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出会い<白衣>

 門を抜け広がった景色は壮観で街並みに無関心なエンリの心さえも圧倒した。それは要塞都市として機能していた時代から残る最古の美麗さだ。

 街並みもさることながら、道やその道を支える石畳の一個にもその歴史の長さが刻まれている。

 削れ傷ついた跡もその歴史の一端だろう。


 それと街に入る前からわかっていたことだが人の数もやはり多い。

 観光客や商人はもちろんのこと、想像よりも冒険者の数が多い印象を受ける。

 胸当てや甲冑、鎧など様々な装備に身を包み、剣や弓、槍といった多種多様な獲物を持った人間がそこら中に見える。

 要塞都市として機能していた時代の名残りだろうか。


 エンリはおもむろにポケットから昨日、門の行列を待っている間に読んでいた観光案内を取り出す。記憶を頼りにページをめくり、お目当ての内容を探す。

 パラパラと心地よい音とともにその双眸でページを追うと数十ページ進んだところでお目当てのものがあった。

 それは街のどこに宿屋があるかを記したものだ。


 一ヶ月もこの街にいることになるのだ。活動拠点を確保する方が先決だろう。

 研究機器は気長に買い集めればいい。


 宿の目星はつけてある。あとはそこに向かうだけだ。

 エンリは軽快に歩き出した。


 広い歩道は非常に歩きやすく。人とすれ違うのにも苦はない。

 最近、新しく舗装されたばかりなのか石の焼けた匂いが鼻腔をくすぐる。

 すぐ隣を馬車が駆けていく。

 少し歩いてみてわかったがこの街は人だけでなく馬車の量も非常に多い。

 それも種類が豊富で辻馬車や運搬用の馬車はもちろん、観光都市ということもあって貴族がよく遊びに来るのか。家紋入りの無駄に凝った装飾のされた馬車をよく見る。

 王都から遠く離れたこの街で彼らをよく見るということはそれだけこの街に魅力があるということだろう。

 そうでなければ公務やお茶会で忙しい彼らがわざわざこの街に足を運ぶ必要がない。


 まあ少なからずこの街に魅了される気持ちもわからなくない。

 綺麗な街並みや古都としての雰囲気などでは説明できない不思議な魔力がこの街には宿っている気がする。

 それが長い歴史の魔力なのか、旅の雰囲気に当てられてそう錯覚しているだけかわからないが、俺もこの街に圧倒された人間の一人だ。

 彼らをとやかくいうことはできないだろう。


 そんなことを考えていると再び鼻腔をくすぐる匂いが香ってくる。

 先ほどの石を焼いたような匂いではなく食欲をそそる匂いだ。

 焼きたてのパン、香ばしくバターを軽くあしらったその匂いは無条件に人々の足を止めさせる。


 煉瓦造りの店の前にはすでに行列ができ、昼前なのに大層な賑わいだ。

 時刻は11時五分前、昼食をとるには少し早いが、列で待っていればちょうどいいぐらいの時間になるだろう。

 何よりこんなに美味しそうなパンを逃す手立てはない。


 エンリはそそくさと列に並び順番を待つ。

 女性や家族連れの多い列にトランクケースを持った高身長の男が並んでいる姿ははたから見れば多少の恐怖を感じさせる。

 まだ年が若いのが救いだろう。

 もしこれがハンのような顔に傷のある強面の男なら通報されてもおかしくないだろう。まるで薬物の取引を行うマフィアのようだ。


 そんなくだらない考え事に頭の貴重なリソースを割きながら待っていると店員に話しかけられる。


 「お一人様ですか?」

 「ああ」

 「相席ならすぐにご用意できるのですが……」


 店員は店内を見渡しながらそう答える。


 「別に相席でも問題ないよ」

 「わかりました。こちらです」


 エンリは店員に導かれるがままに席へ向かう。

 それは窓側の角席だ。

 店員がすでに座っている人に話しかける。


 「相席、よろしいですか?」


 男は快く了承、荷物を退ける。

 椅子に座っていたのは白衣を着た20歳前後の男だ。

 魔法医学の学問書と医学書を机に広げ、コーヒー片手に座っているその姿はどこか落ち着きがないように感じる。


 エンリは男の目の前に座る。

 出された水を一口飲み、メニューを開く。


 パスタにグラタン、スープにサンドイッチと美味しそうがいっぱい書かれたメニューから、サラダとパスタ、クロワッサンを頼む。あとついでにオレンジジュースも。


 メニューを聴き終わった店員が踵を返す。

 エンリは机に肘をつき窓の外を眺める。通り過ぎていく人々を適当に眺めながら、研究に使えそうなアイディアを探す。

 少しして目の前の男が筆箱を落とす。

 地面に散らばった筆記道具を集める男。

 エンリは自分の足元を転がってきた鉛筆を拾い上げ、男に渡す。


 「ありがとうございます」


 小川のような透き通った声だった。

 男は落とした筆記道具を筆箱にしまうと勉強に戻る。と言っても何度もペンを止めコーヒーを飲んだり腕時計を確認してこまめに時間を確認していることからあまり集中してないように感じる。


 エンリが声をかける。


 「誰か待ってるのか?」


 男は唐突に声かけられ少し驚くがすぐに何事もなかったかのように声を紡ぐ。


 「いや、別に待ってるわけじゃないんだ。ただ時間を潰してるだけ」

 「そうか。なら少しばかし俺の話し相手になってくれ。飯が来るまで暇なんだ」

 「別にいいよ。僕も勉強に手がつかなかったし」

 「なら決まりだ」


 男は本を閉じ隣に置いていた鞄にしまっていく。


 「まずは自己紹介だな。俺はエンリ。好きに呼んでくれて構わない」

 「よろしくエンリ。僕は……」

 「大丈夫、あんたの名前は知ってる」


 そう言うと男は露骨に驚いた顔をする。


 「キリヤ・ベルベロラ。シルバルサ魔法医学研究所で働く研究員兼医者。専攻は魔法医学だが、実際には魔法医学と通常医学を用いた研究・実験を行い、今は不完全放出魔力阻害に関する治療法を探している。当たり?」


 男は目を皿にして驚く。


 「当たってる。どうしてわかったの?」


 エンリはちょんちょんと胸のあたりを指差す。

 キリヤが目を落とすとそこには自分の名前が書かれた名札をつけていた。


 「なるほどね。名札を見てたわけか」

 「そう言うこと」

 「でも専攻に関しては何も書かれていないがそれはどうして……?」

 「ただ単純にさっき見た本とあんたが書いていたノートから推察しただけだよ」


 あの時、一瞬だがキリヤのノートが見えた。

 そこには不完全放出魔力阻害に関する治療法や対処法を魔法医学や通常医学、薬学など様々な観点から探してる類の内容が見えた。

 その中でも魔法医学と通常医学に関する記述が多く、ほかのどの分野よりも研究の数が多かった。

 この国には通常医学を専攻できる学園はないため魔法医学が専攻になると言った実にありふれた推理だ。


 「ちなみに俺も、通常医学はないが魔法医学の知識には自信がある」


 まあ自信があると言っても適当な知識を詰め込んだだけで患者の診察や病気の治療はできないし。本職の人間には流石に負ける。


 「なるほど、なら君はどう思う?不完全放出魔力阻害に関して」


 不完全放出魔力阻害。主に魔力の多い人間がなる病気である。

 過剰な量の魔力を生成し、体に貯蓄するもその魔力を放出することができず、体内の魔力が増え続け、激しい痛みと人体の衰弱を起こす恐ろしい病気だ。


 「そうだな。一時的治療は簡単だが完治できないところに理不尽さを感じるな。結局、治療もその場しのぎでしかないし、なおかつ治療するときも痛みを感じるとか、性格が悪い」

 「理不尽か。確かにそうかもな」

 「まあちょっと工夫すれば痛みをともならず治療できるのが救いかな」


 その言葉を聞いてキリヤは立ち上がる。


 「それは本当か!!!」


 前のめりに話しかけてくるキリヤと周りの視線にエンリは少し困り顔で「ああ」と返す。


 「そんなことができるのか!?ど、どんな方法なんだ!!!」

 「ちょちょちょ、一旦落ち着いて」


 エンリはキリヤを落ち着くように言い、席に座らせる。

 キリヤは我に帰り、鞄からペンとノートを取り出す。


 「どうすれば、痛みを与えずに患者を治療できるんだい?」

 「あー、言いにくいんだけど。所詮、魔法医学が専門じゃない一般人の考えだし、検証もしたことのない理論の話なんだけど」

 「構わないよ!少しでも可能性があるということが大切なんだ」


 興奮気味に話すキリヤ。

 エンリもそういうことならと口を開く。


 「基本的に不完全放出魔力阻害の治療は他者が魔力を吸い出すことだろ?」

 「ああ」

 「なら吸い出す時に無理矢理魔力を引っ張るんじゃなくて、しっかり解いてから吸い出せばいい」

 「うん……うん?どういうこと?魔力を解くってなに?」

 「あー、魔力って人によって形が違うじゃん?基本的に波みたいな形をしてて、魔力阻害を起こしている人はその魔力の形が紐状になって絡まってるんだ」

 「待って待って待って、魔力の形?そんな話聞いたことも見たこともない。何か新しい論文か何か?」

 「いや、個人研究の結果」

 「個人で研究してたの?」

 「暇つぶしの一環でね。ちょっと待って、今、まとめたやつ出すから」


 そういってエンリはトランクケースの中から分厚い紙の束を取り出す。

 一番最初のページには「魔力の形」と端的に書かれた題名が書かれていた。

 それを読んだキリヤはその論文の完成度の高さに驚く。

 それは魔法医学及び魔力に通ずる様々な分野においては百億の金よりも価値のあるものだった。


 「これを君が一人で書いたの?」

 「ああ、残念ながらそれを一緒に書いてくれるような友人はいなくてね」


 自虐的なネタをするエンリに対しキリヤはその論文に魅入られ、非常に淡白な返事しか返ってこない。


 それにしても驚いた。まさか魔力の形についての論文がまだ発表されていないなんて。

 俺が引きこもってる7年の間にとっくのとうに発表されているもんだと思っていた。


 「エンリ、一つ質問なんだけどいいかな?」

 「どうぞ」


 エンリはいつの間にか届いていたオレンジジュースを片手にエンリは答える。


 「これを僕に見せていいのかい?」

 「なんで?」

 「なんでって、これだけすごい論文を僕が盗作して学会に提出するかもしれないじゃないか。もし提出すれば僕は魔法医学界の英雄さ」

 「盗作するの?」

 「まさか!」

 「冗談だよ。それに勝手に学会に提出してくれるならそれはそれでいい。むしろ俺が表沙汰に立たないでこの論文が世の中に出るならそれは本望だ」


 俺は一応追放された身だ。名前が表沙汰になると家の奴らに見つかってめんどくさくなりそうだ。


 「ならこれを匿名という形で学会に提出していいかな?僕が知人から預かったものとして」

 「別に構わないよ。好きにしてくれ」


 キリヤはその言葉を聞いて嬉しそうに「ありがとう」と言ってくる。

 身を乗り出して握手さえ求め始めた。

 エンリに差し出された手を払う理由もないので、おとなしく握手に応じる。

 まるで手が千切れんばかりの勢いで振るキリヤに苦笑いする。


 そしてそこに店員がやってくる。

 白衣の男とオレンジジュースを片手に持った男が激しく握手をしてる姿に戸惑いを見せながらもマニュアル通りのような言葉を話し、料理をテーブルにおいていく。


 随分と時間がかかった気分だ。


 「それでキリヤ」

 「何?」


 上ずった声で返事する。


 「待ち合わせの時間はいいのかな?」


 時刻はいつの間にか12時半を回っている。

 腕時計を見たキリヤは露骨に慌てだし。バックの中に論文を入れ、残っていたコーヒーを一気に飲み干す。

 飲み干す勢いでむせながらもキリヤは片付けを進め、1分もかからずに席を立つ準備ができた。


 「エンリ!本当にありがとう!君との会話は僕の人生の中でも十分の指に入るぐらい驚きと尊敬に満ち溢れ有意義だった。また機会があればどこかで一緒に話そう!」

 「ああ、またどこかで」


 キリヤは白衣をはためかせ足早に店を出て行く。

 そして窓の横を通る時、頭を下げたキリヤにエンリは手を挙げ返し、食事に始めた。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

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