銀色の片翼
「クレア、そんなに固くならないで大丈夫だよ」
緊張の面持ちを隠せないクレアに、ルークが柔らかな笑みを向ける。
「は、はい!」
クレアはぎこちなく微笑むと、部屋の円卓を取り囲む面々を見回してぴょこんと頭を下げた。
「皆さん、母と弟を助けるために手を貸していただけるとのこと、本当にありがとうございます…!何てお礼を言ったらいいか…」
語尾を少し震わせるクレアは感動の色を滲ませ、頬を紅潮させている。
騎士団の一室でクレアを囲むのは、数日前に神殿で話し合いをしたのと同じメンバーだった。シリウスの騎士団への訪問に合わせ、作戦実施前の情報共有のために密かに集まっていた。
シリウスが穏やかな表情で口を開く。
「初めまして、私はシリウスと申します。クレア、あなたの話は聞いています。いくつか質問があるのですが、伺っても?」
「はい」
真剣な表情で頷くクレアに、シリウスはリュカードとも視線を交わして続けた。
「まずは、王宮にいるあなたの母君と弟君についてです。あなたが攫われて以降、王宮には行けず会えていないということなのですが、王宮の結界から逃れたいとの意向は本当にあるのでしょうか?
もし救出しに行ったとしても、彼らにその意思がなければ無意味ですし、我らの身まで危険に晒すことになります」
クレアは少し口を噤んで思案してから、シリウスを見つめて慎重に言葉を発した。
「はい。シリウス様の仰るとおり、直接確認できた訳ではないので、あくまで感覚にはなってしまうのですが…。
母の魔力を炎の将軍から感じたとき、はじめは、特に何かの感情というものは感じなかったのです。…そもそも、私も母の魔力を彼から感じたような気がしただけで、私自身があまり気にも留めていなかったせいもあるかもしれませんが。けれど、最後に彼に会ったときには、彼が纏う母の魔力に負の感情が混ざっているのを感じました。むしろ、それに気付いて、今まであまり気にしていなかった母の魔力を認識したのかもしれません。
…それは、怒りや恐れ、そういった類の、かなり強い感情です。
もしかしたら、母もはじめのうちは、私のために恩赦を得て、母たちを王宮に保護したことを彼に感謝していたのかもしれません。その後、どのような理由で感情の変化があったのかはわからないのですが…。
私が母たちのいる王宮に行って呼びかければ、応じてくれる筈だと信じています」
シリウスはクレアの瞳を真っ直ぐに見返すと、彼女の言葉に頷いた。
「そうですか。…あなたがアストリア王国の王宮に行ったとき、どのように母君と弟君に救出に来たと伝えるおつもりですか?」
「私が結界に攻撃すれば、母も弟も私がやったと気付きます。助けに来たから早く逃げて欲しい、その込められた私の思いも同時に伝わる筈です」
「…あなたには、アストリア王国の王宮に着いたら、まずはじめに結界への攻撃をしていただきましょう。あなたの言葉の通りであれば、あなたの思いに応じて、母君たちも逃げ出す用意をするでしょうし、魔法の使える弟君は結界の内側からの破壊を支援してくれるかもしれません。そうすると、目的の達成がより容易になるでしょう」
クレアが頬を上気させて大きく頷いた。
「はい!任せてください」
「それから。
あなたは以前、アリシア様たちの前から薄く消えるような転移をしましたね。
今回は、王宮に向かうメンバーと一緒に私が転移魔法を使う予定ですが、よろしいですか?」
「ええ。…あの方法は、魔力の消費はないのですが、結界を跨ごうとするとダメージを受けますし、転移魔法よりも時間がかかります。
そうしていただけると、私もありがたいです」
リュカードがつと視線を上げて、クレアに口を開く。
「今回の目的は、あくまで君の母君たちの救出だ。
まずは王宮から魔族の血を引く彼らが抜け出せるように、王宮の結界の中で一番脆い出入口付近を狙って、結界を破壊する。
彼らを王宮から連れ出すことに成功したらすぐに、俺の転移魔法で皆でこちらに戻る。
…王宮にはそれなりの数の兵が控えているだろう、少人数のこちらは長居するほど不利になる。できるだけ気付かれないうちにこの作戦を遂行したら、可能な限り早くその場を離れることは念頭に置いておいてくれ」
「はい、わかりました」
クレアはこくりと頷いた。
エリザが気遣わしげにクレアに声を掛ける。
「いくらクレアのお母さんと弟を助けるためとはいえ、あなたのような若い子にまで、攻撃に加わってもらうのは心苦しいんだけどね…。
あ、そうだ。よかったら、後で一緒に魔具でも見に行こうか?あなたの身を守るために役立つものもあるかもしれない」
「魔具、ですか?」
きょとんとするクレアにエリザは頷き、その横に座るアリシアが笑顔で答えた。
「ええ。魔力を込めて使う特殊な道具なの。エリザや私は魔法が使えないこともあって、魔具の力を借りているのだけど、魔法が使えても、魔具を利用する人もいるわ。
…何か合うものが見付かるといいわね」
クレアは一瞬言葉を詰まらせてから、大きな笑顔を浮かべた。
「私が母たちの救出をお願いしているのですから、私が攻撃に加わるのは当然です。
それなのに、そのようにお気遣いくださって…。ありがとうございます。
はい、よかったらぜひ、後でその魔具を見に行ってみたいです」
アルスがその様子に口を開いた。
「へえ、エリザさんと姉さんがクレアと魔具を見に行くなら、僕も行ってみたいな。
僕には特に必要なさそうだけど…興味はあるんだ」
「私もご一緒いたします。街中とはいえ、アストリア王国からの密偵もかなり入れ替わりが激しいようですし、危険がないとも言えませんので」
グレンの言葉に、エリザは笑顔で頷く。
「じゃあ、後で5人で行きましょう。ふふ、急に大人数で行ったら、オルガさんも驚くかもしれないけど、アリシアがいれば歓迎してくれる筈よ」
シリウスがエリザの言葉を待ってから、皆の顔を見回した。
「決行日は、リュカード様とも相談して、またご連絡します。
情報がどこから漏れるかはわかりませんので、それだけは注意していてください」
***
クレアを囲んで魔具を扱うニケの店に着いた5人が店に入ると、店主のオルガは店の奥から驚いたような顔をしてすぐに出て来た。
アリシアの顔を認めると、途端にオルガの気難しそうな顔が破顔した。
「おお、嬢ちゃん、久し振りだな。エリザ様も。
…5人も一度に客が来ることは普段ないんでね、狭苦しくて悪いが、適当に座るなり、そこらへんの魔具を見るなりしていてくれ」
オルガは店内にある小さなソファーと、魔具の積まれた大きな棚を顎で示した。
「外観は普通の家なのに、こんな店があったなんて…」
無造作に棚に並べられた数多くの魔具に、アルスが興味深そうに目を輝かせている。
アリシアがオルガににこりと笑う。
「お久し振りです、オルガさん。今日は、この子、クレアに合いそうな魔具を探しに来たんです」
恐縮そうにぺこりと頭を下げるクレアに、オルガが驚いて声を上げた。
「こんな小さい嬢ちゃんにか…!近頃物騒だからな。そっちの兄ちゃんも、随分と若いじゃねえか。ああ、合いそうなものを探してやるよ。
それとな、嬢ちゃんに連絡しようと思ってたところだったんだよ。ちょうどよかった」
「え、私に…?」
首を傾げるアリシアに、オルガはカウンターの上の置物を視線で示した。
エリザも不思議そうに呟く。
「あれって、ずっと前からここのカウンターに置いてある飾りですよね。この店を象徴するモチーフか何かと思っていたんですが、違うんですか?」
カウンターの上には、銀色の片翼を模した小ぶりな置物が、ほのかな灯に照らされて美しく輝いていた。




