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旅人<エンリ>

 少年が街道に出ることができたのは迷い人との戦闘を終え、8時間後のことだった。

 陽は落ち、夜は更け、燦々と輝く月と星々だけが少年と暗く1メートル先も見えない街道を明るく照らし出す。


 「やっと街道に出れた」


 少年の静かなる心からの叫びが闇夜に溶け込む。

 地面にトランクケースを置き、その上に座る。ひと時の休憩だ。

 じきに陽も登るだろう。それまで適当な岩でも枕にして眠りにつく。

 しかし疲れが溜まっていたのか目が覚めた時にはすでに太陽は真上にまで来ていた。


 欠伸を一つ、少年は起き上がる。

 服についたゴミを適当に払いトランクケースを持つ。

 さて、ここからが問題だ。

 この街道は一本道。少年は今、右に進むか、左に進むか二つの選択肢がある。


 どんなに時間があるといえども流石にそろそろベッドで眠りたい。

 今日中に街にはつきたいのだ。


 しかしどちらに進むが正解かわからない。

 右側の道は山に繋がっており、街や村がある様な地形には見えない。

 だからと言って左側は見渡す限りの平野。新緑生い茂る草原だ。これだけ視界が通っているのに街や村がみえないのは、そういうことだろう。


 ここで選択を間違えればまた追加で三日歩くことになるかもしれない。

 辛い。純粋に辛い。


 考えれば考えるほど思考の沼にはまっていく。

 もはや頭をどれだけ回転させたところで俺が望む答えにはたどり着かないだろう。

 ならばここは神に、また運命の歯車に頼もう。


 苦しい時の神頼みとはこの時にある言葉よ。


 神や運命というものが本当にあるのかは知らないが、少なからず祈りや願いが魔法や魔術、錬金術といった技術に勝るとも劣らない力があることを俺は知っている。

 それに時には論理的な思考や合理的な答えより頼りになるものだ。


 少年はその本に落ちている木の枝を拾い、地面に立て人差し指で支える。

 この枝が倒れた方向へ進む。

 少年は手を離した。


 枝が放射状に動き倒れる。

 小さく砂埃を上げ、倒れた枝を見て少年は頭を抱える。

 何の因果か。奇しくも枝はどちらの道を指し示すわけでもなくきっかり真ん中。

 道を分断する様に倒れる。


 まるで疲れている俺を畔笑う様な結果だ。

 この際、枝が指し示した方へ進んでやろうかとも思ったが無駄に疲弊しそうだったのでやめた。

 まあもう一度、試せばいいだけだ。


 少年がもう一度、枝を拾い、地面に立てた時、音が聞こえてくる。

 軽快で弾む様な蹄の音、その音の先に聞こえる馬車特有の重量感と車輪の駆動音。

 視線を向けるとそこには一台の馬車がいた。

 二匹の馬が引く馬車だ。


 どうやら俺もまだ捨てたものではないらしい。

 少年は道の脇に逸れ、手を振ってみる。まるで辻馬車を止める観光客のように。

 すると馬車は減速を始め、丁度少年の前で止まってみせる。


 馬車には一人の男が乗っている。年齢は三十代手前、赤褐色の短い髪に優しい顔立ち、左手の薬指に指輪をはめていることから既婚者だとわかる。

 男の傍らには一本の剣が置かれている。


 「どうかされましたか?」


 柔らかい声で聞いてくる男。少年はその言葉に返答をする形で話し始める。


 「呼び止めて悪いね。ちょっとばかし道を聞きたいんだけど、この道、右と左、どっちの方が街に近い?」

 「街ですか?街なら三日ほど歩いた先にシルバルサという綺麗な街並みが見れる場所がありますよ」


 男が指し示す方向は少年から見て右方向、丁度、今馬車が向かっている方向と同じだ。


 「反対側には街がないの?」

 「小さい集落や村程度はありますけど、大きい街だとなると一週間は歩かないとダメですね」

 「なるほどね」


 今回の旅の目的は研究機材の新調という大きな目的がある。

 流石に特殊な研究機材となると集落や村にある程度の店では対応しきれないだろう。

 それこそ大きい街に出向いて買う必要がある。


 「旅人ですか?」


 男が聞いてくる。


 「まあ、そんなところかな?」

 「街へ向かってるんですよね?もしよければ乗って行きます?」


 何と都合のいいことだ。まるで予定調和のような展開だ。いやこの場合は男の良心に感謝すべきか?

 どちらにせよ運がいいことには変わりない。

 残念ながら俺には謙遜する理由も意義もないので男の馬車に喜んで乗らせてもらおう。


 少年が載せてくれとの言葉を返すと男は馬車を指差す。


 「少し狭いですけど問題ないですか?」

 「全然問題ない。むしろ感謝したいくらいだ。流石に追加で三日野宿は嫌だからね」

 「ははは」


 男はひきつり気味に笑ってみせる。そして思い出したかのように振り返る。


 「あ、そうだ。僕の名前はリレイア・リバース。リレアって呼んでください」


 少年は差し伸べられた手を一瞥し、少し間を置いてから手を取り口を開く。


 「俺はエンリ。短い間だけどよろしく頼むよ。リレア」

 「ああ、よろしく」


 エンリが山の家を出て四日、追放されてから七年、それは実に数年ぶりの人との邂逅であり会話であった。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

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