古都シルバルサ<2>
部屋は思ったより綺麗だった。
隅々まで清掃が行き届いており、テーブルと椅子といった簡素な作りだが、テーブルの上には茶菓子も置いてあり、窮屈はしなさそうだ。
エンリはハンが座った反対側の席に座り、セレンは二人を見守るように少し離れた位置に椅子を置き座る。
「それじゃあ、入国審査を始めようか」
「ああ、頼んだよ」
ハンは茶菓子を脇に避け、風鈴のような鐘のような魔導具を机の中央部に置く。
「これは?」
「言葉の真偽を確かめる魔導具だ。嘘をついてるなら音が鳴るし、ついていないのなら音は鳴らない」
「ふーん、なるほど」
声の微妙な震えや高さなどで真偽を判別するのだろうか?それとも何らかの魔術か魔法か?
まあいい、研究しようと思えば後で自分で買ってバラせばいい。
今、目の前の問題に向き合うべきだ。
「基本的に入国審査はいくつかの質問と荷物の検査が行われる。それによって職員が判断し、街に入れるかどうかを決めるんだ。質問に関しては答えにくいものはそう言ってくれ、別の質問に変えよう」
「随分と良心的だな。入国審査なんていうからもっと厳しいものだと思ってたよ」
エンリが軽口風味で言う。
「実際、昔は厳しかったんだが、厳しすぎて誰一人、街に入ることができなかったんだ。それで緩和されたってわけだな」
一体、誰一人街に入ることのできない入国審査ってどんなことをやるんだ?
そんな疑問を持ちながら質疑応答が始まる。
「名前は?」
「エンリ」
「年齢は?」
「17歳」
「誕生日は?」
「3月17日」
「性別は?」
「男」
「出身地は?」
「ルーベル領」
「この街には何をしに?」
「観光および買い物」
「過去に犯罪を犯したことは?」
「ない」
「盗賊だった時期は?」
「ない」
「何かしらこの街に恨みを持っているもしくは恨みを持っている人がいる?」
「残念ながら友達も知り合いも少ないものでいない」
「もし自分の大切な人が傷つけられたら」
「あいにく大切な人が見当たらない」
「この街に親族や知り合いは?」
「俺の知る限りではいない」
「好きな本は?」
「好きかどうかはわからないけど『ホムンクルスでもわかる初心者のための優しい本』は17週した。もう一生分読んだって言っても過言じゃない」
「最後の質問だ。使える神秘は?」
「魔法、魔術、錬金術、結界術、境界術、精霊術」
ハンは驚いたような様子で書類に書き留めていた質疑応答の答えを記している手が止まる。
「それ全部使えるのか?」
唖然とした表情だ。とても信じられない顔がそう語っている。
エンリは「もちろん」と一言返す。
大方予想通りの反応だ。
どうやら七年経っても魔法と魔術、錬金術などは仲が悪いらしい。
いつまでいがみ合っているのか。進歩しない連中だ。仲良くすれば、5倍技術の進歩が早くなるだろうに。
「何か問題が?」
「いや、別に問題ないよ。ただ少し驚いただけだ。なにせ魔法も魔術も錬金術も学んでいる人なんて初めて見たから」
「別に趣味程度だから学んでるって言うほどのものじゃないよ」
そうだ。俺の研究はあくまで趣味の域を出ない。全て自己満足のためである。
だから論文を学会に発表することも研究成果を誰かに伝え共有することもない。ただ自己の欲求を満たすため、ただ自己の好奇心を満たすため、ただ退屈しないため、ただ停滞の外にいたいがために俺は行動している。
それ以上でもそれ以下でもない。自己中心的な人間なんだ。
「とりあえず質疑応答も済んだことだし、荷物検査していいかな?」
「ああ、問題ない」
エンリは床に置いていたトランクケースを机の上に置き開く。
ロックを外しハンの方へ向ける。
「別に危ないものは入ってない。着替えや趣味の道具が入ってるぐらいだ」
「なるほど」
相槌を打ちハンは後ろに座っていたセレンを自分の横を連れてくる。
二人でバックの中の検査を始めた。
始めは順調だった。
バックの中に似合わぬ服の量や旅の道具が出てきたことに多少なりとも驚いていたものの空間魔法で拡張されているバックは7年前にもあったのでさして問題になることもなく荷物検査は続く。
そして検査が始まって5分ほど過ぎた時、問題が次々と出てきた。
最初に気づいたのはセレンだった。
「ハンさん、ハンさん。これなんでしょうかね?」
「うん?なんだ?」
セレンが謎の物体をハンに渡す。
それは小瓶だ。中には少量の液体と様々な色に淡く光る石が入っている。
「エンリ、これはなんだ?」
「うん?これ?」
そう俺はここで判断を誤った。
想像以上に7年の山籠りは俺から常識という言葉と奪ったらしい。
もとよりここで嘘を言ったところで机に置かれている魔導具に看破されるのがオチだろうが。
それでも俺が判断を間違えたことには変わりない。
「それは液状化した魔力だな。中に入ってるのは安全装置」
世界がいつかと同じよう静寂に包まれた。
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