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横槍

市場の露店の並びが途切れる少し前、人々がごった返して混雑しているところで、人の波に流されそうになっていた私の手をリュカード様が握ってくれた。

人混みを抜け、辺りに人影がまばらになってからも、リュカード様はまだ私の手を引いてくださっている。

冷んやりとした、滑らかなその手の感触に、また胸の鼓動が速くなった。


市場を抜けて、続く道を少し進んでいくと、その先に素朴ながら可愛らしい建物が見えてきた。

ベージュの石壁には細かな草花の彫りが施され、ティーカップとケーキの描かれた鮮やかなブリキの看板が軒先に下がっている。


「先程の女性が教えてくれたお店、ここでしょうか」

尋ねた私の言葉に、リュカード様が微笑んで頷いた。

「ああ、そうみたいだな」

目を見交わすと、私たちは店内に足を踏み入れた。


店内は、店の外観の印象よりも奥行きがあって広かった。

店を入ってすぐ、右手には、紅茶をはじめとする様々な種類の茶葉と、効用別に薬草茶が所狭しと並べられた棚がある。

左手は、店の職人が茶葉を炒るところが実際に目の前で見ることが出来るようになっており、ガラス張りの向こうに忙しく職人たちが茶葉を炒る光景が見えた。


興味深く職人の手元を見ていると、それを手伝っているのであろう、手に茶葉の乗った籠を抱え、フードを目深にかぶった幼い子供の姿がガラス越しに見えた。一瞬、私を見て動きを止めたように見えたその子は、すぐに視界から姿を消してしまった。


「アリシア、どうかしたかい?」

私の様子に気付いたのか、声を掛けてくれたリュカード様に首を振る。

「いえ…。何でもありません。私の気のせいだったようです」

リュカード様はそうかと頷いて、私たちは連れ立って店の奥に向かった。


店の奥側がカフェスペースになっていて、ガラスケースに、果物やクリームがたっぷりと飾られた、宝石もかくやといわんばかりに色鮮やかで美しいケーキが並べられている。目の前でケーキを選び、お茶を注文して、先に会計をしてからカフェに進む仕組みらしい。

目を輝かせていた私を黙って見守っていたリュカード様に、私ははたと気付いて尋ねた。

「そういえば、リュカード様。リュカード様は、甘いものは大丈夫ですか?お嫌いではないでしょうか」


リュカード様は優しく微笑んだ。

「いや、嫌いではないよ。…普段はあまり口にしないが、アリシアと一緒なら、こういうのも悪くはないな」


リュカード様は、甘いものはよくわからないからと、私にケーキを2つ、リュカード様の分まで選ばせてくれた。リュカード様にはフルーツがたっぷりと盛られたフルーツタルト、自分にはガトーショコラを選ぶ。

お茶は、リュカード様はアールグレイを選び、私は気分を穏やかにするという薬草茶を選んだ。


店の一番奥、入口とは反対側の道に面したテラス席に案内され、リュカード様と腰を下ろす。

大好きなリュカード様と、香りのよいお茶と美味しそうなケーキを目の前にして、幸せという言葉以外が思い浮かばない。


「わ、素敵!…すごく美味しそうですね」

まずは、ガトーショコラを一口。甘さの中に混じるほろ苦さが絶妙だ。薬草茶は、レモンを絞ると鮮やかな青色に変わる種類のもので、見た目も美しく、ガトーショコラとも驚くほどに合った。

頬に手を当てつつ幸せを噛みしめていると、リュカード様がふわりと笑った。

「アリシアのその顔が見れて、嬉しいよ」

あまりの美しい笑みに、思わずむせて咳き込むと、リュカード様は背中を撫でてくれた。

「…ケーキもお茶も、すごく美味しいですね?」

動揺しつつ口を開いた私に、リュカード様は、ああ、そうだなとまた柔らかく微笑んでくれた。

「このガトーショコラ、とっても美味しいですよ。よかったら一口いかがで…」


私が言い終えないうちに、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「…リュカード様!と、アリシアちゃん?」

振り返ると、よく知った顔がこちらを見つめていた。

「ルーク、どうした」


部下と馬を飛ばしていたらしき騎士服姿のルーク様は、店の前で馬を止めた。

「見回りをしていたところ、市場に、近くを通っていた荷馬車の車輪が外れて突っ込んだとの知らせがありました。魔物とは無関係な事故のようですが、念のため、確認に向かうところです。我々だけで大丈夫ですから、お気になさらず。

…アリシアちゃん、ごめんね。リュカード様とのデート中に水を差しちゃって」


リュカード様が席を立つ。

「いや、魔物が関係している可能性もあるかもしれない。俺も向かおう。…すまない、アリシア。君は…」

「私も、一緒に行っていいですか?」

何となく、嫌な感じがした。

少し逡巡した様子のリュカード様だったけれど、すぐに私の言葉に頷いてくれた。

きっと、万が一の時、私を連れて行くことと、ここに残していくことのリスクを天秤にかけたのだろう、そう感じる。


ルーク様も頷いた。

「では、休日中にすみませんが、お願いします。…アリシアちゃんは、リュカード様と一緒に馬に乗ってくれる?」

その時、転がるように店の中から走り出て来た子供の姿があった。

「待ってください!私も、一緒に連れて行って!!」

フードを被ったその子は、先程見掛けた子供のようだ。可愛らしい高い声が、フードの奥から聞こえてくる。

「いや、危ないかもしれないよ。お嬢ちゃん、悪いことは言わないから、ここで待っておいで」

優しく嗜めるルーク様に、その子は続けた。

「大事な人が市場にいるんです!巻き込まれていないか、心配で…」

ルーク様とリュカード様は顔を見合わせていたけれど、ただごとではない気配を漂わせ、わなわなと震える少女に折れたように、ルーク様が苦笑する。


「わかった…。僕の馬に一緒に乗るといい。ただ、危険があったら近付かず、僕の部下とここに戻るんだ。いいかい?」


こくりと頷いた少女を馬に乗せたルーク様と共に、私たちはついさっきまで滞在していた市場に向かった。

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