謁見
「そなたの報告とは何じゃ?急を要するほどに重要なものか」
謁見の場で、片眉を上げた国王陛下が口を開いた。今日の謁見は急遽国王陛下に求めたもので、アストリア王国に現れるようになった魔物の件とだけ伝えてあった。
「ええ。…思わぬ拾い物を致しました。
結論から申し上げると、アストリア王国に現れるようになっていた魔物ですが、今後は恐らく落ち着いて、出ては来ないでしょう。
…陛下は、魔物の最上級種である魔族の、嘆きや怒りといった激しい感情が、魔物の神経を逆撫でするとの話を聞いたことがあられますか?」
国王陛下は話が見えないといった様子で、怪訝な表情で頷く。
「ああ、それは聞いたことがある。魔族の強い感情の揺れが、ほかの魔物にも影響するという話じゃな。
…それと、今回の件とどのような関係が?」
「魔族と見られる女性を保護しました。…現在、彼女はその息子と共に王宮で監視しています。アストリア王国のこの王宮には、一部の出入口を除き結界が張られています。結界を介せば、魔族を含む魔物やその魔法が防がれるのみならず、魔族の感情の波もそこで断たれますから、この結界内に彼女を置くことで、結界外の魔物にまで彼女の嘆きが伝わることもない」
「つまり、その魔族の女性の嘆きが、魔物の神経を刺激して魔物が現れたということか?」
「はい、私はそのように考えています。…私の推測が当たっているかどうかは、今後王国に魔物が現れるか否かで測ることができるでしょう」
「そうじゃな。…して、その魔族の者はなぜ嘆いていたのじゃ?魔物に影響するほどの嘆きとなると、相当なものじゃろうが、魔族は魔法の力も強い。何かがあっても、その魔術で解決できることの方が多いじゃろう。そう嘆くほどのことは起きそうにもないが…」
「ええ。魔族ともなれば、魔術の力も魔力も、超一級です…通常ならば。しかし、これには例外があります。魔族は人型を取るので、人間と恋に落ち、婚姻まで結ぶことがごく稀にあるのです。その場合、人間と結婚することを選んだ魔族の魔法は、魔族の長により封印されると伝えられています。
…昔、魔族との婚姻を結んだ者による話として今代まで伝えられていましたが、そもそもそのような事例自体がほとんど見付かっていないことから、特に重要視されてもいませんでした。しかし、今回はそれに該当する事例と考えられます」
国王陛下は黙ったままだったが、俺は続けた。
「数年前の一時期、魔物が急に王国内に現れるようになったことがありましたが、陛下は覚えておいででしょうか」
「ああ、もちろん覚えておる。突然、猛り狂った魔物が現れたと聞いて、収束させるまでには苦労をしたが。…それで?」
「風の噂では、魔族の長に溺愛されていた妹が人間に嫁ぐことになり、魔族の長が怒りに荒れ狂っていた時期に重なるとの話です」
国王陛下は俺の言葉に目を見開いた。
「まさか、そなたの保護した魔族の女性が、その魔族の長の妹だったとでもいうのか?ローレンスよ」
俺は薄く笑った。
「この点はまだ確かめられてはおりませんが、まず間違いないでしょう。早々に確認いたします」
国王陛下は僅かに顔を歪めた。
「その者を保護しただけならばよい。…ただ、その兄、魔族の長とやらの機嫌を損ねることにでもなれば、こちらの身も危うくなる可能性があるのではないか?
…そもそも、魔族の数自体がごく少ないと言われるが、その少数の存在でさえ、魔物全体への影響力があるという。その魔族の長に下手を打つのは、得策ではなかろう」
俺は口端に浮かぶ笑みが深まるのを感じた。
「もう手は打っています。彼女が自ら我々に協力するのであれば、その兄の不興を買うこともありますまい。
…ときに、陛下。先日の、ウジャーニ商会の案件ですが」
「ああ、商会の者に攫われたと見られる幼い娘が、攫った側の手練れの男共を魔法で一網打尽にしたというあれか。
娘の誘拐を否定する商会の顔を立てて、その娘は牢に入れたと聞いておる。
…倅のフレデリックの奴などは商会の者の主張を疑って、国外への侵攻などより国内不正を正すことに力を入れるべきだなどと言いおったが…彼奴は汚れた水を飲むことに慣れておらぬ。国を治め、守り、その力を今まで以上に強固なものにするには、綺麗事だけでは済まぬものじゃ。泥水を飲むことが必要なときもあるが…」
国王陛下は苦々しく首を振った。
「話が脱線したな。
あの娘の力は是非ともこの王国で利用したいところだったのじゃがな。なぜ、あの歳で魔術の才能が目覚め、封印が解けたのかは不明じゃが…いずれにせよ、本人の協力が得られそうにない以上、その力をこのまま残しておくことは我が国にとってのリスクでもある。予定通り、死罪にするほかあるまい」
「その娘が、今保護している魔族の女性の娘のようなのです」
「何じゃと…!」
国王陛下は顔色を変えた。俺は国王陛下の反応を確認した後、そのまま続けた。
「それは、先ほど魔族の女性本人と、その息子に確認いたしました。…つまり、娘が攫われた魔族の女性の嘆きにより、魔物にも影響が出ていた。そう考えられるのです。
…そして、その魔族の女性は、娘の命を助けるためなら、何でもすると懇願しています。娘が我が国に協力するなら、死罪は免れるよう陛下に恩赦を頼んでもよい、そう伝えたら、必死に私に縋り付いてきた」
国王の瞳には興奮の色が浮かび、冷酷に口元の両端を上げた。
「ほう、そうか。母の頼みとあれば、死罪を免れ得た娘も我が国への協力を断れまい。そういうことか。
よくやった、ローレンス。魔物の対応だけでなく、あの娘の能力も我々が利用できるようになるならば、言うことはない」
俺はゆっくりと頷く。
「ええ。その辺りは、これから上手く詰めておくように致しますので。
…陛下。一つ、お願いがございます。聞いていただけますでしょうか」
国王陛下は一瞬動きを止めたが、鷹揚に頷いた。
「何じゃ、申してみよ」
俺は国王陛下の視線を正面から受け止め、一息に言った。
「国宝級のものとは存じていますが。その昔、天才と謳われたディーク王国の名工に造らせたという魔具の一つを、私に譲ってはいただけませんでしょうか」




