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長い一日<正体不明>

 正体不明(アンノウン)。それは別次元に存在し、人間には決して認識のできない概念生命体。ありとあらゆる存在を喰らい、奪い、成り代わる恐ろしい怪物だ。

 正体不明にその存在を奪われた人間はその全てを失い存在そのものを正体不明に奪われる。この世から消失するのだ。しかもそれを他の人間が認識することは決してなく姿形はおろか記憶や癖、これからするべきであった成長そのものすら完全に模倣する。

 そして完全に人間と成り代わった正体不明は存在を奪われた人間の親しき人間や顔見知りたちに近づいては襲い、その存在を奪って新たな獲物を探すのだ。


 しかもこの怪物はその特性上、相手にその存在を知覚されずに一方的に攻撃することができる。そのため今回、あの少女が不意打ちを喰らわず一瞬のうちに存在を奪われなかったのは奇跡と言っていいほどの幸運だ。

 ありとあらゆる認識の遮断、そして存在の奪取これが正体不明という怪物だ。


 そしてそんな化け物と相対するエンリもまた気配を認識できず、存在を認識できず、その怪物がどこにいるのかすら、本当に存在するのかすら認識することはできない。

 圧倒的不利。むしろこの怪物に有利なことなどあるのだろうか?

 もしこの怪物を認識できる存在がいるのならそれもまたこの世の理から外れた化け物だろう。

 人間である以上、エンリが正体不明の姿を見ることは不可能。人間を辞める術もあるにはあるが残念ながら俺にはまだ人間に未練がある。人を辞める気はないのだ。

 ならばできることは限られている。


 一に全力の逃走。おそらく考えられる中でこれが最も簡単な正しい手段だ。そもそもいるかもわからない存在と闘う方がおかしいのだ。逃げるのが最善というのも間違いではないだろう。

 しかしこれでは名も知れぬ少女の存在が完全に奪われてしまい救うことは困難になる。


 二に通常の戦闘。正体不明はあくまで認識できないだけで別次元に実態が存在し闘うことが可能だ。こっちには境界術や次元跳躍の魔術、次元間移動の秘法といった複数の別次元へ干渉できる技を持っている。正体不明のその能力自体はかなりの脅威だが戦闘能力自体はそこまで高いわけではない。成り代わった人間の記憶と経験は脅威と言えるだろうが人型の実態ではない正体不明にその知識を扱うことは不可能だろう。


 これもまた現実的な方法だが少女を救うことは難しいだろう。

 人間には理性というものが存在しており、精神汚染や認識阻害、自我の吸収といった脅威からある程度の抵抗する力を持っている。それこそ正体不明ほどの強力な力を持った怪物には無力だがある程度の抵抗力はあるはずだ。

 つまりこの理性を奪われた時、人間はその存在を奪われることへの抵抗力を失いその存在全てを奪われるのだ。

 そして正体不明の姿が見えない今、長期戦になるのは必至。それだけの間、理性を奪われずにいられるとは思えない。


 三に完全無差別な攻撃。周りの被害も顧みずに行うこの方法は確実にそして素早く正体不明を葬り去ることが可能だろう。しかし別次元にいる正体不明を倒すにはそれこそこの森はもちろん空間そのものが壊れるほどの被害が出るだろう。最悪、時空が捩じ切れてここら一体が消滅する可能性がある。そんなもの少女を救う以前の問題だ。


 そして最後に残ったただ一つの方法。全ての問題を解決する唯一の方法。正直な話、負担がデカすぎてやりたくない方法の一つだが、そうも言ってられないらだろう。どうせ死ぬわけではない。せいぜい明日の朝、起きれないほどの筋肉痛になる程度だ。


 エンリは静かに息を吐く。

 目の前には正体不明がこちらを狙っているだろう。気配というなの次元の歪みを感じ勢いよくそのトランクケースで地面を叩きつける。その瞬間、何かが次元の壁を通り過ぎて元の世界に戻っていくのを感じた。おそらく正体不明の攻撃か何かだろう。


 少女は何が何だかわからず混乱しているようだ。まあ突然何もない空間をトランクケースで殴りつける人間などどう考えてもイカれているだろう。だが少女は懐疑心を持っているわけではなさそうだ。


 その体に淡い光を放つ線が現れる。それは全身を巡り次第に地面まで伸びる。そしてそれは空中へと伸びて、上へ上へと登っていく。まるで木の成長を早送りで見ているような光景だ。ふと淡い光を放つ線が消えた。いや正確には消えていない。まるで線の先端だけがどこか別の場所へ行ったかのように姿を消したのだ。

 その光景を不思議そうにそして不安そうに見つめる少女に向かって、エンリは手を差し出す。

 少女は「え?」という言葉を漏らして首傾げる。

 次にエンリが言った言葉は「行くよ」という言葉だった。状況は掴めなかったが少女は差し出されたその手に自分の手をそっと乗せエンリの方を見る。

 そうするとエンリがその手を強く握り返し「少し怖いかも知れないけど我慢してね」と優しく微笑んだ。


 次の瞬間、ドン、と肩を押される。あまりにも唐突な出来事に頭は混乱するが本能的に受け身を取ろうと倒れないよう地面に手をつける。しかしその手が地面につくことはなかった。


 フワッと風を感じる。地面に体が倒れることはなくそのツインテールの髪が揺れた。目の前には空が広がる。今までに見たこともない不思議な空だ。

 昼間だというのに月が三つあり、大中小と並んでいる。その上、まるで虹のように架かる七色の星々のアーチはすぐそばにあってその間を流れ星が過ぎていく。


 数秒の出来事だったがあまりにも情報が多すぎる。

 その間にも背に浴びる風邪は増えるばかりだ。意を決して仰向けだったその体を下に向ける。そしてそこに広がる光景は少女の心を魅了した。


 極彩色の世界だ。まるで絵画の世界。

 新緑で深緑の草花はいとも美しく、色彩豊かな木々は緑色の風に揺れる。流れる川は透明度が高く澄んでいてそれでいて寒色の色を持っている。魚たちは空を泳ぎ、鳥たちは木陰で羽を休め、小動物たちが走り回っている。どれも見たことのない種類のものだ。

 そして宙を舞う泡のような気泡のようなシャボンのような半透明の球体が浮かんでいる。

 どう見ても今までいた世界ではなかった。


 地面が次第に近づいてくる。後十数秒で地面と激突することになるだろう。


 キイイイィィィィッッッッッッッッ、そんな耳を塞ぎたくなるような甲高い音が幻想のような世界に響いた。それは自分の真上から鳴っているものだった。

 器用に空中で体を旋回させ再びうつ伏せになると、そこには砂嵐のようなノイズの塊がいた。そしてその隣では重力に任せ、自由落下を楽しむ少年の姿もある。


 ノイズの塊がその一端をナイフのような鋭い刃に変形させ、少年の体を串刺しにしようと振り下ろすもその攻撃はトランクケースに弾かれて、同時にまるで地面へ振り下ろすように振るわれたトランクケースはノイズの塊の体をさらに加速させる。

 ノイズの塊が自分の体を歪め、幾つかの武器を作り出す。その光景に少年は露骨に顔を歪め、投擲されたその武器をトランクケースを盾にして防御する。しかし投擲された武器は空中で突如として弾け飛び無数の針となる。数千数万の針の雨が少年を襲う。


 「冗談でしょ!?」


 少年の声が響いた。その攻撃は少年にとっても予想外だったらしい。しかし少年は冷静にまるで何かを仰ぐように腕を振るい、次の瞬間、体を殴りつけるような暴風が針たちを吹き払った。

 地面までは残り数百メートル。地面との激突まであと数秒。

 少女は無意識のうちに目を瞑る。それは目の前に迫る恐怖から目を背ける人間の防衛本能の一つだろう。

 しかし予想していた衝撃が襲うことはなく、代わりに頬を軽く風がなぞるのを感じた。


 「針は流石に予想外だった」


 聞き覚えのある声が聞こえた。目を開けると少年の傍に抱えられ地面に無事着地している自分の姿があった。

 どうやって着地したのか?そんな疑問が頭を過り少年に聞こうとした瞬間、少年の方からその答えを教えてくれる。


 「風で気流の流れを作って滑り台みたいに滑り落ちたんだよ」


 どうやら疑問を口にしなくてもわかるほど今の自分はこの状況を不思議に思っていたらしい。

 次の瞬間、隣に隕石でも落ちたかのような爆音が響き渡る。草花を押し退け半径数メートルのクレーターが出来上がる。緑の風が砂埃を払いその姿が露わとなる。

 先ほどまで上空にいたノイズの塊だ。

 少年は少女を地面に下ろし、離れるよう指示すると地面に降り立ったノイズの塊と対峙した。


 それは異質な光景だった。決して認識のできない存在が目の前に姿形はおろかその微細な動きさえも見てとれる。異常な状況と言って過言ではないだろう。

 正体不明本人でさえこの異常事態に混乱している様子だ。

 しかしそんな状況であっても唯一エンリだけは整然とその場に立っていた。


 正体不明、その能力は認識の阻害と存在の奪取。この二つの中で戦闘において脅威となるのは認識の阻害の方だ。五感や微弱な気配、直感といった要素に頼る戦闘において相手の存在そのものを認識できなくなるのは致命的といえる。

 しかし逆を言えば認識の阻害さえ失って仕舞えば、正体不明の脅威は愕然と下がる。

 ゆえにこの空間。ゆえにこの世界。


 この世界はエンリがかつて作り出した別世界。そのチートじみた能力と知識においてできた空想世界だ。

 元の世界から隔絶され完全に独立したこの空想世界はその法則は基本となる元の世界となんら変わりないもののただ一つ決定的にそして絶対的に違う部分が存在してる。

 それはこの世界に入ったありとあらゆる存在はその存在を認識可能で干渉可能な存在へと実体化させるというものだ。


 つまりは形のないものは形を持ち、存在はあっても姿はないものは姿をもつ。正体不明のような概念生命体がこの世界に入った瞬間に、物理的にも視覚的にも干渉可能な肉体を持つということだ。

 そしてこれの示す事実は、正体不明の最大のアドバンテージである認識の阻害を完全に封じることにある。

 この世界では認識阻害のような相手に認識されなくなる能力は使えなくなり、その上、世界から完全に独立しているため、別次元への逃亡も不可能となっている。


 睨み合った二人、エンリの手に力がこもる。

 花々が揺れ、風が三度吹いた時、正体不明が動いた。創造されるは今まで存在を奪ってきた幾人の写し人。

 かつて国を救った救国の英雄、龍殺しの異名を持つ冒険者、名も無き国の名も無き賢者、死して生得る狼の末裔、喧々囂々たる十六の首持ちし悪魔。十人十色、錚々たる面々だ。

 この正体不明はおそらく長くから存在している。古き時代の伝承や物語、今まさに劇場でそのものを主役とした作品が上演されているほどの有名人の姿が何人も見てとれる。

 一体彼らの伝説が正体不明に存在を奪われてからのものなのかそれともそんな伝説を持っていたから狙われたのかわからないがそんなことを考えている時間はすぐになくなる。


 エンリと相対した一人がその槍を振るった。天をも穿つその攻撃はねじれるような風圧と共に地面を砕く。疾風の如きその攻撃をエンリは横に飛び退き避ける。先ほどまで立っていた場所に竜巻のような暴風が吹き荒れ一瞬でその地形を消滅させる。

 それを横目で確認し前を向き直るとそこには寸前にまで迫った刀身があった。刀の腹を蹴り上げ剣筋をずらすとエンリはその剣の持ち主である救国の英雄の似姿の腹に強烈なパンチを食らわす。

 救国の英雄は他の人間と同じように空気を吐き出し、膝をつく。そこにすかさず踵落とし。救国の英雄はまるで霧になったかのように弾け飛ぶ。


 一歩前に進む。その瞬間地面が隆起し左右から炎の壁、上からは大質量の岩、後ろと前からは大剣を持った冒険者風の男と馬に乗った大男が駆けてくる。

 逃げ場のない攻撃。そしてダメ押しと言わんばかりにただでさえ足場の悪い地面から蛇が溢れ出しエンリの足に巻きついてその場に縛り付ける。

 怒涛の展開に頭がバグりそうだ。


 前から迫る大剣を持った冒険者風の男の横なぎの一撃を蛇に固定されたのをいいことに大きくのけ反りトランクケースを振り上げ顎にぶつける。そしてすぐさま振り下げ後頭部を打つ。さらに倒れかけたところに振りかぶった一撃を顔面に浴びせた。

 冒険者風の男は霧となって爆散し消える。


 熱風がエンリの肌を焼く。まるでトースターの中に閉じ込められたみたいだ。見てみれば炎の壁がすぐそこまで迫ってる。

 トランクケースを乱暴に開けて中に手を突っ込み、中から数本の投げナイフを取り出す。エンリはすぐさまその投げナイフを炎の壁に向かって投擲。投げナイフは炎の壁にぶつかる寸前に砕け、渦を巻きながらその破片に吸い込まれていく。

 そして炎の壁がなくなった時、その投げナイフは再び元の形に戻り、上空にある巨大な岩に向かい、霧散する。

 吸収された魔力が一度に放たれその衝撃で岩は砕け、瓦礫となって地面にふる。

 使い捨ての魔力吸収アイテムだがこの程度の攻撃の敵ではない。


 エンリは足に巻きつく蛇たちを急速冷凍。氷の彫刻として力付くに足を引き抜き砕く。どんなに力が強かろうとその力を発揮できない氷の中では無意味だ。

 そしてすぐさま後ろへ向き直り、馬で駆けてくる大男の方を見た。


 次の瞬間、先ほどまで激しく隆起していた地面がまるで風の止んだ湖のように静かに動くのをやめた。

 刺突。乗馬した男が槍を向けエンリに向かったきた時、エンリはその地面を錬金術により鉄へと変える。そしてその鉄はすぐさま巨大な槍へと変わり、大男の槍と真正面からぶつかる。

 大男は槍共々砕け散り他の正体不明が作り出した似姿と同じように霧となって弾け飛んだ。そして


 再び正体不明に歩み寄ろうとするもすぐさまかつて存在を奪った相手の似姿を創造し妨害してくる。人数はさらに増え、今となっては二十人を超えて三十人に迫る勢いだ。その中には先ほど倒した相手も存在している。

 埒が明かない。このままでは一向に正体不明には近づけず少女の存在を奪われていくだけだ。

 いや多分正体不明は気づいているのだろう。この戦闘時間が長引けば長引くほど正体不明に有利に働くことに。


 結局のところ今、俺が少女のために戦っているのは目の前に存在を奪われている少女を認識してるからだ。もし少女のことを記憶から完全に忘れ姿形も見えなくなってしまったら。俺は戦う理由を失いおそらくこの戦闘行為を止めるだろう。

 そうなれば正体不明は時間をかけてここからの脱出を試みればいいし、場合によってはこの世界に住み着くかもしれない。

 少なからず過ぎた時間だけこちらが不利になるのは自明の理だ。


 この膠着状態と言っても問題ない状況、少し手荒だが打開する方法は力技しかないだろう。

 エンリが少し離れた木の影に隠れている少女に声をかけた。


 「悪いんだけど、これ見といて」

 「え?え!?」


 そういうとエンリは手に持っていたトランクケースを少女の方に投げる。綺麗な放物線を描き少女の元へ届いたそのトランクケースを少女は両手で見事にキャッチし大事そうに胸に抱えた。

 エンリはその姿を確認すると、これで好きにできる、と小さくつぶやいた。


 地面を蹴り走り出す。目の前から迫るオオカミを回し蹴り、横へ吹き飛ばす。オオカミは幾人かの骸骨姿の怪物を蹴散らして木に激突し霧散する。その間もエンリは走り続ける。圧縮された空気の壁を同じく圧縮された空気の塊で無理やり突破、辺りを荒足にも似た暴風が襲う。急激な気圧の変化に周辺の温度が下がる。

 空気中の水蒸気が霜をその草木にくっつける。それを踏み締めさらに前へ。正体不明まで残り12メートル。


 空間が割れる音とともに異世界からの侵入者。その黒く巨大な手がエンリを掴もうとする。同時に左右から巨大なツルがその体を縛り上げようとしてくる。さらに空からは隕石が降り注ぐ。地獄絵図だ。

 迫る来る黒く巨大な手。それは直径十メートルほどの大きさだ。その手が的確に正体不明への最短距離を潰している。

 しかしエンリはその足を止めることはない。むしろさらに加速した。後ろから一匹の狼が飛び出す。

 雷光を纏った青と水色の狼。それが紫電の如く黒く巨大な手に噛み付く。次の瞬間、天は曇り狼に向かって一筋の雷が落ちた。黒く巨大な手はその強大な雷によって力を失い霧散して消えていく。


 狼はその体を雷と化し天へと駆け上がる。そしてそれこそ光速で空を走り回る。そして狼が残した雷光の軌跡はまるで線を描くようにその場に止まる。

 次の瞬間、雷光の軌跡は一瞬のうちに空を走り、降り注ぐ隕石が砕いた。その光景はじつに神秘的で幻想的だ。それはこの絵画めいた世界の景色もあいまってのことだろう。

 狼がエンリと正体不明から少し離れた場所に立つ。そして二人を一瞥して再びその体を雷と化し反対側へと姿を消していく。


 その光景にエンリは小さく鼻を鳴らし、最後まで手伝ってくれればいいのに、とつぶやいた。そしてその後に、まあ今度、肉の一つや二つでも持ってきてやるか、と付け加える。

 そして横から迫り来る自在に動くツルを掴みその手に炎を灯す。

 その炎はすぐさまツル全体を包み巨大なキャンプファイヤーとなる。

 正体不明まで残り7メートル。


 エンリが足元から大量の水が溢れ出す。それは全大きな渦となって天に昇り群がっていく敵を次々と葬り去っていく。いつの間にか地面には水が張り海のような光景になっている。

 正体不明はそれに気づくと水中で有利な水龍や水面を駆ける虎を放つ。

 すると雨が降る。透明な雨。色はない。空を見上げても雲はなく絵として残したいほどの晴天が広がっているばかりだ。

 水面を駆ける虎がその一粒に当たる。次の瞬間、虎は大量のシャボンとなってその姿を消した。

 『天空泡沫(てんくううたかた)』それは降った雨に触れた任意の相手を泡としてして消滅させる。エンリが作り出した魔法の一つ……ではなく正確には魔法と魔術、そして天空術と呼ばれる空を扱うことに長けた技術を使った合作だ。

 言うなれば天空魔法術でもいうべきだろうか?とにかくそれら三つの合作なのだ。


 波飛沫。横から巨大な水龍が飛び出してくる。その大口がエンリのことを狙っている。しかしそんなことには決して動じず横目で見ただけだった。

 次の瞬間、地形がうねる。それに合わせて水面が動き、巨大な波飛沫が飛んだ。高波のようなその飛沫は雨のように地面へと降り注ぎ、下から出てきた一つの存在の姿を表した。

 それが土でできた巨人。神話の時代から存在し絶えず伝承され、その伝説は親から子へ、そして子からさらにその子供へ。過去から今までその存在が消えることはなく人々の心に住まう優しき者。その意志は固く冷たい土の心に宿る。

 古くは殺戮者として、古くは守護者として、今日は世界を見守る管理人として存在し続ける巨人。


 『地守者(ゴーレム)


 失われた神代のテクノロジー。そしてエンリの手により再びこの世に再現された最古の御業だ。

 地守者はその体をエンリを守る盾のように水龍の前に晒し、その攻撃から身を挺して守る。激しくぶつかる二人。その音が大きくなる。

 水龍の歯が地守者の肩に食い込みガラガラと激しい音を鳴らして崩れる。地守者は崩れた腕と反対の右腕を使い体を捻り裏拳を決める。

 その衝撃に水龍は横に倒れ込む。そして追撃と言わんばかりに走り出しその腕を大きく振りかぶる。次の瞬間、水龍が水面の下から突き出した岩に押し出され地守者がちょうど殴りやすい位置に飛んだ。

 振りかぶった腕が振り下ろされる。凄まじい衝撃波が空間を波紋しその轟音にエンリは思わず耳を塞ぐ。軽く耳鳴りがする。


 しかし水龍もその存在を奪われ正体不明のものとなっていても元は龍である。後ろから天にも届く二つの渦が岩守者の足を両方とも砕く。それにより地守者は体勢を崩し前のめりに倒れる。

 それを好機と見た水龍が岩守者の上に巨大な水の塊を作り出した。

 それは流れ渦巻き無尽蔵に存在する水を次々と吸っていく。時間が過ぎるごとに倍々になっていき、地守者が地面にその手をついたときにはすでに当たり一体を包めるほどの大きさになっていた。


 そしてその水の塊が地守者に向かって落とされた。

 いくら耐久力に自信がある地守者でもあれだけのものを落とされたはひとたまりもない。飲み込まれたときにはその身を砕けれ跡も残らず海の藻屑と変わるだろう。

 地守者がその背中で攻撃を受ける。その鈍重な体では避けることは叶わなかった。だがもし避けることができても彼は避けなかっただろう。彼が避けて仕舞えばこの水の塊が地面に落ちて一体どれだけの被害を出すかは想像もできなかった。


 地守者の背中が徐々に削れていく。

 水龍がダメ押しと言わんばかりに地守者目掛けて高圧水流を発射する。

 地守者の体はまるで豆腐のように切れていく。

 誰もが岩守者の敗北を覚悟したとき、それは起こった。

 地守者の左腕が再生している。先ほど水龍により破壊されたはずの左腕だ。


 ふと見てみれば地守者に向かって次々と岩がくっついていく。それは壊れた側から再生していき、いつの間にか壊されたはずの足が再生して、切られたはずの体がくっついている。

 それは言わずもがな地守者の能力。自然を愛し、自然に愛されたものだからこそ受けれる自然の慈愛だ。

 地守者それはかつて大地の代弁者であった。自然と共にあり、自然と共に生きたそう言った存在だった。

 ゆえに彼はその身が滅びようとも自然がある限りその意志は消えることはなく脈々と自然の一部となって受け継がれていく。


 地守者が立ち上がる。水龍が作り出した水の塊を持ち上げ、その巨大な手と力で無理やりその塊を破壊する。まるで水鉄砲のように当たりへ水が飛び散る。

 それを見て水龍が自分のプライドとも言える最大にして最高の技を破壊された怒りによる感情任せな突撃。

 地守者もまたそれに合わせて走り出す。大地が揺れ、再び二人がぶつかる。

 一度目よりも大きな衝撃波が当たりを包み、水面を激しく揺らす。


 地守者の拳がその顔面に入る。

 水龍はその体を崩して霧となり霧散した。

 地守者もまたしばしその場に立ち止まり、下にいるエンリを一眼見た後、まるで頭を下げるように体を縮め、そのまま地面の下へと帰っていった。

 正体不明まで残り1メートル。


 ついに正体不明が似姿を出すのをやめた。

 その不定形の体を刃や槍、弓などに姿を変えてエンリを襲う。

 エンリはそれを弾き、避けて、さらに前へ進む。正体不明に近づくたびにその攻撃は苛烈にそして激しくなっていき、30センチを切ったところではもはや前が見えなくなるほどの猛攻だ。

 だがその程度のことで臆することはない。全てを避けてついに正体不明の正面に立つ。

 手を伸ばせば届く距離だ。


 少しでも気を抜けばその体に触れられその存在を奪われるだろう。だから無駄な言葉などいらない。手早く、正確に、そして確実に殺る。


 境界術『昼夜の狭間のひと時に』

 空間魔法『交わらぬ場所』


 二つの空間術式が発動する。

 一つは昼と夜の間にその存在を固定する境界術。

 もう一つは正体不明を確実に倒すための空間魔法。

 正体不明の体がまるで空間ごと分たれたように半分に分断される。


 虚消滅『深淵続ク暗ク冷タイ穴(黒い穴)


 正体不明の分たれた体の中心に一つの黒い点が生まれる。それはエンリが()()()正体不明に襲われたときに作り出した新たな系統の攻撃である。魔法でもなく魔術でもなく錬金術でもないただただ消滅させるという一点に特化したそれは対象としたものなら岩や木といった個体はもちろん空間や時間といった概念的なものすら消し去る。発動条件は難しいものの凶悪な技には変わりないだろう。

 黒い点は正体不明のその体の全て飲み込んだ。

 そしてそれはまるで何事もなかったかのように姿を消し、そこにはエンリ一人の姿だけが残る。

 足元の水はいつの間にかなくなっており、そこにはいつしか見た絵画の如き深緑で新緑の草花が広がるばかりであった。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

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