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時を越えた贈り物

「オルガさん、これは何ですか?」


アリシアは、カウンターの上に置かれた片翼の形をした銀色の置物に歩み寄ると、顔を近付けてじっとそれを見つめた。


大きさはアリシアの掌よりも2回りほど大きいくらいだろうか。まるで女神の背中にでも生えているかのような、小ぶりではあるけれど細かな羽の一枚一枚まで精巧に再現されたそれは、片翼ではあるけれど今にも羽ばたきそうな躍動感のある、美しい芸術品だった。


「エリザ様がさっき言っていた通り、これはこの店のカウンターにずっと飾ってあった置物なんだがな。今はこの店は看板を出していないが、昔、曽祖父の時代に、王宮の地下通路に店を出していた時の看板には同じ片翼の模様があったそうだから、いわばこの店の象徴だな。

これは曽祖父が作ったらしい。器用な曽祖父は、魔具以外にも、彫刻やら鋳物やら、美術品のようなものを色々作っていたらしいんだ。

これも、俺が物心ついた時から、ずっとこの店のカウンターには飾ってあったし、まあ単なる飾りとしか思っていなかった」


オルガはカウンターに近付き、その翼型の置物を手に取った。薄明かりに艶やかに羽の凹凸が輝く。


「この置物は銀製だと思うが、俺が知る限り、昔から鏡のような銀色の輝きを保っていたんだ。


ところが、だ。最近、急に燻したようなくすみが出て来てな。今まで埃を払う程度だったのが、磨かにゃならんと思って手に取ったら、中に何かが入っているようなおかしな音がしたんだ」


オルガがその置物を振ると、中からカラカラと音が聞こえる。

エリザが目を輝かせて、オルガの手元を覗き込んだ。


「へえ!面白いですね。…中は確認したんですか?」


「ああ。よく見ると、底の部分が取り外せるような作りになっていてな。空洞に作られていた中からは、これが出て来た」


店を訪れた5人が見つめる中、そう言ってオルガが置物の底を取り外して取り出したのは、その翼型の置物の縮尺をそのまま小さくしたような、精巧に作られた小さな銀の片翼だった。革紐が通されて、ペンダントのようになっている。


「わ、綺麗なペンダントですね」

オルガからそれを手渡されたアリシアが微笑む。


「この置物は磨いて艶を戻したが、それは取り出した時も磨いたばかりのような銀色だったよ。

…でな。ここを見て欲しいんだが」


オルガがアリシアの掌の上で、そのペンダントの羽の付け根の部分を示す。

そこには、きらりと小さな刻印が光っていた。


「花の模様…?」

アルスが首を傾げて呟くと、オルガが頷いた。


「ああ。

嬢ちゃんが仕上げをしに持って来た魔具にあったのと同じ、カンパニュラの花の小さな彫りが入っているんだ。

正直なところ、これが魔具なのか何なのかも、よくわからんのだが。この模様を見たのは、嬢ちゃんの魔具に続いて2度目だ。きっとこれは、嬢ちゃんへということだろう。

よかったら持って行ってくれ」


「こんなに素敵なもの、本当にいただいてもいいんですか…?」

目を瞬かせるアリシアに、オルガはにこりと笑った。

「曽祖父は遊び心のある人だったようでな。たまに、人が驚くような仕掛けをして楽しんでいたようなんだ。

まあ、これもその一環だと思って、受け取ってくれ。きっと曽祖父も喜ぶだろう」

「ありがとうございます!では、お言葉に甘えて」


アリシアは、いつも身に付けているアイオライトのペンダントに、その銀の片翼のペンダントを重ねて首に掛けた。革紐は長めに作られていて、アイオライトの輝く下で、程よく胸元に収まった。



「さて、じゃ本題に入るか。

そこのちっちゃな嬢ちゃんには、これはどうかな?」


オルガが棚の引き出しを開けて取り出したのは、薄桃色の透き通った石のついたネックレスだった。


「これは何ですか?」

ネックレスを手渡されたクレアがオルガに尋ねる。


「ああ、これは、もう魔法が込めてある魔具だよ。回復魔法がこの石に込められたネックレスだ。

一定以上の傷を負うと、自動で回復魔法が発動する。これは、一度使っても、また回復魔法を込めれば再利用できるんだ」

「へえ…!便利ですね」


クレアは目をきらきらさせて、手に持ったネックレスを眺めている。


アルスとグレンもオルガの話に興味深々の様子だ。

「再利用なんてできるんですね…」

アルスの言葉に、オルガが頷く。

「ああ。その場合には、新しく回復魔法を込めるための魔力が必要になるがな。

この種の魔具の再利用は、魔具が傷まないことが前提になる。うちでは扱っていないが、例えば自爆魔法を込めた魔具なんかだと、さすがに発動時に魔具も駄目になるから、再利用する訳にはいかないがな」

「そんな魔具もあるんですか…」

グレンが苦々しい表情になった。


クレアが戸惑いつつオルガに尋ねた。

「あの、素敵なネックレスなのですが、私は自分でも回復魔法が使えるので。…自分の回復よりも、ほかの人を回復するのに便利な魔具などはあるのでしょうか?」

「ああ、ちょっと待ってな。…こんなのはどうだい。回復魔法は普通は発動してから回復対象に触れる必要があるが、これは多少の距離があっても回復魔法を届けることができるものだ」


オルガが棚の奥から出したのは、小ぶりの杖だった。杖の先に女神を象った金色の意匠がついている。

杖を持ち、試しに振ったクレアが驚きの声を上げる。

「見た目以上に軽くて、手にぴったり収まりますね」

「うん、クレアにちょうどいいサイズだね」

エリザも目を細めて頷いている。


「そっちの兄ちゃんたちはいいのかい?」

オルガの声掛けに、アルスとグレンは目を見合わせて、首を振った。

「すみません。せっかく見せていただきましたが、使い慣れた武器を使おうと思います」

「いや、気にすんな。もし後から気になった魔具でもあれば、また来るといい」


「じゃ、お支払いを…」

エリザの声に、クレアの表情に戸惑いが浮かんだ。

「あの、いつか必ずお金はお返ししますので…!」


「いや、嬢ちゃんの知り合いだ。恩人の知り合いから金は受け取れねえよ、持って行きな」

「で、でも…」

「これを使うような状況があるってことだろう。…若いのに大変だろうが、頑張れよ、ちっちゃい嬢ちゃん。無理はせんようにな」

「…!あ、ありがとうございます…」

厳めしいオルガの顔が柔らかく笑み、クレアは顔を赤らめて、オルガから魔具の杖を受け取った。


***

アリシアに魔力を分け与えられて、無事に依頼の魔具を作り終えたエドガーは、アリシアに銃型の魔具を渡してその背中を見送った後、作り終えて机に並ぶ魔具を眺めた。


「魔具が欲しいってことは、あの嬢ちゃんも戦に巻き込まれるのか。あんな優しそうな嬢ちゃんが、可哀想にな…」


エドガーはやり切れないといった表情で首を振った。

魔具に視線を投げたまま、口から呟きが漏れる。


「風の精獣の加護か。…精獣の加護付きの者は、俺も初めて見たな。今の精獣は火の精霊の化身。その前は樹、さらに前は水の精霊が宿る精獣だったというが…。あの見掛けない服装、風の精獣の守る時代。いったい何年後の未来から来てくれたのか」


エドガーが天才と言われた理由の一つに、魔具の依頼主の能力を的確に見抜く能力があった。その者に合わせて、適切な魔具が作れる。けれど、能力と共に精獣の加護が見えたのは初めてだった。


妻の命が絶望的な状況で、泣きながら精霊に祈っていたら、本当に救世主が現れた。

彼女の魔力のお陰で無事に魔具は完成し、妻の命を救うことができる。

時空が歪む地下迷宮、その迷信は、今日という今日まで信じてはいなかったのだが…精霊様の采配に、これほど感謝したことはない。


「…さて、あと一仕事するか」


エドガーは微笑み、腕をまくった。

必要になる未来で、これから作るものが恩人のもとに届くことを願いながら。

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