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城下町

城下町に向かいガタゴトと揺られる馬車の中、目の前には私服のリュカード様の姿がある。

2人でこうして馬車に乗るのも、いったいどれくらいぶりだろう。


魔術師団の制服ももちろんとても似合っているリュカード様だけれど、シンプルな私服でも、むしろその美しさを際立たせているように見える。見慣れていない分、新鮮さもあってか、いつも以上に胸が高鳴る。


城下町に行くのは、私はまだ2回目。エリザと魔具のニケの店に行き、帰りにリュカード様にペンダントを買ってもらったあの日以来の城下町だと思うと、リュカード様のお屋敷にいることが大半で、あまり街には出ていなかったのだなと、自分でも少し驚いた。


リュカード様が私を見て微笑んだ。

「アストリア王国と比べたら、きっと小さな城下町だろう。けれど、アリシアが張ってくれた結界の下で、笑顔で生活している人々がたくさんいる。…戦があったために、魔術師団や騎士団以外の民にも多少の緊張は走っているが、いったんは落ち着きを取り戻したところだ。

ディーク王国の様子を見てもらえたら嬉しい」

私もにこりと笑って返す。

「ディーク王国のこと、特に人々の暮らしぶりは、私もあまり目にする機会がないままでした。ぜひ街の様子を見てみたいです」


馬車の窓の外を流れていく家々の様子も、アストリア王国のそれとはまた趣が異なる。

道の両側に並ぶ家々は、クリーム色を基調とした外壁に、所々に精霊と思しき姿を模した彫刻や、落ち着いた色使いの装飾が見られる。時を経ても修復が重ねられているであろうそれらは、歴史を感じさせつつも、人々の現実の生活ともうまく調和していることが感じられた。


窓の外の光景を興味深く眺める私に、リュカード様が柔らかな口調で説明してくれた。

「家々の外壁に、精霊を表す彫刻や装飾があるのが見えるだろう。この国では、精霊に対する畏敬の念が古くから強い。精獣の存在も、目にした者はほとんどいないと言われていたが、それでも多くの者が信じて、畏れ敬ってきた」

「そうなのですね。…美しい装飾が大切に維持されていて、見ていても畏敬の念が感じられます」

「ヴェントゥスの存在に、今回ディーク王国は助けられた。伝説の精獣が、このように人間を手助けするとは。…気高く、誇り高い存在と考えられている彼らは、畏怖の対象ではあっても、人間に与することもなく、あくまで中立的な立場の存在と考えられていたんだ。

ヴェントゥスがディーク王国側を助けたのは、アリシア、君がこちらの味方だったからだ。…凄いな、君は。精獣に懐かれるなんて…」

「いえ!そんなことは…」


窓の外からリュカード様の姿に目を移して、はっとする。

リュカード様も私と同じように窓の外を眺めているものと思っていたけれど、どうやらずっと私に視線を向けていたようであることに気が付いた。思わず恥ずかしくなって、頬に血が上るのを感じる。


「リュ、リュカード様…?」


リュカード様はふっと笑い、私の目を覗き込んだ。

「もちろん、街の案内も目的だが、アリシアが目の前にいるこの時間が、俺にとってはとても貴重なんだ。…アリシアがいなくなったとき、最悪は、2度と君に会えない可能性も覚悟せざるを得なかった。君が手の届く場所にいること自体が、奇跡のように思えるよ」

「…!

わ、私も、リュカード様とまた一緒の時間を過ごせることが、とても幸せです」


一見、無表情で冷たく見えるその美貌で、これほど優しく微笑むなんて反則だ。そのギャップの大きさに、ことのほか胸が苦しくなる。


「…ええと、ヴェントゥスは、最近、日中は時々出歩いていますよ。夜はいつも帰ってきて、一緒に過ごすのですが…」

「ほう、そうか」


戸惑い、慌てて話題を変えようとした私のことを完全に見透かしたように、リュカード様はくすりと笑う。

その時、ごとりと馬車が大きく揺れた。


「着いたようだな」

差し出されるリュカード様の手を借りて馬車を降りると、そこには城下町の端に位置する市場だった。


「わぁ…!活気がありますね」

高い陽射しに目を細めた私たちの視界には、青空の下で沢山の露店が並ぶ様子が飛び込んで来た。


果物や野菜をはじめとする食料品を扱う店に、よい匂いの漂うパンや、焼いた肉の串を売る店、チーズなどの乳製品を扱う店、色とりどりの菓子を扱う店。服や鞄、靴を置く店もあれば、日用雑貨を扱う店、玩具などの木工品の店もあり、市場は多くの人で賑わっていた。


確かに規模で言えば、アストリア王国の市の方が大規模だけれど、素朴さの中に人々の活気と日々の営みが感じられる。


時々声を掛けられながら、並ぶ店の合間を通り過ぎるだけでも楽しい。

リュカード様に連れられて、きょろきょろと見回しながら歩いていると、内陸のディーク王国には珍しい魚を扱っている店もあった。

魚を見て驚いた私に気付いたように、リュカード様が口を開く。

「これは、カドリナ王国からの行商だな。この国では、湖の淡水魚が多少採れるくらいで、魚は希少だ。魚は、主に海に面した隣国のカドリナ王国から入ることが多い」

「そうなのですね。…アストリア王国よりも、カドリナ王国からのほうが商人は多いのでしょうか?」

「ああ、カドリナ王国は商人の力が強く、輸出も多い国だからな。アストリア王国からも、以前はそれなりに行商が来ていたが、ここ最近は姿を見なくなったよ」


戦が始まったのだ、さすがに敵国に行商には来づらいのだろう。

少し寂しく思っていると、横から声が掛けられた。

「お嬢さん、美味しいお茶はいかがですか?飲みやすい薬草茶も揃っていますよ」


にこにこと微笑む店の女性から、試飲にと小さなカップが手渡される。

ほのかな花のような香りの漂うそれは、微かな甘みがあって、優しい味がした。

「わ、このお茶、美味しいですね…!」


初めて飲む薬草茶だけれど、ほっとするような、癒される香りだ。

リュカード様が温かい表情で目を細めている。

「アリシア、これが気に入ったのかい?」

「はい。薬草茶というと、飲みにくいのかと思いましたが、香りもよくてとても美味しかったです」


「そうか。…では、これと同じものの茶葉をいただこう」


リュカード様が店の女性に告げると、手際良く茶葉を包んでくれた。


「よろしいのですか?」

驚いた私に、リュカード様が微笑む。

「もちろん。気に入ってくれたものがあって、俺も嬉しいよ」


店を去り際に、その店には少し離れた路面店があり、そこは、より多くの種類の薬草茶が楽しめる、ケーキ屋を併設したカフェになっていると、笑顔で見送る店の女性に教えてもらった。

一通り市場を見回しながら通り抜けたリュカード様と私は、一息つくために、先程の女性に勧められたカフェを目指すことにした。

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