面にボタンのような物が付いていた。
(これは……まさか!)
再びイヤホンを耳に嵌めて、指輪のボタンを押した。
〔ザッ、ザザッ〕
イヤホンから、トランシーバーのプッシュ音が聞こえた。
「やっぱりそうだ!」
「どうしたんですか?」
突然叫んだゼンジに驚き、ポムが声をかけた。
「使い方が分かったんだ」
左手の人差し指の指輪にあるボタンを、左手の親指で押した。
〔ザッ「テス、テス」ザザッ〕
「てすてす?」
ポムは首を傾げ、ゼンジの言葉を繰り返した。
「聞こえるかの確認だよ。こうやって指のボタンを押して話しかける事によって、同じ物を付けた遠くの人に…」
〔ザッ『感度良好』ザザッ〕
「はっ!?」
「え?何かありましたか?」
「何か聞こえたぞ!自分の声がハウリングしたのか?…いや女性の声だったような」
「私にはゼンジの声以外は、何も聞こえませんでしたが」
ポムはキョトンとした表情で答えた。
「そうか……となると」
ゼンジは腕を組み、何も無い中空を見た。
(今のは誰だったんだ?ポムじゃないとしたら…まさか!)
〔ザッ「アンノウンthis isゼンジ、聞こえるか?over」ザザッ〕
「アンノウン?独り言を言ってどうしたのですか?聞こえてますよ」
「シッ!済まないが少し静かにしててくれ」
〔ザッ『ゼンジthis isアシスタント、感度良好over』ザザッ〕
トランシーバーから、アシスタントを名乗る女性の声が聞こえてきた。
「何ぃ〜!!?誰だ!」
「怖い顔して、大丈夫ですか?頭を打ち過ぎたんですね」
「あ、ああ。いや、違う。大丈夫だ少し検証する」
〔ザッ「アシスタントthis isゼンジ、君は何者だ?over」ザザッ〕
〔ザッ『ゼンジthis isアシスタント、私は貴方の補佐を行います、アシスタントですover』ザザッ〕
(助手のようなものか?)
〔ザッ「アシスタントthis isゼンジ、このトランシーバーは君と話す為の物なのか?over」ザザッ〕
〔ザッ『ゼンジthis isアシスタント、左様です。over』ザザッ〕
ゼンジは眉間を指で押さえた。
〔ザッ「アシスタントthis isゼンジ、ラジャー。しばらく待機してくれout」ザザッ〕
ゼンジは大きく息を吸った。そして、空に向かって大声を上げた。
「一人用かい!!!」
(女神様、こちら自衛官、
一人用のトランシーバーなんて聞いたことありません。どうぞ)