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古都シルバルサ<4>

 日の届かない暗い地下牢。

 まだ覚醒しきらない意識の中、誰かに体を揺すられている。

 心地よい揺れは意識の覚醒よりもさらなる睡眠へと誘ってゆく。

 しかしそれを拒もうと声が聞こえてきた。少女の声だ。


 「……ください……きてください……起きてください!もう朝ですよ。8時ですよ。朝食冷めますよ」


 朝食!その言葉に体が自然と反応した。

 瞬時に意識は覚醒し、脳はフル回転、完全な目覚めへと誘う。


 「おはよう。俺の朝食はどこかな?」

 「おはようございます。朝食はあっちにありますよ」


 少女が指差す先にはパン、スープ、サラダ、スクランブルエッグ、そしてコーヒーというここが地下牢でなければ完璧で理想的な朝食が用意されていた。

 数日振りの保存食ではない食事。

 エンリは体が吸い付くように机の前に座り、手を合わせ、食べ始める。

 みるみるうちに減っていく料理たち。

 数日振りに保存食から解放されたエンリの食欲は凄まじく十分とかからないうちに完食する。


 そしてふと疑問が浮かんでくる。

 なぜ地下牢にもっと言うと牢の中にセレンがいる?

 朝食を渡すぐらいなら牢の看守にでも渡せば、なのに新米と言っても門番であるセレンが来たと言うことはそれなりの理由があるはずだ。


 「何かいいニュースでもあるのか?」


 セレンは笑みを浮かべ弾み声で言う。


 「その通り朝早くからハンさんが色々してくれたおかげで今日の10時には牢屋から出れるらしいですよ」


 牢屋から出れると言うと何か俺が悪いことした感じだが、実際には何もないので不思議な気分だ。


 「それをわざわざ伝えに来てくれたのか。ありがとう」

 「いいえ?ハンさんに教えに行ってやれ言われたので来ただけです」


 俺の感謝を返してほしい。欲をいうなら10倍にして返して欲しい。

 清々しいほど薄情な女だ。もう少し「とりあえず」で牢屋に入れられた人間の気持ちを考えて欲しい。

 それはそれはこれからの不安と恐怖で眠れなかったぐらいだ。


 まあ少なからず牢屋を出れることはいいことだ。

 それに1日分宿代が浮いたと考えれば悪いこともない。それも朝食付きで。


 「またあとでハンさんと一緒に呼びに来ますので、それまで大人しくしててくださいね!」


 セレンはそういうと食べ終わった食器を持って牢を出ていく。

 そしてそれから2時間ほど過ぎた頃、セレンは宣言通りハンと一緒に地下牢へやって来た。


 「待たせたな」


 ハンはそう言いながら牢に鍵を差し込み扉を開ける。

 硬いベッドからエンリは起き上がり牢の外へ出る。階段を上がり程なくして看守が立っている入口が見え、懐かしの陽が差し込む。

 久しぶりに太陽を見た気分だ。

 エンリはその後もハンにつられるがまま歩き、昨日見た部屋にまで戻って来た。


 部屋の中には自分のトランクケースと山積みとなった荷物がそのまま置かれており、昨日最後に見た姿そのままだった。


 「えーと、少し説明があるから聞いてくれ」

 「手短にお願いするよ」

 「あいよ。まず今回、街に入れるにあたっていくつか条件を出させてくれ」


 まあ予想通りだ。

 彼らがいうには俺は十分危険人物らしい。

 条件を出すのは当然の処置といえよう。


 「まず一つ目、街に入ったら3日以内に身分証を作って持ってくること。身分証の作り方はわかるよな?」

 「ああ、知ってる」


 身分証は基本的に冒険者ギルドと商業ギルドでもらえるギルドカードと神殿でもらえる神聖書が存在している。

 この中で最も簡単に作れるのは冒険者ギルドのため、作るとしたら冒険者ギルドのギルドカードだろう。


 「二つ目の条件は一ヶ月以上、この街に滞在することだ。もしこの街で大きな事件が起きたら、危険物を大量に持ってるあんたの関与が否定できないからな」


 確かに液体魔力やヒュドラの毒、吐息といった物を他人に売った場合、それが原因で大事件が起きることもありえなくない。

 そういうと妥当な条件だ。


 「そして三つ目は二つ目の延長戦なんだが、宿泊してる宿を我々に教えること。これはあんたの身柄をすぐに取り押さえるのと同時に事件が起こったときあんたの身の潔白を証明するための処置だ。以上三つが街に入るための条件だ」


 思ったより軽めの条件にしてくれたようだ。

 正直、監視の一つや二つ覚悟をしていたが、どうやら俺に割く人員はいないらしい。

 それが信頼から来るものか単なる人員不足かなのかは知らないが監視がつかないならつかないでそれでいい。


 「了解。何かにサインを書いたほうがいいか?」

 「そこまでしないで問題ないと思う」

 「そう」


 エンリはトランクケースを手に取り、危険物の山から適当に荷物を抱きかかえ、落とすように中に入れていく。

 まるで吸い込まれていくように無くなっていく荷物。

 その光景にハンとセレンは多少の安堵と一緒に危険物を適当に入れていくエンリの姿に言葉にできない感情を抱く。


 そして5分とかからず、荷物は入れ終わった。

 忘れ物の確認を終え、扉の方へ踵を返す。

 するとハンは思い出したかのように声をかける。


 「そうだエンリ。これを」


 そう言って渡されたのは一枚のプレート。

 金属でできたそのプレートにはこの街のシンボルであり象徴のシルバルサ城とその周りの風景が描かれている。


 「これは?」

 「仮の身分証だ。正規の身分証を作るときに見せると無駄な手続きをしないで済む」

 「なるほど。お助けアイテムだな?」

 「まあそんなところだ」


 いいものをもらった。活用させてもらおう。


 「そんじゃ、あんがとさん」


 再び歩き始める。

 セレンが後ろから「しっかり身分証、ちゃんと見せに来てくださいね」と叫ぶがエンリは振り返らず手をひらひらと揺らし立ち去っていった。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

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