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神官の矜恃

アリシアの胸元から放たれた白く眩い光に、ローレンスは目を瞠った。ローレンスの頭を1つの疑念が過ぎる。


(まさか、これは自爆魔法の込められた魔具か…)


前の戦でも、この娘に剣を突き付けた時にディーク王国軍が誰も手を出せなくなり、戦況がこちらに有利になった。また同じ状況になった時のために、自爆魔法でこちらを巻き込むための魔具を仕込んでいる可能性も否めない。


「くそっ…!」


咄嗟にローレンスはアリシアの身体を乱暴に突き放した。よろめくアリシアの身体を、リュカードはすぐさま両手を伸ばして受け止める。


リュカードは一瞬、心からの安堵の視線をアリシアに向けた。

「すまない。…また危険な目に遭わせた」

優しい手付きでふわりとアリシアを立たせながらも、リュカードはすぐにローレンスの炎の竜に視線を戻すと、氷の鳳凰が羽ばたき、炎の竜へと舞って鋭い嘴を突き立てた。


アリシアの胸元で輝いた片翼は、だんだんと光を失っていく。銀の片翼がふわりと揺れて起きた細波のような空気の揺れが、凪いだ湖面に落とした水滴から広がる輪のように、円を描くように伝わっていったが、ただそれだけだった。宙に浮いた片翼は、光を失うと、ことりとまたアリシアの胸に落ちた。


ローレンスは炎の竜を翻しながら、リュカードの身体に庇われるように立ったアリシアに、忌々しそうに舌打ちをする。

「今のは何だ、驚かせやがって…」


(このペンダントは、エドガーさんが作ったのよね?あの光と波打つような風は、何だったのかしら…)

アリシアも釈然とせずに胸元の銀の片翼を見つめたけれど、助け起こされたリュカードの手に触れた時、その疑問は意識の向こう側へとすぐさま飛んで行った。

さっき魔力を補給したばかりなのに、零れ落ちるようにリュカードの魔力が減っていくのがわかる。


(この魔法を維持するためには、これほどに魔力が必要になるのね…)

触れたリュカードの手に魔力を与えても、まるで砂にでも吸い込まれるように、あっと言う間に消えていってしまう。

対して、今まで顔色も変えないローレンスに補給される、魔族の長の妹というクレアの母の魔力は、相当なものなのだろう。自分の魔力が何とか持ちますように、そう祈るような気持ちでリュカードに触れると、視線をヴェントゥスに向け、さらに魔具へと魔力を込めた。

…早く、ヴェントゥスを助けなければ。


光の檻の中にいるヴェントゥスの姿を見つめる。どこかが、さっき見た時とは違う。


(あっ、檻が…)


光の檻の正面の隙間がだんだんとひしゃげてきていた。ヴェントゥスが開いた隙間の内側から身体を滑り込ませようとしている。

これが、シリウスが自分に耳打ちしたことだろうか。ヴェントゥスを信じろ、と。

けれど、あと少し。…まだ出られない。


(シリウス様に魔具で状況を伝えることはできるけれど…)


魔具で連絡するだけなら、魔力を込める必要はほとんどなく容易だった。けれど、シリウスのなぜか苦しそうな、絞り出すような言葉には、ヴェントゥスが光魔法に囚われていることを伝えたら、シリウスを追い詰めてしまいそうな響きがあった。


…それならば、私が。


アリシアがヴェントゥスに魔法の無効化を込めた魔力の弾を放とうとした瞬間、炎の竜が氷の鳳凰を飛び越えて、リュカードに襲い掛かり炎を吹いた。

リュカードは炎を受け止めきれず、思わず呻く。

「ぐっ…」

「…リュカード様!!」

慌ててアリシアは銃の向きを変え、炎の竜に弾を放つ。弾の当たった炎の竜の上半身部分がかき消えたが、またゆらゆらと炎が集まり、竜の形に戻って行った。

アリシアはもどかしさにぐっと唇を噛んだ。


***

同じ時、ヴェントゥスを祈るような思いで見つめていたのは、ローブを纏って息を潜めていたシャノンだった。


ローレンスにシャノンが依頼されたのは、予想していた通り、光魔法を使ったヴェントゥスの捕獲だった。


「…お前の光魔法で攻撃しても、精獣にはさして傷は与えられまい。だが、足止めはできるだろう。俺が合図をしたらヴェントゥスを捕らえろ」


彼の言葉に頷くシャノンの身体は震えていた。


ローレンスは知らないようだけれど、ディーク王国の神官は、神官になる際の儀式で魔力の質が変わる。精霊の力を分け与えられるようにと祈りを捧げる儀式により、魔力に精霊の力が宿り、それによる魔法も精霊と親和的なものになると伝えられているのだ。

だから、神官の光魔法であれば、精獣には障害にならないかもしれない。

誰かアストリア王国の者が精獣に光魔法や闇魔法で攻撃するくらいなら、自分がその役を買って出た方がよいだろう。


…ただ、不安要素も大きかった。

神官の儀式でどの程度、精霊の力が魔力に宿るのかは、その個人によって程度が異なる。しかも、成長した精獣ならまだしも、まだ成犬になりきっていないヴェントゥスが自分の光魔法を破れるのかは、測り知ることは出来なかった。


…もしも失敗したならば、自分の命と引き換えに光魔法を無効化すればいい。光魔法は解除にかなりの時間がかかるのが難点だけれど、術者が命を落とせば消滅する。それはシリウスに託した。

そして、ヴェントゥスが捕らわれたと思ったローレンスは、一瞬でも油断するだろう。


けれど、この場に集ったディーク王国側の面々にシリウスがいなかったことに、シャノンは少なからぬ失望を覚えていた。

(シリウス様に、私の思いは届いたのだろうか…)


不安と緊張の中で、シャノンは何度も自分に言い聞かせていた。

…冷静に、状況を見極めなければ。


もし、自分以外に精獣を攻撃するであろう、光か闇の魔法が使える者がこの場にいなければ、リスクを犯してまで精獣に光魔法をかける必要はなかった。むしろ、少しでもディーク王国側の支援に回れればいい。恐らく、怒ったローレンスに、大して力のない自分はすぐに命を奪われるだろうが、きっとそれだけだ。

…でも、遠くに見える銀髪の小さな少年は、闇魔法を使っている。しかもかなりの使い手だ。自分が光魔法を使わなければ、彼の魔法が精獣を捕らえる可能性が高い。


しかし、自分に見張りはいない。

光の檻から出ようともがくヴェントゥスが、少しずつ檻を歪ませているのを、シャノンは息を飲むように見つめていたが、もう限界だった。

シリウスに手を下してもらえないならば。

…状況は予断を許さない。今はアストリア王国側の攻撃の手がすべて塞がっているけれど、囚われた状態で精獣が物理的な攻撃を受けたら、さすがに一溜りもないだろう。


シャノンはローブに忍ばせたナイフを取り出す。闇夜に交錯する攻撃魔法に、その刃が冷たく光った。

精獣から視線を移し、最後に、リュカードの姿を目に焼き付けるように見つめた。


(私は、ディーク王国の結界を破ってしまった。…どれ程、自分の軽率な行為を後悔したことだろう。神官も自ら辞した。

けれど、今一度、神官だった我が身を捧げる機会を得ることができた。

ディーク王国と、そしてリュカード様のためならば。…この命など、惜しくはない)


シャノンは、両手で掴んだナイフを自分の胸に振り下ろした。

(これで、精獣は自由。リュカード様、どうかご無事で…)


しかし、その刃はシャノンの身体には届かなかった。

刹那、オッドアイの青年がシャノンの細い腕を掴み、手に持ったナイフを素早く叩き落としたのだ。


シャノンは自らの腕を掴む青年の姿に、驚いて目を見開いた。

「あなたは、リュカード様の側近?どうして、私を…」


ザイオンはシャノンにふっと微笑むと、その瞳に真剣な色を浮かべてシャノンを見つめた。

「君は、死んではいけない。…シリウス様が悲しむし、君にはまだやることがあるからね」


シャノンには、立ち上がって戦況に視線を向けるザイオンの赤みを帯びた片目が、今この場ではないどこかを見つめ、必死で捉えようとしているように、そう思えた。

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