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幕切れ

誤字報告をありがとうございます、修正しております。

キャロラインが王宮に足を踏み入れた時には、既に、王宮の周囲に圧がかかるような、闇夜の中でさらに王宮の周りだけが一層暗さを増しているような、そんな気配を感じていた。


ディーク王国から向こう見ずに飛び込んできたはずの魔術師たちを取り逃し、さらにはイザベルとノアまでも失ったことで憤怒の表情を浮かべるアストリア王国の国王と、その陰に控えるヘンリーの前に、フレデリック、ローレンスとキャロラインは首を垂れる。


国王は怒りに声を震わせた。

「いったいどういうことじゃ、ローレンス。そなたなら、彼奴らくらい敵ではない筈じゃろう。

…さっさとディーク王国に出向き、アストリア王国軍に加わって勝利してから帰って参れ。キャロライン、お前もじゃ。そうすれば、今回のことは見逃してやろう。…寛大な措置じゃ、有り難く思え」


ローレンスは、口を噤んだまま、首を垂れた姿勢で動かない。キャロラインなど、なぜか口元に薄く笑みを浮かべている。

その様子が、さらに国王を激昂させた。

「何をしておる!すぐに行け。儂の命令が聞けぬとでも…」


国王は自らの言葉を言い終える前に、ようやく広間の奥に見知らぬ誰かが立っていることに気が付いた。

その殺気立ったただならぬ気配は、周りの空気までも凍り付かせるようだった。国王の顔からは血の気が引き、ぶるりとその身を震わせる。



まるで夜を纏ったような、すらりとした長身の黒髪黒目の男性が、踵を響かせてゆっくりと広間の奥から近付いて来た。

男性が歩を進める度、かつ、かつ、と、広間に響く靴音に、国王は慄きながら掠れた声を発した。

「ローレンス、今すぐにディーク王国に向かわせた全軍を退けよ。今すぐにじゃ…!この王宮の守備に戻らせよ。

キャロライン、この場所だけでもよい、すぐに結界を張れ」


「国王陛下の仰せではありますが…さすがに結界は間に合いませんわ」

ふっと諦めを込めた笑いを漏らすキャロラインに、国王は必死に縋り付いた。

「この場を凌げれば、今までの失策は全て見逃す。キャロライン、何とかしてくれ…!」


そこに、怒りのこもったよく通る低い声が響いた。その声音だけで、魔物でさえも逃げ出しそうな威厳と迫力がある。


「…随分と舐めた真似をしてくれたものだな。


イザベルが俺の妹と知ってのことか?

…あれの嘆きは俺にも届いたが、それは仕方のないものだった。自ら力を放棄して、人間との婚姻を結ぶことを選んだのだから。

しかし、あれが嘆く気配が消え、どうしているかと思えば…。

まさか人間にあれの魔力を好きなように使われていたとはな」


国王の膝が震える。

「そのようなつもりはなかったのです。

ご希望とあれば、何でも、…宝物でも、国土でも、いえ、何ならこの国全体でも差し上げましょう。どうかその怒りを鎮めては頂けないか」

「不要だ。そんなものは詫びにもならん」


ひっと、国王の口から言葉にならない叫びが漏れる。

キャロラインがすくっと立ち上がると、凛とした鈴のような声を発した。

「…私がお相手させていただきましょう」


艶やかで光を弾くような黒髪を持つ男性の、闇を吸い込むような黒目と、キャロラインの目が合う。


キャロラインは状況も忘れて、一瞬、深淵のような闇を思わせる目の前の男性に見惚れた。彼は美しいという言葉では一言で表し切れないほどに整った、人外の美しさを纏っていた。


(…彼が、魔族の長)

魔族というよりも、まるで神話から抜け出して来たような神々しいほどの美貌が、恐ろしいほどの冷たい空気を漂わせている。


と、なぜか彼はキャロラインを見て薄く笑んだ。

「お前が、ノアを助けた娘か」

「…偶然の産物ですわ」

キャロラインは平坦な声で言い放つと、彼に真正面から切り掛かった。


魔法による水竜と合わせて攻撃を仕掛けるが、彼は余裕の笑みでそれを躱すと、キャロラインに対して少しずつ攻撃の強さを増してくる。

彼女の攻撃をひらりと簡単に躱しつつ、少し、また少しとその強さを増す彼の攻撃に、キャロラインは肩で息をしながら苛立っていた。

(まるで、子供と戯れているようだわ…!完全に彼の手の上で遊ばれている)


フレデリックがキャロラインを助けに攻撃に加わろうとするも、キャロラインはそれを視線で制した。


次第に威力を増す彼の魔法に、キャロラインは攻撃より防御に回って何とか耐えていた。

息が早くなり、汗を滴らせるキャロラインに、余裕の表情をしていた彼は感心したように口を開いた。

「たいしたものだ。…無論生まれ持った才能もあるだろうが、これほどまでになるには、血の滲むような努力をしただろう、娘よ」


キャロラインは思わず涙で滲みかける視界に、歯を食いしばる。

(今まで、心の底では望んでいたけれど、誰も言ってくれなかった言葉。…それを、どうして、死闘を演じているこの男が言うのかしら)


キャロラインに対する攻撃の手を緩めた彼の目が、ぎらりと光る。その視線は、キャロラインの後方に向いていた。


「こんな娘一人に戦いを押し付けて、男共は高みの見物か。…恥を知れ」

キャロラインの背後にいる4人に放たれた一閃は、キャロラインに対する攻撃とは明らかに威力を異にしていた。


(これが、この男の力…)

呆然とするキャロラインの前で、あっという間に4人が倒れ伏す。

まだ息のある彼らに、黒髪の男は口を開いた。

「最後に何か言い残すことはあるか?」


「い、命だけは、お助けを…」

息も絶え絶えの国王の言葉に、彼は冷酷に笑った。

「永遠の安寧な眠りになど、簡単につかせると思ったか。…命ある限り、終わらぬ悪夢に永劫に苦しめ」


彼の手から放たれた真っ黒な鎌が、国王、ヘンリー、ローレンス、そしてフレデリックを襲う。


(フレデリック様…!)

キャロラインは悲鳴を飲み込んだが、国王、ヘンリーとローレンスをなぎ倒した鎌は、フレデリックに届く寸前、すっと姿を消した。


その様子に黒髪の男は驚いたように目を瞠ったが、くすりと笑ってキャロラインを振り返った。

キャロラインは、最後の魔力をすべて込めた魔法を黒髪の男へと放とうとしていた。


(最後の姿を、フレデリック様に見ていただけるなら、本望だわ…)


黒髪の男が、すい、とキャロラインの目の前に瞬時に移動すると、キャロラインに手を翳す。

すんでのところで魔法を止められたキャロラインは、ぎりぎり残った魔力を感じながらも、足元がふらつき倒れ込んだ。


「どうしてそれほど生き急ぐ、娘よ」


彼はキャロラインを見つめると、なぜか楽しそうににやりと笑った。


「…気に入ったぞ、美しい娘。キャロラインと言ったか、…お前、俺のところに来ないか」


信じられない言葉に、驚きで目を見開いたキャロラインだったが、彼を睨みつけると、呟いた。

「誰が、あなたのところになんて…」


習慣のように目で追っていたフレデリックの姿を、思わずちらと見る。

そんなキャロラインに、すべてを見透かすような目をした黒髪の男は顔を顰めた。

「面白くはないが。まあ、今はこれで許してやろう」


彼はその姿を揺らめかせ、倒れたキャロラインの前に跪く。

キャロラインは、揺らめきの中から現れた姿から目を離すことができなかった。

「フレデリック様?どうして…?」


目の前で自分に手を差し出しているのは、見間違うことのない、フレデリックの姿。けれど、本物のフレデリックは、すぐそこで唖然としてこちらを見ている、その人の筈だ。

夢にまで見た金髪碧眼の王子は、今まで一度も自分に向けてくれることのなかった優しい微笑みを自分に向け、こちらに手を差し伸べている。

フレデリックの声で、彼は甘くキャロラインに囁いた。

「さあ、私の手を取って、キャロライン。私と一緒に行こう」


キャロラインの目から涙が溢れ出し、思考が混乱する。


…ずっと、ずっと想い続けて、けれど、ほんの少しでさえ振り向いてくれなかったフレデリック様が、その笑みを自分だけに向けている。本当のフレデリック様は、自分を見てくれることなど、あり得ないことは知っている。なのに。


目の前のフレデリックの姿をした彼の瞳は、温かな光を宿してキャロラインを見つめていた。キャロラインは魅入られるようにその瞳を見つめ返す。


「…はい」

キャロラインが惚けたように彼の手を取ると、彼は嬉しそうに笑い、キャロラインと共にすうっとその姿を消した。


フレデリックは、2人が消えた後に残った空間を、ただ呆然と見つめていた。

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