混乱<情報>
何者かによるバイオテロで騒然とする基地。至る所で悲鳴と鼓舞が飛び交う中で、エンリ、セレン、アリスの三人だけは今までにないほどの静寂を身に纏っていた。
まず最初にエンリの頭を駆け巡るは混乱による情報の錯誤。一体、なぜ、どうして、誰に、どこで、なぜ今、リリアが誘拐されたのか、一向に纏まらない思考を必死に一つの答えにまとめ右葉と奔走する。しかし、答えは出るどころか。考えれば考えるほど混迷を極める。
「おそらく、誘拐犯はエンリさんを襲った襲撃犯と同一人物だと思います。聞いた特徴と一致してました」
「俺を襲った人間と同じ人がリリアを誘拐した……?」
俺を襲撃した人間はおおよそ見当がついてる。だが問題はその人物がリリアを誘拐する理由が見当たらない。俺たちへの牽制?人質として利用?それとも他に何か利用価値があるのか?そもそもなぜリリアなんだ?誘拐するならリリアじゃなくてもセレンやリアナ、キリヤでも問題ない。抵抗が弱いであろうリリアを誘拐したにしても、ならなぜセレンと一緒にいるところ誘拐した。あの襲撃犯なら浸透魔法でいついかなる時でも誘拐は可能なはずだ。
セレンと戦って勝つ自信があった?いや、違う。リリアが一人の時に襲えば、誘拐された事実を遅れらせることができる。その場でなんらかのアクションを取らなかった時点で、誘拐することが目的だった。
ならなぜ”リリア”を誘拐した?セレンと戦う危険を冒してでもリリアを誘拐する理由はなんだ。リリアでなければいけない理由が。
しばしの思考。そして思い出す。リリアの特殊体質。
「封霊体質……」
誘拐犯の目的はリリアではなくリリアの封霊体質。それならリリアじゃなければいけない理由はわかる。あれだけの特殊体質、元々が希少な体質なのだ、リリアの他にそこらへんにいるわけがない。
そして誘拐犯は今日、リリアを誘拐した。このバイオテロに乗じた?いや、むしろ誘拐犯がこのバイオテロを引き起こしたのか?研究所からサンプルを盗んだ『賢者の天秤』がついに動き出したのではなく。ヨラルにサンプルを投与したもう一人の薬の持ち主がこの誘拐犯なのか。
もしそうならば、辻褄があう。俺が予想している人間がリリアの特殊体質を知っている理由もヨラルにサンプル投与した理由も何もかも。
だとしたら今日、このバイオテロを起こした理由があるはずだ。リリアを誘拐するだけじゃない。もっと他の理由が。
あの誘拐犯が俺から液体魔力を奪い、封霊体質のリリアを誘拐し、今日バイオテロを起こした理由。いったい何を考えているんだ。一体、それらがあれば何ができる。一体、今日というなんら変哲のない日にどんな意味が存在しているというのか。
考えてもかんがても答えなど出るはずもなく。混迷極めていく。
「座標魔術で、一応リリアさんの場所を追っているのですけど、座標がはっきりとしないんですよね。多分、地下だとは思うんですけど」
リリアが誘拐犯に誘拐される寸前に使用した座標魔術『導鎖繋線』は対象の心臓にリンクし、その座標を使用者に教えるいわば追跡専用の魔術である。副次的効果としてその脈拍を図ることもできるため、長距離からの生存確認にも使用することができる。
「地下?それなら大雑把でも居場所がわかっているならその範囲内を虱潰しで探せばいい」
「それがこの街、要塞都市の名残で、地下に避難できるよう巨大な地下都市が存在してるんです」
「え?」
「その広さは地上の街のおおよそ二倍。それもその広さの街がわかっているだけでも三層は重なっています。道の長さだけでもここから三つ先の街までいける長さです。到底虱潰しで探せる広さじゃ……それもこの異常事態、避ける人員も限られます。正直、現実的じゃありません」
「ならこの街に存在してる神話的存在の数は?」
おそらく誘拐犯はリリアの封霊体質を利用して、天使や悪魔、神といった神秘的存在の降臨や復活を目論んでいる。液体魔力はそれに必要な魔力の補填だろう。
ならこの街に存在している神秘的存在の数や場所が分かれば、リリアと誘拐犯の足取りがわかるかもしれない。
「神話的存在の数ですか?地上だけなら五つ。キンケル地区の教会に安置されているアルセルトラ聖の右腕、シルバルサ城の倉庫に保管されているテオレアスの脳髄、丘の上にある墓地で眠っているカルトラ=ル=レッスの遺骸、この基地に存在してるテルブトラルの悪魔の精巣と子宮、シルバルサ美術館にあるイシュテラ大精霊の絵画ですかね?地下も含めるなら軽く三百は超えます」
「そんなに!?」
「ええ、この街自体が神話の時代から存在しているので総じて神秘的存在も多いんです。それに地下は未探索の部分も多いですから、実際の数はもっと多いでしょうね。まあ、もちろん全員が全員、脅威になるとは思いませんが」
それだけの数があるのなら絞り込むはほぼ不可能だろう。もし一つ一つ探したとしても、誘拐犯が軍が知っている場所にいるとは限らない。もしかしたら誘拐犯ただ一人が知っている場所かもしれない。そうなれば絞り込みに使った時間がただ無駄になるだけだ。
「ダメだ!考えても埒が明かない!今はとりあえず、キリヤの元に行こう!」
「え!?リリアさんはどうするんですか!?」
「今の情報だけじゃ、どんなに頑張ってもリリアには辿り着けれない。ならやることは人海戦術しか無いだろ。でもこの状況じゃ、人動かしたくても動かせない。だからまずはこのバイオテロを終わらせる。街の外の状況は?」
「この基地内より酷いです。阿鼻叫喚の地獄ですね」
「概算どれぐらいが魔獣に変質したと思う?」
「感覚的には視界に入った半分が感染してたと思います」
「なら街全体で今は三分の二感染したと考えた方が良さそうだな」
「セレン、お前の権限でどれだけ人を動かせる?」
「そうですね……この状況から考えて五人が限界でしょうか?基本的に私は本部からの派遣されている立場なので、この基地内に直属の部下がいないんですよね。『賢者の天秤』の特別権限を振りかざしてもそれが限界でしょう」
「五人か、悲しいほどに少ないな」
「何かしてほしんですか?
「キリヤとキリヤが働いている研究所の守りを固めてもらいたい」
「理由は?」
「キリヤが今回のバイオテロの特効薬を持ってるもしくはその試作品を持ってるはずだ。もしキリヤが魔獣化、怪我でもされたら事態の鎮圧が遅くなる。最悪の場合、感染者全員を殺して、焼却処分しなきゃいけない。そんな状態は避けたいだろ?」
「確かに『ロールズエッジの人体実験』の二の舞にはしたくありませんね……わかりました。上に掛け合ってみます」
「ああ、よろ……セレン!」
そういうとエンリはセレンの服を掴み、力任せに引っ張る。
セレンは突然の行動に小さく間抜けな声をあげ、尻餅をつく。そして先ほどまで自分がいた場所を一匹の化け物が通り過ぎるが見えた。それは瞬間的に空気を掴み、空中で軌道を変え、地面に倒れたセレンを狙う。
座り込みながらも剣を抜き迎撃体勢を整えた瞬間、横からの強烈な蹴りが炸裂、化け物は壁へと叩きつけられ、どこからともなく生成された鎖をその足にくくりつけ、壁にぶつけながら地面を走り、空中でがんじがらめに拘束される。
「大丈夫か、セレン?」
「ええ、なんとか。ありがとうございます」
「何これぐらい朝飯前よ」
「心強いですね」
手を貸し、セレンが立ち上がる。
そして透過を眺めながら、
「それにしてもどうやら基地内部にまで化け物たちの足が伸びてきたぽいな」
「そうみたいですね」
「とりあえず、俺は先にアリスをキリヤの研究所まで送り届ける。リアナやヨラルに会ったら研究所に向かうよう伝えてくれ。
「わかりました。……それにしてもエンリさん、『賢者の天秤』と戦ってた時から思ってましたが、かなり場慣れしてますよね?今もこうやってパニックにならず冷静にいられるんですから。普通の学者なら今頃、慌てて大変だと思いますけど」
「うん?まあ多少、他の人よりトラブル耐性があるだけ普通の学者だよ。あ、今は学者兼冒険者か」
この男、学者兼冒険者という肩書きだけで、これだけの非常事態を冷戦沈着でいられることの説明とする気なのか、と多少思うも今はそれで納得することにした。
そしてエンリがふと体の影から何かを投げ渡してくる。
それは新品と幾らかの薬草と塗り薬であった。
「もしよかったら、それ使って。その薬塗った後に薬草挟んで包帯巻いとけば、一週間後には傷跡一つなく完治する。それも乾燥からも防いでくれる優れものだ。代わりに塗る時かなり染みるけど、まあ良薬口に苦しっていうから」
「ありがとうございます」
エンリはその言葉を背中で受け取る。
「アリス、それじゃあ行こうか」
しかし振り返ったそこにはアリスの姿はなく。空となった部屋だけが残っていた。
そして慌てて遠ざかっていくセレンを呼び止め、
「セレン!アリスを見てないか!?」
「え?さっきまでエンリさんの横に……あれ!?いなくなってる!?」
「くそ!話に集中しててアリスがいなくなってることに気づかなかった!」
なんたる失態。なんたる無様。リリアのことで気が動転していたのだろうか。まさかアリスがいなくなっていることに気づかないなんて。
「まさか化け物たちに!?」
「いや、流石の俺でも殺気を感じれば気づく。アリスは自分の足で歩いてどこかに向かった」
「一体、どこに向かったっていうんです?まさかリリアさんのところですか?」
「それは、わから……いや、おそらく、ハージ・ジェルクのところだろうな」
「は?え?はぁ!?何でそこでジェルク・ヒュードが出てるんですか!?」
「お前も知ってるだろ、三日前、アリスとハージ・ジェルクが接触したことは」
「それは知ってますけど……」
「あの時、ハージ・ジェルクはアリスと交渉をしていた。その内容が『ルーゼルバッハの石』の譲渡」
「そんな話、報告書に書いてませんでしたよ!」
「あの男が、わざわざ世間話するためにアリスに会いにきたと本気で思ってたのか?」
セレンはなんとも言えない表情で「流石に嘘だとは思ってましたけど……」と呟く。
軍人という立場上、そのことが嘘だと分かっていながら、上司や同僚たちに報告しなかったとのは真面目なセレンからすれば辛かっただろう。
「多分、身近な人間を殺すとでもなんとでも脅せば、純真なアリスだ。それが嘘だとしても動かずにはいられないだろうな。もし本当にそう脅していたのなら、アリスが誘拐されたという話を聞いて、ハージ・ジェルクたちの仕業と判断したてもおかしくないだろうな。返答期限が迫っていたりしたのなら尚更。自分の返答を急かすように行動に動いたと思っても不思議じゃない」
「もしそうなら早く上に知らせないと!もし、彼女が『ルーゼルバッハの石』を渡したら、この状況がさらに混沌を極める可能性があります」
「いや、このことは知らせなくていい。場が混乱するだけだ。それにこの状況だ、リリアと同じように人を動かせるとは思えない」
「なら、アリスさんをこのまま見殺しに!」
「まさか、アリスのことは俺が解決する。セレンはこのバイオテロの方に専念してくれ。……捕まえたハージ・ジェルクの弟子たちはどこにいる?拠点の場所を知りたい」
「彼らですか?移動されていなければ、医務室だと思います」
「なんで医務室?拷問でもしたのか?」
「まさか!確かに怪しいこともやってますが、一応、国家組織ですよ。あの人たちは、尋問で秘密を話さないよう、自分たちの脳を錬金術で破壊したんですよ。なんとか一命は取り留めましたが、話せる状態じゃありません」
「別に問題ない。やりようはいくらでもある」
そうエンリは黒い笑みを浮かべた。
いつもならその笑みにセレンはツッコミを入れそうなもんだが、特に何も言わなかった。
「ちなみに聞いておくが、『賢者の天秤』の拠点の場所を知ってるか?」
「知ってたら、今頃、装備と人員整えて突っ込んでますよ」
「だよな。そんじゃあ、医務室に向かってみますか」
「信じますからね、エンリさん!アリスさんのことは任せますよ。だからバイオテロのことは私に任せてください、ご武運を」
「そっちこそ、うっかり化け物にならないように」
そういうとセレンは胸を張って「大丈夫です!私は学園を首席で卒業してますから!」と声高らかに言った。
ーーーーー
エンリは今、怪我や包帯などの医療品を求める人でごった返す医務室にいた。
12個置かれたベッドはすでに満床で、怪我人が床に簡易的なマットの上で薄手の毛布をかけられ眠っている。部屋の外には簡易的な防壁が作られ、化け物たちの侵入を防ぐと同時に、程度の軽い怪我人たちは廊下で治療を受けていた。
目測では廊下と医務室ない合わせて五十人ほどの怪我人がいて、軍医や治療の手伝いをしている人も含めればもっといるだろうか。少なからず、ひっきりなしに運び込まれてくる怪我人を処理するにはあまりにも手狭というほかなかった。
だがまあ、今のところ死人が出ていないところを見るにこの基地にいる軍人は随分と優秀なようだ。しかし、その表情にはしっかりと疲弊の色が見え、この状況が続けばいつ最初の犠牲者が出てもおかしくない状況だというのは十分に理解できた。
床で眠っていたり、治療に勤しむ軍医たちの邪魔にならないように、エンリは肩をすくめるように前に足を進める。
そして最奥のベッドで手すりに手錠を繋がれ、さまざまな医療機器を体に接続された三人の『賢者の天秤』メンバーのそばに立った。
「これまた随分と酷い状況だな。生命維持装置で無理やり生かしてる感じだ……まあ、脳を壊せばそりゃあ、呼吸も止まるよな。むしろこの状況でも生きてるだけすごい方か。ここの軍医は随分と腕がいいな。まあ、この状況を生きてると言っていいものか甚だ疑問だが」
もしこの状況でこの人たちが起きようものなら、魔導具に生かされたという事実に卒倒するだろうな。『賢者の天秤』なんていう錬金術師至上主義者からすれば悪夢のような話だ。
少なからず、セレンの言った通り、こんな状況では話の一つも聞けそうにない。
ならばやることは一つだろう。
エンリは手に持ったトランクケースを足のそばに置き、手を大きく広げる。するとエンリを中心にいくつも魔法陣が展開され、魔法陣内部のギアや振り子なんかが動き、次々と形が組み変わってく。その様は機械仕掛けのパズルを見ているようで、なんとも不思議な気持ちになる。
しばらくすると、エンリの前に10センチ四方の立体型魔法陣が生成され、それをぐりぐりといじくりまわし、首を傾げて、適当な部分を引っこ抜き、再び首を傾げる。そして終いには結局必要だったのかそうでないのか、特に気にする様子もなく投げてしまう。
立体型魔法陣は元の魔力へと戻って空間へと溶けていく。
突然始まった謎の行為に、周囲の視線を欲しいがままにする。
先ほどまで忙しなく動き回っていた軍医たちの手が止まる。
しかしエンリはそれを特に気に留める様子もなくトランクケースを椅子がわりにして腰を下ろし、魔法陣を眺め見続ける。
少しして意を結した一人の軍人が声をかける。
エンリは、ちょっと待ってくれ、と静止した後、五秒ほどして、「うん、無理だな」と言いながら腕を素早く動かし、魔法陣を消して声をかけてきた軍人の方を振り向いた。
「何かご用で?」
「え、あ、その……君は今、何やってたの?」
「ちょっとした野暮用でね。この人たちに用事があったんだよ」
「『賢者の天秤』のメンバーに?」
「あー、別に怪しいものじゃないよ?最近、『賢者の天秤』に泊まってる宿を壊されただけの普通の学者兼冒険者だよ」
これだけ聞くとかなり怪しい肩書だな。
そう思い、言葉を続ける。
「あとセレン……セレン・リオキルの知り合いだ。一応、協力者ってことになるのかな?」
「セレン中尉の協力者の冒険者……ってことは、あの軍の上層部をヒュドラの毒で脅して、ホムンクルスの処刑を見逃してもらったっていうあの!?」
「失礼な、別に脅してないよ。脅威を示しただけで」
ヒュドラの毒を持っていること自体は否定しないのかと、周りの緊張が高まるのを感じる。
どうやら随分と噂話が湾曲しているらしい。
伝えるならもっと正しく伝えて欲しいものだ。
「そ、そうか。まあ、君がそういうならそうなのかもしれないな。邪魔してすまなかったな。その……何をしてるかは知らないが、そんな状態でも一応、大事な証人なんだ。できれば丁重に扱ってくれ」
軍人はそんなふうに早口で言い終えると逃げるようにその場を去っていく。
何かに怯えているような表情であったが、怖がらせるようなことをしてしまっただろうか、などと考えながら首を小さく傾げる。
だがまあ、今、考えなくても後でいくらでも考える時間はあるだろうと、一度、思考を捨てて、再び『賢者の天秤』のメンバーが眠っているベッドの方に向き直る。
その頃にはいつの間にか、医務室の中も先ほどまでの喧騒と慌ただしい雰囲気に包まれていた。
今の俺に、この錬金術師たちの脳機能を回復させるだけの技術と知識はない。どれだけ俺が魔法や魔術、錬金術に精通していたとしても、さすがに専門ではない、多少知識をかじった程度の魔法医学では彼らの脳機能を集九することは難しそうだ。
そもそもこんな事態を想定などしてるはずもなく。脳機能の修復させる薬なんかも所持していない。となればやれることは一つだけである。
応急処置の要領で脳神経を無理やり繋ぎ合わせる。幸い俺はそれをできるだけの技術と”眼”を持ち合わせている。
もし脳神経を接続中に目を覚ました場合、トラウマのような地獄の経験をすることになるだろうが、それはまあ、脳の応急処置中に目が覚ました方が悪いということで勘弁していただきたい。
「やってみるか……」
エンリはそういうと立ち上がり、短く深呼吸をする。
『賢者の天秤』メンバーにいくつかの魔法を掛け、結界術や境界術、透過魔法等を駆使して脳神経の繋ぎ合わせを始める。もし脳破壊がされていなければ、記憶投影魔法や読心術、精神支配とか他色々な方法で尋問や記憶を覗き見ることができたのだが、まあ、ないものねだりである。
しばらくして半分ほどの脳神経を繋ぎ直した頃、断片的ではあるがいくつかの記憶の観覧が可能になり始める。
元々、寝ている相手の記憶を読み取るのは一部の魔法や技術以外では非常に難しく。その上、今回は脳が破壊されているために完全な記憶の回復は見込めないだろう。もちろん、時間をかけて、しっかりと繋ぎ合わせたり、聖職者や魔法医学を収めたもの、専門の知識を持った人間が見れば別だろうが、今回は急拵えな上に、懇切丁寧に回復させるほどの時間もない。
そのため得られるのはあくまで、欠けたアルバムから情報を読み解くようなものであり、それを三人合わせて、一つの情報へとまとめ上げるのが目的だ。
十分ほどすると拠点の位置の情報が形を帯び始める。破れた写真をテープで繋ぎ合わせるように、情報を精査し、おおまかな場所のイメージ映像が確認できた。そこは暗くまるで何かの遺跡のようである。
そのこの遺跡のような場所のイメージ映像の他にも、断片的な情報を得ることができた。
それによるどうやら『賢者の天秤』の拠点はこの街の地下二階層の空間を主に活動拠点とし、直接拠点へとつながる入り口は三つ、メルゼル地区とロールス地区とどこかである。拠点にはおおよそ三十から五百人のメンバーがいて、最近食堂の食材が切れていたので買い足しに行ったらしい。
急いで脳神経を繋いで得られる情報はやはりこの程度だ。拠点にいるメンバーの数に幅がありすぎるし、食堂の食材を買い出しに出たなんて情報要らなすぎる。そもそもなんとか情報をまとめたが、色々な情報が混ざり合いすぎて闇鍋状態だ。
最初なんて拠点へとつながる入り口がロールス地区の『裏路地宿』にあるなんて出てきた。『裏路地宿』はそもそもロールス地区ではなくメルゼル地区だし、もし本当に『裏路地宿』に入り口があったのなら灯台下暗しがすぎるだろ。やはりこの方法は記憶の混濁が激しいな。混沌とかしている。一体どこまでが正しくてどこまでは間違っているのか。
もう少し情報に確証がほしいな、と適当な情報を繋ぎ合わせ、イメージ映像を生成したり、情報を読み取ったりすると、どうやら拠点へとつづく入り口がメルゼル地区に本当のことらしい。そこの住所が正確に他の錬金術師のプリンを勝手に食べたことと一緒に出てきた。
プリンを勝手に食べたのは一体、どのメンバーなのだろうかと、一瞬思いながら、エンリはその情報を目にする。それはアンクレイ・ジェニパーの娘の名前の情報だ。一体、誰の記憶なのかはわからないが、そこには確かにアンクレイ・ジェニパーの娘の名前が書かれている。
よく慣れ親しんだその名前が。
エンリは脳神経の繋ぎ合わせを終え、踵を返す。
とりあえず、入り口の場所はわかった。これ以上、情報を探すのは時間の無駄だろう。もし、この場所に行って何もなければ地面をぶち抜いて、直接、地下の遺跡に向かえばいい。
というか、今思えば、この地下の遺跡、セレンが言っていた地下都市ではなかろうか。もしそうなれば、その広さはこの街の二倍。アリスの足取りを追って探していたら大変だっただろう。多分それは境界術は探索系の技術を使っても同じだ。
まあ魔力を追えたら話は別だが、あいにくホムンクルスは生まれた時からその体内に魔力を持たない。そのためこの魔力を追うのは最初から使えないのだが。
小さく呟く。
「パーティーの準備が整った、ねぇ……」
それは先日、キリヤに伝えられたハージ・ジェルクからの伝言であった。
もしかしたらハージ・ジェルクはこうなることを予想していたのかもしれない。リリアの誘拐でことが早まったにしても少なからず、アリスを追って、俺が拠点へ向かうことは予想していただろう。でなければ、一介の学者が『賢者の天秤』などという危険な組織に乗り込むはずもないだろう。
もしそうだとしたら、脱帽してしまう。
そして、もしそれだけ考えていたのならば、アリスが何かを企んでいることも予想のうちかもしれない。そうなれば、アリスが危険だ。
エンリは足早に歩き、先を急ぐ。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
地獄絵図となった基地を駆けながら、エンリは一人、そう呟いた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
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