襲撃<結>
逆骨格のその足は到底人のものなどではなく。もっと別の何か強いて言うなら魔獣……奇鳥ダラバララのあの強靭な脚力を持つ脚を想起させ、背中から生えるその結晶体は結晶蝶とも謳われる魔獣『インセス』に酷似し、三つの関節を持つ腕は人間の肘を無理やりくっつけたような忌避感を感じさせる。
これだけ異形の姿になっていてもその胴体は人間の女性であったであろう特徴を残しており、彼女が元人間であることを示しているかのように首元にはシルバーのネックレスが見えた。
その顔は鉄鎧のようなもので隠され見えないが、そこから人のような意志を感じることはなかった。
「いいでしょ?素晴らしい出来だ!」
そうハージ・ジェルクは嗤った。
そして声高らかに語る。無邪気な子供のように、自らの行いを悪とも思わないその純真たる好奇心で、自らの功績を誇り、披露するように。
「これが僕の研究、錬金術による人類の進化だ!」
その言葉と同時にアスカノールがヨラルのその腕を鉤爪のように再錬金し直し、地面に突き刺し、それを支えに腹部を大斧ごと踏み抜く。ヨラルは小さくよろめく。
瞬間、アスカノールの背中から32の関節を持った骨のようなものが現れ、その腕を鞭のようにしならせながらヨラルの首を殴る。それに対抗するようにヨラルもまた大斧を振るうも、その破壊力はもはや純粋な人間のものではなく。これまでの戦闘の疲れとよろめいたことによる体勢の乱れにより、到底受け止め切れるものではなく。横へと大きく吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。
同時に、背中の結晶体がまるで自由意志を持った蝶のように舞い、横へと吹き飛ばされていくヨラルの体を切り裂きながら、最後にはその体に突き刺さり、体の中で四散する。
ヨラルは血を吐き出し、膝をつく。もはや意識を保っているのが奇跡のような状態だ。
不意に室内を照らす照明が壊れ、壊れた天井から差し込む光が静かにそして厳かに、創屈の魔物『アスカノール』を照らして見せた。
「人類の進化?それがか!?」
そう叫んだのはキリヤだった。
「ああ、そうだとも!人類の進化は錬金術によって、魔獣との融合によって行われる!」
「馬鹿馬鹿しい!僕にはそれが単なるキメラにしか見えない!」
「お前……錬金術を愚弄するつもりか?」
「愚弄?違う、事実を述べているんだ。他人の手によって行われた進化は進化ではなく単なる改造だ」
「改造もまた一種の進化の過程だろう。新たな状態に適応するから人はそれを『進化』と呼ぶんだ」
「強制された進化はいつか限界が来るぞ。今を進めるために先の可能性を潰すのか?」
「違う。この状態こそが、『アスカノール』の状態こそが、人類の至る極地なのだ。進化の終着点だ。お前のような凡人にはわかりはしないだろうが……嘆かわしいことだよ。錬金術の素晴らしさをわからない愚か者がいるという事実は」
「君とは分かり合えそうにないな……」
「僕もそう思うよ。アスカノール、200番を回収しろ」
そういうとアスカノールは無言でその足先をアリスの方へと向けた。リリアがぎゅっとアリスを抱きしめる。同時にキリヤがエンリからもらった魔導具を握りしめ、アスカノールへと向けた。
それはラッパのような鳴り響き、目に見えるほどの衝撃はとなって音波が、前方を扇形に一掃した。テーブルや椅子はもちろん、地面に散らばる瓦礫さえも吹き飛んでいく。
ちょうど音波攻撃の射程内にいたハージ・ジェルクとその仲間たちは耳を押さえ体を蹲るように地面へと本能的に縮める。キリヤがもう一度引き金を引いた。
次の瞬間、撃鉄のような音が鳴り響き、火花を散らしながら魔導具内部に搭載されたモーターがフル回転、魔法により強制圧縮された音波が一つの線のようになり、部屋の中を反射し、反射し、反射して、その射程内にあるものを全てを破壊していく。その制圧力はこの室内において、いかなる魔法、魔術、錬金術よりも優れていた。
ハージ・ジェルクは耳を塞ぎ、体を蹲りながら、錬金術で襲いくる音波の線攻撃を弾く。
「アスカノール!早くその魔導具を破壊しろ!」
そう叫び、アスカノールは自らの耳を完全に塞いで、キリヤたちへと近づいてくる。
音波の線攻撃は容赦なくアスカノールの体を貫き、その鮮血を撒き散らすがもろともしない様子だ。流石にエンリもこれだけの化け物を想定していなかったのか、この魔導具では火力不足である。
じわりじわりと近づいてくるアスカノール。その距離が数センチと迫り、その三関節の腕が熊手のような爪に変わり振りかぶる。
その熊手のような爪がキリヤの体を切り裂く寸前、その大剣がアスカノールの腕を切り落とした。
「リアナお姉ちゃん!」
アリスがそう呼ぶ。
体を流れる赤き鮮血はまるでドレスのようで、頭から流れる血はベールのようだ。その傷だらけの体はどう見ても戦えるものではない。体には先ほどアスカノールに蹴られ壁に激突した際に刺さった破片が今もまだ腹に突き刺さっている。それも背中からお腹にかけて貫通しているのだ。
他にも怪我をしているはず、動くたびに全身に激痛が走るだろう。もはやその場に立っているのが不思議な状態だ。
リアナは剣を切り返し、その名前を呼ぶ。
『飄剣氷蒼』
そんな言葉と共に大剣が氷に包まれ、氷の大剣がアスカノールの心臓へと突き立てられる。
「氷花を咲かせ!」
それは二つ目の魔術。
突き立てられた大剣は絶対零度の冷気と共にアスカノールの体を凍らせる。その姿はさながら、氷の花が咲いていく様。氷の装飾がその終わりを飾り付けているかのようにも見えた。
アスカノールは背中から結晶を飛ばし、その結晶が高速でリアナの体を抉るように貫通していく。その姿はとても痛々しくリリアはその姿を見せまいとアリスをその背中で覆い隠す。
凍りついていくアスカノールの右腕が突如として三枚の刃と変形する。それはまるで鞭のようにリアナへと襲い掛かり、体を薄く切り刻んでいく。皮を、肉を、骨を削ぐようにその剣の鞭を震わすのだ。
リアナは歯を食いしまばり、剣を押し込み、魔力をさらに流す。体を覆う氷が加速していく。
剣の鞭がリアナの首を薙ごうとした時、音波の線がその剣の鞭を落とした。キリヤが魔導具を咄嗟にアスカノールの剣の鞭に向けたのだ。しかしそれと同時にキリヤの魔力が切れる。音波の線が無くなる。
アスカノールの体の大半が氷で覆われる。
次第に凍りついていくアスカノールのその姿にハージ・ジェルクは小さく悪態をつき部下にいう。
「流石に今のままでは学習能力も錬金速度も追いつかないか……お前たち、アスカノールを少し手伝ってあげなさい」
「了解しました、先生」
そう言って三人の黒ローブがリアナへと襲いかかる。錬金術で作り出された鋭い岩が三方向からリアナを貫こうと地面を走る。同時、黒ローブたちはその手に各々の武器を持ってリアナへとその牙を突き立てた。
しかしそれらがリアナの命を刈り取ることはなかった。
「頼みますよ、リアナ!『三叉降臨』」
それは一の座標を複数の場所へ同時に発現させる高度な座標魔術。
一つの斬撃が三方向から迫る錬金術により作られた鋭い岩が砕かれ、リアナへと襲いかかった黒ローブたちの攻撃を弾き飛ばす。
リアナは「言われなくても」と叫び、大剣に流す魔力さらに増やす。
そしてセレンはリアナに背を見せるようにたち、黒ローブたちに剣を向ける。
「残念ですが、あの化け物をリアナが凍らせるまで大人しく待っててください。もしそれができないなら……私が相手になりましょう」
「ははは、満身創痍の魔術師風情に何ができる?」
そう一人の黒ローブは笑い、槍を錬金する。
「あまり舐めない方がいいですよ?私これでも結構強いですから」
セレンと黒ローブたちがその剣を交わらせるその瞬間、大斧がハージ・ジェルクの体を薙いだ。鉄を砕き、岩を砕き、その攻撃はハージ・ジェルクの数ミリのところで止まる。
「あの状態でまだ動けるとは随分とタフだな……?」
「生半可な鍛え方はしてないんで」
そういうとヨラルは微笑を浮かべ、錬金術によって作り出された壁に刺さった大斧を蹴り無理やりその刃をハージ・ジェルクへと届ける。その予想外の行動にハージ・ジェルクは一瞬反応が遅れ、小さく血が流れた。
リアナと戦闘中の黒ローブが「先生!」と叫ぶ。ハージ・ジェルクは近寄ってくる部下を片手で静止し、ヨラルへと向き直る。そして嘆息し、問う。
「なぜ、お前は……お前たちはそんな必死になってあの道具を守ろうとする?所詮は変えが効く道具に過ぎないのに」
「道具ってなんのことだ?アリスのことか?」
「なんだ?あの学者くんから、聞いてないのか?」
「なんのことだ?」
「ああ、そうか。聞いてないのか。なら僕が教えてあげよう。そこにいる200番……アリスって言っているんだっけな、お前たちは。アリスは人間じゃない。ホムンクルスだ。錬金術により作り出され、フラスコの中で作られた実験動物だよ」
その言葉に宿の中が静まり返った。
この世界において、ホムンクルスは単なる道具だ。おもちゃだ。人ではなく、人権はない。単なる物。そこに存在しているのは人間に似た、人間と同じ臓器を持った、人間と同じ機能を有する、魂のないただの物。ただの物だ。
だから人はホムンクルスを人とは扱わない。錬金術により無限に作り出せる故に家畜よりも価値は低い。
アリスはどこか不安げな様子でリリアたちを見上げた。
数秒の沈黙の中、ヨラルがハージ・ジェルクの言葉を一蹴するようにその大斧を振っていった。
「ゴタゴタうるさい!ホムンクルスだろうと人間だろうと、アリスはアリスだろ?なら関係ねえだろ?俺たちが保護してるのはアリスっていう子供なんだから!」
大きく吹き飛ばされたハージ・ジェルクは少し離れた場所から、どこか過去の幻影を睨むように言う。
「ああ、本当に忌々しいよ、お前たち。どうもお前たちを見てると彼女の姿が脳裏を過ぎる。道具に情を移し、亡くした家族の姿を投影して、家族ごっこに勤しんだあの女を。偉大な錬金術師だったのに最後には僕の邪魔をして……なあ、アスカノール。もう実験はおしまいだ。全員殺して、200番を回収しろ。撤収する」
そんな言葉と共にアスカノールの胸元に錬金陣が現れ、光を放つ。氷の下から光り輝くそれは万華鏡のように辺りに拡散し明るく照らした。
アスカノールのその手足は完全に凍りつき、動かすことはできない。首から上が凍るのも時間の問題だ。リアナは最後と言わんばかりに魔力を流し込む。そしてアスカノールはその体を完全に凍り付かせた。
氷の石像と化したのだ。その光景にはリアナたちはほっと、胸を撫で下ろす。ハージ・ジェルクがアスカノールに仕組んだ錬金陣で何を企んでいたのかはわからないが、その目論見は無駄骨で終わったと。
しかしハージ・ジェルクは余裕の表情で微笑を浮かべ続けた。
瞬間、アスカノールの体が二つに割れる。
体の中から無数の触手が現れ、リアナが反応するよりも早くその体を串刺しにした。リアナの体から力が失われる。無気力にぶら下がるばかりだ。触手を伝い流れ出る血は最も美しく、赤き滝と評するに足りる物だ。この光景を絵画にしたのならばそれは、化け物に可憐で美しき少女が無惨にも殺される風景だろう。
「リアナ!」
セレンがそう叫び、触手を切り落とす。
同時にヨラルがアスカノールの体を大斧で斬る。しかしそれは鋼のように硬く。斬ることは叶わず大斧は弾かれる。ヨラルは小さく悪態をつき、その腹を蹴り、後方へと距離をとる。
セレンは重力に従い地面へと落ちてくるリアナをキャッチし、地面に横たわらせる。
口元に頬を近づけ息を確認し、脈取る。そして理解する。彼女の状態を。
「息をしてない……」
その言葉は小さく今にも消え入りそうな物であった。
そしてそれはアリスの耳にも聞こえた。
「リアナ、お姉ちゃん……?」
「どいて、セレン。僕が見る」
そう言ってキリヤがリアナの体の様子を見るや否や呟く。
「これは、まずい……」
キリヤはリアナの服を剥ぎ、自分の服を破り傷跡に押し付ける。そして心臓が動いていないことを確認し、心臓マッサージを開始する。今この場できる処置は限られている。薬はおろか、包帯や消毒液なんている基本的なものも足りていないんだ。今できることは息を吹き替えさせること。そこから先は未来に進んでみなきゃわからない。
必死の心臓マッサージ。しかし、リアナは目を覚さない。
「あ、まずいまずい!アストラズの毒だ」
「アストラズの毒って何!?」
「アストラズって言う魔獣の医者に一番嫌われている毒だよ!ヒュドラより厄介で、カルルアの毒よりもめんどくさい!血が凝固しなくなるんだ。毒が抜けるまでずっと血が出続ける。それにアストラズの毒は体内に入ると自らの細胞と人の細胞を入れ替え、体内で成長する。それもそれが細胞単位で行われる。もしアストラズの触手が成長しきり、体内から出たときは、絶対にもう助からない」
「そんな……」
セレンはそう膝と着く。
それは絶望か、はたまた諦観か。親しき友人が死にゆくその姿は軍人であるセレンが初めて目にした人の死でもあった。
不意に赤黒い結晶体がセレンを撃ち抜く。その衝撃で体勢を崩しセレンは後ろへと倒れる。小さく苦悶の声が漏れる。飛んできた結晶体の先にはやはり、アスカノールがいた。
セレンはよろよろと立ち上がり、どこか無気力な様子で剣を構えた。その光景にキリヤが言う。
「セレン、軍人である君に、医者である僕が言うのも変かもしれないが、君の仕事はリアナの敵討ちではなく。アリスを守ることだ。感情に身を任せ、目的を違えないでくれ」
「わかってます!それでも、どうしても、あいつに対しての殺意が抑えられない!」
「それでも抑えるんだ。……それに僕は諦めが悪いんだ。これぐらいの傷、治してみせるさ」
その言葉にセレンは目を大きく見開いた。
「……頼みましたよ」
「ああ、任してくれ」
そういうとセレンはアスカノールの方へと走り出す。
同時にキリヤもまた服の下からいくつかの道具と薬を取り出す。
アストラズの毒はその解毒剤の生成が非常に難しい。もちろん技術的話でもあるが、そもそも解毒剤を作るために必要な材料がとても希少なのだ。そのため、ほとんどの場合、アストラズの毒の治療において解毒剤が投与されることはない。
そのためアストラズの毒の治療には主に、複数の薬を投与することで実質的に毒を無力化することが用いられてきた。
キリヤは薬をセットした注射器のような道具をリアナの心臓へと突き刺し、薬を流し込む。この薬は人を強制的に興奮状態へと移行させる薬であり、興奮状態となったその体はアドレナリンを分泌、アストラズの毒はアドレナリンを拒絶し、血液と分離する。
これにより、血液を栄養とし、細胞の置き換えるアストラズの毒の入れ替わりは止まる。血液の流出が早まることになるが、毒により状態が悪化するよりはいいだろう。
次に毒を無毒化するためにいくつかの薬を注射器にセットし、大動脈に突き刺し、ヒュドラ毒を流し込む。
ヒュドラ毒は世界で有数の猛毒であり、魔法医学において多く治療に用いられる薬の一つでもある。その用途は主に、毒の治療。ヒュドラの毒には特殊な機能として、自分の毒物以外を排除し、無毒化する機能が存在している。そのためこの機能を使い魔法医学では毒の無毒化を行うことが非常に多いのだ。
そしてこの機能により無毒化される毒は、アストラズの毒も例外ではない。
まあ、治療用に限りなく希釈したヒュドラ毒でも、人を殺すには余りあるために、複数のヒュドラ毒を同時に投与し、患者の状態などの情報によって組み合わせを変えたり、薬の量を変えないといけないため、非常に扱いが難しく、素人がこの治療を行なった日には単なる毒殺にしかなり得ないため、一部の実力を認められたものしか行うことのできない高等医療だったりするのだが、それはまた別の話だ。
こうして毒を無力化したキリヤは、微量な魔力を含んだ高濃度の塩水を直接、傷口に注射する。アストラズの触手に入れ替わった細胞は、体内に入ってきた魔力に反応し、その魔力を自らの栄養にしようと吸収する。しかし、その時、一緒に吸収することになる高濃度の塩分は本来アストラズの触手が保有できる塩分量を超え、その結果、細胞はその圧力に耐えることができず、自壊する。
おそらく早い段階で、毒を分離させたので、表だった症状が出ることはないだろう。
キリヤは傷口から血が流れ出るのを止めるために、ユルルと言われる海綿魔獣の素材を加工した泡状の補完剤をその傷口に吹き付ける。三秒ほどすると傷口に吹きつけた泡が血液と反応し、硬化する。少し高価だがその効果は包帯やガーゼなどを使うよりも、確実に血を止めてくれる。
そしてキリヤは再び、心臓マッサージを行う。ここまでいろいろな処置をおこなってきたが、最終的には心臓が動かなければ意味がない。もしここが研究所であれば、心臓を動かすための道具もいろいろあったのだが、所詮はないものねだり、今は己の技術だけが頼りだ。
ふと小さな呼吸音が部屋の中をこだました。
その音に気づいたキリヤは、すぐさま呼吸を確認、微かにだが呼吸が戻ったことを確認すると小さな安堵と同時に、痛みに苦悶の表情を浮かべてリアナに鎮静剤を打ち込み、小瓶に入っていた薬をその口の中に放り込み、無理矢理嚥下させる。効果としては再生能力を少し高め、血液を作ることを助ける。その効果がどれほどあるかはわからないが、少なからず飲ませないよりは生き延びる可能性が高くなる。
息が戻ったからといって危ない状態であることは間違いなく。もはやここからはどれほど早くリアナをしっかりとした医療設備のある場所へ連れて行くことができるかどうかが、問題であった。
キリヤはリアナの息が戻ったことを伝えようと視線をあげた時、その目の前をゴロゴロと何かが転がった。
そしてそれが今にも倒れそうな血みどろのセレンだと理解するのは少し時間がかかった。
「セレン!?」
「大丈夫、大丈夫です。これぐらい」
「いやでも、その傷はどう見ても……それより、リアナはどうなりましたか?」
「あ、ああ、息は吹き返したよ。あとはリアナ次第かな?」
「そうですか……では、今すぐ、リアナを担いで、リリアさんとアリスさんを連れて逃げてください」
「え?」
「どうやら、私たちはとんでもないものと戦ってるみたいです」
そういったセレンの視界の先には、もはや人としての原型を残していない化け物姿。いや、怪物というべきか。体の中から溢れ出んばかりの触手は無尽蔵の動き、その足はダラバララの足に馬のような蹄に返のついた棘がびっしりと引き詰められ、その腕は一つ一つが鋭い刃のように大気をも切り裂き、木の枝のように枝分かれしている。背中からはインセスの結晶以外になんの魔獣かもわからない大量の腕が生えており、それは嫌悪に近い感情とともに、恐怖、狂気、狂乱といった感情を強く映し出した。
思わず、吐き気を模様してしまうほどの姿だ。感覚で言えば、歩く内臓を見たような気分だ。
人類というよりも生物への侮辱だ。
「了解」
そういって、キリヤがリアナを抱え、アリスたちの方へ向かおうとした時、声が聞こえた。
「……リス……ア、リス……」
それは一体誰の声だったのか、まるで泣くような懇願するような、悲しんでいるような助けを求めているような、小さな今にも消えてなくなってしまいそうな声。しかし、その声は確実に、アリスを呼んでいた。確かにアリスの名前を話していた。空気に飽和して消えてしまうような微かなものだが、キリヤとセレンの耳には届いていた。
不意にアスカノールがその顔を歪めた気がした。
次の瞬間、まるでハリネズミのような返しがついた針が敷き詰められた黒茶の尾がキリヤを襲う。その針が鼻先にまで迫ったところで、ぎりぎりでセレンが剣で受け止める。
「キリヤさん!早くいってください!」
「わかった!」
そうキリヤがリアナを抱えながら、アリスたちの方へと走り出す。
同時にリアナは座標魔術で内部から斬撃を発生させ、その尾を四つに裂く。中から粘度の高いまるでローションのような赤紫の液体が流れ出る。
不意に裂けた尻尾の中から人差し指ほどの太さである紅色の物体が現れ、超至近距離から撃ち放たれる。心臓を狙ったそれをリアナは体を捻り避けるものの、完全に避け切ることは難しく、紅色の物体はセレンの肩を貫いた。脈打ちどこか生々しいそれを切り落とすと、まるで切られたトカゲの尻尾のようにグネグネと動く。気持ちが悪い。
ドサ、そんな音が聞こえた。それはなにか重いものが倒れたような音。地面に引かれるその力に抗うことなく、重力のままに倒れたそんな音だった。
赤、赤、赤。鮮血。血溜まり。
そこにいるのは力無く倒れたまま、動かないキリヤであった。彼の背中にはセレンが切り落とした紅色の物体が突き刺さっている。いや、突き刺さっているというよりも、突き刺されたというべきか。
そう、セレンの心臓を撃ち狙ったあの時、射線上にキリヤがいた。いや、厳密には射線上にはいなかった。湾曲したのだ。セレンの肩を突き刺したあと、キリヤを撃ち抜くようにその先が動いたのだ。まるで意志を持った殺人兵器のように確実に、リアナを見事に治療したキリヤの命を奪うために。
どこか、えも言われぬ感情がセレンの頭を覆い尽くした。筆舌に表しがたい感覚だ。
初めての経験だった。自分の後ろで、近くで人が傷つくのが。死がこんなに間近にあるものだとは。思ってもいなかったのだ。
甘い。そう言われればそれまでである。いつか話したエンリとの会話を思い出す。あの時私は、彼に軍では優秀だといった。あれは間違っていなかった。軍学校を卒業し、任務をそつなくこなし、『賢者の天秤』に関する任についてからも特にこれといった失敗はしなかった。強かったから。何人もの錬金術師を捕まえれたから。
だが、あれは運がよかったのだ。たまたま、圧倒的実力差の相手と相対しなかっただけだ。
そう、あくまで”軍では”優秀なだけだった。さまざまな情報から情報班が必要な情報を精査し、技術班が調達・整備してくれた武器を使い、後衛班による逐次のバックアップ、後方に待機する救護班の安心感、計画本部が計画・立案した限りなく失敗する可能性の低い計画の中でのみ、優秀だっただけだ。
だがどうだ。知らない敵に、知らない攻撃、逐次変化する状況に、計画も何もない突発的戦闘。救護班なんか待機しているわけないし、バックアップがあるわけもない。それらを失って仕舞えば、現役を退いたヨラルにすら劣っている。
圧倒的経験値不足。圧倒的実力の過信。自分の力があればなんでもできる思っていた。虚言だった。妄言だった。理想だった。何もできやしない。何もできない。何もできないんだ。
しかし、それではダメだ。それでは守るべき人を見捨てるようなものじゃない。戦わなければ。せめてヨラルのフォローぐらいはしなければ。
手に握る剣の力が強くなる。反省するのは後からいくらでもできる。
瞬間、アスカノールの腕が剣のように変質する。それは刃渡り50センチを超える大剣だ。横薙ぎに払われたその攻撃は部屋の半分ほどの攻撃範囲を持つ。セレンは体を倒し、攻撃を避けると、体を回転させ起き上がる。
ヨラルが地面を削りながらその戦斧を振り上げ、大剣を宙へと弾き飛ばす。その隙にセレンはアスカノールの懐へと潜り込み、その剣で脇の下を差し込み、横に裂いた。脇を切られたことにより大剣を支えられなくなったため、アスカノールの大剣が地面へと重力に惹かれ大きな音と共に落ちる。
その隙に、ヨラルがその大剣を砕き破り、その破片を戦斧の腹で打つようにアスカノールへと放つ。その破片を体の中の触手が弾き落としながら、右腕を地面突き刺し、血管のような赤い管が地面を張った。
そして弾けた。アスカノールの方から波及するように赤い管から赤き鮮血が噴き上がり、それはまるで高圧の水圧兵器のようであった。セレンは地面に固定された右腕を座標魔術で切り落とす。同時にアスカノールの左腕が再生を終え、不定形のスライムのような流動体となりヨラルを襲う。ヨラルはそれを戦斧一本だけで防ぎ切る。地面にはどこかどろっとした白い斑点を持った緑の固形物が落ちた。
二人が地面を蹴る。それは両腕を失った今が、最大を好機だと判断したからに他ならなかった。アスカノールは二人を触手で迎撃するも全て、それらは掠ることもなく地面へと落ちていく。地面が隆起し、岩が突出する。セレンはそれを避け、ヨラルは粉砕する。
その距離わずか30センチ。アスカノールは失った腕を補完するように地面から溢れ出る菱形のガラスのような破片を背中の結晶体で補強しながら腕を形作る。そしてその腕が腕の形を成したとき、ヨラルがその大斧でアスカノールの胴体ごと、破砕する。
アスカノールのは上と下に分断される。地面へと崩れ落ちるアスカノールにセレンが座標魔術を行使する。
座標魔術『距絆躰朝』
それは座標魔術を用いた拘束魔術であった。
アスカノールの首と胴、腰と足首が魔術陣で固定されると同時に、もう一つの魔術を発動する。
座標魔術『三重奏連隊凱旋唱歌之協奏曲』
それは三十二の魔術陣からなる座標魔術の最奥。一の点から弾けるように縦横無尽に回転し展開されたそれは、一つ一つの魔術陣が重なり合うように配置され、その位置を自由に変えながら存在している。
この魔術において、物理的結合は意味をなさない。魔術的結合も、魔法的結合も、錬金術的結合すら意味がない。全てにおいて、等しくその能力を酷使する座標魔術に存在する最上位に位置する高難易度魔術。ありとあらゆる剣よりも鋭く、ありとあらゆる弓矢よりも相手を射抜く。
この魔術が発動された時、アスカノールの体が完全に崩壊するだろう。それは比喩ではない。空間を<x,y,z>の座標軸で捉える座標魔術において、体を引き伸ばしたり、縮めたり、引き裂いたり、くっつけたりするのはまるで素手で豆腐を握りつぶすように簡単なことだ。
警告はしなかった。
セレンは一切の言葉を発することなく、その魔術を発動した。
魔術陣が輝く。
瞬き。0.1秒の暗闇。
次にその瞼が空いたとき、映したのはすぐにそこにまで差し迫った地面であった。
「え?」
そんな言葉と同時に地面へと激突する。ぶつかった衝撃が全身へ伝播した。
不意に自分の足を見た。そこには両膝が砕けあり得ない方向へと折れ曲がった脚があった。そしてそれを自覚したせいか、全身を激痛が走った。それは悲痛と苦悶の絶叫。弱い十七の少女にはあまりにも残酷すぎる傷であった。砕けた骨が見え、血が折れた足を伝う。筋肉が露出したそれはなかなかに生々しく気持ちが悪い。地面にはセレンの膝を粉砕したであろう3センチほどの血に濡れた石の破片が転がっていた。
発動していた座標魔術が解ける。
アスカノールの脚がその触手に絡まれ胴の方へと近づき、接合される。
「セレン!?大丈夫か!?」
「は、はぁ、は、大、丈夫です……」
「もう立つな、あとは俺に任せろ」
「いえ、私は軍人ですから、ヨラルさんだけを戦わせるわけには行きません……」
セレンは手に持った剣を支えに立ちあがろうとするも激痛と、砕け散った脚がそれを拒む。
荒い呼吸のままセレンが言葉を続ける。
「それに守るべき人たちを背に倒れることはできませ……!?」
そう体を起こした時、セレンの体を結晶体が貫いた。それはまるで夕立のようにセレンを襲い、一瞬の圧倒的物量へ体を破壊していく。そこにヨラルが介入する余地はない。
鮮血が放物線を描き、小川を流れる葉っぱのように、後ろへ後ろへと押し流されいく。セレンの体を傷つけ、まるで罪人のようにその体を壁へと磔にした。壊れた天井から差し込む月明かりが磔にされたセレンを指し、壁を伝い地面に流れ出る血をより輝かしく照らし出した。
その姿は一瞬絵画に見えるほど、圧倒的で残酷であった。
ヨラルが地面を踏み込んだ。
その大斧がアスカノールの喉をかき切る寸前、どこからともなく現れた鉄柱がヨラルの肘を破壊する。それに苦悶の表情を浮かべながらも、すぐさま地面へと落ちる大斧を左腕でキャッチしその体を斜めに切り裂く。
アスカノールの体が開かれ、内臓が地面へと落ちる。ヨラルが右足でアスカノールの足を引っ掛けるように手前に引く。それにアスカノールのは体勢を崩し、後方へと倒れる。その隙にヨラルがその大斧で左足を切断し、右足も斬り落とそうと大斧を振るが、アスカノールがその右腕を長細い杭のように変形させ、左肩から右脇腹に横断するようにその杭を打ち込み、固定する。
もはや腕を使った攻撃は不可能と判断したヨラルはまだ動かすことのできる手の先をうまく使い、大斧を横に向け、蹴りで無理やりアスカノールの体にねじ込む。
次の瞬間、ヨラルの中に打ち込まれた杭がまるで体の中から弾けるようにその棘を突き出す。外へと飛び出した長細い棘には鮮血が流れる。
歯を食いしばり、ヨラルはアスカノールに刺さったその大斧をさらにねじ込むかの如く蹴りを入れる。
そしてアスカノールはその腕をさらに変形させ、四方八方からヨラルの体をまるで裁縫をするかの如く、鉄の杭で体を縫った。そして再び棘を突き出し、体に風穴を開ける。
遠のく意識を逃さまいと微かな光を掴み取る。ヨラルは地面を強く踏み込み、その腹を踏み抜かんばかりの力でアスカノールを蹴る。その威力にアスカノールは後方へと吹き飛び、壁へと激突。ヨラルもまたアスカノールの腕を変質させた杭をその体に打たれているために一緒に吹き飛ぶ。
そして地面を踏み込んだ。木製の床が弾け飛び、地面が露出する。異常な闘志を宿した渾身の一撃が放たれる。その蹴りは大斧を踏み込み、壁によりその威力の逃げ場を失った大斧はアスカノールの体を半分に断つ。
次の瞬間、ヨラルの背中を一本の結晶体が突き刺した。
それはヨラルが破壊したアスカノールの腕。鋭く尖ったその先がヨラルの胸を貫き、ちが流れ出る。淡い緑の結晶体が赤く染められていく。
ヨラルはそれを無理やり引き抜こうと足に力を入れるも、さらに三つの結晶体がヨラルの右太もも、左脇腹、鎖骨を貫いた。
そしてヨラルは沈黙した。
そのてにはいまだに大斧が握られている。しかし、もはや動くことは愚か意識は完全に刈り取られた。
決着だ。
不意にアスカノールの左半身が崩れ落ちた。それはまるでカサカサに乾いた大地のように体にヒビ入り、サラサラと砂のようになって崩れていく。その光景にハージ・ジェルクは胸で光り輝いていた錬金陣を消し、その体を近くの木片で補強する。
「やはり能力を酷使すれば、体の崩壊は免れないか……まあいい、これも200番からその心臓を返して貰えば済むことだ」
そう言ってハージ・ジェルクはあたりを見渡した。
しかし、そこには目的である200番の姿と黒髪の女の姿は消えていた。
「しまった。アスカノールの方に集中しすぎた……」
「一度、拠点に戻りますか?」
「いや、200番は9歳程度の身体能力しか与えられていない。おそらくそう遠くまで逃げていないはずだ。幸い、こっちにはアスカノールもいる。彼女に探してもらうとしよう」
そう、ハージ・ジェルクは不敵な笑みを浮かべた。
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走る。走る。走る。
暗い夜の路地裏。その冷たい空気が嫌というほど体に纏わりついて後ろへと流れていく。
その黒髪は夜を疾走する。その細い腕には白く小さな手が握られている。
「リリアお姉ちゃん……」
アリスが不安げな表情でそう呟いた。
それにリリアはできる限りの笑顔を作って、
「大丈夫!」
そう言った。
それはまるで自分に言い聞かせるような言葉であった。
目の前で最愛の人が倒れるのを見た。赤い血の中で力無く倒れるその姿を。駆け寄りたかった。でも、血溜まりの中でキリヤが扉の方を指差した。それは自分やリアナ達を置いて、アリスと一緒に逃げろということだとすぐに理解できた。
不安、恐怖、後悔、さまざまな感情が体の中を渦巻き、まるで頭と足を持ってシェイクされているような気分だ。
水が滴る音と、水溜りを踏んだ音。その水は真っ赤で、どこか生暖かい。
自然と視界が上に向かった。そこにはボロ雑巾のようにねじれ捨てられた兵士が建物と建物の間に吊り下げられていた。それがアリスが『裏路地宿』にて保護されているために、その警護強化の一環で置かれた兵士なのはいうまでもなかった。
不意にでそうになった悲鳴をグッと抑える。もし、その声が聞こえれば『賢者の天秤』にバレるかもしれない。
そしてリリアのその心臓を貫かれる。赤の甲殻に包まれた蠍のような尾に。
その手が握られたまま、地面へと伏せる。
「え?」
声が漏れた。感情のこもらない声。状況が理解できていないゆえの声。
「リリア、お姉ちゃん……?」
その返事は沈黙。答えなき答え。
駆け寄りその体を揺らす。暖かい血がその白く小さな手に大量についた。絶望の赤。限りある絶望がアリスの心を染め上げた。
声が響き渡る。
「お前には随分と手間をかけさせられたな、200番」
「ハージ・ジェルク……」
赤き双眸の先には裂かれた頬と十字の焼かれた後、上瞼と下瞼がくっついたその邪悪な笑みが映し出されていた。
その背後には三人の黒ローブとアスカノールと呼ばれた怪物の姿。
飄々とした態度で一歩、また一歩、アリスの方へと歩み寄ってくる。
「しかし、かわいそうなものだよ。お前に関わったせいで、意味もなくただ無慈悲に殺されて。流石の僕でも同情してしまう。その娘なんてその最たる例だ」
そう言いながらハージ・ジェルクは地面に転がるリリアを指差し笑った。
「命を賭して、道具を守り、最終的には守りきれず、死んでいく。実に滑稽だ。しかし、錬金術を教示しない者に相応しい結果だといえる。あの魔導具使いも、魔術師も、戦斧使いも、哀れなものだよ……さて、それはさておき、そろそろお前の殺して、その中にあるものを返してもらうとしよう。前回、お前を回収失敗してから、『賢者の天秤』内での僕の扱いが悪いんだ。それに貸したものは持ち主に返してもらないとね?」
そうハージ・ジェルクがアリスに向かってその土柱を首に向かって突き刺す。
アリスは抵抗しなかった。いや、抵抗する必要がなかったというべきか。母を探すという目的でこの街に残り、リアナやリリア達と触れ合い、その優しさを知った。彼女達と過ごした時間は彼女がこの世に生まれ落ちてから数少ない思い出であり、楽しい時間であった。
しかし、それが目の前の男によって終止符を打たれた。いや、自分のせいで奪われたのだ。
贖罪。それがまかりとうのなら、もし彼ら彼女らに謝れるのなら、それはもはや自らの命を絶つことでしか、償えない。
この命が散ることで全てに終止符が打たれる。この限りない苦しみと、終わりのない悲しみから、解放される。『賢者の天秤』がこれ以上、関係のない人間を巻き込むこともなくなる。そう思ったのだ。
ゆえに抵抗しなかった。静かにその時を待った。目を瞑り、最後まで守り抜いてくれた人のそばで。
しかし、その土柱がアリスを貫く事はなかった。何かがアリスを守った。
静かに目を開けると、そこには儚げな微笑みを浮かべるリリアがいたのだ。その背中には土柱が突き刺さり、胸へと貫通していた。
口から血が吐かれ、アリスの方へ体を預けるように崩れ落ちる。
そして耳元で囁くのだ。
「生きて」
そう囁いたのだ。
頬にかかった血が暖かい。
視界は全てを移してるのに何も見えない。
ハージ・ジェルクが何かを言っている。
血の匂いが鼻腔を指す。
口の中が急激に乾いていく。
私のせいだ。私のせいだ。私のせいなのだ。
リリアお姉ちゃんも、キリヤお姉ちゃんも、リアナお姉ちゃんも。ハージ・ジェルクがここにいるということはヨラルおじさんも、セレンも、そういう事なのだ。ヨラルお兄ちゃんが誰かに襲われたのだって、私のせいなんだ。
全て私が、私が全て、存在しているせいで。生きてるせいで。生まれたせいで。みんな傷つく。みんな私を守る。みんないなくなる。
誰が殺した?私が殺した。
誰のせいでこうなった?私のせいだ。
誰が償える?誰も償えない。
どうすればいい?死ねばよかった。誰に会うこともなく、誰に助けを乞うこともなく、誰に感情を寄せることもなく、死ねばよかったんだ。
なら死ぬ?死なない。死ねない。
私のせいだ。私のせいだ。私のせいなのだ。私が、私が、私が。
私のせいだーー
だからせめてみんなを殺した奴だけは、確実に、着実に、絶対的に、圧倒的に、虐殺的に、復讐的に、恐怖を、畏怖を、後悔を、懺悔を、贖罪を、敵意を、悪意を、殺意を、敬意を、憎悪を、嫌悪を、執念を、何物にも変えられない力を持ってして、葬り去る。
世界が揺れた。
アリスの心臓が緋く光、血管のような紋章が走る。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
ブクマや感想、評価などよろしくお願いします。
作中で塩水を体の中に注射していますが、便宜上そう書いているだけです。真似しないでください。
あと、思ったよりも長くなったので分割します。




