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クレアの居所

イザベルはしばらく逡巡していたが、やがて覚悟を決めて俺の言葉に頷くと、一時王宮に住まいを移すことを承諾した。

ただ、もし自分の連れ合いが家に帰ったときにそれがわかるようにと、そのことだけが気掛かりなようで、分厚い置き手紙を残していた。

…それが無駄になるであろうことを俺は知っていたが、口には出さなかった。



「あの…人攫いに遭った私の娘のことは、本当におわかりなのでしょうか。

それから、娘を追って行った主人も、…もう何日も帰って参りません。

ローレンス様ほどのお方に恐れ入りますが、ぜひお助けいただけませんでしょうか」


彼女の瞳の奥には必死に縋り付くような色が浮かんでいる。

俺は彼女に微笑んだ。

「出来ることがあれば協力するとお約束しましょう。ただ、相当憔悴なさっているようにお見受けします。まずは体調の回復に専念されたほうがいい。

さ、馬車は遠くない場所に着けていますので、ご案内しましょう」


協力するという俺の言葉に、ようやく少し安堵の表情を浮かべた彼女の身体を、俺はベッドから抱き上げた。

「…!

1人で、歩けますから…」


顔を赤らめ身を捩った彼女だったが、俺が地面に彼女の両足を下ろすとふらつき、よろめいた。慌てて抱き起こすと、今度は諦めたように、謝罪を述べて俺に身を預けた。


彼女の身体のあまりの軽さ以上に、彼女を抱き上げて驚いたことがあった。

…これほどやつれているのに、溢れるほどの魔力を感じる。やはりこの美しい女性は、魔物の最上位、魔族のようだ。


王宮へと向かう馬車の中、イザベルとノアが恐縮そうに身を寄せ合って座る姿を見ながら、俺は今後どうすべきかについて頭を巡らせていた。


***

王宮で部屋に案内した時も、品のよく高価な調度品に囲まれたその部屋に、喜ぶどころか戸惑いの色を隠せなかった彼らは、翌日様子を見に行ったときも心なしか居心地悪そうにしていた。


ただ、イザベルの顔は昨日よりも血色がよくなっている。彼女は今日は自力で立ち上がると、俺の顔を見るなり口を開いた。

「お陰様で、随分と体調もよくなったようです。…わたくしたちに手を差し伸べてくださって、感謝しております。

ところで、娘と主人のことがおわかりでしたら、是非とも教えていただきたいのですが」


彼女が俺をひたと見つめる視線に、不覚にも一瞬見惚れてしまった。昨日よりも生気の戻った彼女の美しさは、誰しもが一度見たら忘れられないだろう、そう思えるほどだった。


彼女の言葉に頷くと、俺は魔法で、ある幼い少女の画像を彼女とノアの前に映し出した。


「クレア…!」

「姉さん!!」


2人が同時に声を上げる。やはり、俺の予想は当たっていたようだ。

映像の中の少女は、両手を後ろ手に縛られていた。


捕らえられた少女の姿に目を見開いたイザベルの顔からはすぐに血の気が失せ、震える手で俺の腕をぎゅっと握った。


「こ、この子は、今どこに…?助け出すのにお手を貸してはいただけませんでしょうか…?」


俺はゆっくりと首を振ると、口を開いた。

「彼女は今、この国の牢獄にいる」


「な、何ですって!」

「どうして、姉さんが…」


しばし言葉を失っている彼らに、俺は続けた。


「貴女は、娘が攫われたと言っていましたね。しかし、俺の受けた事件の報告はこうです。…ある裕福な貴族の商会が持つ屋敷の一室で、その商会の者6名が絶命しているのが発見された。強力な魔法で一撃だったと推察されます。同じ部屋の中央で、ただ1人無事だったのが彼女です。

発見時に茫然としていた彼女は、それを自分がやったと認めている。


…その商会の者が言うには、迷っていた彼女を保護しただけだとのこと。これだけの人数の犠牲者を出したとなれば、死罪は免れないのだが…」


「待ってください!!」


イザベルが悲痛な叫び声を上げた。


「娘のクレアは攫われたんです!…もしクレアのしたことが事実だったとしても、正当防衛に他なりませんでしょう?

なぜ、クレアが罰せられるのでしょうか。まして死罪など…」


膝までがたがたと震え出したイザベルを、ノアが慌てて支えた。


「その商会には、確かに陰で人身売買の噂がある。しかし、はっきりとした証拠は無く、未だ尻尾を掴めていないのです。そして手段を選ばない冷酷さを持つ相当なやり手でもあり、権力も大きい。…貴女や彼女の証言だけでは、覆すのは不可能だ。

そして、彼女を追って行ったという貴女のご主人も、今まで行方知れずということは、既に命を落としている可能性が高い」


イザベルは絶望したように両手で顔を覆った。ノアの表情は見えないが、俯き唇を噛んでいる。


俺はゆっくりと口を開いた。


「…だが。

彼女の能力は、今のアストリア王国に必要な力だ。

彼女にこの国に協力してもらうことを条件に、国王陛下に恩赦を求めることも考えている」


イザベルは涙のつたう顔を両手から上げると、俺に縋り付いた。


「お願いです、あの子の命を助けてください、ローレンス様…!

そのためなら、何でも致しますから…!」


…ああ、予定通りだ。

俺は会心の笑みを隠して軽く頷くと、部屋を後にして国王陛下との謁見の場に向かった。

俺の背中を、2人がじっと見つめるのを感じながら。

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