古都シルバルサ<3>
エンリは首を傾げた。一体何を驚いているのかと。
液状化の魔力など珍しくもない。至極ありふれた研究材料だ。
そんなありふれた研究材料に二人の顔からは血の気が引き、動揺を隠せていない。セレンの手は小刻みに震え、ハンの顔も強張っている。
「エンリさん、それ本当のことですか?」
セレンが震える声で聞いてきた。
「ほんとも何も嘘をついてたらそこに置いてある魔導具でバレるだろ?」
その言葉で二人の顔はさらに絶望に染まっていく。
まるで自分の死が目の前に迫っているような絶望感だ。
「何をそんなにビビってる?ただの液状魔力だ。どこの研究所でも使ってるだろ?」
「エンリさん、知らないんですか?液状魔力の危険性を?」
液体魔力の危険性?そんなもの知り尽くしている。一体俺が何度、液体魔力を研究で使い一体何度、液体魔力で死にかけたか。
魔力には主に分けて三種の状態がある。一つが体や植物、鉱物など世界中に流れ、特殊な訓練や瞳を持っていないと見ることのできない通常状態。
二つ目が魔石とも呼ばれ魔力の濃度が高くなり一般人でも視認、様々な魔導具のエネルギーとして使用される固体状態。
三つ目が魔石よりもさらに濃度が高くなり結果、固体状態を維持できなくなった液体状態の三つだ。
この中でも液状魔力は非常に危険な代物だ。
通常の魔力や魔石とは比べ物にならない濃度で圧縮されている液体魔力は少しの刺激で膨張、増幅を始め、その威力は波の爆弾では比べ物にならない破壊力を持ち。かつて行われた実験では一滴の液状魔力が半径100キロメートルの水が消失させ、海に大穴を開けたという結果が残っている。
他にも他の魔力と少しでも接触するとその魔力と対消滅を起こし、それを中心に特異点が発生、世界の一部に空白の空間を作り上げる。そしてそれは液状魔力がなくなるまで続く。
このように液状魔力の危険性を上げればきりがないが、これでその危険性はわかってもらえただろう。
「危険性は嫌ってほど知ってるよ。何度か特異点に巻き込まれて消滅しかけたからね」
そう笑って話すエンリに二人は引き気味だ。
ハンが小瓶を慎重に机の上に置く。
「あなたはテロでも起こす気ですか!!!」
セレンが叫んだ。
その怒声は大気を揺らし地面まで揺れそうな勢いだ。
ハンは小瓶とセレンを交互に見ながらなだめる。
「ま、まあ液状魔力の持ち込みは規制されてないし問題ない、かな?」
ハンは首を傾げながらそういう。
おそらく個人が液状魔力を持っていることが想定されていないのだろうが、規制されていないのなら問題ない。
そうこうしてるうちにセレンが新しい問題をバックから取り出す。
それは何かを包んでいる古びた布だ。
「これはなんですか?」
「それなんだったかな?なんかの魔獣の一部だった気がするな」
エンリが頭を抱える。
かつて山籠りしてた時、なんらかの魔獣と遭遇、討伐したときの戦利品だ。
確か研究に使えそうと持ち帰ったはずなんだけど。
セレンが布を慎重に開けていく。
怪我をした小鳥をタオルで吹いてあげるような慎重さだ。
ハンはそれを覗き込むように見る。
そしてセレンが布を開けた瞬間、エンリが思い出す。
「そうだ思い出した!ヒュドラの牙だ!」
「ひっ!?」
セレンがヒュドラの牙を落とす。
「なんてもの持ってるんですか!!!」
ヒュドラ。言わずと知れた毒の王。
彼が放つ毒はいかなるものも殺し、腐敗させる。数多の毒を操るその姿は毒の王に相応しい姿だ。
そしてそんな毒の王ヒュドラの牙は彼を討伐した後もその猛毒が残り、その毒に触れてしまったら最後、苦悶の表情と永遠にも感じる苦しものなか死に至る恐ろしい代物だ。
「あ、気をつけてバックの中にまだヒュドラの吐息もあるはずだから」
「馬鹿なんですか!!!アホなんですか!!!ヒュドラの吐息を持ち歩くとか。第一種指定災害魔獣の毒ですよ!!!」
「馬鹿でもアホでもヒュドラの吐息は持ち歩かないと思うけど……」
ハンが冷静なツッコミを入れる。
「まあまあ、冒険者だってヒュドラの素材をギルドに持っていくだろ?それと同じだよ」
「どこが同じですか!普通は入国審査でヒュドラの牙と対面することはないんです!この状況が異常なんです!」
驚きと怒りが入り混じったセレンをよそにハンは荷物検査を続ける。
そして時間は過ぎて行き、部屋の中が俺の荷物でいっぱいになった頃、荷物検査が一度終わる。
正確にはいつまでも終わりが見えない作業に二人が根をあげた。
「一体、バックの中どうなんてるんですか……空間魔法で拡張できる大きさじゃないですよ……」
先ほどまで元気に怒っていたセレンも今ではこの通りだ。
「それよりも問題はこっちだな」
ハンが言う視線の先には大量の有象無象の山。
刃渡り5メートルを超える謎の剣からなぜか紛れ込んでいたメデューサの双眸とよりどりみどりだ。
もちろん山の中には液状魔力とヒュドラの牙もある。
一体、なんでこんなに荷物が多いのか。必要のないものまで詰め込んだ結果がこれか。
やはり荷物の選別は必要な行動だ。
「それで俺は街に入れるのか?入れないのか?」
「あー、それなんだけど。流石に身分証を持ってない人間がヒュドラの牙やメデューサの魔眼を持って入るのはまずいかな……わかりやすいほどに危険物だしね。だからと言ってこんな危険物を持っていた人間を野放しにするのは騎士として捨て置けないな。こんだけ色々あれば城壁を壊すことなんてわけなさそうだし」
ハンは少し腕を組み考える。
そしてさほど時間がかからずに答えが出る。
「とりあえず現状では判断を決めかねるから牢屋に入ってくれるかな?」
「え?」
それからはとんとん拍子だった。
いつの間にか俺が入る牢屋が用意されており、俺はその中に特に拒否権もなく入れられ、今に至る。
実に大雑把に牢屋に入れられたものだ。
実際、何か問題を犯す前に牢屋に入れると言う判断は間違っていないが、もう少し丁寧に入れて欲しいものだ。
まあ今どうこう考えたところでどうすることもできない。
牢屋のベッドはいささか固すぎるが、ベッドには変わりない。もはや一週間近く地面で寝てきた人間にとって重要なのはベッドで眠ることができると言うことで、その質や場所はどうでもよかった。
それに地面に比べれば牢屋のベッドだって柔らかいものだ。
こうしてエンリは数日振りにベッドで眠ることができた。
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