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晩餐

リュカード様の屋敷に私アリシアが戻って数日が経った。

アストリア王国軍は無事に撤退していったものの、結界が割れた際に入り込んだ魔物の後処理や怪我人の対応などで、戦が終わってもリュカード様やザイオンは忙しそうにしている。回復魔法が使えるアルスも、怪我人の治療に一役買っているらしい。

私もできることがあれば手伝いたかったのだけれど、まずは大事を取るようにと言い含められ、護衛役のグレンとこの屋敷に残っている。もちろんヴェントゥスも一緒だ。


私が以前に使わせてもらっていた部屋は、私がアストリア王国にいる間も変わらずそのままにしておいてくれたお陰で、今も同じ部屋を使っている。

まだここに戻って日が浅いせいか、毎朝目が覚めると、一瞬自分がどこにいるのか…アストリア王国の王宮なのか、リュカード様の屋敷なのか、それとも実家のベッドなのかと混乱してしまう。短期間に色々な出来事があり、記憶を失くしていたこともあったので、まだうまく自分の中での整理がし切れていないのかもしれない。



トントン、と部屋のドアがノックされた。

ドアを開けると、そこには笑顔のローナが立っていた。

「アリシア様、今日はリュカード様が早くにご帰宅されました。

お夕食のお誘いですが、いかがですか?ザイオン様にアルス様、グレン様もご一緒です」

「ええ、ぜひ。楽しみにしているわ」


私が微笑んで返すと、ローナはにこりと笑みを深めた。

「リュカード様も早くアリシア様とお話されたいようで、楽しみになさっていると思いますよ。ここ数日はお帰りが遅かったので、アリシア様の体調を気遣って、お声掛けするのは遠慮してらしたようですが」

「まあ、そうだったの」


長い間離れていたリュカード様に会いたい、話したいと思っても、筆頭魔術師として責任ある立場のリュカード様の時間を、戦の直後に邪魔する気にはさすがになれなかった。リュカード様がそう思っていてくださったのなら、とても嬉しい。

少し頬が上気するのを感じていると、ローナが温かく目を細めて続けた。


「私どもも、アリシア様が帰って来てくださって、とても嬉しく思っておりますよ。屋敷の中も明るくなった感じがいたしますね。

…アリシア様がいなくなってから、リュカード様は今まで以上に寡黙になられてしまい、口には出さずとも苦しんでいらっしゃるのが手に取るようでしたから。アリシア様が戻られてから、ようやくリュカード様の表情が柔らかくなりました」


アリシア様にお伝えしたことはリュカード様には内緒ですよ、とぱちりとウインクしてから、ローナは持ち場へと戻っていった。


***

夕食のテーブルを、リュカード様、ザイオン、アルス、グレン、そして私の5人で囲んでいる。


私がカーグ家にいた時からの家族も執事も、リュカード様の家で夕食の席を共にしている。居並ぶメンバーを見回して、ふと不思議な気分になった。


そんな私に気付いてか、ザイオンが口を開いた。

「どうしたの?アリシア。

何か気になることでもあった?」

「いえ。…アルスもグレンも、そして私もですが、元々アストリアの同じ家にいた者が、こうしてリュカード様のお屋敷でお夕食を囲ませていただいているのが、何だか信じられないような、不思議な気がいたしまして」


微笑む私の顔を見て、アルスも感慨深げに口を開く。

「…そうだね、姉さん。僕なんて、はじめにアストリア王国がディーク王国を攻めた時には、敵対していた側だったのに。

あの時は、まさかこんな時が来るとは思わなかったなぁ。

…それに、姉さんが無事に戻ってきてくれて、本当によかった」


「ああ、その通りだな」

リュカード様が穏やかな表情で口を開いた。

リュカード様の菫色の瞳に浮かぶ優しい色を見るだけで、嬉しさに鼓動が早くなる。


私はリュカード様の方に向き直った。

「リュカード様、私たちに手を差し伸べてくださって、ありがとうございます。…こうして私たちがここに居られるのも、リュカード様のお陰です」


リュカード様は首を横に振る。

「いや、何度も言っているが、助けられているのはむしろ俺たちだ。

アリシアの魔力はもちろん、アルスの魔法の能力はディーク王国でも群を抜いているし、グレンは魔術や剣技に加えて諜報にも秀でている。…アリシアの魔力については結界を張った時に知っていたが、アルスとグレンの優秀さにも、正直なところ舌を巻いたよ。今回の戦も、2人がいなければ非常に厳しかっただろう。…今、敵に回していないことを幸運と言うほかない」


ザイオンがにこにこと口を開く。

「アルスのこと、シリウス様が本気でディーク王国の魔術師団にスカウトしたがってるよ。まだ若いのに、才能がずば抜けてるって。

それに、回復魔法で怪我人の救護に当たってもらったときも、傷付いた人への気配りや優しさが滲み出てて、みんな感心してたよ」


「いえ、そんな…」

俯いて頬を染め、年相応の顔をして照れているアルスが可愛らしい。


アルスは優れた魔術の使い手であるだけでなく、心の優しくて真っ直ぐな、とってもいい子だ。それがちゃんと周りにも伝わっているのだと思うと、すごく嬉しい。

「私の、自慢の弟ですから」

私もにこりと笑ってアルスを見ると、アルスは俯いていた顔を上げ、私を一瞬真顔で見つめた。

「姉さん。…多分聞いてるとは思うけど、僕の血縁のこと、知ってる?…僕に魔物の血も混じってるってこと」


私はアルスの言葉に頷いた。

「ええ、アルスがカーグ家に来たときに伝え聞いたわ。…でも、どんな血が混じっていたって、関係ないわ。アルスはアルスよ。私の大事な可愛い弟であることに変わりはないもの」


きっぱりと言い切った私の言葉に、どこか安堵の表情を滲ませると、アルスは続けた。


「…ねえ、姉さん。銀髪で、オレンジ色の目の、アストリア王国の王宮にいた魔法の使い手の男の子、知ってる?」


私はちらりとグレンと目を見交わした。

「ええ。グレンやアルスをアストリア王国の王宮から追い返そうとした子よね?

私が魔力切れになった時、私に魔力を返して、私の命を救ったのもその子だったって、グレンに聞いたわ。

記憶が戻って、前に、臨時の救護所で会ったことがあったのを思い出したのだけれど。ノアという名前しか知らないわ、その子がどうしたの?」


「…あの子も僕と同じ。会った時に僕も同類だから気付いたのだけど、魔物の血が混じってる。…100%じゃないけど、僕より魔物の血は濃いね」


ザイオンが口を開く。

「ああ。だから、アリシアに魔力を返せたのか…」


「あの子、敵なのかしら、それとも味方なのかしら。私に忠告めいたことを言ってくれたこともあるの。…真意が読めないわ」

私が首を傾げると、アルスは続けた。


「うん、僕も同じことを思った。僕やグレンにも、どうしてか忠告をくれたよ。


それから、あの炎の竜の使い手の、炎の将軍だっけ?

…彼と対峙した時、彼は魔物の血は混ざっていない、純粋な人間だと思うけど、妙な違和感があったんだ。その正体が何かは、まだ僕にもわからないのだけど…」


リュカード様が目をすっと細めた。

「ほう?そうなのか。

もし、何か彼について心当たりのあることがわかったら、教えてくれ。彼は今後の戦でも鍵になる人物だ。

…あの炎の将軍と皇太子は、アストリア王国軍の中でも際立った実力者だ。注意する必要がある」

アルスはこくりと頷いた。


私は慌てて口を開いた。

「あの、皇太子のフレデリック様は、あまり戦には前向きではないようでした。

確かに、国王陛下の意志を汲んで戦に参加なさっていますが…」


私がフレデリック様の名前を出すと、リュカード様から一瞬、凍りつくような冷気を感じたような気がした。


グレンが私の顔を見つめる。少し苦笑すると口を開いた。

「アリシアお嬢様。アストリア王国皇太子の婚約者になられたこと、その後のお話についても、お伝えしておいた方がよろしいかと」


私ははっとした。そう言えば、まだリュカード様にお伝えしていない。

「ええ、確かにフレデリック様には婚約者に推していただきましたが、もうお役御免です。今回の戦で結界を破れなければ、私の婚約者の地位は剥奪という話を国王陛下が仰っていましたので。今はもう、皇太子様の婚約者では名実ともにありません」


リュカード様の驚いたような視線と交差する。その瞳があまりに安堵したような、柔らかい色に変わるのを見て、どきりと胸が跳ねてしまった。


***

戦に関する情報共有もありつつも、和やかに夕食の時間は過ぎて行った。


夕食を終え部屋に戻ろうとしていると、リュカード様に呼び止められた。


「アリシア。明日、君の時間をもらってもいいだろうか?

…君には、何度もディーク王国の危機を救ってもらいながら、大して街の案内すらしていない。よかったら、一緒に城下町にでも行かないか」


「リュカード様、お忙しそうでしたが、もうお仕事は落ち着かれたのでしょうか?」

急なお誘いに驚いて尋ねると、リュカード様は微笑んで答えた。

「ああ。結界内に入った魔物はあらかた片付けたし、街に被害の情報も出ていない。

…またいつアストリア王国が攻撃を仕掛けてくるかわからないから、気を抜く訳にはいかないが、一段落着いたところだ。


…それに、アリシアを失っていた時間の分まで、君と2人で過ごしたいんだが、どうかな」


リュカード様の瞳が近づいて私を覗き込み、楽しげな色を映している。

「は、はい!嬉しいです。私も、明日リュカード様とご一緒するのを楽しみにしています」


明らかに頬に血が上っていたであろう私に、リュカード様は花の咲くような笑顔を浮かべた。


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