クレアの回想2
(…!何が起こっているの?)
なぜか身体全体が倦怠感に襲われた。
眩い光が消えると、私の顔にされていた目隠しがはらりと落ちた。
後ろ手に縛られていたはずの両手も、なぜか束縛が解けて自由になっている。
恐る恐る、周囲をぐるりと見回すと、そこには予想もしていなかった光景があった。
(…!!)
私がいた部屋は、家具の1つも置いていない殺風景な部屋で、小さな窓だけがあったようだけれど、窓枠にはまっていただろうガラスは既に砕け散っており、穴だけが空いていた。
…そして、私を取り囲んでいたと思われる男たちは、みな部屋の壁際に倒れ伏していた。どうやら、壁に身体を強打して意識を失っているようだ。誰1人として、ぴくりとも動かなかった。
…逃げるなら今だ。
そう頭では考えるものの、身体が動かない。立ち上がろうとしても、まったく足に力が入らなかった。
「…さっきの光は何だ!?あの娘のいる部屋からじゃないか」
「何が起こった!?」
がやがやと部屋の外から騒がしい声がして、足音が近付いてくる。走り込んできた男たちの手にはそれぞれ武器が握られていた。
部屋の中の状況に、彼らは信じられないといった様子で目を見開いていた。
「…まさか、この娘がこれを?」
「何があったんだ。ば、化け物め…!」
じりじりと間合いを詰めてくる彼らに、私はただどうすることもできずに座り込んでいた。
そのとき。
「騒がしいぞ、お前ら。何をやっている」
冷たい声に、男たちが一瞬しんと静まった。
後からゆっくりとした足取りで入ってきたその小柄な男は、顔の下半分を布のようなもので隠していて、表情が見えない。初めて聞く声だった。周囲の男たちの竦んだ様子から察するに、立場が一番上なのであろう彼は、私を一瞥すると、近くの男に言った。
「おい、金庫からあの鎖を出して来い」
「でも、あれは高価なもので、こんな小娘には…」
「何を言っている。出し惜しみなどするから、こんな事になっているんだろう」
「は、はい…!」
そして、その男は壁際に倒れていた男の1人の首元を掴んで持ち上げた。
「まだ息はあるが、これではもう使い物にならんな。…こいつらを処分しておけ」
周囲の男たちが息を飲んだのがわかる。
「何だ、俺の言うことが聞けないのか?」
「い、いえ。そんなことは…」
そして、その男は私を見た。
「娘。これはお前がやったのか?」
「わ、私は…。急に強い光が見えて、気付いたらこうなっていて…」
ようやく言葉を絞り出した私に、彼は改めて部屋に倒れている男たちを見回してから、吐き捨てるように言った。
「…ふん、自分がやったという自覚すらないようだな。まあいい。これほどに危険な存在、観賞用としての商品価値はない。…責任は取ってもらうぞ」
ばたばたと足音がして、先ほど何かを言いつけられた男が手に何かを持って戻ってきた。
「お待たせしました」
小柄な男はそれを受け取り、じゃらりと音をさせて、動けないままでいた私の手を背中側で縛った。振り返って見ると、それは淡い光を帯びた銀色の鎖だった。
男は薄く笑った。
「これでお前の魔法は使えない。
…お前に1回だけチャンスをやろう。この国では、魔法の力が強い者にも需要がある。お前の力をそこで使う気があるなら、お前に生きる道を作ってやる」
「お断りします。何を、ふざけたことを…」
私の口は恐怖を忘れて勝手に動いていた。
勝手に人を攫い、閉じ込めておきながら、何を言っているのか。父さんの身が安全であるのかさえ、わからないというのに。
男は顎で周囲の男たちに指図した。
「この娘を連れて行け」
そして、私はそのまま牢屋に入れられた。
***
私はどうやら死罪になるようだった。
あの部屋で倒れていた男たちの命を奪った罪ということらしい。私は確かに、あの倒れた男たちと同じ部屋にいて、強い光を感じ、ただ1人だけ無事だった。…そのことを認めただけなのに、私がすべての元凶ということになっていた。
そもそも、私があの部屋にいたのはあの男たちに攫われたからだし、光が見えた後も、あの部屋の男たちには息があったようだった。けれど、どれほどそれを訴えても、私の言葉は聞き入れてはもらえなかった。
あまりの理不尽さに、地面の底が抜けて身体が落ちるような感覚がした。
そして、ただ、家族の身が心配だった。
…父さんは生きているのだろうか。母さんは攫われてはいないだろうか。弟のノアはどうしているのだろう。
何日か経ってから、暗い赤髪の男の人が牢屋にいた私のもとにやってきた。
整った顔をしているけれど、冷たく怖い感じのする、威圧感のある人。見るだけでこちらが身を竦めてしまうような、そんな印象のある人だった。
彼はなぜか私を後ろ手に縛っていた鎖を解き、驚く私にゆっくりと口を開いた。母と弟を王宮に保護したこと、私の恩赦を国王陛下に得たこと。そして、私の反応を気遣うようにしながら、父がまだ見つかっておらず、命を落としている可能性があることを教えてくれた。
私はしばらく彼を見つめたまま動けずにいたけれど、必死に言葉を探した。
「…ありがとう、ございます。そこまでしていただいて…」
父のことには、頭を殴られたようなショックを受けたけれど、まだ見つかっていないのならば、生きている可能性を信じたかった。そして、母と弟の身が保護されていることには、一言で言い表せないほどの安堵を覚えた。
様々な感情がない混ぜになって思わず涙を溢した私に、彼は穏やかな口調で言った。
「できれば君に、君の力を活かしてこの国のために協力してもらいたいことがある。母君たちのためにもなることだが、力を貸して貰えるだろうか」
…私だけでなく、母と弟を助けて貰った恩返しができるならば。
私は彼を見上げると、大きく頷いた。
***
彼に言われるがまま、私はディーク王国の結界に穴が空いたとき、そこから国内に滑り込んだ。
私の魔族の血は半分なので、完全な魔物とは違い、結界を通り抜けること自体はできるけれど、魔物の血を引く割合に応じてダメージを負う。かなりの重傷にはなるので、結界の割れ目を通ることを選んだ。
そして、私の魔族の力は、魔物に向けることもできると気が付いた。…小型の魔物であれば、意識を集中させて力を向けると、感情を狂わせられる。荒ぶった感情の魔物には、人を襲わせることも容易なようだった。
私は、暗い赤髪の彼に言われた通り、何度か鮮やかな赤紫色の髪の女性を狙ったけれど、失敗に終わっていた。いつも側にいる白銀の犬に阻まれて、狙われたことすら本人が気付いていなかったことも多かったようだ。そして、私自身がその命を狙ったときには、顔も見られてしまった。
…しばらく、様子を見よう。
アストリア王国からは、ほかにも数名の密偵が入り込んでいた。ディーク王国でも、彼らと息を潜めて生活することは造作ない。
あの赤紫色の髪の女性を狙うとき、油断させるようにとわざと膝を擦りむいていた。
彼女の前から姿を消し、場所を移動したあと、密命に失敗して気が抜けたのか、膝がじくじくと痛み出し、道端に腰掛けてしばらくぼんやりとしていた。
「…大丈夫?怪我をしているの?」
人の気配に気付かないなんて、よほどぼうっとしていたようだ。
はっと気付くと、親切そうな少女が私の顔を心配そうに覗き込んでいた。




