長い一日<冒険者の少女>
冒険者になるのは非常に簡単だ。受付嬢から書類を貰い必要事項を記入。それを受付嬢に渡しあとは受理されるを待てば冒険者になれてしまう。まあ実際には書類を受理しただけでは見習い冒険者であり出来る任務には制限がかかっている。ゴブリンやスライムなどと言った魔物の討伐はもちろん荷物の運搬や魔物の住処の偵察と言った任務などは月に一度行われる試験に合格し正式な冒険者にならない限り行うことはできない。代わりと言っては何だが薬草摘みや庭の草むしろといった子供にでもできそうな任務が見習い冒険者の主な仕事である。泣き言の一言でも言いたくなるが報酬は意外といい。
なんでこれほど慎重かといえば理由は単純、人の命に預かる仕事だからだ。自分の命はもちろん依頼者の命だって預かる仕事だ。時にはその命を天秤にかけるような出来事も起こりうるし少しでも選択を間違えれば自分の命や依頼者の命も危険にさらすこともある。それにランクが上がれば任務の重要度も上がり場合によっては街や国の命運だって握ることのある。そんな仕事をろくに経験も積んでいない人間が行ったところでどういう結末をたどるかは目に見えている。冒険者とはかなり覚悟のいる仕事なのだ。
まあ外に出れば三歩で魔獣に出会う世界だ。そんなに慎重になったところで運が悪ければ襲われてそのまま土に還ることも多々ある。
と、そんなことを受付嬢から貰ったパンフレットに書いてあった。なんでも冒険者になったばかりの人みんなに配られる物らしい。決して薄くはないが厚くもない。そんな感じの冒険者入門書だ。
中には冒険者としての心構えや任務の受け方、冒険者ギルド特有のルールなどについても記載がある。まあこれだけあれば俺のような前知識のない人間でも冒険者ギルドでやっていけるだろう。
エンリは近くに空いていた席に座りパンフレットを読んでいると少し離れた場所から声が聞こえてくる。なぜ雑多として声の中その会話が気になったかは視線を上げて声の方向を見た時にわかった。
視線の先にいるのは二人の男女。一人はやけに長いシャツに胸元が大きく空いたジャケット、首には金のネックレスをぶら下げ、その指に大量の指輪をつけた男だ。そう容姿からはタチの悪いホストやナンパと言った軽薄そうな印象を受ける。
そしてもう一人は、凛と姿勢を正し椅子に座っている少女。ツインテールの艶やかな金の髪に席でお茶を飲んでいるだけなのに絵になる綺麗という言葉を突き詰めたような顔立ちの少女……先ほどカウンターの場所を聞いた人物だった。
どうやら男の方が女の方を任務に誘っている様子だ。テーブルの上に座り無視を貫く少女の顔を覗き込み一人でつらつらと誘い文句を続けている。
「なあ頼むよ、俺たちのパーティーに入ってくれって」
男が少女の髪をなぞるように書き上げてその指で顎を上げる。いやでも少女の視線が男に向かう。この男に生理的な嫌悪感と気持ち悪さに
少女は生理的嫌悪感とその行動の気持ち悪さに思わず肩を震わす。しかしすぐに毅然とした表情をしてそのまま男を睨みその手を払う。男はヘラヘラと笑い「拒絶されちゃった」と自分の手を見て軽く振る。
「何度も言ってるけど、私は誰ともパーティーを組むつもりはない。パーティーを組んだところで単なる足手まといよ」
無視を続けていた少女も流石に我慢の限界なのか語気を強めにそうはっきりと拒絶の言葉を口にする。オブラートに包むつもりもないその言葉が男の心を突き刺す。
しかしどうやら男は気にしていない様子だ。
「大丈夫、大丈夫!そんじゃそこらの雑魚パーティーならいざ知らず、俺たちの『地平に眠る狼たち』は全員があんたと同じAランクの冒険者だし、実力だけならSランク冒険者にも引けと取らないよ!」
「どうかしら?最近あった夜砕狼の他パーティーとの合同任務中、自分達だけで突っ込んで狼たちを怒らせた挙句、群れのボスに反撃されて逃げ帰ったらしいじゃない?」
「まあそんなこともあったりなかったりしたけど、あんたが入ってくれたらそんなこともなくなるさ!」
今の会話だけでもどこにそんな自信が湧くのは不思議なものだ。
「そう、悪いけど他をあったって。私、これからどこかのAランクパーティーが放棄した特別任務をしないといけないから」
その言葉を聞いてばつの悪そうに男が顔をしかめる。どうやら思い当たる節があるようだ。
少女はかなり皮肉を込めた物言いをしているらしい。愛らしく美しいその見た目からは想像もできないほどの毒舌さだ。その舌では薔薇でも育てているのかもしれない。
そう言って少女は席を立ち上がり近くに置いてあった無骨な大剣を手にして歩き始める。
「めんどくさいなぁ」
男が嘆息交じりにそんな言葉をこぼした。
その表情からは先ほどまでの軽薄そうで薄っぺらい笑みは消えどこか闇の深い影のある表情が垣間見える。
「待てよ、リアナ」
「何か用?」
リアナと呼ばれた少女は訝しげな視線を男に向けながら向き直る。
二メートルほど離れた二人の間にはまるで火花が飛び散っているような光景を幻視してしまう。いつの間にか二人の周りには野次馬とかした酔っ払いたちが取り囲みその行く末を見守っている。
「下手に出れば付け上がりやがって……生意気だなぁ。俺これでも先輩だよ?先輩の言うことはおとなしく従うべきでしょ?」
「懐古的な考えね。思考からおじさん臭がするわ。枕洗ったほうがいいわよ」
「お、おじさん……」
その言葉に明らかに苛立つ男。眉間を寄せ、額には青筋が浮かんでいる。男の拳が強く握られる。今、下手に関わるととばっちり食らって斬り殺さんとする勢いだ。
「魔法の使えねぇクズのくせに……可哀想なものだよ。あの最強と謳われた蒼雷の英雄と白炎の聖女と呼ばれた冒険者から生まれた一人娘がこんな魔法もろくに使えない不良品だなんて、同情を禁じ得ないね」
「あの人たちは関係ないでしょ……?」
リアナは静かにその語気を強めた。
しかしそれを知ってか知らずか男は嘲笑気味に言葉を続ける。
「いや関係あるね。お前はあの人たちが残した唯一の汚点だよ。Aランク冒険者っていうのも所詮は親の七光りだろ?それともあれか冒険者ギルドのお偉いさんにでも股を開いたか?握るのは剣じゃなくて男のモノだったか?でなくでなきゃ魔法も使えない女がAランク冒険者になるはずもないよなぁ!?」
リアナは何も言わない。黙ってただ黙ってそこに立っているだけだ。だがしかし明確にそこには黒い意思が宿りつつある。
殺意と悪意と敵意を宿した黒き意思だ。
そして手に持った大剣を自分の前で強く床を叩く。それは彼女なりの警告だろう。
「言い返さないってことは肯定と受け取っていいんだよな、リアナ。それともなんだ?泣きそうなのか?泣いちゃうのか?助けて、おとうさーん、おかあさーんって泣いちゃうのか?」
そう言って男は泣き真似をする。
少しの静寂。全てを包む静寂。空気さえも凍ってしまうような静寂の時が流れた。
不意にリアナが笑った。まるで全てを嘲笑うような小さな笑いだ。口角を上げ不敵な笑みを浮かべたその表情は先ほどまでの絵画に描いたような美人というよりは嗜虐的な悪魔のような印象を受ける。
そしてそんな彼女の一言がこの長いようで短い静寂を切り裂いた。
「さっきから人を蔑んでばっか。少しは自分のいいところでも上げてみたら?それとも自慢できないことがないの?口先だけで魔法も使えない私一人倒せない子犬ちゃんなのかしら?」
再び静寂が訪れる。誰も何も言わない。言えない。いう言葉が見つからない。
決して長い言葉ではなかったがその言葉の攻撃力は凄まじいものだった。
男は下を向いたまま黙りこくっている。そして重く黒い空気の中、リアナは勝ち誇るわけでもなく見下すわけでもなくただただ普通にそこに立っている。それがまた彼女の強さを示している気がしてならない。
「……す」
「聞こえない」
「ぶっっ殺す!」
男はそう言って腰にかけた剣を抜き強く握りしめる。
剣を構えその足で床を踏みしめる。
リアナもまたその手に握った大剣を構える。刀身を巻いていた布が弾け飛び、その金色で縁取られた淡い青を含んだ銀の刃が現れる。
それを振りかぶりリアナは男に対しての迎撃態勢を整えた。
二人の剣が交わる寸前、ギルド内にアナウンスが入る。
『書類申請でお待ちの、エンリさん。申請が終わりましたのでカウンターまでお越しください』
そんな声がギルド内に響いた。
場違いすぎるそのアナウンスは二人の剣を鈍らせるには十分だった。
二人の剣は相手に当たる前に止まり少しでも動けば肌を切ってしまうような距離感で二人は静止する。
二人はその状態のまままるで時間が止まったように動かない。そしてしばらくしてリアナが剣を降ろす。
「何してる、リアナ。逃げるのか?」
「頭が冷えただけよ。ギルド内で殺し合うなんてアホらしい。我ながら馬鹿なことしたわ」
そう言ってリアナは大剣を背に背負い背を向けギルドから出て行く。
その光景を見た野次馬たちも呆気ない幕切れに解散していく。一人ギルドの中心に残された男は悪態と舌打ちを交えながら、近くの椅子を蹴りニヤニヤと部屋の隅で笑っている仲間の元へと戻っていく。
どうやら本格的な殺し合いになる前に事が収まったらしい。正直、あの可憐な少女が戦う姿を見たくなかったというと嘘になるがまあ誰もけが人が出ずに済んだのならそれに越したことはない。
エンリも貰ったパンフレットをトランクケースの中にしまって席を立つ。そしてカウンターの方へと向かった。
ーーーーー
エンリは今、大きな掲示板の前にいた。なんでも任務はここから受注するのが基本らしい。
時刻は二時過ぎ、思ったより書類申請に時間を食った。正直な話、今日はここまでにして宿に戻りたいが、せめて夕食代ぐらいは稼がないとまずいだろう。そう思い提示版の前で思案しているのだ。
見習い冒険者は安全面や効率面を見て基本的に見習い同士、パーティーを組むことが多いらしいがあいにく今日は冒険者になりに来た人数が少なく。その上、数少ない見習い冒険者もすでにパーティーになって任務に出てしまったという。となれば一人で悲しく任務に赴くしかないだろう。
そんなことを考えながら掲示板を見ていると一つの任務を見つける。任務の書かれた紙を乱雑に破り見て、内容を確認する。
どうやらある洞窟に自生する特殊な薬草の採取のようだ。一見なら変わりない普通の薬草採取の任務だがこれだけ他の任務と比べやけに報酬が高い。見分けるのに知識が必要か、採取場所に問題があるのだろう。
どちらにせよ、こっちには霊薬の作成経験がある。材料となった素材たちはもちろん自分で調達した。薬草採取についてはそこらの薬草学者にも引けを取らない知識を持ってるつもりだ。
もしその洞窟に問題があってもよほどの特殊なケースでない限り対処ができないということはないだろう。魔獣が出ても対処できるはずだ。
そんな楽観的な思考の元、エンリはその任務が書かれた用紙を持ってカウンターに向かう。
カウンターにいるのは赤紫の髪をした癖っ毛が特徴的なメガネ女子である。先ほどからエンリの書類を受理してくれたり案内をしてくれたりしている人である。
彼女に紙を渡すと意味ありげにつぶやく。
「この任務ですか……」
「何かあるんですか?」
そう聞くと受付嬢は眼鏡をくいっとあげて口を開く。
「最近、この洞窟で冒険者が何人も行方不明になっているんです」
どうやら洞窟に問題がある方らしい。
受付嬢は小さく嘆息し視線を紙のままに言葉を続ける。
「結構な人数が行方不明になっているのでベテランの方に特別任務を出したばかりなんです」
「なるほど。それは怖いですね」
「はい。ですので薬草採取の時には最大限の注意を。なんでも噂では彷徨える魂が人々を闇の中に引きずりこむらしいですよ?」
そんな風に脅す受付嬢にエンリは嗜虐的表情を垣間見る。それが自覚して行なっているのかそう出ないのかは別にしてこの受付嬢、外見と内面がいまいち一致しない。外見は一見おとなしそうな文学少女だが、その内面はどうもSっ気が強すぎる気がする。と言ってもまあ会ってから数回会話しただけだがどうもその気配を消せていない気がするのだ。
エンリは本能的に受付嬢を警戒して一歩後ろに足を引く。しかし当の本人はそんなことに気づくはずもなくエンリが持ってきた紙にハンコを押し、任務を受注する。
「それではご武運を。もし魔獣に襲われたときは言ってくださいね?冒険者ギルドかかりつけの医師が千切れた足ぐらいならくっつけましから」
そう言って笑う彼女のその言葉は本当か嘘なのかよくわからない。
エンリは受付嬢から逃げるように背を向けた。
ーーーーー
その洞窟はシルバルスの北門を出て街道に沿って一km、それから横に逸れて紐と古びた街灯で囲われた道をしばらく進んだ場所にあった。森の奥にあるその洞窟は想像よりも苔むして入口はまるで他者の侵入を拒むように蔓が垂れ下がっている。
中は暗く奥が見えない。まるで別世界にでも繋がっているような異質感を感じる。今なら受付嬢が言った彷徨える魂が人々を闇に引きづり込むという言葉を飲み込める気がする。それほどまでにこの場所は異常なのだ。
しかしこんな場所で足踏みしていても薬草が手に入るわけもなく。エンリは意を決して洞窟の中に足を踏み入れた。
長く暗い洞窟。壁は鋭い岩肌がむき出しで地面もろくに手入れなどされていない。洞窟特有のジメッとした空気が体を包む。しばらくして太陽光も届かなくなり完全な暗闇となった洞窟内でエンリは魔法を使い灯を作る。光に照らされた洞窟は一気に明るくなる。先ほどまで見えなかった生物や植物などが視界に入る。
果たしてこんな場所に本当に薬草などあるのだろうか?あるのは苔とキノコと荒れた岩肌。トカゲやコウモリと言った生物は見えるがどうもまともな植物が育つような場所には見えない。しかしそれは杞憂だとすぐに知る。
そんなことを考えながら五分ほど、何もない洞窟内を薬草探して歩いているとそこに出た。
洞窟の先に灯が見える。エンリが照らしているのではない。また別の光源を持つ光だ。中継地点でもあるのだろうかとエンリは少し警戒しながら魔法で作り出した灯を消す。
そして目に飛び込んできたのは一面の緑であった。
森だ。森があったのだ。洞窟内に広大な敷地と面積を誇る巨大な森が。
エンリはしばしその光景にあっけに取れる。長い間、研究に没頭し森の中で過ごしてその間には多くの材料を求めて洞窟に入ることもあった。しかし洞窟内に森が存在しているという状況に至ったのは今回が初めてだった。
美しい光景だった。それは外の世界とは全く違う植生の世界だ。最初に別世界に繋がっているようだと称したのは間違っていなかったのかもしれない。
エンリは崖を滑る落ちるように入口から森が存在する下の方へ降りる。
やはりこの世界は面白い。今の今まで全てを知った気でいたがどうやら間違いだったようだ。俺の知識は未だ浅く。この世界にはまだ知らない未知のもので溢れているのだろう。森を出てきてよかったと心の底から思える。
心を踊らせまるで欲しかったおもちゃを買ってもらえた子供のようにはしゃぎ森の中を歩き回る。
一体、どうやってこの森は構築されたんだ?この洞窟の中なら日光は届かないだろうし、この森にある植物たちはどうやって光合成を行っているんだ?というかまずなんでこの森は明るい?光源は?
エンリは視線を上に向ける。そこには白く輝く結晶が存在している。空間の中心を打つように一つの結晶があるのだ。どうやらそれがこの空間を照らす光源のようだ。しかしどうやらあの結晶が光っているわけではないようだ。あの結晶は光を拡散し、空間全体に光を行き渡らせるだけで実際の元はまた別の場所にあるのだろう。
すごいな、と一人感嘆し天井を見つめる。
そしてしばらくして我に返り、ポンと手を叩く。
せっかく珍しいものを見たんだ。この空間のサンプルを持って帰ろう。
何を持って帰るかな?土と植物、木も少し削って行くか……あとこの空間の生物とできればあの結晶のかけらも欲しいけど流石に悪いかな?まあ観察するだけに留めておくか……いや、ちょっとだけなら許してもらえるか?
そんな葛藤を一人で続けているとあることを思い出す。
「そうだ。俺、薬草取りにきたんだった。忘れてた」
誰も聞いていない独り言を呟きながらエンリは結晶のことは一度後回しにして薬草を探し始める。
懐中時計を覗くと時刻は三時を過ぎて30分に回る寸前だった。流石に遊び過ぎたなと反省する。
薬草は特に問題なく見つけることができた。どうやらこの森では目標薬草は雑草のようにそこらじゅうに生えているらしい。まあその方がこちらとしては適当な量を集めてトランクケースに詰めるだけで済むのでありがたい。残った時間はサンプル集めに回そう。
そんなことを考えていた時、音が聞こえた。
それは風切り音と金属音、少し経験のあるものならその音がだれかの戦闘音だと判断することは難しくないだろう。
次の瞬間、そう遠くないところで火柱が上がった。周りの被害を考えない威力のものだった。火柱は百メートル近い天井の上にまで達しその岩を破片として落とす。大地が揺れてエンリはバランスを崩しそうになる。
どうやら戦っている人間は随分と相手に苦労しているらしい。
エンリはこのまま生き埋めになるのもやだな、などと考えながら音の方へと向かった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
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