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今回はアリシア視点で始まります。

「アリシア、お待たせ。…あれ、今日は1人?」


汗を拭きながらエリザが騎士団の休憩所に歩いて来た。今日は騎士団のところに顔を出している。さっきエリザの姿を見掛けて、訓練が一段落ついたところで彼女と話す約束をしていた。


「ううん、アルスとグレンと一緒に来たのよ。アルスとグレンは、今はルーク様とお話しているわ」

「そっか、そうよね。…大分落ち着いてきてはいるけど、アリシアが出歩く時には、やっぱり誰か、アリシアを守れる力のある人と一緒がいいだろうね」


うんうんと頷きながら、エリザはテーブルを挟んで私の前の椅子に腰を下ろした。

副騎士団長という責任のある地位にあるエリザの時間をあまり邪魔してはいけないとは思いつつも、私たちは時間を見付けてはたわいもない話をしていた。エリザの方から声を掛けてくれることも多い。私が騎士団を訪れるときや、リュカード様の屋敷で騎士団や魔術師団の主要な面々が集まったときなど、エリザと話せるちょっとした隙間時間は、私にとって心安らぐ時間だった。


私は鞄から用意してきた水筒とカップを取り出す。

「ねえ、エリザ。今日、薬草茶を持って来たの。よかったら飲んでみない?」

「へえ、薬草茶か。うん、飲んでみようかな。あんまり苦いのは苦手だけど…」

少し苦笑したエリザに、私は微笑んだ。

「苦味はないし、飲みやすいわよ。それに、疲れに効くのよね」


私は用意してきたカップに薬草茶を注いで、エリザに手渡した。

エリザはそっとカップに口を近付けた。

「意外。いい香りがするね…美味しい」

ほうと息をついたエリザに、私はにこりと笑った。

「でしょう?この前、リュカード様に薬草茶を買っていただいてから、アルスとも同じ店にお茶を買いに行ったの。これはそのときに買ったものよ。…アルスによると、このお茶には回復魔法が込められているんだって」

「え、回復魔法…!ていうことは、もしかして。ルーク様の言ってた…」

改めてカップの中のお茶をまじまじと見つめるエリザに頷く。

「そう、あの女の子が回復魔法を込めたんじゃないかって、アルスは言ってたわ」


リュカード様と訪れたあの市場で、荷馬車の脱輪事故に遭った若い女性に私が回復薬を使ったとき、女性の側にいた少女が、私の命を狙った少女だった可能性がある。…ルーク様がリュカード様にその事実を告げたのは、私がアルスと再度あの店に茶葉を買いに行った直後だった。あの時は、フードの少女は見掛けなかったけれど、その時にも、ルーク様が手配した騎士たちがどうやら店の周囲に隠れて見張っていたらしい。少女の監視と、そして店の者が何かしらの危険に巻き込まれないように。


「なぜ、あの時、あんなに私が近くにいたのに、私を狙わなかったのかしら」

私がぽつりとこぼすと、エリザが言った。

「優先順位の問題じゃない?その怪我をした女性のこと、すごく慕っていたみたいだし」

「…そうね。あの時はフードに隠れて顔は見ていないけど、お姉さんの回復をただ喜んでいて、悪い子には見えなかったわ」

「何で、あんなに小さな子まで利用するのかな。いくら魔族の血が混じっていて、あの歳でも魔法が使えるとはいえ…アストリア王国も手段を選ばないよね。アリシアの出身国なのに、こんなことを言って悪いけど」

私は苦々しくエリザの言葉に頷いた。

「そう言われても仕方ないと思うわ。…私もそう思う」

エリザは溜息をついた。

「ディーク王国も、手を拱いていたくはないけれど、今のところ防戦一方。

…アストリア王国と全面的に戦ったとして、一矢報いることができるほどの戦力がないというのもあるけど、ディーク王国としては攻撃を食い止めたいだけだから、反撃の仕方も難しいのよね。別に、アストリア王国の国民を傷付けたい訳じゃないし。


精獣のヴェントゥスが完全に成犬になったら、向こうが諦めることも期待したかったけれど…。むしろその前に、早く畳み掛けて攻めようという気配をひしひし感じるよ。

どう手を打ったらいいのか、すごく悩ましい。向こうは、ヴェントゥスが風の精獣だとわかった以上、きっと、また何か新しい攻め手を講じてくる。でも、攻められるのを待って、それを防ぐことを繰り返すだけじゃ、埒が明かない」

「そうね…」


私たちがお互いに言葉を切ったとき、突然、騎士団の入口付近から騒がしい声が聞こえてきた。


「お嬢ちゃん、ここは子供の来る場所じゃないんだよ。さあ、もう帰りなさい」

「でも、探している人がいるんです!お願いです、会わせてもらえませんか…」


騎士団の入口が見える場所にエリザと私が移動すると、入口にいる騎士服の男性が、1人の幼い少女を諌めようとしていた。

そのとき、少女の背後から来ていた私服の男性が、騎士服の男性に何やら耳打ちをする。騎士服の男性が表情を硬くし、少女に向ける目を鋭くした。


(あの子は…)

少女は、もうフードで顔を隠してはいなかった。あの美しい女の子の顔は、忘れる筈もない。


数人の騎士がルーク様を連れてきた。アルスとグレンも一緒だ。

アルスとグレンは、私と少女の間を遮るような場所に位置取った。

ルーク様が口を開く。

「俺が対応しよう。…君、ここまで来たんだね。さあ、こっちだ」


少女が頷き、ルーク様について歩き出す。

そのとき、ちらりと私の方に視線を向けた。

…彼女の目の表情にどんな感情が隠れているのか、私にはそれを読むことはできなかった。


***

ディーク王国の街外れにある細い路地で、暗い赤髪の男が急に宙から姿を現したかと思うと、家路を急ぐ1人の少女の行く手を遮った。

少女は男の顔を見ると目を瞠り、びくりとその身を竦める。


(どうして、この人がこんなところに…)


暗い赤髪の男は、少女の様子に口の端を上げた。

「ほう、さすがは元神官だ。俺のことを知っているようだな。

…シャノンよ、お前は神官職を取り上げられたそうだな。お前ほどの魔術の才能と魔力のある者が、実に勿体ないことだ。

どうだ、アストリア王国のために働く気はないか?その気があれば、アストリア王国での魔術師としての高い地位は俺が約束しよう」


シャノンは立ち竦みながらも、手足の震えを抑えて、必死でローレンスの視線に睨み返していた。

(炎の将軍、ローレンス…!なぜ、こんなところに?

これは転移魔法?…この魔法はかなりの魔力を消費する。こんなに魔力を消費して、敵国で1人なんて、さすがにこの人でも危険なはずよ。いったい何を考えているの…?)


シャノンの敵意のこもった鋭い視線に、ローレンスはふっと笑いを漏らした。

「ああ、地位だけではない。

…次の戦では、ディーク王国の主要な戦力は壊滅的になるだろう。あの氷の貴公子とやらも含めて、な。お前がもし俺に協力するなら、あの男の命の処遇はお前に任せてもよい。…まあ、羽の折れた状態にはなろうがな。あとはお前の好きにするがよかろう」


目を瞠ったシャノンの瞳に、不安の色が揺れる。

羽の折れた状態とは、魔術師として再起不能になるほどのダメージを負うことを意味していた。


(…この男は、リュカード様にいったい何をする気なの?)


シャノンの背筋にぞくりと悪寒が走る。

シャノンの瞳に浮かんだ戸惑いを、ローレンスは見逃さなかった。


「さあ、シャノン、どうだ。よい返事を期待しているぞ」


シャノンは薄く唇を噛み、手をぎゅっと握り締めた。

…今度こそ。


シャノンの首がほんの少し、了承の意を示して傾く。

ローレンスは満足げに口の両端を上げると、シャノンに告げた。

「また連絡する。お前の承諾、忘れるでないぞ」


それだけを言い残すと、ローレンスの姿は一瞬にしてかき消えた。


(連続して転移魔法を軽々となんて、この男はいったい…。リュカード様は、次の戦では、ほんとうに…)


シャノンは、力が抜けてその場に座り込んだ。


***

アストリア王国の王宮に転移したローレンスは、シャノンの返答に冷酷な笑みを浮かべていた。


(前回に俺たちの邪魔をしたディーク王国の精獣、ヴェントゥスといったか。

…風の精霊は厄介だ。

俺にいくら魔力があろうが、炎魔法はもちろん、氷魔法、水魔法に、同系統の風魔法も含めて相性が悪い。

攻撃の相性がよいのは、風の影響を受けない光魔法か闇魔法だが、これらは使い手が非常に少ない。…だが、いい捨て駒が手に入ったな)


キャロラインが、以前結界に穴を空けるのに利用したという娘。光魔法の使い手である神官だったと聞いて、案が浮かんだ。


…今度こそ、決着を付ける。


左腕に着けた銀の腕輪から流れ込む魔力を感じながら、ローレンスは再度、薄く笑った。

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