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始まり<発端>

 「あんた、職業は?」

 「え?」


 それはエンリが馬車に乗ってから数分後の会話だった。

 暖かい風が吹き抜け照りつける日光が馬車内の温度を高くする。時期は春終わり、あと数日すれば初夏が来るという時期に真夏並みの暑さだ。

 エンリは暑さを気にしないふりをしながらリレアに話しかける。


 「あんたの職業だよ」

 「僕の職業?見ての通り商人だよ」


 そういってリレアは胸ポケットから商業ギルドの紋章を出し見せる。

 ツルハシと白鳥、そしてその二つを取り囲むようにある植物が特徴的な模様。それは確かに商業ギルドに属す人だけが持てる証明書だった。


 「でも急にどうしたの?」


 後ろを振り返り首を傾げ聞いてくるリレア。

 エンリは少し間を置いて話し出す。


 「普通不審に思わないか?道端でトランクケースだけ持った人間が自分の乗る馬車に手を振っていたら。俺は少なからず、盗賊か魔物が人間に化けてると思う」


 実際おかしいだろう。森に近い道端で馬車をヒッチハイクする人間など怪しさ満点だ。

 人通りの少なく隠れる場所の多いあの場所はまさに盗賊にとっても魔物にとっても人を襲うには整い過ぎた場所だ。


 「しかしあんたはそんなこと、気にも止めずに馬車を止めた。それはつまり盗賊や魔物に襲われても対処できる実力を持っているってことだろ?ならあんたは商人に化けた敵国のスパイか何らかの理由で商人に化けないといけない冒険者の類かなと考えたわけだ」


 話を終えたあとリレアの方に視線を送るとそこには驚いた顔して固まる男の姿があった。

 そして少しして笑いながら前を向く。


 「あははは、なるほどね。確かに不自然だ。でも僕は正真正銘の商人だよ」


 リレアは横に置いてあった剣を持ち上げエンリに見せながら話を続ける。


 「実は少し前まで冒険者をやってたんだ。でも父さんが具合を悪くしてね。家業を継ぐために冒険者を辞めたってわけさ」


 古ぼけた剣と傷だらけの手は長年戦い続けたものの証。ならば馬車の積荷と商業ギルドの証明書は商人の証だろうか?

 何にしろ彼が嘘をついていることはないだろう。商業ギルドの証明書は世界でも五本の指に入るぐらいには偽造の難しいものだし、優男に似合わないその腕の傷は魔獣と戦った冒険者の印だろう。


 「ちなみに個人でやっているのかそれともどっかの商会に?」

 「うん、自分たちの商会でやってる。家族と数人の従業員しかいないから弱小もいいところだけどね」


 そうあっけらかんと笑うリレア。その笑顔はどこか無邪気さを感じさせる。


 「もしかしたらこれも何かの縁かもね?」


 唐突にそんなことを言うリレア。

 エンリは首を傾げ「どう言うことだ」と聞き返す。


 「うちの商会、魔導具を製造、販売をしてるんだ。冒険や旅に役立つ道具や日常で使える魔導具とか。あ、魔獣の素材の売買も副業がてらやってるんですよ」

 「ほー、それは興味深い」


 魔導具。魔法または魔術を刻印した道具の総称。エンリが生まれる少し前から急速に発展し始め、世界で唯一魔法と魔術がいがみ合わず共存している技術でもある。

 もちろんエンリも魔法や魔術が関わっている技術に足を踏み込まないわけがなく。いくつか魔導具を製作し使っている。

 首にかかっているネックレスが良い例だ。


 「実は俺も趣味程度に魔導具を作ってるんだ。どうだ?ここは少し意見交換でも」

 「あははは、面白い人だ。いいよ、意見交換。君のいる木箱の中にいくつかうちの商会が設計した設計図があるから見てみてよ」


 エンリはその言葉を聞くや否や木箱の中から設計図を漁りだし、広げ見る。

 そこにはリレアの言った通りいくつかの設計図が書かれていた。

 それはどれも複雑で一見すればあまりの複雑さに落書きにも見える。


 「えっと、左から……」

 「大丈夫自分で当てる」


 エンリはリレアが答えを言うのを寸前で止め設計図を眺める。

 一番最初は魔術、水と風、氷の術式が多く使われている。魔術を使っていると言うことは制御するものが多い……。


 「冷房」

 「正解!」


 まず1問目をエンリは簡単に当てててみせる。

 次は魔法を使ってる。構成術式は光だけとシンプル。火が使われていないからコンロや焚き火とかではないな。そうなると答えは簡単。


 「街灯」

 「またまた正解!」


 驚く表情を見せるリレアをエンリは気に求めずに答えを当て続ける。

 そして五分もしないうちに12個全ての魔導具を当ててみせた。そう間に一度の不正解もない。


 「すごいよ!まさか全部当てられるとは思ってなかった」


 リレアは感心した様子で拍手を送る。

 それは動揺と困惑、混乱、興奮が混ざり合ったような感情に見えた。


 「君、本当に旅人?君こそ敵国のスパイなんじゃないの?」

 「もしそうだとしたら馬車をヒッチハイクするスパイなんて間抜けがすぎるな」


 そう言ったエンリの顔はまんざらでもなさそうだ。


 「これは全部、あんた所の魔導技師が?」


 エンリは手に持った紙をはためかせながら聞く。

 それに半ば食い気味でリレアが話し始める。


 「ああ、もちろん!自慢の仲間たちだよ!」

 「そうか。いい技師を雇ってるんだな」


 頬を軽く染め頭をかくリレア。よほど自分の従業員が褒められたのが嬉しかったようだ。


 「それでどうだった?設計図の方は」


 話を戻す形で聞いてくる。


 「実に有意義だったよ。ただ一つ言うことがあるとすれば最後の設計図が最適化されていないってことからな?」

 「そうなの?」

 「わからないのか?」

 「僕は技師じゃないからね。ただの商会長だよ」


 商会長をしているからてっきり技師としての知識が多少なりともあるのかと思った。

 エンリは手に持っていた最後の設計図を広げリレアの見やすいところへ移動する。


 「そうか。なら詳しいことは省くがここのラインで魔力抵抗が起こりかなりの魔力効率が落ちている。ざっと60パーセントぐらいかな?」

 「そんなに……」

 「おそらくここの設計図を書いた人間は魔術師だろ?」

 「よくわかりましたね。その通りです」

 「やっぱり、魔術師らしい術式だ。でもここは魔法を応用した術式の方が効率がいい」


 エンリはノートを取り出し近くにあったペンを取り出し、新しい設計図を書き上げる。

 それを丸め紐で結ぶと他の設計図たちを一緒にもとあった木箱の中にしまい込む。


 「木箱に手直しした設計図を入れておいた。余計なお世話かもしれないが気が向いたら渡しといてくれ」

 「いえいえ、でも、本当にいただいていいんですか?」

 「設計図を見せてもらったお礼だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


 素っ気なく言うエンリ。

 熱風が吹き付け馬車の中を吹き抜けていく。


ーーーーー


 「それにしても今日は暑いですね」


 そうリレアが口にしたのは陽が傾きはじめ少し時間経った3時ごろの話だ。

 少し前まではまだ熱風と言えるほどだった風がいまでは灼熱のような暑さにまで上がっている。照りつける太陽は陽炎を作り出し、馬車内の温度は上昇に上昇を重ねた結果、サウナような暑さにまでなってしまう始末だ。


 馬車を引く馬の肌にも汗が滲み、明らかに歩幅が小さくなっている。御者をしているリレアの額にも汗が滝のように吹き出し、その暑さを物語っている。

 エンリもこの地獄のような暑さを乗り越えるため上に来ていた上着を脱ぎ、今はシャツ一枚だ。やはりエンリの肌にも汗が垣間見える。


 「エンリさん、今日は木陰を見つけたらそこで移動をやめましょう」

 「わかった。あんたの判断に一任するよ」

 「ありがとうございます」


 額の汗を拭い前に向き直るリレア。

 実際、このまま移動していては馬の体力も人間の体力も持たない。近くにある植物たちが自然発火しそうな勢いの暑さを行くのは無謀とも言える挑戦だ。

 その点においてリレアの判断は間違っていないだろう。


 現に馬たちの体力はすでに限界に近づいているようだ。心なしか元気がないように見える。


 それから五分、温度がさらに上昇する。地面はさながら鉄板、馬車ないはオーブン、燦々と降り注ぐ太陽は火山の如き暑さだ。

 いまだに木陰は見つからず移動を強いられている。

 しかしどれだけ鈍感な人間であろうと流石にそろそろ感づく。何かがおかしい。

 これを異常気象と一言で終わらしてしまえば簡単だが、異常気象だとしてもこの温度は異常だ。西の砂漠だってここまで暑くわならないだろう。


 水筒の中に入った水を煽り飲む。

 しかし水滴がぽたぽたと数滴落ちるだけである。非情だ。


 ふと、音が聞こえた。遠くから迫り来る大多数の足音。

 地面を蹴り砂埃を上げ大地を颯爽とかけるその足音は次第に近づいてくる。


 暑さのあまり幻聴でも聞こえ始めたかと思ったがどうやら聞き間違えではないらしい。

 数分もしないうちにその音の正体が見えてきた。

 白の羽毛と黒の羽を持った特徴的な見た目。長細いその脚は見た目とは裏腹に非常に丈夫で筋肉質。奇鳥ダラバララだ。


 「エンリさん!エンリさん!」


 慌てた口調で呼びかけるリレア。

 エンリが振り返りリレアが指差す方向を見る。

 そこには一つの山がある。黒く溶岩を冷やし固めたかのようなゴツゴツとした岩肌、その岩肌の間にはまるで血管のように流れる溶岩流が流れ脈打つ。

 岩地龍シーバルト。それがその山の名前だ。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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