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プロローグ<2>

 家を出て三日目、少年は未だに山の中を彷徨っていた。

 どうやら調子に乗って山奥に家を作り過ぎたらしい。今日に至るまでに一体何度、過去の自分を恨んだか。

 荷物がトランクケース一つしかないとしても三日も歩けば疲れるに決まっている。

 適度な休息を取ってると言っても四日連続で野宿となると辛いものがある。

 どうにか今日中には街道に出たいものだ。


 だがまあ、運命とは常に理不尽を兼ね備えているものだ。

 そう簡単に街道に出れるはずもなく。運悪く魔獣と遭遇する。

 いや今回は運がいいというべきだろうか。街道に出れない原因たる存在が自分の前に姿を現してくれたのだから。


 白と黒の靄が混ざり合ったかのような不定形の人型の魔獣、迷い人だ。

 時空間や地形を変化させ、人が弱ったところを捕食する。かなり厄介な魔獣の一種だ。


 どうやら過去の自分を恨むのお門違いだったらしい。

 街道に出れないのはこいつの仕業のようだ。


 トランクケースを近くの木下に投げ置き、無造作に佇む。

 迷い人はその狂気を孕んだ姿でこちらを睨んでくる。目や口、鼻といった従来顔を構成するパーツは見当たらないものをこちらを睨み警戒しいていることはわかる。

 不思議なものだ。


 一瞬、空間の歪みを感じ取る。

 空間がねじ曲がり、酷く湾曲する。

 そして湾曲した空間の中心に向かうようにして少年は引き寄せられる。

 それと同時に迷い人はその体の特性である不定形の体を使って、人の手にあたる部分を千を超える槍にして攻撃してくる。


 無差別に攻撃が突き刺さる。

 地面は抉れ、木々は砕け散る。その姿はさながら剣山。

 逃げ場などあるはずもなかった。


 しかし迷い人は攻撃の手を緩めず、さらに槍を分岐し、その分岐した槍をさらに分岐させ、万物を穿つ槍として見せる。

 もはや人一人に行う攻撃ではない。

 その証拠にもはや地形が変わっている。

 草木生い茂る豊かな森は岩肌が捲れる歪な地形へと姿を変え、攻撃の衝撃で浮き出た岩が崖となって切り立つ。

 迷い人の攻撃は半径1kmに渡って地形を変えてみせた。


 もはや生物の生存を願うことの方がおかしい景色を見て迷い人はやっとその攻撃体制をやめる。

 先ほどまで硬化し地形を変える破壊力を持った槍は黒白の靄となって空気中に霧散し、迷い人は踵を返す。

 一刻も早くこの場を去りたかった。それは本来、本能とは真逆の行動。殺した相手を捕食する迷い人にしてみれば異物すぎる動きといえよう。

 そして数歩、歩みを進めた先で迷い人は足を止めた。


 それは恐怖か殺気かどちらにせよ迷い人にとって信じられない気配と景色。

 ありえてはいけない状況が目の前にあった。


 一人の男が立っている。黒髪の少年だ。身長180前後、細身にしては筋肉質、首に淡い緑を放つ無色の魔石のペンダントを掛け、右手にはトランクケースを持っている。


 それは迷い人が先ほど確実に葬ったはずの生物だった。

 むしろ地形を変えるほどの攻撃で生きている方がおかしい。

 迷い人は威嚇のように声をあげた。

 低く言葉にもならない音の羅列、遠くの方から鳥が羽ばたく音が聞こえてくる。


 「いい攻撃だった」


 少年はそうおもむろに話し始める。


 「1度目の攻撃で奢らず、2度、3度の攻撃で確実に命を取りにくる感じ、いかにも強者という感じだ」


 少年はまるで地面を踏みしめるように一歩前に出る。

 それに合わせて迷い人は一歩下がる。


 「その上、上空はもちろん地中にも全方位攻撃を行う徹底ぶり、並みの相手なら確実に殺しているだろうな」


 迷い人の咆哮。それはもはや威嚇というよりも懇願に近い何かを感じる。

 しかし少年は意も介さず歩みを進める。


 「まるで俺に恨みがあるかのような殺意だ。恐ろしいよ。あんたみたいな奴に襲われるとか」


 迷い人は再び手を槍に変え、少年を囲うように攻撃する。

 甲高い音と大量の火花とともに少年は槍に押しつぶされる。

 その光景を見た迷い人は顔のパーツがないのにも関わらず、どこか不敵な笑みを浮かべる。


 「だけどお前には弱点がある」


 少年を押しつぶしたはずの槍の影か少年が現れる。

 五体満足である。

 迷い人は攻撃した槍を再び霧散、3度目の正直と言わんばかりの質量と量を誇る槍を作り上げる。

 数は10万を超え、天を迷い人の槍が覆い隠し、地上に巨大な影を作り上げる。


 もはや小細工を行わず、正面から一度に亜音速で射出する。

 地上に降り注ぐ槍の雨。

 少年は歩みを止めず、話を続ける。


 「その弱点は靄状態で攻撃できないというところだ」


 降り注ぐ槍の雨を少年は焼き尽くす。

 10万の槍が一瞬にして塵と化し灰となって風に流されていく姿を見て迷い人は走り出す。

 先ほどの攻撃は迷い人にとって全身全霊の一撃であった。

 それを無効化された今、もはや少年に対抗できる手段はない。あるとすればそれは全身全霊を賭けた逃走しか残されていた。


 しかし少年はそれを良しとしない。

 迷い人の後ろに巨大な風の目が出来る。

 その風の目は中心に向かって強風が吹き込み、靄で形成される迷い人にとっては驚異以外の何物でもない。


 迷い人は吸い込まれまいと全身を槍を作った時のように硬化するもの、それが悪手だった。

 まるで少年はそれを見越していたかの様に地面を這った蔓で迷い人を拘束する。

 もし蔓を振り払うために硬化を解き、靄となって後ろにある巨大な風の目に体を吸い込まれる。逆に蔓を切ろうと体を硬化したところで硬化する前に蔓を巻かれ動けなくなる。

 完全に詰んでいる。


 少年が迷い人の後ろに立つ。

 もはや迷い人は振り返ることすらできない。

 次の瞬間、迷い人の心臓を紅蓮滾る赤華が咲き誇る。


 「あ、あっ、あっ、ああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っあ゛っあ゛っあ゛っあ゛っあ゛っあああああああああああああああああああああああああああ!!!?!?!?!?!?!?!?!!」


 まるで壊れたラジカセの様な悲鳴を上げながら迷い人は霧散する。

 全ての靄が霧散し空に消えた時、地面に一欠片のガラス片が落ちる。

 少年はそれを拾い上げトランクケースにしまい込むと踵を返す。すると風の目は消え、蔓は土へと変える。

 迷い人との戦闘を証明するのは見るも無残に変えられた景色しかなかった。


 しかし三日も山に籠ることになった原因を排除したのであと数時間もすれば街道に出ることができるだろうと少年は再び歩き始めた。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

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