表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/93

少女の手

さほど離れていない市場までは、馬で駆けるとあっという間だった。

つい先程後にした、たくさんの露店の立ち並ぶ景色がどんどん近付いてくる。

先程までと違っているのは、活き活きとした市場を行き交う人々の声の代わりに、市場の一角に見える人だかりからざわめきが聞こえてくることだろうか。

人だかりのある露店の脇には、車輪が外れ、本体が斜めに傾いた馬車の姿があった。


先に着いていたと思しき騎士が、到着した馬上のルーク様に話し掛けた。


「ルーク様!付近を確認しましたが、どこにも魔物の姿は見当たりませんでした。やはり、単なる事故のようですが…」

「怪我人は?」

間髪入れずに尋ねたルーク様に、騎士は心配そうに眉を下げた。

「はい。若い女性が1名、負傷しています。近くにいた目撃者によると、不運にも、馬車から外れた車輪が直撃してしまったようです。まだかろうじて意識はありますが…」


馬上から、人だかりの奥に、抱きかかえられた状態でぐったりとした女性の姿が見える。

…それは、さっき私に薬草茶を笑顔で包んでくれた女性だった。


私が女性に気付いて驚いたのと、ルーク様の馬上から叫ぶような悲鳴が上がったのが同時だった。

「…お姉ちゃん!?」


フードを被った少女はすぐさま馬から飛び降りると、よろめきつつも人だかりに駆け込んでいく。


「医者か、回復魔法の使える魔術師は?」

ルーク様の厳しい表情に、先程の騎士が答えた。

「…呼んでいるところではありますが、まだ到着までは少し時間がかかりそうです」


回復魔法は、魔術の能力の高さとは関係なく、適性のある一部の者しか使えない。リュカード様は、回復魔法は使えなかった。


ルーク様、リュカード様と私も、女性の元へと向かう。

ルーク様の騎士服を見て、女性を囲んでいた人々は、私たちに道を開けてくれた。


女性の元で、私たちと一緒に来た少女が、女性の手を握って懸命に話し掛けている。

「お姉ちゃん、しっかりして。…ねえ、お姉ちゃん!」


ルーク様とリュカード様は女性の側に跪くと、険しい顔で目を見交わした。

青い顔をした女性は、大きな外傷こそなく、一見したところでは怪我の程度はわからないけれど、口の端から血を流している。内臓を損傷している可能性があり、苦しそうな表情からは、危険な状態であることを窺わせた。


(…そういえば)


私は、常に持ち歩いていた回復薬の小瓶を急いで取り出す。私がカーグ家を出るときにアルスが作ってくれた回復薬が、まだあと一瓶残っていた。

「さあ、これを」

女性の口元に小瓶を持って行くと、女性はその中身に気付いたようで、息も絶え絶えといった様子ながら、絞り出すように声を発した。

「だ、大丈夫、です、こんな、高価なもの…。対価をお支払いするのも、難しい、ので…」

私はすぐに首を振った。

「これは差し上げますから、ご心配なさらずに。さ、早く」

女性の手を握る少女は、フードの奥から、回復薬の小瓶の方向にじっと視線を向けているようだ。

女性の口に回復薬を流し込むと、女性の喉がごくりと鳴り、頬に少しずつ赤味が戻ってきた。


その様子を確認した少女の声が、涙声に変わる。

「…お姉ちゃん!!!」

がばっと女性に抱き付いた少女の背中を、女性は優しい表情で、何度も何度も撫でていた。


繰り返しお礼を言って頭を下げる女性に、微笑んで大丈夫だと首を振ってから、リュカード様とその場を立ち去ろうとしていると、ルーク様が鋭い目つきで、まだ女性に抱き付いて、すすり泣いている少女を見ていることに気付く。


「ルーク様…?」


私の声にはっとしたようだったルーク様は、すぐに笑顔を見せてくれた。

「ごめんね、アリシアちゃん。リュカード様とのせっかくの時間を邪魔しちゃって。

…回復薬ありがとう、助かったよ。もうここは大丈夫だから、リュカード様との残りの休日、楽しい時間を過ごしてね」


軽くウインクをする彼に私は微笑み、リュカード様も、悪いが後は任せたとルーク様に伝えて、私たちはその場を後にした。


***

ルークは、リュカードとアリシアの背中を見送ると、事故に巻き込まれた女性の腕に抱き付いている、笑顔の少女を見つめる。

いつの間にか彼女が深く被っていたフードは外れ、年相応のあどけない笑顔を見せつつも、幼くも驚くほどに美しい少女の顔が露わになっていた。


(さっき、あの子の手は…)


アリシアが女性に回復薬を飲ませる直前、彼女の手に僕が見たように思ったものは、気のせいだろうか。

リュカード様もアリシアも、気付いてはいないようだけれど。


僕は改めて、食い入るようにその少女を見つめていた。

読んでくださってありがとうございます!

とても嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ