長い一日<少女の名前>
ドゴッ、という生々しい重低音が響いた。
トランクケースで殴られたシンバの姿をしたノイズの塊がリアナを思わず離し地面に落とす。リアナは小さく呻き咳き込んだ。先ほどまで届かなかった大量の空気が肺へ流れ込むのを感じた。
掴まれ痣になってしまった首を労うように摩る。
シンバの姿をしたノイズの塊が一歩後ろに引いてその不定形の体を不規則に揺らめかせながらこちらの様子を見ている。
トランクケースを持った少年は少し離れた位置に立ちシンバの形をしたノイズの塊とリアナの間に割って入るように立っている。
「あなたは……!?」
その少年の顔には見覚えがあった。それもつい最近見たばかりだ。
黒い髪と決して幼いわけではないがどこか少年のような純粋さを残したその顔は美少年的と揶揄せざる得ない。その細い線からは想像もできないが服の上からでもわかるほど体が引き締まっておりかなりの場数を踏んできていることがわかる。
それは冒険者ギルドでカウンターの場所を聞いてきた少年だ。
少年はリアナの方を見ると軽く目を細めて再びシンバの形をしたノイズの塊に視線を向ける。
しかしそこにあるのはすでにシンバの形を崩し完全な虫食い状態となった狂気的なノイズの集合体だ。空間にできたその異質な存在はどう見てもこの世の存在とは思えなかった。
そして少年は苦虫を噛むような表情をして呟いた。
「正体不明……」
そう呟いて少年はすぐに一歩足を踏み出し、地面に向かって拳を叩きつけた。それによってあたり一帯に大規模な雷が発生する。その雷が地面の砂埃や灰や塵を巻き上げて正体不明と呼ばれたそのノイズの集合体の視界を奪った。
リアナは刺された場所を庇いながら近くに落とした大剣を杖代わりに起き上がり、視界の遮られた世界の中を警戒する。
一体、どこから攻撃が飛んでくるかわからない。
今となってはあの少年も味方か怪しいのだ。いくら私を助けてくれたとはいえ、彼が味方である保証はどこにもない。それはさっき嫌という程実感した。共に戦った冒険者仲間に後ろから刺されたんだ疑心暗鬼の一つや二つにもなる。
しかしそんな警戒心むき出しの心を踏みにじるように後ろから手が伸びてくる。
「わっ!ちょっ!?」
その腕はリアナの首元を引っ張り抱きかかえる。
突然の出来事にリアナはそんな可愛らしい声をあげて四肢をバタバタと動かす。それはけが人であるリアナながらの最大限の抵抗だった。
しかしその行動虚しくリアナはやすやすとその身の自由を腕の持ち主に明け渡してしまった。
「落ち着いて」
腕の中で暴れるリアナをなだめるような口調で腕の主は言った。
ふと上を見上げるとそこには先ほどの少年の顔があった。
少年は器用に右手でリアナを抱きかかえ、左手にトランクケースを持って険しい森の中を疾走している。
次々と過ぎ去っていく景色を見送りながらリアナは驚きと不安の入り混じった声で聞いた。
「あなた一体何者なの!?初心者冒険者じゃないの!?」
「ただの学者だよ。金がなくて冒険者をしてるだけの」
「あなたは本当の人間よね?」
そう聞く少女の瞳は怯えに似た感情が混ざっている気がした。それを知ってかしらずかエンリは、少なからず今はまだ、と曖昧な返事をした。
その直後、後ろから迫る気配に気づいたのはエンリだった。その気配から逃げようとエンリはより強く地面を蹴るがその気配を振り払うことはできず次第に近づいてくるのがわかる。
リアナはどうやら気配に気づいていないようで突然加速したエンリを怪訝そうな表情で見上げている。
全身に鳥肌が伝播するのがわかった。無意識のうちにエンリは宙に逃げる。
次の瞬間、先ほどまでエンリたちがいた場所は認識できなくなった。エンリたちの目では見えない何かがその部分の存在を奪ったのだ。
その異常な光景を見たリアナは驚きのあまり、な!?、という声を漏らす。エンリは対照的にその攻撃にで、やっぱり、と言った。そして今までにないほど深刻な表情で、時間がないな、と漏らした。
その直後、見えない何かはエンリたちを狙って飛び出してくる。しかしそれは認識することはなく微かな予感によってわかるだけの些細なことだった。
エンリはトランクケースを天高く投げ上げて、下に手を向ける。
手のひらを中心に淡い光がまるで血管のようにエンリの体に発生する。そしてその言葉を口にする。
「世界と乖離した空間で」
その瞬間、エンリたちの前に一つの亀裂が入る。それはまるでガラスのように空間そのものに走っている亀裂だ。次第にそれはさらに拡大し、崩れ亀裂の中の姿をみせる。そこには一つの別世界が広がっていた。
その空間は星空しかない常闇の世界だ。
次の瞬間の世界に何かが激突したように急速にさらに大きく亀裂が入った。しかし音は聞こえない。亀裂が拡大したという事実だけが残されている。
その光景にリアナは理解できずにいた。目の前で起こっている事柄が理解できなかったのだ。呆気にとられるその光景を見ていることしかできない。
少年の顔を見上げると涼しい顔で、少しは時間稼げるかな?、と呑気にいう姿があった。
少年は時間差で落ちてきたトランクケースを見事にキャッチすると近くの木を蹴ってその場から足早に走り出した。
ーーーーー
しばらく走り続けてエンリは少し開けた場所に出る。
そこは穏やかな傾斜の丘のような地形であり、近くには川が流れ草木が咲き誇り蝶やリスといった動物たちの姿が見て取れる。
近くの木に小脇に抱えた少女を寄りかからせてトランクケースを開く。
「あなた本当に何者なの?」
少女は明らかに体力を消耗した様子で浅く早い呼吸でこちらに聞いて。
エンリはそんな少女の姿を横目に見ながらその言葉に耳を傾ける。
「さっきの魔法?それとも魔術?まさか錬金術なんて言わないでしょうね?」
「さっきのは境界術。まあ大方結界術の派生技術だよ」
「あれが?境界術なんて本当に存在したのにね……空想の物だと思ってたわ」
まあ確かに境界術はその絶大な威力と汎用性の反面、結界術と違い会得が非常に難しくその中でも自由自在に技を酷使できるものはわずかだ。使い手も少なくなり近年では衰退している技術の一つである。
若い人ほどその技を見たことないという人間は少なくないだろう。ゆえに空想のものと思われてもいた仕方ないのだ。
「そんな技を使えるとかあなた本当に人間?もしかしてあの化け物の仲間なんじゃないの?」
そういう少女の視線には嫌疑と警戒の色が含まれている。命の恩人におおよそ向けるものではない。
しかしエンリは特に何をいうわけでもなく、トランクケースを漁りながら、だとしたら今頃君を殺してるよ、と特に気負った様子もなく言い切る。
「どうだか……」
しかし少女の警戒心は解けない。完全な疑心暗鬼に陥っているようだ。
まあその理由も大方予想がつく。恐らくはあの正体不明に手酷い歓迎をしてもらったのだろう。知り合いや仲間の格好をした人間に裏切られでもしたのだろうか?
そんなことを考えながらエンリはトランクケースから包帯といくつかの小瓶を取り出す。
「これもしよかったら飲んで」
「何これ?」
投げ渡された小瓶を訝しげな表情で揺らす少女。
「薬だよ、薬。その傷、痛むでしょ?」
エンリはそう言って少女の脇腹を指差す。そこからは今だに血が止まらず流れ出ている。いつの間にか服は真っ赤に染まっておりなんとも痛々しい。
少女は咄嗟にその傷跡を隠すように手で覆い、エンリの方を見る。
「随分と準備がいいのね?」
「学者だからね」
そんな意味不明な言葉で返されて少女は首をかしげる。
少女はいくつかその小瓶を眺めて意を決したように栓を割り口をつける。
どうせこれだけの傷、放っておけば數十分後には尽きる命だろう。目の前の男は信用できないが生きるか死ぬかなら幾分かは生きる可能性のある方に賭けたい。
口の中に流れ込んでくるのはどろっとした液体。泥臭く青臭い。味はまるで土と水を混ぜて雑草を入れて煮詰めたような不快感のあるもので、その食感もジャリジャリとしておりいいものとは言えない。
良薬は口に苦しとは言うもののこれはただの悪意の塊のような存在だ。
最悪の後味に顔をしかめながら小瓶を口から離すとその光景を見ていた少年が、あっ……、とう不吉めいた声をあげた。
そして恐る恐る口を開き言う。
「それ……塗り薬……」
「え?」
二人は顔を見合わせ目の前の小瓶に視線を落とす。
少女の顔から血の気が引いて青くなって行くのがわかる。
それに気づいたエンリが慌てて補足を入れるように口を開く。
「だ、大丈夫!基本的な使い方は塗り薬だけど、飲んでも効果はあるから!体に害のあるものは使ってないし!」
「……そう」
「ごめん、先に言っておくべきだったね」
「いいえ、私こそ先に聞いておくべきだったわ」
そんな会話をしながらエンリは渡そうとしていた包帯を再びトランクケースの中にしまってそのまま中を漁り始める。本当なら塗り薬の上から包帯を巻くはずだったのだが薬を飲んでしまった今となってはその必要もないだろう。
エンリは目的のものを見つけるとトランクケースを閉じて振り返り少女の前に座る。
そして真面目な面持ちで聞いた。
「君は自分の名前って言える?」
「は?」
その言葉に少女は眉を顰め睨むようにエンリを見た。
「バカにしてる?言えるに決まってるじゃない!」
「なら聞いてもいいかな?君の名前を」
「私の名前は!……あっ……私の、名前は……」
少女はそう言って俯いてしまった。
何度も自分の名前を言おうと口を開くもそこから言葉は出ることはなく微かな音が漏れるだけだ。言いよどんでいる様子はない。どちらかといえば自分の名前を告げようと必死になっている様子すら見える。
その姿を見てエンリはその表情に影を落とし、頭を抱える。
少女に聞こえない声で、思ったより持って行かれてるな、と言う。
そして少女はその瞳を潤ませてエンリの方を見た。
弱く小さな今にも消え入りそうな震えた声で少女は言った。
「思い出せない……名前も、過去の思い出も、私が何者かも、何も思い出せない……!」
そこには怯えて震える存在が希薄にも感じられる少女の姿があるだけだった。
混乱仕切った様子でなんとか過去を思い出そうと考える。しかし頭を巡るのは靄のかかった不確かなものだけ。形もなく全てが濃霧へと隠されてしまったような感覚を覚える。
その感覚は気味が悪く不気味で気持ちのいいものではない。まるで見知らぬ世界に作られた人格が迷い込んだ気持ち悪さを感じる。
「私は誰?私はなんでここにいるの?そもそもここはどこ?」
だめだ。何も思い出せない。
考えれば考えるほど自分の存在が希薄になっていくのを感じる。どんどんどんどん自分が自分じゃなくなっていく。自分という存在が認識ではなくなる。
恐ろしいなんて感情はない。ただただ気持ちが悪い。「私」という存在が消えて「私」という存在が死んでいく感覚だ。今覚えている思い出すら他人のものに思えてならない。それは本当に「私」の思い出なのか?と問わずにはいられない。
虫食いになった記憶の断片はまるで他人の記憶をつぎはぎしたようで到底自分のものとは思えなかった。
そしてそんな状態に陥った少女は呼吸が速く浅くなり、頬を涙が伝う。
混乱している。いや狂乱の方が正しいかもしれない。
少女が嘔吐する。その場で胃の中のものを吐き出し、行き場のない恐怖と動揺がさらに少女を混乱させて、それが無意識のうちに身体の異常として現れているのだ。
「ダメだ!ダメだダメだダメだ!わからない!何もわからない!何も思い出せない!私はなんなの!?何でこんな場所にいるの!?ここで何をしてるの!?あなたは誰!?何も思い出せない……何も、思い出せない……私は誰なの……?」
少女は声を荒げてまるで赤子が生まれた時、産声をあげるように大きく声で叫んだ。しかしそれは言葉を紡ぐごとに小さく弱々しいものとなり、最後となってはその声を聞き取るのがやっとだった。
自分の中の気持ち悪さが次第に恐怖にもには違和感に変わっていくのを感じる。まるでこの世界にお前の存在はいらないと突き放されたような気分だ。
いや多分実際にこの世界からすれば異質のなのは私なのだろう。私がこの世界に生まれた異常なのだ。
過去もなく自分もなく夢幻を漂う私は白紙の世界に突然書かれ生まれた怪物のようだ。
そうだ……これは夢なんだ。私はどこか遠い場所で眠っていて、ここは私の夢の中。どんどん自分の存在が消えていく夢を見ているだけなんだ。
なら……夢から覚めないと……目を覚まさないと。
少女は傍に落ちている大剣を拾い上げる。これは自分のものなのだろうか?それとも目の前にいる見ず知らずの少年のものだろうか?多分、自分のなのだろう。妙に手に馴染む。
だけどそんなこと考えても意味がない。ここは夢の中で私はこれから夢から覚めるだ。
その冷たい刃先で動脈を切ろうとした瞬間、強い力で腕を捕まれ大剣を無理やり叩き落される。
ふと前を見るとそこには一人の少年が立っている。名も知らぬ少年だ。
その少年がこちらを真剣な眼差しで見てくる。その双眸は深い海と鮮やかな新緑を思わせる碧翠の瞳で、黒髪は随分と艶やかでまるで少女のもののようだ。その上まつげが長いのでマジかで見るとまるで美人な女性に顔をじっと見られているような感覚すら感じる。
そして少年はゆっくりと優しい手つきでしっかりと少女の顔を掴み口を開く。
「俺の目が見える?」
そういって少年は少女の瞳を覗き込む。その中に光はなく虚無に似た世界が広がっている。生気を失ったとでも表現するべきか少なからず人がしていい瞳の色ではない。
少女は軽く首肯する。少年はその反応に優しい笑顔を浮かべて言葉を続けた。
「よし、まずは落ち着いて。はい、深呼吸!」
突然のことに少女は混乱していると少年が、早く早く、と急かし大げさに深呼吸をして見せる。それに釣られて少女も大きく息を吸って吐き出す。それを二、三度行い、乱れた呼吸を整える。
「どう落ち着いた?」そう問いかけると少女は再び首肯し、こちらを見てくる。
それを見て少年はとりあえずは問題ないだろうとその頬に添えていた手を離し、少し離れた場所に腰を下ろす。
「突然、名前なんか聞いてごめん。先にこうなることを予測しておくべきだった」
見立てが悪かった。こうなる可能性は十分に予想できた。
エンリは自分の甘さを悔いた。
人間何が原因で精神が狂ってもおかしくない。しかも自分の存在が喰われるなどと言う異常な経験を気づかないうちに行われている今の彼女のことを考えればこうなることは容易に想像できた。だけどそれに気づかず、危うく自死させかけたのは自分の落ち度だ。
「あ、あの……?」
「何?」
少女が声をかけてくる。
予想外の行動に少し驚きつつ特に変哲もない返事を返す。
「大丈夫ですか?険しい顔してますけど」
「うん?ああ、大丈夫、少し考え事してただけだから」
エンリは自分の頬を軽く叩き、少女の方へと向き直った。
反省するのは後だ。まずは目の前の彼女を助けないと。
そう考えを固め、手癖で持ったペンを親指のこうを軸にくるっと一回転させて器用にキャッチする。
そしてそのペンを少女に渡し伝える。
「説明してる時間はないから手短に伝えるけど、今、自分が覚えてる限りでいいからできる限りのことを書き込んでいって」
「え?」
「好きな食べ物でも、好きな曲の題名でも、好きな小説の名前でもなんでもいい。できる限りの自分に関する情報を書き込んで」
少女が困惑の声をあげたがエンリは無視して言葉を続けた。
思ったよりも彼女の状態が早く悪くなっていっている。今は一秒でも時間が惜しいのだ。
少女にペンを渡し、エンリは周りに簡易的な結界を張る。あくまで気休め程度だがないよりはマシだ。
ふと少女の方を見るとどうも動いている様子がない。不思議に思い、どうした?と聞くと、どこに書けばいいのか、と言う真っ当なことを言われた。
確かに彼女に私のはペンだけだ。文字を書くための場所を提供していない。彼女が疑問に思うのも仕方がないことだった。
エンリは、体に書いて、と言う。体に!?と少女は驚いたがまあ自分のことを書けと言われて基本的に自分の体に書こうと思う人間は少ないだろう。それも見知らぬ男から自分の体に自分の情報を書けと言われたら少なからず俺はその男を警戒する。
本当なら懇切丁寧に一から十まで全てを教えたほうがいいのだろうが残念ながらそんな時間も残されていない。エンリはどうして自分の体に書かないといけないのか、と言う理由を相手が納得するよう簡潔に説明することは不可能だと判断し一言に全てを託す。
「俺を信じて」
それはこの世で最も薄っぺらい言葉だ。だけど同時にこの世で最も熱い言葉でもある。
言う人が違ければその言葉の意味もその言葉に隠された真意さえ違う不思議な言葉。聞く人が違ければ受け取る内容も受け取る気持ちさえ変わる言葉だ。
少女はエンリの放ったその言葉をしっかりと届いただろうか?混乱している彼女にそれだけの言葉で済ますのは場合によっては彼女の不安と恐怖を増幅するだけかもしれない。
だけど今は、今だけはその言葉に全てを託さなければいけない。
エンリは少女の目を見た。その瞳にはやはり不安や恐怖、不信感といった感情が渦巻いている。人を信用していない。いや人を信用できるかどうか。その判断材料まで失われてしまったのだろう。
人は今まで培った経験や思い出の中でその人物が信用できるかどうかを判断する。その判断材料を失ってしまった人間は一体何で人の良し悪しを判断すればいい。
言葉の選択ミスに気付いた時にはもう遅い。その言葉はすでに発しられた後だ。ならばその言葉を消し去るには時間を巻き戻す以外の方法はないだろう。
しかし少女の行動はエンリが予想したものと違った。
彼女は自らその体にエンリが用意したペンで自分が覚えている出来る限りの情報を書き始めたのだ。
そんな彼女の行動にエンリは一人驚く。その驚きのあまり疑問となって少女に聞いてしまう。
「俺を信用してくれるの?」
少女はペンで書き込まれていく自分の腕を見ながらエンリの疑問に答えてくれる。
その声色に恐れはない。あるのは覚悟と決心だろう。
「信用できるかは正直、わからない」
「だったら……」
「でも信じたいと思った。あなたは本当に私を心配して助けてくれようとしているから」
俺の思いが通じたのだ。そのことに安心すると同時にエンリは彼女、強い人だ、と思った。
今、彼女を作っているのは培った経験や思い出といった後天的な出来事ではなく。本来、彼女が元から持っている価値観や意志の強さだ。それが今の彼女を作りその存在をこの世に止めている。だから目の前にいるこの少女は本来あるべき姿と言ってもいいだろう。
だからこそその人本来の強さが心がわかる。
そしてここまで自分を信じることができる人間も、人のことを信じることができるのもそれは彼女の心が純粋だからだろうか?それともただ単純に無垢だからだろうか。
もとより彼女は他の人より正義感が強いのかもしれない。だからこそ混じり気のない少女を救いたいと言う俺の意思がしっかりと届いたんじゃないかと思った。
彼女は自分でできることやった。あとは俺がやるだけだ。
エンリが一度深く息を吸い吐き出す。
次の瞬間、悪寒にも殺気を感じる。
木々の隙間から奴が近づいてきている。小鳥たちが飛び立ち、小川の水を飲みにきていた小動物たちが蜘蛛の子を散らすように姿を消していく。小高い丘には今やエンリと名前を失った一人の少女の姿しかない。
ふとその殺気がエンリの後ろで止まった。エンリは手に持ったトランクケースを強く握り返しゆっくりと振り返った。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
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