狭い世間
小さなあくびを一つ。窓から差し込む光に目を塞ぎ、軋む体を起こした。
外を見れば雲一つない晴天で初夏とは思えないほど暑くもなければ湿っぽくもない心地よい温度と気候の日であった。
ベッドの傍らに置いた時計に視線を向けると、そこには十時過ぎを指す針の姿があった。
寝過ぎたな、と心のどこかで思いながらベッドから降り、トランクケースの中から適当に身支度用の道具を取り出す。
備え付けの洗面台で顔を洗い、歯を磨く。
朝の身支度にしては遅すぎるが、何もしないよりはいいだろう。
鏡を見るとそこにはまだ疲れの取れていない自分の顔がある。存外、こうして自分の顔を見ることをまじまじと見ることも少ない。
体を捻りトランクケースの方へ向かおうとした時、腰とふくらはぎに突っ張るような痛みを感じた。
それはつい先日の戦闘から続く後遺症だった。
今日ですでに三日も経ったというのに、いまだに完治する様子はない。おそらく完全に治るのにあとさらに三日はかかるだろう。
普段なら持ち前の若さに物言わせ、一日ベッドの上で眠っていれば治るものの、今回はリリアの一件により慣れないことをしたせいかいつもよりも治りが遅かった。
しかしいつまでも寝込んでいるわけにはいかない。
早くお金を貯めて実験器具を新調したいのだ。そのためには冒険者ギルドに行って任務を受けなければ話にならない。
エンリは服を着替え、ベッドの上に散らかった本やら古びた実験器具やらをトランクケースの中に突っ込んで、閉じる。
時間はすでに十時半を回ろうとしている。
階段を降りて食堂兼受付となっている一階には珍しく自分以外の客の姿があった。
その客は2メートル近い身長に、屈強な体、顎髭を蓄えた強面な顔立ちには顔を左上から右下に両断するように残された特徴的な傷の姿があった。
どこかで見たことのある顔にエンリは小さく嘆息する。
案外、世間とは狭いものだな。
男は宿のテーブルに座り、鉄板で焼かれたスペアリブとビールを片手にヨラルと談笑していた。
階段の軋んだ音で振り返ったヨラルと男がこっちに気づき、声をかけてきた。
「エンリ、元気にしてたか?」
その笑顔はどこか張り付いたような嘘くさいものを感じる。まるで俺がここにいることを知っていたかのような表情だ。
エンリは小さく嘆息し、彼の名前を呼んだ。
「ハンがなんでここに?」
「なんでとは随分な物言いじゃないか?休日返上で衛兵も連れずにきてやった俺を褒め欲しいもんだ」
「なんのことだ?」
「話が見えてこないが、なんだ?ハンは、エンリと知り合いなのか?」
そこにいたのはハンベルマン。エンリがこの街に入った時に世話になった衛兵の一人である。
ハンベルマンに手を招かれ、ヨラルとハンベルマンの二人が座るテーブルに腰を下ろす。丸テーブルということもあり、エンリは自然に大男二人に挟まれる形になる。それによりエンリは意図しない威圧感に若干押される。
エンリが席に着くと、どこからともなく朝の食事が出てくる。食事を持ってきてくれたリリアを見て、ヨラルが、「部屋に戻って休んでなさい」というと、「大丈夫だよ!もう治ったから!」とトレーを持ったままその右手に力拳を作ってみせる。
それは実に丘程度のものであったが、それは彼女なりの強がりなのかもしれない。
ヨラルはその言葉を聞いて、少し呆れたように息を漏らすも、それ以上何をいうわけでもなく、「辛くなったら、すぐに休むんだよ」とだけいって、エンリたちの方に向き直る。
そしてリリアもまたヨラルのその言葉に、はい、と至極明快に回答した。
そんな彼女を見て、エンリが、ありがとさん、という砕けた感謝に、リリアは優しい笑顔で返してくれる。
本当に彼女はいい人だ。その聖女ですら劣る人間性には、それこそ神がかり的美徳を感じる。
つい先日倒れたばかりというのに、店の手伝うその姿勢は献身的と言葉ですら生ぬるいだろう。ともあれ、これほどまでに優しく美しい娘である彼女を見守っている立場からすれば、その体に触らないよう、身を粉にして働いてもらうよりも、時にはしっかりと休息も取ってもらいたいものだ。
まあ、それもまたこちら側の勝手な思い出しかないのだが。
この朝食もすでにその言葉を使うには厳しい時間になっているというに、彼女の好意で残しておいてくれたのだろう。本当にありがたい。
「それで……最終的に二人は知り合いなのか?」
ヨラルが首を傾げながら聞く。
その手元には飲み掛けのコーヒーがおいてあり、随分と長い間、二人で話していたのか冷めきっていた。
「うん?まあ、知り合いといえば知り合いだな。牢屋に入れられた仲だ」
「牢屋に入れられた仲!?」
エンリは適当にそういって、驚くヨラルには目もくれず、朝食であるソーセージ適当にナイフで切り分け、その一つを口に運ぶ。
香辛料が効いているせいか、その匂いが鼻の奥にまで突き抜ける。
刺すような匂いというべきなのか。少なからずその匂いには食欲増進の効果があることは間違い無いだろう。
茹でただけのシンプルなものだが、元々の味も塩味が程よく美味しいが、これにケチャップやマスタードをつけて食べるのも、実に美味しい。しかもただでさえ、美味しいというのにこれを付け合わせの野菜とともにパンに挟んで食べようものなら、そのおいしさは至福というに値するものになるだろう。
というか、そのことを予測してリリアは一緒にパンも用意してくれていたのだろう。
一人で美味しい料理に心躍らせている横で、ハンベルマンが説明するように口を開く。
「あれだヨラル。こいつがまた物騒なやつで色々と問題を抱えてるんだよ。それで少し間、街の安全のために、牢屋に入ってもらったというか、ぶち込んだというか……そんな感じだ」
「とりあえず牢がどうのこうのは一旦、置いとくとして、結局のとこ、二人は顔見知りなんだな?」
「ありていに言えばそうだな」
「そうか、ならお互いにお互いを紹介する必要はなさそうだな」
そういってヨラルはコーヒーを一口、飲む。
そこの横で皿の上におかれたパンに手を伸ばし、その上にいちごジャムをたっぷりと乗せて一口、齧る。
甘い香りといちごの風味が鼻腔内を通り抜けていく。
一二、三度と咀嚼し、その口の中のものを飲み込んでから次はエンリが口を開いた。
「むしろ聞きたいんだけど、ハンとヨラルは随分と仲良さそうだけど、知り合いなの?」
「軍で働いていた頃から友人だよ。新兵の時からの付き合いだから、かれこれ二十年近い付き合いだな?」
「もうそんなに経ったのか……時間が経つのは早いもんだな。リリアちゃんがいつの間にか、こんなにデカくなってんだもんな。初めて会った時はこんなもんだったのに」
そう言って指でその大きさを測りながら、ハンベルマンは笑う。それを聞いてヨラルもまた「そいつは言い過ぎだ」と笑う。
それを皮切りに二人は昔の思い出話に花を咲かす。
どうやら俺が思っていたよりも随分と仲がいいらしい。
朝食というのが憚られる時間帯の食事をしながら、二人の会話に耳を傾けていると、ヨラルがリリアに呼ばれて席を立つ。
厨房の奥へと消えて、その間、テーブルの前にはエンリとハンベルマンの二人だけとなる。
適当な会話をしながら食事を摂っているとふとハンベルマンの左手に目が止まる。
「ハンは、結婚してるの?」
「急にどうした?」
「それって結婚指輪でしょ?」
視線の差す先には左手薬指にはまった銀の指輪。小さな宝石が嵌め込まれたそうれは淑やかな輝きを放っている。
「なるほど。結婚してるよ。随分と前にだけどヨラルとかも呼んで結婚式もしたし」
「そうなんだ」
「あの時は楽しかった。それこそリリアちゃんが五、六歳の頃だから十年以上前になるのかな?」
「リリアの小さい時か。どうも想像しにくいな。やっぱり今の彼女みたいに優しかったのかな?」
「ははは、確かに今のリリアちゃんを見てたらそういう印象になるよな。小さい時のリリアちゃんはレティさんにべったりでいつも影に隠れてたよ。それにおっちょこちょいでね。いつも転んで、いつも泣いてた。さらにいうと俺って顔が強面だから会うたびに泣かれて大変だったな……だから会うたびにお菓子を持っていっていたんだよ」
やはり想像できない。人にあまり自分の弱いところを見せようとしない彼女が泣いている姿は考えにくいものがある。それにおっちょこちょいっていうのも意外だ。
彼女は慎重に慎重を重ねるようなタイプに見える。その上、ちゃんと周りを見ていて、どちらかといえば店主であるヨラルの方がおっちょこちょいのイメージだ。
ハンベルマンは過去を懐かしむように天井を仰ぎ見る。
「どうした?なんか話してたのか?」
ヨラルが綺麗に切り分けられたりんごのケーキを持って戻ってくる。
そしてそのケーキをエンリとハンベルマン、自分の席へと置いていく。
甘く芳醇なりんごの香りだ。鼻腔をくすぐるその香りだけで、美味しいのがわかる。ヨラルの作った料理を見るのは宿の修復中に作ったあの炭になった肉や、泥水となったスープなどと比べると雲泥の差だ。とても同じ人間が作った食べ物とは思えない。
どちらかといえば、肉を焼くよりもケーキを作る方が難しいと思うのだが、それはまあ努力の差だろう。
生地にはクッキーを粉々にしたものが使われ、りんごは先日仕入れていたものを、クリームはりんごの甘さを引き立てるため甘さを控えめに、そして軽くレモン汁を加え、クリームのしつこさを緩和している。おかげでりんごの甘さとクリームの濃厚さが両者ともに邪魔をせずに見事に成り立っている。
その上、生地に使われたクッキーのちょっとした塩味がまた甘いりんごに合う。
ケーキというよりもどちらかというとタルトに近い気がするが、美味しいのでこの際、そのような些細なことは問題の範疇だろう。
「いや、昔のリリアちゃんに関して話してたんだよ。あの時はずっと泣き虫だったって」
「確かに昔のリリアは今よりずっと泣き虫だったな。それが今じゃあ、彼氏がいるんだもんな。時間の流れは早いよ」
「え!?リリアちゃん、彼氏できたの!?」
「そうそう、すごくいい子だよ。つい先日も助けてもらったばかりだし」
そんな会話をしていると扉の方からカランカランという音がなる。
そして扉の奥から青年の爽やかな声が聞こえてくる。
「ごめんください、リリアの様子を見に来ました」
「噂をすれば……」
自然と全員の視線が扉の方向へ向かう。そこには白衣を着て革製の鞄を持った爽やかな青年が立っていた。
一見ヒョロく頼りにならなそうな見た目をしているが、実際のところは研究職にしては随分な体力と、明晰で魔法医学に関しては他の医者たちよりも群を抜いてその知識を保有する天才という名を冠するに十分すぎる知性を持った男だ。
その上、テロリストに恋人を殺すと言われたさい、逆に反撃をするという度胸も兼ね備えている。
男は三人が座っているテーブルへと歩み寄ってくる。
「お、元気になったんだね?エンリ」
「ああ、おかげさまで。そっちはどうだ?キリヤ」
「どうだろう?ちょっと寝不足気味かな?昨日ちょっと研究所内でトラブルがあって、今日の朝まで泊まり込みだったから」
「そいつはご苦労様」
ヨラルが近くのテーブルからひとつ椅子を引っ張り出して、座れるようにテーブルの前に置く。
キリヤは「ありがとうございます」と一礼して、その椅子に座った。
ちょうどエンリの対角に位置する場所だ。おかげで大柄な男に長身と言えど、細身なキリヤが挟まる形になる。完全に先ほどの俺と同じ状況だ。
そしてヨラルはついでに余っていたケーキをキリヤに渡す。
「悪いな、キリヤくん。リリアは今、夕食の仕込み中なんだ。多分、あと少しすれば来ると思うから、待っててくれないか?」
「そうなんですね。わかりました……それでこちらの方は?」
「うん?ああ彼は俺の友人のハンベルマンだ。この街の警備兵の総括をしている」
ハンベルマンは少し驚いた様子でキリヤを見て、友人の娘の彼氏の前のせいか異様に萎縮して、辿々しく口を開く。
「初めまして、ハンベルマン・ジェルベルだ。周りからはハンやハベルって呼ばれてる。好きに呼んでくれて構わないよ」
「初めまして、キリヤ・ベルベロラです。気軽にキリヤと呼んでください、ハベルさん」
「それじゃあ、そう呼ばさせてもらうよ」
二人は握手し、自己紹介を終える。
ふむ、なぜ昼間から男四人でむさ苦しい、会話を楽しまなきゃいけないのか、この場にリリアがいればそれだけでこの場の清涼剤になり、花が咲くというものだ。だがその当事者であるリリアがいない以上、男四人の談話を楽しむほかない。
まあ会話する分には特に不利益なこともないし、純粋に楽しいので無問題だ。
「そうだ、ハベルさん。ハベルさんは軍に所属してるんですよね?」
キリヤが思い出したように声を上げた。
「うん?まあそうだが、それがどうした?」
「軍の中にシアナって子いませんか?」
「シアナ?シアナ・アンソジアなら知ってるけど……」
「赤毛で、髪がカールしてる?」
「そう、赤毛でカールしてる。そのシアナなら俺の元部下だ」
「本当ですか!?実は彼女、俺の幼馴染なんです!」
「な!?本当か!?世間は狭いものだな……まさかこんな身近な場所に知り合いがいるなんて。でも納得したよ。いつもシアナが惚気話をしてくる友人って君のことだったんだな?よく俺に愚痴ってたよ」
「ははは、すいません」
「いや気にしないでくれ。それにしてもシアナの幼馴染がリリアちゃんの彼氏だなんてな……驚きだよ」
「こっちも驚きです」
そんな風に話していると厨房の奥からリリアが顔を出した。
キリヤが椅子から飛び立ち、リリアの方へ小走りへ向かった。
キリヤはリリアが倒れたその日、宿に泊まり込み、彼女の部屋で夜通しつきっきりで看病をしていた。夕方になってその体調が安定したために、次の日からは研究所に赴いていたようだが、そんな中研究所内でトラブルが起き、昨日は様子を見に来ることができなかった。
そのせいでキリヤがリリアと対面するのは実に二日ぶり、通常時であれば、気にするような時間ではないが、数日前にあんなことがあったばかりだ。キリヤが過敏に心配するのもわからなくもないだろう。
「お待たせ、キリヤ」
「こんにちは、リリア。調子はどうかな?」
「まあまあかな?少し体が重い気がするけど気分は悪くないよ」
「そうか……それはよかった。君の身に何かあったらどうしようかと……」
「心配しすぎだよ。安心して、私はいなくなったりしないから」
そういってキリヤを優しく抱きしめるリリア。恋人を優しく抱擁するその姿は実に素晴らしい絵と言えるだろう。
もしこの場を画家に書かせたのならいい絵になること間違いなし、もしかしたら名画としてその名を歴史に残すかもしれない。
まあそれもこれもリリアの聖女とも女神とも言える美しさとキリヤの爽やかで愛する恋人を心があってのことだろう。
そしてその光景を遠目から眺める男三人。
よくわからない情景だが、エンリからすればこの街に来てから初めてできた友人と世話になっている女性のその微笑ましい光景に頬を緩め、ヨラルとハンベルマンからすれば、小さな子供であったリリアが、大きくなり立派な女性となって、今や大切な人ができた。
その光景は小さな時からリリアを見てきた二人からすれば、感動ものだろう。
次の瞬間、宿の中にハンベルマンの大きな声が響いた。
その声に宿の中にいた全員が肩を震わせる。
そして勢いよくその視線をエンリへと向ける。
「思い出した!エンリ!お前、俺が出した条件全部無視してるよな!?」
「あ!?あ?条件ってなに?」
「驚いたのに忘れてんじゃねえ!この街に入れる代わりに提示した条件だよ!」
「待って、今思い出してる」
そういうとエンリは自分の額に手を当てて、熟考する。
はてさて、確かにこの街に入る前に何らかの約束をした記憶がある。
「あ!思い出した、身分証と宿の住所!」
「そうだよ!身分証明書と宿の住所、教えにこいって言ったのに全く来ないし、それどころか完全に忘れてんじゃん!あまりにも自然に条件を無視するから、言い忘れたかと思ってたところだよ!」
「ちょっと待って。今、身分証出すから」
手元に置かれたトラックケースを漁り、冒険者ギルドでもらった銀色のドッグタグにも似た身分証を見せる。
ハンベルマンはそれを手に取り、眺め見る。
そしてしばしして確認が取れたのは、「ありがとよ」と言って返してくれた。
「まあとりあえず、これで条件は全部クリアしたな。泊まってる宿はここだし、身分証も見せてもらった。あとは一ヶ月間の街に止まることだけど……」
「そうだな。俺自身、この街が気に入ってるし、飽きるまではこの街にいるよ」
「なら問題なさそうだな。一ヶ月は飽きない街だ。存分に楽しんでってくれ」
まあ実際、この街に来て色々なものに触れ、見て、感じて、さまざまな学びを得た。それは山の中では引きこもっていては得られないものたちだろう。
そしてこの街に降りてきてさまざまな研究内容も思いついてきたところだ。
友人もいれば気のいい宿の店主もいる、その上、美味しい鮭のムニエルが作れる看板娘も、現状、これといってこの街を出る理由が思いつかない。
定住……とは行かないものの、この街を世界を見回る活動拠点にするのはいい案だろう。
「本当に感謝してくれよな。俺が止めてなかったら、お前、今頃、持ち物全部没収されて牢屋に逆戻りだぞ?」
「本当にありがとうございます!」
そう言ってエンリは手を合わせて頭を下げる。
ハンベルマンが言うように彼が働きかけてくれていなければ今頃、俺は条件を無視して悠々自適に過ごした結果、牢屋に逆戻りだったかもしれない。
そう言った点からしてもハンベルマンには感謝が尽きない。
そんな会話をしているとヨラルが不思議そうに首を傾げながら聞いてくる。
「この街に入るのってそんなに条件厳しかった?」
「うん?いや、本来ならもっと簡単なんだけど、まあ彼の場合は色々問題があってね……」
ハンベルマンが遠い場所を見るようにその視線を天井へと向け。
そしてエンリを横目で見て、アイコンタクトで事の顛末を話していいかと聞いてみる。それにエンリは「まあ、泊めてもらってるわけだし、内容を知る権利はあるんじゃない?」と適当に言う。
そしてそれを聞いたハンベルマンは一瞬どうしようかと考え、頭をかいたあと、意を決したように口を開く。
「実はエンリ、液体魔力を所有してるんだよね……」
「は!?」
「え!?」
「…っ!?」
それを聞いたヨラルとキリヤ、そしてリリアは一斉にエンリの方へ向き直る。
驚きの表情が全員が全員、顔に出ている。
おそらくこの場にいる全員がその危険性を知っているのだろう。
まあヨラルは元々軍人であり、液体魔力の危険性を知っているのも頷けるし、他の二人に関しても魔法医学という魔力に関しても詳しく学ぶ、学問を学び、大学を卒業している。授業の一環として液体魔力について学んでいても、不思議ではない。
そもそも液体魔力自体、危険物質としてかなりの有名なものだし、一度ぐらいは何らかのことで聞いたことがあったのだろう。
「その上、身分証も持ってなかったから、流石にそんな危険人物を街に入れるのは無条件ってわけには行かなくてね。そう言ったけいで条件を用意したわけ。だから、エンリの条件だけが異様に厳しいだけで、実際はそうでもないよ」
今となってはハンベルマンの説明も全員耳に入ってこない。
それほどまでにエンリが液体魔力を持っているというのが驚きだったのだ。
そして一瞬の静寂のあと、最初に口を開いたのはリリアであった。
「エンリさん……」
「何?」
「別に液体魔力を持ってるのはいいですけど、暴発だけはさせないでくださいね?本当に本当ですよ?」
まあ、こんな危険物質を持っていては、普通の宿なら追い出されそうなものだが、おそらくリリアは、しっかりとした管理のもとであれば、個人で所有していても問題ものだと知っているのだろう。
だからとやかく言わずにすんなりと受け入れてくれたのだと思う。
しかし、それ以上に気になるのは色々と実体験が詰まっていそうな後半の言葉だった。
まるで過去に液体魔力を暴発させた人間が身近にいたかのような真摯な気持ちが伝わってくる。
そしてリリアがそういう隣で顔を背けるキリヤがいたのは気のせいだろう。というか気のせいということにしておこう。まさか学生時代に授業の実験で、液体魔力を使い、不注意で教室を半壊させたなんてことはないはずだ。
「安心してくれ、俺の液体魔力はこのバックの中にしっかりと保管してるし、盗難防止用に隠蔽魔法も軽くだがかけてある。だから基本的に心配はないよ。もしトランクケースの中で暴発してもいいように結界も魔術付与も安全装置もつけてあるから」
「それは安心していいの……か?」
ヨラルは再び首を傾げる。軍人として液体魔力の危険な部分しか見てきていないヨラルにとってその安全性をどれだけ熱弁したところで、安心させることはできないだろう。
しかしまあキリヤとリリアは少なからず、エンリの説明に安心したようだ。
そしてその光景を見てヨラルもまた二人が問題ないと判断してるなら問題ないのだろうと、納得する。
全員が納得したところで、ハンベルマンが席を立つ。
「もう行くのか?」
「ああ、用は済んだしな。また遊びに来るよ」
「そうしてくれ。今んところエンリしか客がいないから暇なんだ」
「ははは!まあ期待しないで待っといてくれ」
「あいよ」
そんな会話をしてハンベルマンは宿の外へと出ていく。
ヨラルもまた席を立ち、食べ終えられたケーキの皿を洗うために厨房へと入っていく。
それに続くようにエンリ立ち上がり、トランクケースを手に持つ。そして外へ出ようとすると、キリヤに呼び止められた。
「エンリ!」
「どうした?」
「今日の夜、部屋に行ってもいいか?」
「別にいいけど、なんかあったけ?」
「ちょっと話しておきたいことがあって」
その目は先ほどまでの楽しく談話していたものとは違い、深刻さと真剣さが宿っている。
その瞳にエンリは何かを察し、「ああ、わかった。十時ごろでいいかな?」と聞き返す。
「うん、問題ないよ」
その言葉を聞いて、エンリは再び歩き出す。
後ろからキリヤが「良い一日を!」というのが聞こえて、軽く振り返り「そちらこそ」と軽く返した。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
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